実家にて。

34 実家にて。

 忠弘が喜びいさんで助手席のドアを開けてくれる。ありがたく乗った。

「休まなくていいの? 電車でいくほうがよくない、寝ていないでしょう?」

 空き部屋で忠弘が使っていたふとんをかけてもらう。

「やっと結ばれてのんきに寝ていられるか。さぁやと一緒なら疲れ知らずだ。いいから眠ってくれ、カーセックスはあとまわしだ」
「ん、もう……じゃ、お休み」

 忠弘のにおいのふとん、ひさびさだ。目を閉じると、すぐに眠気がやってきた。
 
 

 忠弘にゆりおこされて目が覚める。

「……ん」
「さぁや、いわれた住所の近くだ。これ以上はわからない、教えて」

 ぼうっとしながらゆっくり身を起こした。

「……ん。ああ……ひさびさだなあ……運転お疲れさま、忠弘」
「うん」

 周囲を見わたし、懐かしの現在地を確認。忠弘に道を教えながら、実家に連絡。

「はーいあなたの加納でーーーす!」

 大学2年生の弟。

「偉い姉よ、もうすぐ着くから玄関で出迎えて」
「待っているぞ、にいちゃん格好いいか?」
「弟の百倍はね」
「よしいいぞ、酒が飲める!」

 加納家に到着。

「いらっしゃーーーーーーい!!」

 万歳でお出迎え。

「よくぞわが娘と結婚してくれた! さあ、上がってあがって!」

 忠弘が笑顔で借家な実家の敷居をまたいでくれた。

「さぁや、お父さんに一発ぶん殴られたほうがいいのか?」
「いつの話? Mがすぎるよ」

 茶の間の広いテーブルにずらりと並ぶお赤飯、ごちそう、ビール。
 並んで座った。

「まずは乾杯!」

 父がジョッキを持つ。

「その前にあいさつを」

 忠弘がざぶとんの横に正座する。隣でざぶとんを外して座った。

「おお、そうだったな。ではどうぞ」

 ますますうれしくなったという父の心境、なかなかやるなわが娘。

「山本忠弘と申します。さやと結婚しました。これからも末永くよろしくお願いします」

 ふたりで手をつかえ頭を下げた。

「はーーーい了解! さあ頭を上げて! 堅苦しいことは抜きぬき、倒れるまで飲み倒そう!」
「ありがとうございます」

 忠弘は飲むわ食うわ、やはり加納家を驚かせた。母は早々に台所へ消えた。

「いっやーにいちゃん格好いいですねえ! よかった!」

 弟にも遠慮なく酌する忠弘。
 今夜のことを考えて苦手なビールは飲まない。食料補給に努めた。

「姉のどこがよかったんですか!」

 あから顔の弟は20歳。先日、酒が飲める歳にやっとなれて、うれしくてしかたがないもよう。実体はお相手いない歴実年齢、姉弟にたりよったり。

「さやは美人で飯もうまい、仕事もできて細かいところも気づかってくれる」
「おお。聞いたか姉! にいちゃんほめてるぞ! よかったなあ、ずいぶんきれいになって!」

 いたずらな弟はまだまだ子ども。

「ありがと。次は弟の番だよ、お相手は?」
「うるさいな!」

 忠弘が遠慮なく男性2人をつぶしにかかる。

「山本君……いや息子。ずいぶん飲むねえ、……あぁ頭ぐるぐる……」

 弟はさっさとダウン、酔っ払う父もろれつが回っていない。母はせっせと料理を作って持ってくる。
 忠弘がキスする勢いで直近に迫り熱く、

「さぁや、先に風呂に入って部屋にあがっていて」
「ん」

