66 記憶鮮明編 未来予想図 ねこ、白。
WED, 22 APR 2009
忠弘が平日午前、慌ただしく家に帰ってきた。
「さぁや」
せっぱつまった声。
ただいまもいわず居間に入ってくる。よれよれの使い古された、ふたが開いた段ボールをそっと畳のうえにおく。
一匹の仔猫がいた。
「道路のど真ん中に捨てられていた」
車でとおりかかり、もしやと拾えば案の定。
予定の先方にはひとまず連絡し、事情を説明して急遽一時帰宅したという。
憤りを隠さない。決してなじらない男が哀しんでいた。
「一歩間違えれば……」
濡れた瞳にくちびるでそっとふれた。
「泣かないで」
「……うん」
巨大邸宅には各科お抱え医師が常勤している。
「任せて」
「……うん」
心配そうに、たすけを求めて泣く本能すら喪った三毛猫を見つめる。
意を決して視線をはずすとくちびるにふれ、ためらいなく戻っていった。
その日、午後5時すぎ。着替えて居間に入ってきた。
「おかえり。ね、見て」
まばたきするという行為も、存在意義すらも喪っていた仔猫はもう、慄えてもおびえてもいない。
「……よかった」
香水を落とした忠弘がそばによって座った。
そっと抱きあげる。きれいさっぱりシャンプーして毛がふわふわ。なでると気持ちよさそうにか細くにゃーと鳴いた。
「ただいま。さぁや、父さん、有弘、レイア……あ」
「なに?」
「名前、どうしよう」
「もう決めたよ」
「さすがさぁやだ」
異国の言葉は孫の名前しか受けつけない、老いた父の許容範囲。ちいさな命、きみの名は山本ねこ。
後日、同じような経緯で今度は仔犬を拾った際は老いた父が名づけた。真綿のようなちいさな命、きみの名は山本白。