96 気合を入れて。
White Day 2019
独身、ひとり住まいという椎名。
「とうに中高年の、私の体。いかがかしら」
体格指数・BMIにして22前後の体重を常に保っているという。
「家事のさしすせそ。体重上げ物揚げ物をさけ、むだな間食をせず、自炊しきちんと三食とって、適度に歩いて運動して、よく眠り、働く。
祖母に教わったとおりよ」
いままで健康診断、人間ドックでひっかかったことがない。
「この歳になると同世代は孫の話がほとんど。あなたたちのような素質も美貌もない。でもいいの。
健康が一番よ」
「提案です。運動したいの、教えて?」
「意気込んでいるな」
「うん!」
「学校では部活動があるだろう。入部者と引退者、どちらの数が多い」
いやな予感。
「最初は誰もがいきなり突然むり無謀な運動を長時間する。翌日にはきのうよりも量をこなさなくてはいけない。もう体が悲鳴をあげているのに。むりだ。これ以上はできない。
結局やめる。
中途・初期退部者のほうが多い」
よくある話。
「万が一、けがでもしてみろ。山本家の監督不行き届き、お母さんを呼びつけ土下座し教えを乞うどころではない」
得意の減らず口もたたけない。
「けがしてひとり。最悪、トイレもむりだ」
眼鏡のとき実感した。
「……そのとおりでございます」
たとえば父。
人間ドックでひっかかり、いきなり運動しだした。むりむちゃ無謀のあげく腰膝をぐきりとやり欠勤。
似てはいないはずだが素質はある。
「どのようにすればいいのでしょうか、忠弘さま。私はもうすぐ24年間、ずっとスレンダーが自慢なのです」
さんざんほめられたし。だからプロポーズの嵐だったんでしょう?
「少しずつ、俺と一緒に。致すは毎日だ、十分運動だ」
「かしこまりました……」
ああやっぱり逃れられないのね……。
きらいとはいわない、大好きよセックス。快楽ばんざい!
問題は事後。
誰が! ごはんを! 作るのよ!
「俺も反省した。苦労をかけすぎた。家訓、役割分担、共同作業。さすがさぁやだ。さあ致そう」
結局。
疲労、空腹、寝不足。
「……私がいいたいこと、わかるよね」
時計のアラームが正確に鳴る。
「むろん。夫婦だ、万年新婚だ」
山本家の家訓その9、規則正しい生活を送ろう。その10、運動。後日追加のその11、なんといっても育児。
郵便受けを見てくるという忠弘が戻って、手にしていたのは3通。
「さぁやのか?」
「……みたい」
「昼まで眠ってくれ。起きたら読んで。俺は仕事鍛錬ほかをする、ウォーキングはそのあとだ」
いま読みたい。が、ものごとには順番がある。
起きて入浴後。真っ裸のまま人生で初めて恐るおそる体重計にのった。
「うっわ……」
2.5kg減!
ふんふん~ドレッシングルームでお化粧をしっかり。レースふんだんのフルオーダー下着を決める。秋服もなんとか入った。誘う気満々のミニスカート、きらきらストッキングを穿いて。三面鏡で全身、後ろ姿までばっちり確認。
連れこまれたころ、こうじゃなかった?
油断した。ゆるみきっていた。
人生の先輩2人、渡辺。3人の前に出られない。式に招く資格はない。
おのれに活を入れた。
手紙を読む。お茶淹れを教えてくれた先輩は、
おひさしぶり。覚えていてくれてうれしいわ。お招きありがとう。結婚おめでとう、よかったわね。
海外、ぜひ行きたい!
子どもはもう独り立ちしたからともかく、夫がね。もう歳で、ひとりにしてはいけないの。もちろん参列はしたいわ、国内ならね。
いまできるせいいっぱいの返事。
家族を大切にしてね。
仕事を教えてくれた先輩は、
育てたかいがあった。こういう報せがきっと届く。自信があった、おめでとう。
驚いたわ、海外!
子どもがまだ小さくて。ひとりではいけないの。
本当に、本心から行きたい。成長したあなたの姿をぜひ見たい。休むことならなんとかできる。
海外なら記念写真を贈ってくれると、とてもうれしい。
3通目、渡辺。宛先は前の前に住んでいたアパート。忠弘の旧宅に転送され、さらに新居に転送されていた。
情報通の渡辺が手書き。
長形四号、真っ白、郵便番号欄なし。封を切った。
必ず行きます。
便箋のど真ん中に潔く縦書き。たった一文、たった一枚。
文字の黒々しさ、書いたボールペンのメーカー、ミリ数までわかる。教わった、だから教えた。
総務畑ならこれを使え。
忠弘が書斎から出てきた。
「さぁや。いちだんときれいだな」
「うん。忠弘も格好いい」
産んでもらった、育ててもらった。出会ったすべてのかたがたへ。
「さあ、気合を入れて料理しますか!」
怒鳴られ叱られ見下され、どんなに非力でも心で刃を払え。常に先陣を切ってたちむかえ!
料理中、視線を感じる。入り口からこちらを見ている。
あえてふりむかず、資料どおりに作りおえた。
「できたよ」
瞬時に飛んできた。
万年新婚ふたりでいただきます。
「どういう便りだっただろうか」
「渡辺君はね」
そのまま見せた。
「了解した」
「先輩2人はね」
「わかった、式の場所を決めよう」
目がなにやらな形に。
「フランスにしようか」
「うん!」