奪取。

108 奪取

White Day 2019

 1月下旬、都心一等地にある一部上場の大会社に、山本忠弘は入社した。

 やまもとただひろと読む。山本家の男児には代々〝弘〟の字が入ることにちなみ父、和弘が名づけた。

 配属された営業一課へ朝一番に出社。やってくる上司先輩に最敬礼であいさつした。

 この会社にはどの支社にも営業三課、二課があるが、一課は本社にしかない。
 一課の猛者。世界中からよりすぐった精鋭中の精鋭、エースぞろいの花形たち。頭を下げる営業二課長よりも給料が高く、ご苦労さまの一声で平然と前を通過できる段違いのステイタス。

 猛者たちは誰もがいう、実態は社一番のブラック部署。

 ノルマ未達成で馘となって辞めた者はいないがそれだけ。一課には役付が課長・課長補佐・係長3人の計5人しかいない。上がつまっている。

 営業一課の花形エースという名の平社員は肩書なし、どんなにノルマを苦心惨憺で達成しても翌年度には増えていく。歯を食いしばり、石にかじりついても昇進できない。誰もが無駄金を使わず、いよいよとなれば定年前にみずから辞めていく。

 すべては実力勝負。

 始業時刻、フロアでもっとも上の肩書をもつ課長補佐が新入りへ、課内全員の前で辞令交付した。

 営業の基本、先輩の縄張りを盗むな。

 新人は先輩の顧客先を侵してはならない。必然的に売上は低額となる。高額の得意先をもつ上司先輩には敵わない。
 
 

 この会社は創業当初、ごくありふれた個人事業主だった。

 零細企業となり、中小企業となり、大会社となった。典型的な同族経営だった。
 いつしか創業家一族は経営能力を失っていく。一族と縁者は過分な肩書と報酬を要求し、横暴横槍むりむちゃ命令を下しつづけ、社史からみればついさきごろ危機的状況に陥った。
 立てなおした人物が、現在この大会社のトップと呼ばれている。
 
 

 その日、都心の大会社の問い合わせフォームに1通の知らせが入った。
 内容、アポイントメントのお願い。
 会社規模・事業内容・株価それぞれが拮抗する数十年来のライバル。まったく無視しあうような大人げないことはしないものの、部長級以上であればたまに交流する程度。

 星の数ほどある知らせ。

 その1通だけが当日、入社して20年以上たたなければなれない代表取締役社長直属の第一秘書に回ってきた。

「おや……?」

弊社社長、実務トップの事業本部長、ともに社長室でおおせのあす午前10時、お待ちします。

 さらさらと返事した。

「70代の倅が、三代目の候補すらいないくせに。
 どうやってあすここにたどりつく気だ? お偉いパパにおねだりかな……名門の孺子もまとめて始末できる。楽しみだ」

 知らせはほかにも入った。やはり都心の大会社。
 現在でも同族経営を続けており、創業当初から百年近くにもわたり、血縁でもないのに骨肉とまで評される争いを繰り広げていた。
 女狐と綽名される首席入社して30年の重役が、

「あら……?」

弊社社長とともに社長室でおおせのあす午後2時、お待ちします。

 さらさらと返事した。

「お好みのお菓子はなにかしらぁ……お好みのお飲み物はぁ……?」

 秘書に命じる。

「ちゃぁあんと調べるのよぉ……大切なお客さま、お迎えの準備は万全に、ねぇ?」
 
 

 1月下旬、忠弘は午後5時30分に帰宅した。

「定時に帰れたの?」
「うん。敷地内は走った」

 シャワーを浴びてさっぱりパジャマ姿。

「こんな都心一等地で。皆さん困るんじゃない?」
「捕まりたくはないな。車で通勤できるか、聞くだけきいてみる」
「ふうん……?」
「いまの会社な、駐車場が自前で地下にあるんだ」
「すごいね! ……待って、渋滞ひどくない?」
「ああ……そういえば」
 
 

