闘って。

107 闘って。

 明日はいよいよ夫の入社日。

「公務員試験を受けなかったの?」
「公僕は嫌いだ」

 地獄の底でも愛してあげよう。
 たとえ天国の門までたどりついて、天使につきかえされたとしても。
 
 

 夜、すんなりと眠れなかった。いつもなら……でも、その気になれなかった。

「知り合ってから、約2年だな……」
「……ん」
「俺は大学時代、周囲につられてさあどこかに勤めよう。という性格か?」
「……ん?」

就職するのだ、落とされてはいけないのだと誰もが学生気分をふりきった。

「ひょっとして……講義がなくなる、収入もより多くできる。
 周囲は関係なく、勤める気はなかった?」
「そうだ」
「どうして一社、受けたの?」
「映画の影響だ」
「どんな?」
「1994年公開、スピード。

 一定の速度以下になるとバスが爆発する。見たことはあるか?」
「一度くらいは……有名だし」
「俺もだ。はじめ、主人公は一匹狼にみえた」
「うん……」
「主人公はバスが走るのに必須の軽油、燃料タンクにナイフかドライバーのような鋭利なもので穴を開けた。
 車好きがみれば血も凍るような場面だ。燃料がなくなればスピードも維持できなくなる。それでもやった。
 致命的とわかっていても絶命までは時間がある。それまでひとりよがりの判断でなく、同僚上司と状況・情報の連絡を細かくとり対策を講じた。
 SWAT隊員の主人公は巡査と名のった。バスの乗客は、

巡査? 若造、平社員じゃないか。

 誰もいうことを聞かなかった。
 主人公は一切前例のない最悪の状況のなか、最善でなくとも最高の最低限を実行しつづけた。
 エンドロール後、集団行動してみようという気になった。
 手応えがあったのは俺個人の単なる感想、落ちたかもしれなかった。かまわなかった。
 結果はさぁやがいる。家族を得られる、最上だ」
「……うん」
「たとえ状況が致命的とわかっていても絶命まではまだ時間がある。
 なにをどう考え判断し、どう実行するか」

 忠弘がお休みのキス、目を閉じた。
 
 

 翌朝。

「いってくるよ、さぁや。愛している」

 甘い香りをふわり残され、外から鍵をかけられることなく広い家に残される。

 両手を組み、御守を握りしめ必勝祈願した。どうかあの、まっすぐな瞳のまま、闘って。