話は続く。

四四 話は続く。

MON, 20 JUL 2009

「木下さんの存在。気になるでしょう?」
「……まあ。うん」

 正直。と~っても。
 こちらからは近づかないなぞの同期。

「情報通という渡辺君がなぜ、少年の相手は木下さんと吹聴したか。わかる?」

 渡辺、木下、忠弘。
 うそをつかない3人が食い違う主張。

「木下さんのほうから少年に接近したのよ」

 受けとめよう。静かに聞いた。

「木下さんは少年の親戚なの」
「あっ……」

 そうか。

「木下さんと少年は顔かたちが似ていた。頭のできも似通っていた。美男美女、似合いといわれていたわね? 間違いじゃない、血がつながっているから。
 木下さんは、自分の両親があのとき少年を見捨てたと知っていた。それとなく少年に接近し、謝罪の機会をうかがっていたのよ」

 営業課と秘書課は席が近い。
 色恋ざたに通じている後輩でなくとも。

「木下さんのそれらしき、あれっという言動を知っていたのでは?」

 よくうなずいた。

「御社へいったとき」

 なぜ渡辺を上回る情報をあの時点で入手し、今後までも判断できたのか。

「それだけ注意深く彼を見ていた。それらしきことも聞いていたわね?」

 うなずいた。

「さぞ謝罪したかったでしょう。
 遅すぎる、時間はもとに戻らない。あのとき救わなければのちのち謝っても侮辱にしかならない。
 かわりに彼を幸せにしてくれる人を探していたのよ」

 社内で嬉々としてキスを投げた忠弘。内勤の秘書課。

「親戚の件を少年に伝えてはだめ。披露宴すらしたくないなら激怒するだけ、最悪あなたに牙を剝くわ。三日逢わなかっただけで殺されそうだったんでしょう?」

 死んだ目を思い出すだけで声も出ない。

「禁句はもうだめ。ひたすら愛しなさい」
「木下さんを結婚式に呼ぼうと……」
「だめよ。
 少年にも洞察力がある。自分と木下さんの顔が、あれ? 程度は気づいているはず。
 まったく相手にしないのに、懲りずに何度も再接近。
 調べればすぐにわかるのよ、最悪いまもう知っているわ。どう?」

 力なく否定した。

「あなたが木下さんに嫉妬したと少年に?」
「……言っちゃった」

 渡辺の情報からだと知ったら。

「少年はあなたのこととなると許容範囲がせますぎる。
 喪いたくない、いえ、捨てられたくない一心であなたは助かっただけ。自覚しているわね?」
「……うん」
「もう恐れてはだめ。すべて受けとめて。あなたはあなたでいればいいの」

 たいしたことはできない。
 なでてあげよう。キスして抱きしめよう。

「あとなにか、少年の言動についておかしかった、気づいたことは?
 いまいっていま答えろで悪いけど、そこまでの経緯とは知らなかったし、少年の許容範囲で私たちがあなたに会えるのはもう結婚式までないわ」

 聞いてもらわなくては。いえるだけ、なにか……。

「結ばれた日、ひどいことをいったら。なぜ奈落の底に戻らなければいけない……」
「……よく生きているわね」

 下をむくしかなかった。

「少年を愛して。あとはなにもいらない。体力がもたなくとも愛して。愚痴を私たちにいうのはいい。
 お願い、少年にはいわないで」
「……うん」
「ほかには?」
「……贈った腕時計を見せたら、同じもので女物を作ってくれ、ネックレスと同じだ、さーやとそろいの時計がしたい……」

 ずっと黙って聞いていたしおりが、

「あれはね、40年間ただ飾られていた品だったのよ」
「……え? だって、出されたばかりの新品だったよ?」
「あの店には多くの上客が訪れ、誰もが大金を、立場肩書名誉家名をふりかざしてよこせと上から命令した。
 オーナーはにこやかにほほ笑みながら全員にうそをつきつづけた。

