はなさない。

104 はなさない。

White Day 2019

 新婚旅行中、異国の地でまさか離ればなれになるとは。

椎名玲
椎名玲

ブライダルエステにいらっしゃい。

 去りゆく夫の背。さっきまで激しく致していたのに。
 
 

 くるくると移りかわる室内。せめて背をあずけた。

「いえるぶんだけでいいわ。どうだった?」
「ん……私ね。忠弘に、ちゃんと評価してもらった。
 ありがとうはいい言葉。
 義務ではだめ。マニュアルどおりもだめ。絶対わかる。心に響かない。
 真心を評価してもらえるって、愛されるほどうれしいんだね……」
「やっと本題を聞けたわ」

 しおりからの感謝は音声メッセージ。

しおり
しおり

一番だよ、って。
またぐどころじゃない、足腰が立たなくなるまでイかされた。
あたしが一番だよって、ずっと。

「あの2人、結婚式自体はもうしちゃったの。宇宙ウェディングですって」

 何語だ。

「宇宙飛行機さながらのロケットに乗って上空約100kmまで上昇。無重力の宇宙空間での式だったそうよ。所要時間は約1時間、四日間の事前訓練が必要。お値段はなんと」
「ひえぇ」
「またいだ政財界の人物に貢がせた豪邸に住んで、貢がせたヘリコプターで通勤。貢がせた別荘・船・施設は世界中に点在。貢がせた大金で億万長者よ」
「どうして大会社とはいえ、入社して働いているの?」

 賃金に興味なさそう。金の算段したことあるのかな。

「決まっているじゃない、気まぐれよ。
 入社の意思を示してくれた時点で社長みずから喜び勇んでひざまずいてお出迎え。就職試験もなにもなし、新卒入社即係長就任。弊社史上、最初で最後。よく私のところまで降りてきたわ、驚いたわよ」
「はあ……」
「披露宴は派手になるわよ、バレンタインにやるんですって」
「ご祝儀をいくら包めば……いらない? お金ないから悩むふりだけしてみたかった……偉い人ばっかり? 玲さん隣にいてね」
「少年の役目よ」
「出席させてくれるかなあ」
「職権濫用してよ」
「いいかえせない」
「なぁんてね」

 声をあわせて、

しおり
しおり

あたしが山本某に招待状を出すはずがないじゃない!

 うぅん友だち。

「あなたたちの結婚式にはくるそうよ、抜いて」
「だいじょうぶかな渋沢さん……」
「ひとはひと。式でよその誰かを見ちゃだめよ、いいわね?」
 
 

 12月初旬、当日。佳き快晴だった。

 城前に到着。母と椎名に送りだされ、晴れの衣装で車を降りた。
 マリエとそろい、アンティーク調の真っ白なタキシードを着た最上の男が待っていた。

「最高にきれいだよ、俺の女神」

 深い空。熱さ。鼓動。甘いかおり。頰をなでる風。
 きっと一生忘れない。
 
 

 馬車に乗ってお城を背に記念撮影。湖面を見ながら遊覧。
 会場に到着する。

 母がもう一度ベールを下ろしてくれた。
 父と初めて腕を組む。どれだけ躾られてきただろう。厳しかった、ほめてはもらえなかった。
 弟も泣いていた。

 広大な敷地にたたずむ瀟灑な館。恭しく扉が開く。
 シャンデリア、華麗な窓からさす陽光。万雷の拍手が届く。

 手袋を外した花婿が右手に。みずみずしい香りのクレッセントブーケを左手に腕を組み、ゆっくりと歩いた。
 立会人は家族3人、友だち2人、その夫1人、後輩、先輩2人とその家族。案内役とその家族。忠弘の友だち。

 誓いの言葉を。

「好きな人に好きといわれる歓びは神様がくれた。
 一緒に死んで一緒に会いにいく。好きな人と、自由になれた礼をいいに」

 指輪の交換を。

 花婿が恭しく、優しくベールアップしてくれる。
 ゆっくりと誓いのくちづけ。そっとふれ、紅を移した。
 花婿が薔薇を12本、友だちから受けとって束ねる。ひざまずいてささげてくれた。
 ブーケから1本を選び、花婿の胸もとに飾る。

「おとうさん、おかあさん。見届けて、必ず一緒に会いにいくから」

 ふたりでウエディングアイルをもう一度ベールアップして歩く。扉前でブーケを後ろに投げた。
 あ、

「先輩、おれは必ず!」
 
 

 初の海外、夢のよう。

「帰りたいか」

 空港は人の波。

「……ううん」

 紋付袴と白無垢が待っている。クリスマスも、暮れ正月も。

「帰ろっか」
「そうだな……」