3人よれば。

40 3人よれば。

「さあ、ぺーらぺら白状して」

 これだ。
 着替えてバーでお重をいただき、忠弘にも1ダースのお弁当を出してくれるというからには洗いざらいしゃべるしか……いやだ。
 目の前にはしおりが注いでくれたワイン。

「なにに乾杯する? 清子」

 挑発をいただいたからには、

「結ばれたことに、乾杯」
「いいわねえ」
「その調子よ!」

 困ったものだ。

「どこから白状すればいいのかな」

 うなずき役がしおりで、質問役が椎名らしい。

「手始めに、なれそめからね」
「……入社式から、かな」

 あいまいな記憶をたぐりよせる。

「忠弘、格好よかったな。
 私は直前不眠になったくらい緊張していた。青くてスーツに着られていた私と違って、年上かな? が第一印象。
 隣に木下さんっていうきれいな女性がいたの。ああいう人とつきあうんだ、私は関係ない。
 怒られるからこの場限りにしてね。入社1年目の1年間、忠弘のたの字も思い出さなかった」
「きゃーーーっはっはっは!」

 2人が盛大に笑いだした。

「忠弘は、入社式で私を見てああいいなって。
 こっちは恋愛どころじゃなかった。試用期間でしょう、へたしたら首、無職。こわくて同期とか考えられなかった。ひたすら上司先輩に頭を下げていた。本当に余裕がなかった。忠弘に誘われたら意地張っていた最近以上に冷たくあしらったな」

 2人は好き放題笑っていた。

「宝飾店勤めの友だちにネックレスを頼んで作ってもらったはいいものの」

 銀のタグをつまむ。

「11月の誕生日前日、突然どこかに出張を命じられ渡せなかった」

 2人がさらに笑う。

「すぐ十日後の忠弘の誕生日。私からなにかプレゼントがあるかも、期待して待っていたって。でも日曜日で」

 2人のアクションはさらに激しくなった。テーブルをぶったたいている。

「イヴもクリスマスも体を空けて待っていた。私は忠弘の存在すら忘れていたから」

 おかしすぎて涙まで出ているもよう。腹筋が大活躍だ。

「独り寂しくケーキを買ってマンションで待っていた。私はアパートでゲーム中」
「や、やめて清子……ははは」
「バレンタインも待っていた。ゲームに熱中、チョコレート? さあ」
「あーおかしい! さすがよ清子さん!」
「まだまだあるよ」
「あーーーっはっはっはっは!」
「会社でチョコをいっぱい贈られた。私のがないか探した。周囲に誤解されたって。
 あるわけがない。山本? なにそれ」

 2人を笑いつぶしてから忠弘のもとへ帰ろう。

「まわりがみている前でチョコを全部捨てた。来年は期待しているって。
 意地を張っていたときに聞かされた、ありえませんって断言した」

 写真を撮って世界中にシェアしちゃおうか。

「入社2年目の春。先輩と呼ばれて気がひきしまったな。
 渡辺君っていう後輩が総務にきたのね。こいつやるな、負けられないな。
 会話が楽しくみえたのか、忠弘は現在も嫉妬中だって。
 4月中旬、新年度の緊張もおさまったころ私の机に朝、忠弘がきた。

おはよう。

 つやのある声で。作った営業スマイルじゃない、愛している犯ってやるって顔。
 感想、相手がいるっていう同期か。なに他人のところにきて思わせぶりなことしているんだか。
 次の日も、また次の日も同じようにあいさつされた。
 まわりの雰囲気は、