 キスは実家、人前だ。とりあえず控えた。

「さーやときたか、いいぞ息子!!」

 茶の間を失礼。荷物を持って風呂場へむかおうとして廊下で母に呼びとめられた。

「なに? お母さん」

 母はさっきからずっと、せっせと料理を作っていた。

「ずいぶんきれいになったね。あの人のおかげ?」
「うん!」

 いろいろ、おかげさま。
 この心を忘れなければいいわ、ただし言い放ちぐせはやめたほうがいいわよ……お茶の淹れかたを教わった女性の言葉。

「よかった。ずいぶん食べる人だねえ。清子、ちゃんと作ってやれている?」

 問われると、とても弱い。

「う。うん、まあ。なんとか」

 手抜きしていますと答えたようなもの。

「こんなことならもうちょっと、ちゃんと教えてやるんだった……」
「はい」

 まさかこれほど料理の必要が出てくるとは。母娘、後悔先に立たず。

「朝ごはんは手伝いなさいね」
「はい」

 手伝うどころか、できれば実家にいたまま料理を一から習いたい。

「忠弘、私をはなさないから、どうしよう……」

 実家で料理中に致されるわけにはいかない。だが相手はあの夫。
 お約束、実家に帰らせていただきますと口に出した日には……料理を習いたいからだ、という続きの言葉も聞かず仕事せず致すのは目に見えている。この先どうしよう。

 風呂に入った。確実に、毎晩致される、この先ずっと。あれもこれもべろんべろんになめられる。いろいろよく洗った。
 
 

 しおりにもらった寝衣をまとい、パジャマをはおって2階の自室へあがった。

 六畳の部屋にくるのはひさびさ。風をとおしてくれたらしい、においや香りはない。たぶん。
 ふすまからふとんをひっぱりだして敷いた。
 弟の部屋は隣。遠慮なく寝衣だけになってふとんにもぐった。寝てはだめだぞ。

 ほどなく階段から重い足音が聞こえた。
 戸が開く。パジャマ姿の忠弘は喜色満面。まるで、長く離ればなれだった妻とひさびさに再会できたかのよう。

「さぁや、お待たせ。さあ脚を広げて」
「ちょっと恥ずかしいかな」

 掛けぶとんをとっぱらい、身を起こす。両腕を広げ、お誘いの笑顔で。

「……きて?」

 忠弘が、口もとと鼻の部分を右手で抑え、斜め下に視線を落とした。

「どうしたの?」
「……鼻血が出そうだ」
「連れこんだ日から出していたんじゃないの?」
「出血して眠れるか……鼻の奥が……」

 本当に出そう。

「いいよ、鼻血まみれで致しても」
「できるか。体面だ、沽券に関わる」

 強い口調で返す忠弘。

「じゃあこの下着、いや?」

 黒の総レースは乳房、しげみをより強調していた。どこが下着。

「んなわけあるか。……だが、……あのな、刺激強すぎ……」

 忠弘は、すけべな下着といわれたとき、ある程度想像したという。
 実物はいかが?

「忠弘が帰宅したら、この姿で出迎えてあげるから。慣れて」
「……あのな。夫を失血死させる気か」
「うん」
「……あのな、く……俺をして惚れた女を直視できない事態がこようとは……」
「甘い」
Sサディストか」
「致してくれないの? ずっともだえて待って、あふれているんだよ? 好き、忠弘。挿れて?」
「……この!!」

 一晩中致しまくって鼻血は飛び散らなかった。よかったね、よごれはなかなかとれないぞ。
 
 

