たー坊。

35 たー坊。

 朝食後、実家・加納家をあとにした。

 車のなかで眠れという忠弘。
 涙をにじませ必死に食事する母の姿を見ては、とても……。

「さぁや、どうした? 本当に明日の朝まで眠らせないぞ」
「ううん……あの、よるところって?」
「ああ……まあ」

 30分ほど車を走らせた忠弘は、海と港が見える丘の付近で車を停めた。
 黙ってついていく。忠弘はそのへんの野花をひっつかんだ。

 直径50cm程度の黒い丸い石には、なにも彫られていなかった。
 野花をおき、

「結婚したよ。父さん、母さん」

 忠弘の実家は稚内。

 気づいたら後ろからしがみついて、母のように声を押し殺した。

「泣かないで。ここにはもうこない」

 声がした。

「たー坊?!」

 見知らぬ老人。
 忠弘が動く。去る気だ、後ろに誰がいるかも忘れたように。

「ま、待って忠弘……」

 解けた手首を強くつかまれた。足早に丘をあとにする忠弘。

「たー坊、待て!」

 70歳を越えているだろう老人。走れない。
 忠弘に駆け足に近い速度でひっぱられ、車に押しこめられた。
 
 

 いい天気でも、オープンカーにせずすぐ発車。

「寝てくれさぁや。本当に、朝まで眠らせない」

お寺に身をよせた。

 さっきの老人。

住職に直接。

 多少調べたという椎名が直接いける距離。

「……あの、ね」
「どうした?」

 こんなときほど、観音様のほほ笑み。

「ごはんの支度は、したいな……」
「なぜ人は食わなければ生きていけない。眠らなくてもいいのに。性欲だけあればいいのに」
「そんなこと……いわないで……」

 あわせる顔がなくて、倒されたシートに身を任せ、ふとんを深くかぶって目を閉じた。
 香りを吸いこむ。

「俺が料理できたらな。さぁやに食わせてやれるのに」
「私がする……」
「眠れないか」
「……うん」
「なあ、質問に答えてくれないか。ほら、昨日の。さぁやの嫌いな男。
 つい俺のことばかりを聞いて襲った。運転ができなくなる、頼むから本当に、嫌いなタイプだけ。いいか?」

 子どもをあやすような軽い口調。

「じゃあ、あのねえ。愚痴になっちゃうけど。……いいかな」
「妻の愚痴のひとつも聞けなくてなにが夫だ。それで?」

 夫の希望だ。ふたりきり、この場限り。

「とにかく、仕事ができない男は大嫌い」
「俺も嫌いだ。恨みがかなりこもっているように聞こえるぞ」
「うん。ものすごーく。ストレスたまりまくり」
「俺は性欲たまりまくりだが……詳しく頼む、質問はしない」

 この場限りで、

「男性というだけで、歳を重ねたというだけで、仕事できない、していないのに肩書給与が上のやつがいる。
 こっちの仕事には口を出す。自分の仕事を押しつけて、電話もとらず椅子にふんぞり返って、暇さえあればフロアの外で誰かと無駄話、人脈作り。
 大っ嫌い!!」
「総務とはずいぶんひどいものだな」

 忠弘が、前を見て運転しながらつぶやく。

「あと。俺は仕事ができるんだぞ、茶を淹れるのは女の仕事だ。ふんぞり返ってお茶出しさせる営業の男が大嫌い」
「……俺の、ことか」
「違う! いつもありがとうって言ってくれたでしょう、忠弘だけだよ」
「……じゃあ、なんだ」
「忠弘以外は。
 頼むじゃなく命じて女を下にみる。片づけもなにもかも女がやってあたりまえ、奴隷以下って態度。
 女を下にみる男が大っ嫌い!!」
「相当ストレスがたまっていたんだな……あとでどこかで飲もう。それで?」
「上司に命じられれば仕事はするよ。
 頼まれた書類をわれながら完璧に出すでしょう。あとで叱られるの。

君ぃここはこうしてくれないと困るよ、いちいち説明させないでくれ!

