奪取。

108 奪取takeover

 1月下旬、都心一等地にある一部上場の大会社に、山本忠弘は入社した。

 やまもとただひろと読む。両親が山本家の男児には代々、弘の字を入れていることに由来して名づけた。

 配属された営業一課へ朝一番に出社。やってくる上司先輩に最敬礼であいさつした。

 この会社にはどの支社にも営業三課、二課があるが、一課は本社にしかない。
 一課の猛者。世界中からよりすぐった精鋭中の精鋭、エースぞろいの花形たち。頭を下げる営業二課長よりも給料が高く、ご苦労さまの一声で平然と前を通過できる段違いのステイタス。

 猛者たちは誰もがいう、実態は社一番のブラック部署。

 ノルマ未達成で馘となって辞めた者はいないがそれだけ。一課には役付が課長・課長補佐・係長3人の計5人しかいない。上がつまっている。

 営業一課の花形エースという名の平社員は肩書なし、どんなにノルマを苦心惨憺で達成しても翌年度には増えていく。歯を食いしばり石にかじりついても肩書は上がらず、誰もが無駄金を使わず、いよいよとなれば定年前にみずから辞めていく。

 すべては実力勝負。

 始業時刻となり、フロアでもっとも上の肩書を持つ課長補佐が新入りへ辞令交付し、課内全員に紹介した。

 営業の基本、先輩の縄張りを盗むな。

 新人営業マンは先輩の顧客先を侵してはならない。必然的に売上は低額となる。高額の得意先を持つ上司先輩には敵わない。

 激変に対応しうる強き者が生き残る。
 
 

 この会社は創業当初、ごくありふれた個人事業主だった。

 零細企業となり、中小企業となり、大会社となった。典型的な同族経営だった。
 いつしか創業家一族は経営能力を失っていく。一族と縁者は過分な肩書と報酬を要求し、重役に専横横暴横槍むりむちゃ命令を下しつづけ、結果社史からみればついさきごろ危機的状況に陥った。
 立てなおした人物が、現在この大会社のトップと呼ばれている。
 
 

 その日。都心の大会社の問い合わせフォームに、一通の知らせが入った。
 内容、アポイントメントのお願い。

 ここから近い、やはり大会社。会社規模、事業内容、株価それぞれが拮抗する数十年来のライバル。
 まったく無視しあうような大人げないことこそしないものの、部長級以上であればたまに交流する程度。

 星の数ほどある知らせ。

 その一通だけが当日、入社して20年以上たたなければなれない代表取締役社長直属の第一秘書に回った。

「おや……?」

 さらさらと返事した。

弊社社長、実務トップの事業本部長、ともに社長室でおおせの明日午前10時、お待ちします。

「70代の倅が、三代目の候補すらいないくせに。
 どうやって明日ここにたどりつく気だ? お偉いパパにおねだりかな……名門の孺子もまとめて始末できる。楽しみだ」
 
 

 知らせはほかにも入った。やはり都心の大会社。
 現在でも同族経営を続けており、創業当初から百年近くにもわたり、血縁でもないのに骨肉とまで評される争いを繰り広げていた。
 女狐と綽名される首席入社して30年の重役が、

「あら……?」

 さらさらと返事した。

弊社社長とともに社長室でおおせの明日午後2時、お待ちします。

「彼のお好みのお菓子はなにかしらぁ……お好みのお飲み物はぁ……?」

 秘書に命じる。

「ちゃぁあんと調べるのよぉ……大切なお客さま、お迎えの準備は万全に、ねぇ?」
 
 

 
 一月下旬、忠弘は午後5時30分に帰宅した。

「定時に帰れたの?」
「うん。敷地内は走った」

 シャワーを浴びて、さっぱりパジャマ姿。

「こんな都心一等地で。皆さん困るんじゃない?」
「捕まりたくはないな。車で通勤できるか、聞くだけきいてみる」
「ふうん……?」
「いまの会社はな、駐車場が自前で地下にあるんだぞ」
「すごいね! ……待って、渋滞ひどくない?」
「ああ……そういえば」
 
 