 朝6時。
 寝衣は忠弘がぶち破いて切れ端がそこらに散っている。

「さぁや、起きて。おはよう、朝だよ。愛している」
「……ん。おはよ忠弘、愛している……もう……激しすぎ……」

 寝ても覚めても息も絶えだえ。声がかれていた。腰が抜けそう。

「誰のせいだ、あんな格好。はしたない」

 さっきまで激しくはしたなく致したのに。へんな会話だ。

「いやなの?」
「……いやじゃない。わかった、気合で慣れる。頼む俺の鼻、耐えてくれ」
「へんなお願い。いま何時?」

 忠弘がすきなしぐさで、すきな色の文字盤の、太い頑丈な手首に巻かれた時計をみせてくれた。

「午前6時すぎ」
「意外に早い」

 ちゅうと朝のキスを。

「さぁやの実家だ。第一印象はよくなければな」

 忠弘も朝のキスを返してくれた。

「ふうん、さすが営業。朝ごはんを作るの手伝いにいこうかな」
「そうしてくれ。さぁやのお母さん手製だから昨夜は食ったが、やはりさぁやの手料理を食いたい」

 やっぱり。

「ん。じゃそっちをむいて」
「なぜ」

 忠弘が大の不機嫌不満顔。

「着替えるから。襲わないでね、遅くいったら第一印象が悪くなるよ」
「朝から丸めこまれるとは……わかった」

 真っ裸同士でちゅうちゅう朝のキスをかわしている最中のわりに、すんなり了解してくれた。さっそくふとんを出て着替える。

「……さぁや、……襲いたくてしかたがない」
「?」

 忠弘が大きな手で耳もとを抑えている。

「どうしたの? わかったんじゃないの?」
「音……衣ずれの……早く着てくれ、俺を試すな」

 がまんしている言い方。

「? よくわからない。はい着ました。じゃね!」

 忠弘が勢いよく起きあがった。

「待て、なぜ俺を独りにする!」

 不機嫌全開。朝の真っ裸が似合う、ほかがない。

「寝てていいのに」

 一緒についてきてもいいが、親弟の前で致す気か。

「いやだ。ちょっと待っていろ、着替える」

 旅行バッグをひっつかみ、服をひっぱりだす忠弘。隣に正座、切れ端を拾ってごみばこへ。着替えをみつめた。

「……俺を試すなといっているんだが」
「だって忠弘の裸、よく見ているし」

 本当にいい体。躍動する肉体、男くさくて美しい。刻んだ大傷、見た最初からキスしたかった。いまでもしたい。

「本当に誰かとつきあったことがあるのか……いい。さぁや、朝飯を食ったら家……の途中よりたいところがある。帰ったら死ぬほど致すぞ、もうあれこれいわせん」
「ごはんとトイレは?」
「……譲りあえ、か。わかった。……この調子だと生理のときでもとまらないがいいか」
「いいわけがないでしょ! もう、いくよ!」

 忠弘がふとんを畳んで押し入れにしまう。ごみばこと荷物を持って部屋を出た。
 
 

 せまい階段ではふたり一緒に並べない。1階へ下りるとすぐ、忠弘が後ろから抱きしめる。
 ふたりで台所へ。母はいなかった。大学生という育ち盛りの男がいる、起きているはずだが。

「どうしたのかな」
「3人とも茶の間にいるぞ。つぶして毛布をかけてある」

 忠弘が甘えすがって髪の毛を頰でなでる。

「お母さんまで? ビールもなにも、お酒ほとんど飲まないのに」
「俺は営業だ。怒るだろうが取引先の女性の受けはいい」
「うわ、やっぱり。だから意地を張ったの!」
「……やはり最初から迫るんだった」

 怒るなさぁや、機嫌を直せ。怒っていない、すきすき忠弘。
 新婚夫婦、実家でいちゃついた。
 
 

 茶の間では、加納家3人がぐうすか寝ていた。母を起こさなくては。

「あれ? 皿とかどこに……」

 テーブルにあふれるようにおかれた、食事の皿、ビールジョッキがない。ちらっと見た台所にもなかったような。

「洗い物なら片づけた」
「え?」

 忠弘はずっと、後ろから抱きしめたまま。

「鍋、まな板、包丁はわからんが、とにかくさぁやがいつもやっているようにしてみた。一生ずっと一緒だ、料理はできんがほか、やれるところは俺もやる」

 成長している。

「……ありがと」
 
 

 父と弟は完全にぐったりのもよう。

「さぁや、その2人なら起こさないほうがいい。まず昼まで起きられない」
「じゃ、人によってどのくらい、とかわかってつぶせるの?」
「俺は本職だ」
「どうなっているんだか……ね、お母さん。一緒にごはんを作ろう」

 うなって起きた母は娘夫婦を視界に入れ、

「茶の間? お母さん……どうしたのかしら」
 
 

 母と3人で茶の間の隣、台所へむかった。料理開始。
 さすがの忠弘も、いまに限っては椅子に座って女性2人の背中を見守った。

「ええっと。山本君、というより忠弘君。今日は日曜日ね、もう泊まってはいけない?」
「はい。朝ごはんをいただいたら帰ります」

 米を研いでだしづくり。

「男性2人は寝ているし。代表で、私からいくつか質問していいかしら」
「はい」

 さっさとぱっぱと慣れた手つきで朝食を支度する。ふふふ、少しは成長したのよお母さん。

「清子と、なれそめは?」
「1年半前、入社式で。同社同期の同い年です」
「ああ、それで」
「はい」
「お父さん、あまりのうれしさにその場で結婚してとかいっちゃったの。後悔していない?」
「まったく」
「本当に、結婚してきちゃったの?」
「はい。いけませんでしたか」
「いいえ。結婚という責任を伴うものはあとまわしにする人もいるでしょう。同い年なら24歳くらいよね、いくつ?」
「11月14日で24歳です。お母さんは反対ですか」
「いいえ! 清子に好きな人ができたとは初めて聞いたし」