 書類には、たとえば開催日が6月1日、曜日が月曜日とある。たいてい間違う。水曜日とか平然と書いてくる。
 どっちが正しいんですかって聞いて直すよ。
 でもね、結局曜日も日付も違った。
 わかれっていうの。間違った自分じゃなく、察せない私が悪いって。
 自分の仕事に責任も持てず、持たず部下のせいにする男。部下をかばって矢面に立とうともしない、肩書どおりに仕事しない男。
 ぜーーーーーーんぶ大っっ嫌い!」
「……わかる」
「あと。課が違っても知っているでしょう、すてきな社長のご親戚さまがたのこと」
「……まあ」

 社長の親戚という、若い社員2人の態度は横柄だった。
 なにかあったら社長にいいつけてやる、が口ぐせ。過分な報酬、高い肩書を与えられながらなんの仕事もしない。せめて家か外で遊んでいればいいのに。
 2人が茶を淹れろ、コピーをとれといえば年上のベテラン社員が頭を下げて飛んでくる。
 社長は、

「おい、この2人のいうことを聞けよ!」

 いい目でみる従業員はいない。

「本当にまともな上司がいない。
 うちの会社で忠弘以外、まともな男性といえば渡辺君くらい。だから楽しく話していたの」
「せめてねたませてくれ、式に招かないといけないじゃないか」

 車は都区内に入った。

「あと。俺はこんなに仕事しているんだぞ。簡単な仕事しかしていないおまえとは違う、偉いんだぞってふんぞり返る男が嫌い。
 分析、判断、選択。高度な仕事はできない、単純作業の毎月繰り返しの仕事しかしていない。
 かわりに給与と社会的承認度が違うの。私は安くて下にみられてあっちは高い。おたがい給与なりに仕事しているだけ! どんな仕事でも楽なのはないのに偉そうに。頭にくる!」
「わかった、俺が懲らしめてやる」
「うん、お願い!!」

 鼻息も荒く頼んだ。

「仕事は以上か」
「うん」

 吐き出せばすっきりする。
 忠弘は本当に懲らしめてくれるだろう。欲をいえば直接見たいが頼んだものは頼んだ。結果はあとだ。

「となると、学生時代はどうだ」
「……うーん。私、情けない経験しかなくて。男は女を短期であきて捨てる存在だと思っていたの。……実際そうだったから」

 実に微妙な話。済んだ遍歴は聞かずいわずにおくもの、知ったら嫉妬してしまうだけ。

「おたがいさまだ、大人だ、詳しくは……ひょっとして、俺もさぁやをそうする存在だと?」
「……うん。だから延々意地を張ったの。ごめんなさい」
「いい、済んだ話だ。あとは俺のことだけ考えろ」
「うん」
 
 

 山本家に到着。手をつないでいた忠弘が玄関を開ける。
 ふたりで入って鍵をかける。ぎゅっと抱きしめられて、

「いいだろ?」
「……うん」

 家中で致した。玄関、空き部屋、荷物置場、仕事部屋、風呂、トイレのせまいなかに至るまで。

 午後2時にはふたりとも、おなかがぐーっと鳴った。

「……ごはんにしよう」

 息も絶えだえ。

「うん!」

 忠弘は元気。声もはりがあって生きいきとしている。
 キッチンで水を飲んで、なんとか復活。

「宅配ピザをとろう。私、めんどうくさがりなの。休日はゲーム三昧で動きたくないのね。すかさずとった」
「すかさず。俺も食いたい、とるにはどうすればいい?」
「ピザ店に連絡するの。出前ね」
「なるほど、社でよくとるな。あんな調子か」
「そう」
「さぁやはピザはその……」

 忠弘が5歳児丸出しでおうかがい。

「買ってきたピザ生地に買ってきたチーズとかのせて焼くことはあるよ。宅配にも慣れて。週末は私、致されてこのとおりでしょう」
「うん。まずさぁやがとってくれ、会話を覚えてあとは俺がやる」
「量が多いから、たぶん50分くらいでくるよ」
「50分。十分だ、それまで致そう」

 忠弘はさっそく襲う体勢。

「配達員さんがきてチャイムが鳴ったら抜いてね。服を着ていくんだよ」
「うん」
 
 

 50分後にチャイムが鳴っても、忠弘は抜かなかった。

「もうきたか、いまいいところなのに……」

 ずっとあえぎっぱなし。

「抜かれたくなかろう?」
「……もう」
「いってみただけだ。宅配も考えものだな」
「……もう。しかたがないから抜いていい、早くいって。食べたら襲って」
「むろん」

