40 3人よれば。
WED, 28 JAN 2009
「なれそめから、ぺ~らぺらどうぞ」
忠弘に1ダースのお弁当を出してくれるという。しかたがない。
「入社式、かな」
さっぱり縁がない超高層ビル最上階のバーでお重をいただきながら、さあなにもかも……いやだ。
「忠弘、格好よかったな。
青くてスーツに着られていた私と違って、年上かなが第一印象。
隣に木下さんっていうきれいな女性がいたの。ああいう人とつきあうんだ、私は関係ない。
怒られるからこの場限りにしてね。去年1年間、忠弘のたの字も思い出さなかった」
「きゃーーーっはっはっは!」
盛大に笑いだす2人。
「新卒正社員で入れたんだよ?!
試用期間、恋愛どころじゃない。へたしたら首、無職。ひたすら上司先輩に頭を下げていた。
誘われたら間違いなく冷たくあしらったな、余裕ないもの」
好きほうだい笑っていた。
「宝飾店勤めの友だちにこのネックレスを頼んだらしいのね」
銀のタグをつまむ。
「11月の誕生日前日、突然どこかに出張を命じられて渡せなかった」
さらに笑う2人。
「すぐ十日後が忠弘の誕生日。私からなにかプレゼントがあるかも、期待して待っていたって。でも日曜日で」
アクションがさらに激しくなった。テーブルをぶったたいている。
「イヴもクリスマスも体を空けて待っていたらしいの。
私は忠弘の存在すら忘れていたから」
おかしすぎて涙まで出ているもよう。腹筋が大活躍だ。
「独り寂しくケーキを買ってマンションで待っていた。
私はアパートでゲーム中」
「や、やめて清子……ははは」
「バレンタインも待っていた。
ゲームに熱中、チョコレート? さあ」
「あーおかしい! さすがよ清子さん!」
「会社でチョコをいっぱい贈られて、私のがないか探した。
あるわけがない。山本? なにそれ」
笑いつぶしてから帰ろう。
「来年は期待しているって。
意地を張っていたときに聞いて、ありえませんって断言した」
写真をシェアしちゃおうか。
「入社2年目の春。
先輩と呼んでくれる後輩に追い抜かれるよう育てろ。
ちょっとかなりくやしいな。でもやらないと。
けっこうどろどろな内心の私の隣にきたのが渡辺君。
吸収力高くて応用もきく。ただの新人じゃない。
いつまで背中みせられるかな。あせりながら楽しくみえるよう教えていた。
4月中旬、新年度の緊張もおさまったころ私の机に朝、忠弘がきた。

おはよう。
つやのある声。作った営業スマイルじゃない、愛している犯ってやるって顔。
次の日も、また次の日も同じようにあいさつした。
まわりの雰囲気は、
山本君がまたきている。
交際相手がちゃんといるのに。
なんで別人のところに。
私も同感。次からはもう、きそうな雰囲気を察して席を立って無視した」
2人は全身ぷるぷる。大声をあげて笑いつづけた。
「完全に存在を忘れそうなころ、営業課に手伝いを頼まれた。
お茶くみコピーとりは女の仕事……とっくに終わったよそんな時代。
無言で従うは同意とみなすといわれても、もらったお給料とボーナスに上司先輩の考えを変えて組織と上層部をひとりで変革するお代は入っていない。
いやなら辞めろ? 組織も社会も矛盾だらけ、だましだましつきあっていくしかないでしょう。外に出るスキルが、力がないうちは。お金もないし。
もやもやしたまま応接室へいったらお客さまと忠弘がいた。
ありがとう。お礼してくれた、うれしかったよ。あくまで同僚としてね。
気があるそぶりはもういいかげんにして」
笑い涙する2人。
「同じようなことが一度だけじゃなく何度もあったの。もう頭にきた。
7月だったか、5時すぎに忠弘の話題が出たのね。いち推しだって。

私あの人大っ嫌い。
本人がいて全部聞かれた。
ちょうどいい、せいせいした。もうこれでこないだろう」
まともに座ってもいなかった。
「最近になって忠弘から残業を頼まれた。仕返しかな。いいよ、やってやる。
時間が遅くなって、マンションに泊まれっていうのね。好奇心もあってついつい……いやいや相手がいるんだ、預かった鍵もお金もおいて出社した。
忠弘はいたまま。帰っていないから徹夜だ、さすがに心配して聞いた。

