53 釣り。
SAT, 27 NOV 2010
今夜も独り寝。
夢で、乳房を激しくもまれた。乳首を舌で、くちびるで。
さーや……愛している……あいしている……
1週間後の朝。
「どうだ?」
このまま仕事を続けてほしい。もう習慣になっているようだし……。
「ドライブしないか」
大人のやさしい笑み。
車中、趣味の話をした。
「あまり釣れない、へただ。友だちに週末どうかと誘われても年に2、3回しかいかない。さっぱり上達しないがたまに、頭を空っぽにして帰る。
やってみるか?」
車と同じ、ぴんとこない。
「ありがとう、いまはいい」
……あれ? ここ?
「どこへいくの?」
「釣りに」
玄関でふたり、靴を脱ぐ。
ひょいとお姫さま抱っこ、黒光りの木の廊下に重い足音が響く。
一番小さな和室という二十畳程度の真ん中に衝立。蒔絵が施された衣架に見事な留袖がかけてあった。
住まいにふさわしい服に着替え、むかった先は調理場。
曲げ割っぱのおひつ3つにつやつやご飯が山と盛られていた。ほどよく切った焼きのり、磯の香りがぷんぷん。紀州のおだやかな色・食感だろう梅。おかか・鮭・たらこ・いくら・昆布。肝心のお塩。
手を水で濡らさないといけない。ひさびさで、あやうくそのまま握るところだった。
大きな丸皿がどんと3つおかれていた。いったい何号なのやら。あれに盛れっていうんでしょう、はいはい。
和服にたすきがけで次々握っていく。具ごとに順に並べなかった。とにかくきれいに盛っているとわかればいいだろう。
奮闘後、おひつのご飯をようやっと空にする。具はやっぱり余った。複数の、おそらく使用人が現れ、1つずつ丸皿を持つ。
場所は遠くなかった。引き戸を守る使用人のいずまい、威圧感。
三十畳程度の南向きの部屋に入る。
空きのざぶとんが下座に2つ。
上座の老人は驚いていた。
一世紀近くこの国を見つめてきた瞳をかっと見開く。幾人をも叱咤してきただろう口がぽかんと開いている。
「いただきます」
老人は手をのばすものの、腕ごとふるえていた。
真向かいに座る食欲旺盛な忠弘が山を次々削りとっていく。そろそろなくなるかというころ、一番近いものをぐいと握りつかんで口もとによせた。
ありえないものを見るかのように凝視したあと、まがいものの歯で搔っ切るように。
「あー……ああー……」
口からもれる、
「ぅあーーーああーーーー……あぁーーーー……」
忠弘が縁側へむかい、降りて庭にある池のへりに腰を下ろした。釣り竿らしきものを持って。
「忠弘君、や」
大きくも小さくもない、よく響く、しわがれた声。
「はい」
「わしの。な。
息子になってくれんかのう」
飾らない素朴な、まるで思春期の少年のよう。
「いいよ」
背をみていた。
「公式に、とかはいやだ。それでもいいのなら」
室内に戻り、妻をひょいとお姫さま抱っこする。
「たまに帰るよ。父さん」
「……そう、か」
「さぁやの飯、うまいだろ。驚かせにきたんだ」
「ちと過ぎじゃ。握り飯までとは聞いとらん」
「次のリクエストは?」
「なんじゃそれは」
「次に、なにを食いたい?」
「……なんじゃ、それは」
「ない?」
「……里芋の、煮っころがし」
どうしよう、作ったことがない。
「わかった」
部屋の外にすべての使用人が集結していたという。
あのとき視線で殺した者が廊下の両端にずらり並ぶ。全員正座し、両手をつき、頭を黒光りする床にこすりつけ、見事な日本庭園で90度腰を折った。
「俺たちは生涯新婚だ。いつとはいわない、そのうちくるよ。じゃ」
くちびるにふれ、
「さぁや。目を閉じて」