 1月下旬、午前2時。椎名玲は自宅で緊急連絡を受けた。

「課長、大変だ!」

 声の主は椎名所属の大会社が経営する酔興な酒場の店主。中学校卒業後即就職のたたきあげ、勤続50年以上の筋金入り。この世の酒と名がつくものはなんでも飲んだといってのける。

 急行した現場は、

「いったい、なに……」

 黒山の人だかりがいた。

 ここではきのう午後5時直後からエースが勢ぞろい。部屋という部屋を開けはなち、ぶち抜き大広間で大宴会を開催していた。
 参加の誘いを椎名は断り、しおりは返事しなかった。
 開始から9時間が経過。

 人だかりは山になっていた。

 現在では危険であるとほぼ廃止された、かつて中学校などの運動会で行われていた組体操の1つ、5段ピラミッドが崩れた形と酷似している。

 歴戦の男たちが5段に重なっていた。

「どういうこと!」
「どうもこうも。
 この人数でこの男たちだ。酒は樽、部屋にも廊下にもあふれさせて天辺まで積んでおいたんだ、そっちで勝手に注いで飲み食いしろって。いちいち呼ばれたんじゃかなわない。
 1時間ごとに空き樽空き皿をしまって酒も肴も追加していた、調理場で全員必死に全開で大汗かいて。
 さっき、ああ時間だ、また追加か、たいへんだ。見にいって、やけに静かで……。
 自分でつぶれたんじゃねえ、つぶされたんだ。完全に泥酔している。生きてはいるから救急車を呼ぶほどじゃないが大ごとだ」

 5段ピラミッドは5つあった。

「……待って、まって」

 通常、上には体重がもっとも軽い者が乗る。

「係長……」

 一番上でつぶされていたのは3人の役付。うち1人は最近昇進したばかり。
 一番下は、

「一係の……」

 営業一課の入り口から一係、二係、三係、すべて席順どおりに並べ重ねられていた。
 1段目には係長からもっとも遠い席に座る者が席の並びどおりに。2段目にはその次、3段目もその次も。

 往時の人間5段ピラミッドとは1段目の上に2段目が乗り、5段目の者が乗りおえると合図を笛で送る。顔のむきを右・左と変え、正面にむかって見得を切り、ぐしゃりとつぶれ終了。

 笛をふく者の位置にいたのは、

「補佐……」

 新婚の渋沢が人体を上にも下にもすることなく、負担なくひとり畳のうえでつぶされていた。

 5山のうち、ほかの2山は一番上がいない。

「まさか、ここに……」
「一番上から目を醒ます、あすの夕方には全員。
 重ねた人の山はまずお目にかかれない、危険すぎる。いまからおれたち総出で解体する」

 大宴会の形跡は一見、なかった。
 テーブル・ざぶとんはすべて押し入れに重ね、収納されていた。部屋はすべて閉まっていた。
 料理皿に食べ物の残りはなく、下が大きい順に重なっていた。ジョッキもコップも樽も瓶もすべて空、調理場にもっとも近い位置にごみも袋とともにまとまっていた。

 男たちは全員きちんと服を着ていた。
 ネクタイもそっくり同じ形で首もとにゆるめられ、ネクタイピンつき。シャツも上から二番目までのボタンが外されていた。スラックスもなにもかもそろって一様に。

「悪いが内ポケットを全部あらためた。そこらにふっ飛んでいたはずの携帯電話が入っていた。
 たった一晩でこれだけの種類の服と小物、全員分を覚えたのか。あの一課でそんな余裕があったのか。
 底なしのこいつらを全員つぶして、短時間で服だのなんだの選んで着せて、百人近くも担ぎあげてこんな形に……。
 なんで、……なんでここまでやる、どうして……
 とんでもねえ。こいつら猛者、いやおれたちも含めた全員ののどを搔っ切りやがった。さも悠々と……こんなことをしでかしたのはいったい、どこのどんな牙持ち男ですか?!」