残業してくれてありがとう、週末うめあわせをしたい。
デートのお誘いだよ? 信じられなかった。
んなもんいりません、私そちらさん生理的に受けつけません、大っ嫌いです」
ついに2人はカーペットのうえで笑い転げた。
「忠弘が周囲に怒鳴り散らしたって。ふうん、二股先からけられただけなのに」
シェアは動画のほうがいいな。
「酒場で渡辺君から聞いた。モスコミュールおいしいんだあそこ。
帰ろうとしたら待ちかまえていてねえ。はあ、こんなところまでおつかれさま。
無視したら、

君の手料理が食べたい。
いくらなんでも、相手に頼め。
いないってそういう人。……そっか、ひょっとして本気だったのか……ちょっと反省。
じゃすまなかった。
その場で謝るべきだった。ごめんなさい、頭を下げて。ちゃんと正直に伝えればよかった。

おまえは態度をころころ変えるんだな。どれが本当でなにがうそなんだ。
軽蔑するってわかっていた。あきれてくれるだろう、意地を張って突きはなすしかなかった。
さっきの、

友だちだから。
人生初。びくびく言ったよ。
なんで渡辺君が先輩と呼んでくれるかわからない。
どうして忠弘は想ってくれるんだろう。
性体験もみじめなだけ。半分、ううんほとんど私のせい。期待していなかった。自己評価? 低くて当然」
なじらない忠弘のようすを伝えた。
「ずっと誰かがむかえにきてくれるのを待っていた。
そんな人があらわれるまで家政婦だけはしよう」
2人は笑いをおさめていた。
「最初で最後かな、お弁当を持たせて送りだした。お昼社内から、

お弁当もおいしいよ。
さーや……ところどころが5歳児のまま。怒らせても人前でも……えっちの最中でもすがって甘えるんだよ。
みてしまった。忠弘のからだ、無数の傷」
「どれも生死に関わるような、まともに治癒もしていない、汚い傷ばかりだったのね」
うなずいた。
「記録には残らず、調べられなくても想像はできる。
屋根の下にいたこと自体まれだったのでは? 寝具にさわった回数もまれ。食べ物にもありつけない日々がどれだけ続いたか。
逃走していた、ひとめにつかないよう周囲の気配に強迫観念さながらとらわれつづけた。眠れるわけがない。アスファルトの上すらまともに歩いていなかったでしょう。
お天道さまの下も歩けず、夜に先が見えなくて足を踏み外し崖から転落、大傷だけではなく骨折も多々だった。おそらくまっすぐには治っていないはず……続けて」
重い足音の理由。
「眠れないっていうの。添い寝したら襲われ……てもいいけど、表面上は同情したってことにして、別の部屋に泊まった。
起こしにいったらねえ……ぱんだでしたよ。ほんっっっとうに無防備なの。
え、パンダじゃない? 白黒2値じゃない?
ぱんだですよ! いぬ派ねこ派って分かれているでしょう。派閥の違いは価値観の分断、決して溝はうまらない……え? 話が違っている? はい、えーっと!
かわいくて無防備ったらパンダなの! どれだけ体格がよくてもパンダなの! 人類みなパンダ好き、嫌いな人いなーーーい!!!」
2人がしらけた目線をむけてくる。
「誰だって好きになる。みせたくないから一本取ったの!」
「派閥も分断も関係ないわよね?」
無視。
「たっぷり見とれて欲情しちゃった。気づいたらキスしていた。
起こしたくないくらい熟睡していた。

おはようさや、好きだよ。
……もうどうにもできなくなっていた。コーヒーだけは淹れた。
あ、そうそう」
「なにかしら?」
「私をもう外に出したくないんだって、たとえふたり一緒でも。
料理もなんだけど、もっとおいしいコーヒーを飲んでほしいの。リストにあった喫茶店へいきたい。マスターさんが実際淹れているところをみたいの」
しおりが、
「あたしだってけっこううまいわよ?」
「うん、プライドをへし折りたいんじゃない。
日本一のマスターさんがいるんでしょう?」
リストに自身の名を記載しなかったのはしおり。
「ま……話がおわったらね」