山本君がまたきている。相手がいるのに、なんで加納さんなんかに。

 気分が悪くて、次からはもう、きそうな雰囲気を察して席を立って無視した」

 2人は全身ぷるぷる。大声をあげて笑いつづけた。

「完全に存在を忘れそうなころ、営業課に手伝いを頼まれた。
 お茶くみコピーとりは女の仕事。終わりにしよう、もう。こんな考え。
 お給料もボーナスももらっちゃったし、お金に頭を下げているんだって耐えて応接室へいくとお客さまと忠弘がいた。
 まさか? いやいや、ないない。
 忠弘だけだった、ありがとうっていってくれたの。うれしかったな、相手がいなかったらね。気があるそぶりはもういい加減にして。
 忠弘には全部いえなかった。うれしかっただけ伝えた。お願いだからいわないでね?」

 笑い涙する2人は、いちおう了解だろうリアクションをしていた。

「同じようなことが一度だけじゃなく何度もあったの。もう頭にきた。
 7月だったか、5時すぎに忠弘の話題が出たのね。いち推しだって。
 いってやった、私あの人大っ嫌い。
 お約束のように本人が現れてばっちり聞かれた」

 聞き役2人を完全に笑いで制圧した。

「忠弘は奈落の底に突き堕とされたって。
 私はせいせいした。もうこれでこないだろう」

 2人はまともに座ってもいなかった。

「最近になって忠弘から残業を頼まれた。仕返しかな。いいよ、やってやる。
 時間が遅くなって、マンションに泊まれっていうのね。なに考えているんだろう。なんでそのとおりにしちゃったのか後悔した。預かった鍵もお金もみんなおいて出社した。
 忠弘はいたまま。帰っていないから徹夜かな。さすがに少しは心配して聞いたの。

残業してくれてありがとう、週末うめあわせをしたい。

 デートのお誘いだよ? 信じられなかった。
 いってやった。んなもんいりません、私そちらさん生理的に受けつけません、大っ嫌いです」

 ついに2人はカーペットのうえで笑い転げた。

「忠弘が周囲に怒鳴り散らしたって渡辺君から聞いた。ふうん、二股先からけられただけなのに。感想は以上」

 写真じゃなくて動画をシェアしようか。

「酒場で楽しく飲んで聞いたのね。モスコミュールおいしいんだあそこ。
 帰ろうとしたら忠弘が待ちかまえていた。二股先をこんなところまで追いかけてなにがしたいんだ、理解不能。無視したら、

君の手料理が食べたい。

 いきなりプロポーズだよ。さすがに聞いたの、相手に頼めって。
 いないんだって。……そっか、いままでのって二股とかじゃなくて本気だったんだ。ちょっと反省。
 じゃ済まなかった。話をちゃんと聞いた。

料理できない、カップラーメンしか作れない、やかんに水を入れてわかすしかできない、どうか同情してほしい。

 もう取り返しのつかないくらい意地を張ったあとだった。
 謝ればよかった。実はいいと想っていた。ちゃんと正直にいえばよかった。

おまえは態度をころころ変えるんだな。どれが本当でなにがうそなんだ。

 軽蔑されるってわかっていた。あきれてくれるだろう、意地を張って突きはなすしかなかった。
 私に友だちがいない理由。よく渡辺君、先輩って呼んでくれるよね。
 忠弘、どうして私を好きでいてくれるのかな……。
 自信なんかどこにもない。玲さんになにも言い返せなかった。
 性体験もみじめなだけだった。半分、ううんほとんど私のせい。期待していなかった、自分に。
 忠弘は私を一度もなじったりしなかった。こんな私を本気で好きで、私の言葉ひとつで死にかける。十分好きだったよ。
 よけい捨てられたくなかった。試すだけ試してえんえん意地を張った。
 忠弘は次々とプロポーズの言葉をくれた。うれしかった。いえなかった。名前も呼んであげなかった。ずっとそちらさんっていいつづけた。
 マンションには調理器具だけがなかった。ずっと私を待っていたの。迎えにきて、ごはんを作ってくれるのをずっと待っていたの……。
 学校にまともにいっていない、5歳で捨てられて天涯孤独……泣きたくなった。捨てられてもいいからそのときまで家政婦だけはしようって」

