95 話しあい。
White Day 2019
あの、渋~い補佐が。
現在に至るもしおり宅で監禁、もとい容赦なき情事の真っ最中。
「フィアンセ君はどうなったの?」
「気が移りやすいの、しおりは。恋多き人だもの」
あっさり。
「2人はもう1か月以上欠勤している。いいことだわ」
雲の上の上司は無事か。
「係長にはいいというまで課長補佐を兼ねるよう伝えてある。今年度のノルマをとうに達成した猛者、安心して任せられるのよ」
家事を全部任せる? まさか、絶対私がやる。疲労がなんだ、空腹が、睡眠不足がどうした。
第一……。
「私の席をねらってくるでしょうね……ふふふ。愉しみだわ」
高貴な価値を手にした人には相応の責任が伴うそうです……。
「しおりもめでたくご成婚、家族が増えるかもね。すると?」
産後太り……。
「人間誰しも歳をとる。すると?」
中年太り……。
「しおりは顔、体。なにひとついじっていないわ。スタイルもご両親、ご先祖さまからでしょう。
所作まで天性? いいえ、物心がつく前から日本舞踊、バレエ、各種ダンス、モデルウォーキングをずっとかかさず続けているのよ。
あたしは美女。いえる自信がどこからわいてくるのかしら。
天から? 地から? 自分からよ」
白状した。
「人生最高体重を記録してしまいまして……」
「えぇえ見てすぐにわかったわ」
一本取られ返し。
「痩身エステの項目に見むきもしなかったそうね」
なにもいいかえせませんでした。
退職してからお化粧したの、何回?
実家で画面をぼけっと見ていただけ? CMだらけ、健康食品かダイエット食品、いますぐもうかります。あやしいものばかりだったでしょう。
需要があるからよ。
ゆったりしたやぼな服で家事せず歩かずおやつまで食べて、お風呂はゆったり夜熟睡?
太るのよ。
リラックスを覚えないで。
保湿は毎日必ず。洗髪を毎日するのと同じように。
下着はサイズのあったものを。服も同じ。
体、顔、肌、髪、爪。かなしいかな、すぐに油断しちゃうの。
適度に緊張感を保って。過度はだめ、リラックスしすぎるのもだめ。人は簡単に、楽に流れてしまうから。
「服は着られればいい。化粧は肌にあわない、ノーメイク万歳。素のままでいい。赤ちゃんのお肌はとても敏感。わかるわ。
人はひと、あなたはあなた。私はいまのあなたと話しているの」
しおりが選んでくれた服が入らなくて、実家においたままのやぼな服と下着で、ノーメイクでまいりました。
「日焼けどめを塗らない、リラックスを覚えきったその服。
多様な価値観というのなら。古~い価値観も、存在していいわよねえ。
許可はとらない、あえていうわ。ほかの誰でもない、あなたが。
自分を捨てていない?」
忠弘お願い、どうか私を捨てないで。
「百年の恋も一時に冷める」
真っ青になった。
「少年からなにか、らしいことをにおわされたのでは?」
「うっ」
さすがのご烱眼。
「……実は」
「えぇえ知っていたわ。スワンダブル、この目で見てみたいわねえ」
「事前に教えてくれても……」
「あぁら。あなたゲーマーでしょう」
初見プレイは一度きり。
隠し通路、隠し武器、特殊な方法でしか見つからない宝箱。
検索し、存在や発見方法をプレイ前に知ったなら。見つけ、とりにいくことはもうゲームではない。
わくわくも、どきどきも、興奮も驚きも感動もない。無感情の、単なる作業。
「教えてほしかった?」
「いいえ……」
事前に遅くなると連絡を入れていた返事は、

さやがより美しくなる。いいことだ。
理解ある夫に感謝。
とっぷり暮れたころ、
「いちだんときれいに……」
つやを帯びた瞳でほめてくれる。うれしいよ、うん。
「おそろいの腕時計を作ってもらったの。私に贈って」
「任せろ。楽しみだ」
「どんなのだろうね」
「見ていないのか?」
「うん。ふたりで初めてを一緒に見よう」
「実にうれしい」
「忠弘も髪の毛をさっぱり切ってもらったね」
駐車場に到着。
「もう遅くなったから、まずごはんにしよう?」
「うん」
食事中、
「いつもおいしいよさぁや」
「食後に一緒に時計を見よう。そのあと相談があるの」
かけひきなし。
「……なんだろうか。
気になる。妻の相談にのれなくてなにが夫だ、時計を見る前に聞きたい」
ふたりで歯をみがき、メインリビングルームへ。抱っこをさらりとかわしてきりだした。
「私、太ったの」
運動してやる。適度に散歩? いいえ、ダッシュよランニングよ!
深くふかく反省した。
人とは顔でもスタイルでも歳でもない。いかに自分でやったか、他人任せにしなかったかで決まる。日がけ月がけ心がけ、ただでできる努力はなんでもやる。
「エステで教わったの。美貌を保ちたいのなら保湿、以上」
きょうのお手入れが将来必ず現れる。化粧道具は正しく優しく洗う、さぼらずに。
「……セックス後はお肌つるつるという話はどこへいった」
「じゃあ、山本家の家訓をいいます」
「いい響きだ、家庭そのものだ」
とたん喜色満面。
「1. 笑顔」
「いいな、営業の基本だ」
「2. 保湿」
「……3は」
「食事」
「うん」
「4. 睡眠」
「さぁやがいてくれれば眠れる。……そろそろ致す、はないのだろうか」
「5. 健康。病院を転々としたんだよね、さんざんいわれたでしょう?」
「……いわれた」
「6. 仕事」
「……ちゃんとする。さぁやは仕事ができる俺が好きなのだろう?」
「うん、大好き」
「任せろ」
「7. 家事」
「任せろ」
「以上かな」
「……さすがに俺の意見もとりいれてはくれないだろうか」
「そうだね。じゃ8は?」
「致す」
「9は?」
「以上」
「うん、わかった。家訓は以上。役割分担を決めよう?」
「……やくわり、ぶんたん?」
「そう。だって夫婦だもの。ふたりで共同作業しよう」
「実にいい……!」