もし眼鏡が壊れなかったら。

69 記憶鮮明編 もし眼鏡が壊れなかったら。

WED, 22 APR 2009

 オムライスを食べおわったあと。

「すまないが……」
「なんでしょう」
「……その」
「はっきりいいましょう」

 食器をかちゃかちゃ洗っていた。

「……ふれたい、のだが」
「はあ。なんでしょう」

 あすの宝飾店は号数とやらを測らせるだけ。

「……さやにふれたい。さわりたい」
「ハラスメントです」

 さっさと米を研いで寝よう。

「おかげで、……ぐっすり眠れているのだが」
「よかったですねえ、同情したかいがあります」

 1日に2回も研がないといけない。

「その……ふれれば、……もっとよく……」

 ジャーのタイマーをぽんと押してセット、これでよし。

「さっさと眠りましょう」

 ふりむくと0ゼロ距離、直近にいた。
 たくましい胸筋。パジャマが筋肉で浮いている。ちらり上をみた。ぶつかる熱い視線。

「さわり……たい」

 身をかがめてきた。くちびるがふれそう。

「性急な男性は。いいましたよ」

 ぷいと横をむいた。

「キス……したいのだが」
「帰ります」
「せめて……ふれたい」
「宝飾店、なしでいいんですね」

 さっさと横をとおりぬけよう。
 手首をつかまれた。

「離してください」
「手をつなぎたい!」

 手首を強く持っていかれた。恋人つなぎ。

「……やさしい手だ」

 まるでなにかが満たされたかのよう。

「さや、……腕時計はしないのか? 贈りたい……」

 うっとりとした表情。指で遊んでいる。

「ずっとつなぎたい……とても離せない……このまま」
「いいかげん、私の意思を無視するのはやめましょう」

 動きがとまった。

「自分さえよければいいんですか」

 表情も消えた。

「私の意思は無視ですか。離してくださいといいましたよ」

 ゆっくり、だらり。手が離れる。

「……すまない。帰らないでほしい、ここにいて」

 横をとおりぬけて寝室へ。
 後ろから重い足どりがついてくる。

「……一緒に眠りたい」
「ぐっすり眠れているんでしょう」
「どうか……一緒に」
「じゃあ」

 くるりと後ろをむいた。視線をあわせ、

「一度だけ一緒に眠る。宝飾店にいく。どちらかひとつ」
「宝飾店は約束だ!」
「言い直しましょう。指輪をはめてあげます。一度だけ一緒に眠ってあげます」

 驚き、困惑、いりまじった表情。

「眠ってください、でなければ帰ります」

 今度こそ寝室に入ってぴしゃり戸を閉めた。

 予備灯だけの暗い部屋。
 思い直し、くるりと後ろをむいて戸を開けた。
 捨てられた5歳児が泣いている。

「出社もおぼつかないようですね」

 まったく。

「金曜日の夜に抱きしめてあげますよ。
 いますぐ空き部屋にいって眠らないと本当に帰りますからね!」

 すっ飛んでいった。
 
 

 寝室で眼鏡を外し、ベッドにもぐる。携帯電話がふるえた。はいはい誰?

山本忠弘
山本忠弘

金曜日の夜が楽しみだ。一生金曜日の夜でいい。好きだよ、さや。

 眼鏡をかけて、

加納清子
加納清子

まだ眠っていなかったんですね。

山本忠弘
山本忠弘

もう眠ったとっくに眠ったおはようさや、好きだよ。きょうは金曜日だな。