 ずる抜いて手料理をなめとり、ベッドを降りる忠弘。

「もう、服を着て!」
「ああ……そういえば」

 Lサイズ7枚をとってやった。次々食べる忠弘。

「さぁや、もっと食え。そんなにスレンダーでなぜ乳も尻も形がいい」
「どうして忠弘はそんなに食べるのにむだなぜい肉がないの?」
「営業はぜい肉などつかん」
「もう。どうせ総務ですよぅだ」

 なにせ内勤、空調完璧な一室で座ったまま、2年目となればほとんど定時で帰る。外勤の営業は猛暑極寒のなか汗だく凍えて靴を履きつぶしお帰りは深夜、残業代0ゼロ

「明日で退職だ、総務も営業も関係なかろう」
「うん! 夕ごはんの希望ある?」
「千鳥の曲。二つ巴。雁が首」
「……おなかが空いたな」

 食料補給に努めなければ。ピザに手をつけた。

「精液飲み放題のリクエストだ。ああ、顔射がいいか」

 聞かなかったふりをした。

「シチューとかどう? カレーのルーがシチューの粉に変わるってだけの」
「固形物だと女体盛りができるんだが」

 聞かなかったふり。

「明日の朝ごはんの支度もしたいな」
「バイブはなにがいい? 美穴にぶすり挿してやる。外すなよ、昼飯のとき連絡する」

 ふりだけしても全部致されそう。

「私の手料理を誰かに見られたらどうするの?」
「ああ……そういえば」

 どこまで極端なんだろう。

「当社は未曽有の混乱中です、のんきにお弁当を食べられないよ」
「ああ……そういえば」

 困った夫だ。

「トイレと食事は別って約束したでしょう。守らないと……」
「脅しあわないとも約束しているぞ。わかった、さっきトイレで致したしな。いつか野外で致そう」
「あのね。そんな調子で仕事中、どうしているの?」
「むろん、営業先では愛嬌をふりまきつつ、頭ではさぁやを犯っている。さぁやもだろ」
「……はいはい」

 ふりだふり。5切れ目に手をつけた。

「はいはいはなしだ、話をそらすな」

 口のまわりにちょっとピザソースをつけながら、

「仕事しながら忠弘に致されまくって濡れまくっていました!」
「うん! ときにさぁや」
「なに?」

 真剣な表情。やっと性欲以外の話か?

「俺がいないあいだオナニーしまくりたいだろうが体力を減らされても困る」
「ゲームします。手持ちのソフトが尽きたので、アキバにでもいって買ってくる」

 経験値上げを延々やってやる。

「やめてくれ、俺以外の男を勃たせるな。ネットで探す」
「ゲーマーでない人がなにを探すっていうの。前やったのを買われても困るの」
「どんなのを?」
「いってもわからないよ」
「いってみろ」

 ゲーマーはプレイしたゲームのタイトルを忘れない、断言。
 全部いいつくす。

「わかった、ほかだな」
「……全部覚えたの?」

 けっこう数があるのに。

「さぁやがゲーム好きと知って研究した。情報を集め傾向把握、分析、判断、選択。結果」

 忠弘はぺらぺら、好みのゲーム名をいいつらねた。

「……すごい」

 いつのまに。
 ちょっとは一緒に仕事したかった。
 忠弘は成績抜群。単純作業しかできない、負けたらいや。

「ほかの暇つぶしはあるか、オナニー以外」

 主夫、主婦は立派な仕事、深く長い道だ。甘くないぞ。

「私、そんなに性欲ないんだけど……」
「あんなになきまくって腰ふって乳ふって尻ふってよがってあえいでおいてか」

 させられただけですよ、そちらさん。

「忠弘がいないとなにもしません」
「むろん。いい、日中はゆっくりしてくれ。昼寝しておけよ、夜に備えて。すまんが昼夜逆転生活してもらう」
「わーお肌に悪そう」

 棒読み。

「困る。どうすればいい」
「夜10時に寝て朝6時に起きるのがいいんだって」
「根拠は」
「成長ホルモンが出てお肌がきれいになるの。妻がきれいになるところ見たくない?」
「……なんだその都合が悪いホルモンとやらは」

 眠らない気満々だ、いけない。

「見たくない?」
「見たいが、かわりに出社したらもうひとりで家を出るな。誰をはめる気だ」
「なに。私が脇見するほど、忠弘って魅力ないの?」
「……まただ。俺はなにしに仕事していたんだ?」