 笑いをおさめた椎名が、

「どういうプロポーズだったの? 覚えている限り教えて」
「……いっぱい、ありますよ」

 もし自分が逆の立場で、あれだけひどいことをいわれされたら。

「君の手料理が食べたい……」

 まごころを試されたら終わり。

「……さやが好きだ、結婚して。
 もてる男で、親しい友だちもいっぱいいる。……たぶん私にしか言っていない」
「でしょうね。続きを」

 椎名もしおりも、忿怒の形相ではなかった。

「好きなタイプは家庭的で控えめな女性。
 私はどっちにもあてはまらない。視野がせまいだけだった。ほかをみれば簡単に私を捨てる。うれしいも全部無視して意地を張りつづけた」

 だっていま、もうひょっとして。

「最初で最後かなってお弁当を持たせて送りだした。お昼社内から、

さーや、お弁当もおいしいよ。

 ところどころが5歳児のままだった。さやと呼びたいも最初だけ、いまはもうすっかりさーや。怒らせても人前でも……えっちの最中でもすがって甘えて呼ぶの。
 なんで私を好きなのか、理由を聞いた。

仕事ができる、美人だ、むこうみずな性格がいい……。

 誰にもほめられたことがなかった。うれしくて、いつ捨てられてもいい……でも見たんだ、忠弘のからだ、無数の傷」
「どれも生死に関わるような、まともに治癒もしていない、汚い傷ばかりだったのね」

 うなずいた。

「記録には残らず、調べられなくても想像はできる。
 屋根の下にいたこと自体まれだったのでは? 寝具にさわれた回数もまれ。食べ物にもありつけない日々がどれだけ続いたか。
 逃走していた、ひとめにつかないよう周囲の気配に強迫観念さながらとらわれつづけた。眠れるわけがない。アスファルトの上すらまともに歩いていなかったでしょう。
 お天道さまの下も歩けず、夜に先が見えなくて足を踏み外して崖から転落、大傷だけではなく骨折も多々だった、おそらくまっすぐには治っていないはず……続けて」

 重い足音の理由。

「眠れないっていうの。添い寝するわけにもいかないし。表面上は同情したってことにして、別の部屋で泊まった。
 起こしにいったらねえ……ぱんだでしたよ。ほんっとうに無防備なの。
 え、パンダじゃない? 白黒2値じゃない?
 ぱんだですよ! いぬ派ねこ派って分かれているでしょう。派閥の違いは価値観の分断、決して溝は埋まらない……え? 話が違っている? はい、えーっと!
 かわいくて無防備ったらパンダなの! どれだけ体格がよくてもパンダなの! 人類みなパンダ好き、嫌いな人いなーーーい!!!」

 2人が白けた目線をむけてくる。

「あんなの見たら誰だって好きになる。社内で言ったらあの男、すぐに脱いじゃうから見るなって意味で一本取ったの!」
「派閥も分断も関係ないわよねえ……」

 無視。

「たっぷり見とれて欲情しちゃった。気づいたらキスしていた。
 起こしたくないくらい熟睡してくれて、私がいないとだめっていうの。

おはようさや、好きだよ。

 うれしくて……でも、どうにもできなくなっていた。コーヒーだけは淹れた。
 あ、そうそう」
「なに?」
「忠弘、私がこうだからもう外に出したくないんだって、たとえふたり一緒でも。
 料理もなんだけど、忠弘にもっとおいしいコーヒーを飲んでほしいの。リストにあった喫茶店へいきたい。マスターさんが実際淹れているところをみたい。
 4か月だったよね、どうしても今日中に」

 しおりが、

「コーヒーなら、あたしだってけっこううまいわよ? 会社で飲ませたでしょ」
「うん、しおりのプライドをへし折りたいんじゃない。でも日本一のマスターさんじゃないでしょう?」

 リストに自身の名を記載しなかったのはしおり。

「ま……そうね。あたしも参考にしたいから一緒にいくわよ」
「当然、私もね」

 話がおわったら喫茶店へ、ということになった。