 一月下旬、午前2時。椎名玲は自宅で緊急連絡を受けた。

「課長、大変なことがおきたよ!!」

 声の主は椎名所属の大会社が経営する酔興な酒場の店主。中学校卒業後即就職のたたきあげ、勤続50年以上の筋金入り。この世の酒と名がつくものはなんでも飲んだといってのける男。

 急行した現場は、

「いったい、なに……」

 黒山の人だかりがいた。

 ここでは昨日の午後5時直後からエースが勢ぞろい。部屋という部屋を開けはなち、ぶち抜き大広間で大宴会を開催していた。
 参加の誘いを、椎名は断りしおりは返事しなかった。
 あれから経過したのはまだ9時間。

 人だかりは、山になっていた。

 現在では危険であるとほぼ廃止された、かつて中学校などの運動会で行われていた組体操のひとつである5段ピラミッド。
 崩れた形と酷似していた。

 歴戦の男たちが5段に重なっている。

「どういうこと!」
「どうもこうも。
 この人数、この男たちだ、酒は樽で部屋にも廊下にもあふれさせて、天辺まで積んでおいたんだ、そっちで勝手に注いで飲み食いしろって。いちいち呼ばれたんじゃかなわない。
 それでも1時間ごとに空き樽空き皿をしまって酒も肴も追加していたんだ、調理場で必死に全員全開で大汗かいて。
 さっき、ああ時間だ、また追加か、たいへんだ、見にいって、やけに静かだな……。
 自分でつぶれたんじゃねえ、つぶされたんだ。全員、ごていねいに重ねられて。完全に泥酔している。生きてはいるから救急車を呼ぶほどじゃないが大ごとだ」

 5段ピラミッドは5つあった。

「……待って、まって」

 通常、上には体重がもっとも軽い者が乗る。

「係長……」

 一番上でつぶされていたのは3人の係長。うち1人は最近昇進したばかり。
 一番下は、

「一係の……」

 営業一課の入り口から一係、二係、三係、すべて席順どおりに並べ重ねられていた。
 1段目には係長からもっとも遠い席に座る者が、席の並びどおりに。2段目にはその次、3段目もその次も。

 往時の人間5段ピラミッドとは、1段目の上に2段目が乗り、5段目の者が乗りおえると合図を笛で送る。顔のむきを右・左と変え、正面にむかって見得を切り、ぐしゃりとつぶれ、終了。

 笛をふく者の位置にいたのは、

「補佐……」

 新婚の渋沢が人体を上にも下にもすることなく、負担なくひとり、畳のうえでつぶされていた。

 5山のうち、ほかの2山は一番上がいない。

「まさか、ここに……」
「一番上から目を醒ます、明日の夕方には全員。
 重ねた人の山はまずお目にかかれない、危険すぎる。見てもらってから、いまからおれたち総出で解体する」

 大宴会の形跡は一見、なかった。

 テーブル、ざぶとんはすべて押し入れに重ね収納されていた。部屋はすべて閉まっていた。

 料理皿に食べ物の残りはなく、下が大きい順に重なっていた。ジョッキもコップも樽も瓶もすべて空、調理場にもっとも近い位置にごみも袋とともにまとまっていた。

 男たちは全員服をきちんと着ていた。
 ネクタイも全員そっくり同じ形で首もとにゆるめられ、ネクタイピンつき。シャツも全員上から二番目までのボタンが外されていた。スラックスもなにもかもそろって、一様に。

「悪いが内ポケットをあらためた。全員携帯電話が入っていた。たぶんそこらにふっ飛んでいたはずが、おそらく当人のものが当人の懐に。
 たった一晩でこれだけの種類の服と小物、全員分を覚えたのか。あの一課でそんな余裕があったのか。
 底なしのこいつらを全員つぶして、短時間で服だのなんだの選んで着せて、百人近くも担ぎあげてこんな形に……。
 なんで、……なんでここまでやる、どうして……。
 とんでもねえ。こいつら猛者、いやおれたちも含めた全員ののどを搔っ切りやがった。さも悠々と……こんなことをしでかしたのはいったい、どこのどんな牙持ち男ですか?!」