 忠弘が、初めての部分にぴくんと反応していた。

「驚いているだけよ。ええと、あなたはどういう人なのかしら。男前と大食漢はわかったわ。ほかには」
「両親がいません。血縁者すべてと絶縁しています。出自は最低です。やはり、いけませんか」
「……! そう、ではなくて……」
「披露宴もできません。こんな最低の人間には、大事な娘さんを」
「そんなことをいってはいけないわ!」

 母は包丁をおき、忠弘にむかいあった。

「……ただひろ?」

 少し小首をかしげて笑顔を浮かべる。忠弘も同じく返した。大丈夫。
 母は固い口調で、

「わかったわ、これ以上は聞きません。でも、清子には言って」
「わかりました。ほかに条件は」
「……。そんなものはないわ。清子が好きならいいの」
「好きです」

 母はうなずいた。

「結婚式だけは挙げたいのです。親類のかたの列席はお断りしていただけますか。情けない男ですみません」
「……そんなことをいうものではないわ」
「さぁやはこんな俺でもいいと言ってくれました。死ぬほど感謝しています。
 俺がむりやり届けを出しただけです」

 母は静かに、

「いくら私でも怒るわよ、できたての息子。私とお父さん、息子は列席してもいいのね」
「ぜひお願いします。
 加納家側の客はそれまでにしてください。あとはさぁやの友だちだけで」

 母に問われた。

「清子、結婚式に出てほしい友だちとかいる? 家に相手どころか友だちだって招いたことないじゃない」

 忠弘が、相手どころかの部分にぴくんと反応していた。

「会社に入ってからなら何人かいるから」
「さぁや。誰か聞いていいか」

 離れていることが、へんな気がする。

「一課長と美女は招きたいな」
「美女とはさぁやのことだ」
「ん、もう。じゃ便宜的に秘書ね」

 母は静かに見守った。

「一課長と秘書だな。ほかには」
「仕事を教えてくれた先輩には会いたい。お茶淹れを教えてくれた人にも。あとはやっぱり後輩の渡辺君かな。同期の、木下さんも呼べばくるかもしれない。
 私の人脈はこの程度」

 ひどいことばかり言い放って、ろくに友だちがいなかった。
 あんないい人ぞろいの忠弘の人脈にひどいこと、よくいえたものだ。自嘲した。

「そんなこといわないでくれ。俺とて十何人かだ」
「お仕事関係の人は?」

 営業で女性受けがよく成績抜群というなら、かなりいるのでは?

「大人数になる、披露宴をしなければいけない。取引先には式は友だちだけ招くと言い訳する」

 熱い視線のままの忠弘ができたての義母に、

「お母さん、いいですか」
「わかったわ、忠弘君の意見を尊重します。
 一緒の会社ということよね。共働き?」
「いいえ、辞めてもらいます。稼ぎならあります、心配しないでください」
「わかったわ、すべて任せます。
 たまにはここに顔を出してね。清子、手抜き料理しかできないのよ」

 忠弘が真摯に、

「俺のプロポーズの言葉は君の手料理が食べたいです。さぁやの作ってくれた料理はすべて泣きながら食べました。
 俺は5歳で両親を喪いました。さぁやの飯を食うまで、手料理を食べたことがありませんでした」

 言葉を失う母。

「さぁやにはひたすらすがっています。お願いです、俺からさぁやを奪わないでください」

 下をむき、涙声の母。

「……なにか、食べたい料理はないかしら。お母さんにできることはもう、ほかになさそうね」
「さぁやの手料理が食べたいです。職種が営業で、都内一と豪語する料亭にいったことも何度かありますが、どれも味がしませんでした」
「……家庭料理が食べたいのね」
「はい。それと、調理実習で出るようなものが。俺は大学以外、まともにいっていません」

 母は鼻水をぐすんとしゃくりあげ、

「……わかったわ。すべて忠弘君のいいように。盆暮れ正月もこなくていい、清子と一緒に……」