その時計は売約済みです。引き取られるまで飾っているだけです。

 なぜ清子という、一般人で一見の客に?
 気に入る理由を聞けたからよ。
 ずっと待っていた。40年前、あの時計を作った直後引退した偏屈な技師のために、あなたを。

加納清子
加納清子

惚れた男が贈ってくれた石と同じ色の、この時計がいい。

 日本一の宝飾店のオーナーを動かした。
 もしあたしが、いいえ椎名課長が、いいえ会長でさえ、欲しいとただ命じてもショーケースから出してもらえない。かりに売ってもらえたとしても天井知らずの金額を要求される。
 清子が気に入ったからよ」

 あのときは、これがいい。はいどうぞ。
 あっさりとにこやかに。安心して包んでもらった。あとはもう、喜ぶ顔が見たかった。

「山本某が家に閉じこめる理由。
 椎名課長は聞きづらいだろうからあたしが」
「やめなさい」

 仲がいいのに言い争い?

「……教えて。2人とまともに話すのも、ひょっとしたらこれが最後かもしれない」
「いましかないわね。
 あの老人となにを話したの?
 その前に、あの老人が勃つわけがなくとも、おさわりくらい? 疑ったわね。
 そんな下衆のもとへ椎名課長がむかわせるわけがない! 一代で大会社を興せるわけがない!
 清子の度胸があたしたちを動かした! 時と場合、相手を選びなさい!!」

 ありえないと確信したのに謝らなかった。

「信じられない人脈を突然動かす意味を自覚できないから出さないのよ。
 同情するわ、このあたしがね!
 なにを話したの。清子の、ひいては山本某のためになることなのよ!」
「しおり!!」

 叱る先が違う。

「未来のわが子がかわいくてやったんだもの。そうでしょう、椎名課長」

 もう、ひょっとしたら。
 テーブルの下でおなかに手をあてて話した。世界一の監獄で30年間すごした老人の涙。

「そろいの時計をあたしたちに頼むようじゃ1週間と在籍できない。
 椎名課長は丸裸のまま営業一課へ放り投げる山本某のために、会長が披露宴にと招待しても世界一の邸宅から出てこなかったような人脈を用意したのよ。
 もう一声。いいわよね」

 椎名が顔をそむける。

「山本某を案内している男性、誰だかわかる?
 ヒントで気づいたでしょう。あたしたちが、椎名課長が唯一膝を折る会長ご自身よ。
 もとは一般人で、びびりな夫人のそばをかたときも離れたがらない一筋なお方なの。
 あのあと報告のついでに、

椎名玲
椎名玲

初めて一本取られました。

 たった一言で会長は夫人をひとりおき、プライベートジェットを単身緊急発進させフランスから日本に一時帰国した。
 あたしたちの会長すら動かしたのよ」
「どう答えろと?」
「内助の功でしょう、そのまま山本某を愛しなさいよ。
 いまごろさえないスーツそのほかを処分させられているから」
「もう、あんなにセンスがいいのに」

 さらには格好よくてちょっと滂沱でかなり鼻血で。

「会長の着こなしは世界最高よ、見せつけられているのよ直接。しっぽをふってきゃんきゃんいうなりになっているわ」
「ひどいなあ、もう」

 けさ会長とやらに会わされた。にたりよったりだろう、偉いやつは大嫌いだ。

「ほかにはないかしら?」

 いま聞かなくては。

「忠弘が得意先に呼ばれたときお昼に連絡がなかった。
 夜にやっと、お茶の件をまったく知らない内容のメッセージが入ったの。
 愛情多過で仕事のできる入社2年目の社員を月曜日早朝に。かなりおかしい。なにか知っていることはない?」
「弊社が手を打ったからよ」

