未来予想図 ねこ、白。

66 記憶鮮明編 未来予想図 ねこ、白。

 忠弘が平日午前、慌ただしく家に帰ってきた。

「さぁや」

 せっぱつまった声で、ただいまもいわず居間に入ってくる。よれよれの使い古された、ふたが開いた段ボールをそっと畳のうえにおく。
 なかを見ると一匹の仔猫がいた。

「道路のど真ん中に捨てられていた」

 車でとおりかかり、もしやと拾えば案の定。
 予定の先方にはひとまず連絡し事情を説明して急遽一時帰宅したという。

 憤りを隠さない忠弘。決してなじらない男が哀しんでいた。

「一歩間違えれば……」

 夫の濡れた瞳にくちびるでそっとふれた。

「泣かないで」
「……うん」

 巨大邸宅には各科お抱え医師が常勤している。

「任せて」
「……うん」

 忠弘が心配そうに、助けを求めて泣く本能すら喪った三毛猫を見つめる。
 意を決して視線をはずすとくちびるにふれ、ためらいなく仕事に戻っていった。
 
 

 その日、午後5時すぎ。
 帰宅した忠弘が、

「ただいま」

 家族がそろう居間に入っても今日ばかりはスーツのままネクタイもゆるめない。

「おかえり。ね、見て」

 まばたきするという行為も、存在意義すらも喪っていた仔猫はもう、慄えてもおびえてもいなかった。

「……よかった」

 忠弘がそばによって座り、そっと抱きあげる。きれいさっぱりシャンプーして毛がふわふわ。なでると気持ちよさそうにか細くにゃーと鳴いた。
 満足したらしい、そっと妻に預ける。

「着替えてくるよ、さぁや。父さん、有弘、レイア」

 忠弘がネクタイをゆるめながら立ちあがり、

「名前、どうしよう」
「もう決めたよ」
「さすがさぁや」
「ねこ」
「いい名前だ」

 異国の言葉は孫の名前しか受けつけない、老いた父の許容範囲。ちいさな命、君の名は山本ねこ。

 後日、同じような経緯で今度は仔犬を拾った際は老いた父が名づけた。真綿のようなちいさな命、君の名は山本しろ