 やっぱり。

「少年の私用携帯電話に連絡を入れたのは補佐の直属の部下、係長。
 一課の男たちはみなエース、約百人。誰もがなりたいとのぞむ役付はたったの5名。係長3人、課長補佐、私。
 主要取引先の階級制を知っていた、お茶の件だけ知らない少年は早朝でもいうなりになった、なるしかなかった。
 状況をすべて掌握していた補佐が御社をつぶしにかかった。
 混乱させ、誰もが事実を知らないあいだに攻撃。跡形もなく瞬時に。
 大会社の体面よ、わかるわね」

 うなずいた。

「非常事態がおきたとき、すぐに手を打てる人物は上層部ではなく、入社2年目の山本少年ただひとり。
 これが御社に対する評価だった。ちょっと違ったわね、あなただけじゃない、木下さんもおそらく……。
 C社の知人とは初対面だったはず。こんな細い線で突破口を開かれた。
 完全拘束してもよかった。つまらなくてわざと電波を遮断しなかった。
 身体は完全に拘束したわ、宿泊先から一歩も出さなかった」

 入社2年目の社員は仕事先でルームサービスを頼めない。

「一から情報を収集し、まっとうな人物を探しあて接触し、即日自社に足をむかわせた。
 最上階に泊めさせたのに脱出時間不明、室内外に器物破損の形跡なし。備品はそのまま、きれいさっぱり片づけられていたという。一度や二度の、偶然程度の経験ではできない。
 私たちも営業で食べてきた、ある程度歩いたわ。
 一瞬一秒に命をかけ、食うやくわずで眠らずねむれず、装備品ほぼなしで1000kmを踏破したことはない。おそらくあの程度はお手の物、いえ準備さえしていたでしょう。
 少年は私たちの評価以上。知人からの話を聞くことにしたの」

 ワインを口にする。

「あなたの後輩についてちょっとだけ話しましょう。
 小賢しいだけ、歯牙にもかけない。
 情報を先に知ってもなんの手も打たなかった」
「違う、私が」

 あまりに評価が低すぎる。

「少年がとめなかったらどういう行動に出たかしら」

 いやな予感がした。

「事実という名の上層部に対する不信を植えつける。
 不安にかられた社員は浮き足立ち、対処と応対を間違えてしまう。

茶をぶっかけたやつが悪いんです。

悪者はわれ先に逃げました。

 こんなところかしら。どこの会社も即取引停止よ」

 ため息をついた。

「平時が有事となったとき、たちむかって事態を打開するのではなくわれ先に逃げる。そんな者に用はないわ。
 矛盾だらけの組織、内情を知れば転職したくなる。こんなご時世、要領よく生きないとねえ。
 入社半年で遁走。あなたの同期に3か月で辞めた、入社試験の成績だけはいい人物がいたわね。実態は?」

不明
首席
同期

どうして誰もボクをちゃんと特別扱いしてくれないの?

「……甘いな」
「3か月も半年も同じよ。
 転職をすすめる者は誰もがいう、若いうちに。
 リスクもある。履歴書に一生残る、調べればわかるのよ。
 履歴書をごまかしたかどうかの証明を直接その場で無料でやってくれた公共機関があると知っているわね?」

 うなずいた。

「渡辺君に対する評価は間違っているわ」
「……私の教育が間違っていた、の間違いだよ」
「かばうのは少年だけにして。
 今回はまっとうな人物があなたを正当に評価した。
 御社では普通に仕事しても利用され、見下され、つぶされるだけよ。わかっていたでしょう、返事はけっこう」

 完璧な所作で椎名のグラスにワインを注ぐしおりが、

「あたしからも少し」

 終わりの言葉を待っていたかのよう。

「……よしなさいよ」

 階級制の頂点、営業一課長の実態。
 文句なしの業績をたたきだし、株価をも動かす。

「4か月は勉強期間なんだ」
「ついてこれるかな?」

 きっとあんなふうに、真剣に。
 そっと見守って、ごはんを作って食べさせて、ちゃんと寝かせて。

 これから生活、するんだあ……。