ともに歩むふたり。

33 ともに歩むふたり。

「さぁやに黙っていたいとか、隠しごとをしたいわけじゃない。
 ただ、忘れた」

 静かな声。

「さぁやと結ばれて、忘れた」

 もっと早く、救ってあげたかった。できたのに。いつでもできたのに。したことといえば、結ばれる直前までただ拒否して。つきはなして地獄に堕としつづけて。

「泣くなさぁや。俺はもう、甘えていいんだろう? 一生すがれる、頼れる、愛してもらえる。手料理も食える、稼げているから守れる。さぁやのオナニーも見られるしな」

 観音様のようなほほ笑みで、涙をべろりなめとる男。

「ん……」

 決してなじるではない声。連れこまれたあの日のよう。
 忠弘が怒るのは当然で……。

 どうして許してくれるのだろう。
 どうして好きでいてくれるのだろう。
 惚れたから?

「忠弘……」
「どうした……?」

 目を開けて、くちびるをついばみながら。

「どうして好き……?」
「……好きだから」
「どうして……?」
「……惚れたから」
「どうして……?」
「……こんなに」

 同時に目を閉じて、抱きしめあって猛々しくむさぼられた。
 もどかしい。

「さぁや……」
「……ん」

 熱も鼓動も同じ、冷めない。

「このまま、虹の架け橋を致しても、いいが……」
「……もう」

 朝のキス、吸いこまれるようにふれあう。わざと音をたてる。

「話……続けるぞ」
「……ん」

 大事な話なんだ……。

「俺の客は友だちだけだ。さぁやも親御さん以外は友だちだけにしてくれ。そのへんの、小さな教会で挙げたい。いやか?」
「そんなことない!! そうしよう」

 いつも楽しそうに友だちと話す忠弘。
 ろくに友だちがいなかった。つい最近、あんなにすばらしい知己と巡り合えた。忠弘の気持ちがやっとわかった。
 多くなくとも、派手でなくともいい。あの人たちのために。

 惚れた男の望むとおりに。

「結婚の誓いのとき、指輪交換があるだろう? 結婚指輪はそのときだ。それまでには、さぁやの人脈を超える品を用意してみせる」
「ん……そうだね、忠弘、豆とかカップとかすぐにそろえたもんね。待っている、忠弘……」

 朝のキス、目を閉じずに。濃い影を落とすまつ毛がよくわかる。
 子どものころは誰でも、こんなふうだったような気がする。瞳も曇りないガラス玉のようで、黒目が大きくて。
 人は、いつから変わってしまうのだろう。

「抜く気はなかったが、トイレと飯がある、物理的にむりだ。
 抜いて挿れてなどもうしたくない。抜くなら抜く、挿れるなら挿れるだ。飯を食ったら役所へいこう」
「うん」

 ごはんを作ってあげなくては。

「……あ!」
「どうした?」

 思い出した。そうそう、肝心なことを。

「あのね、私の親に結婚を報告したいの」
「ああ……」

 営業の知識は豊富だろうが、こういう発想はかけらもない。
 教えてあげよう、一生かけて。

 連絡とくれば携帯電話。

「どこにある?」

 忠弘も真っ裸、そろいの品以外持っていない。どこに? 確か、忠弘にメッセージを送ったのが、操作したさいごだったから……そうそう、

「寝室」
「で致そう」

 即答するガラス玉の瞳には、欲情だけが映っていた。
 あまりにも感情がまっすぐだと、ガラスさえ曇らない。本当にこの男は5歳児のまま、いきなり現在に至っている。

「……抜くなら抜くっていうのは?」

 この調子だといつまでたっても結婚できない。

「寝室=愛の巣だ」
「……おなかが空いた」

 忠弘だってぐーぐーおなかが鳴っている。

「後ろから犯ってやる」

 料理中でも致す気だ。作れるわけがない。手料理を食べたいといつもいうのはどこの大食漢か。

「汗でべとべと」

 お風呂に入りたい。

「風呂場も致すところだ」
「……じゃ、どこで?」
「家のなかは致すところだ」

 ほかを考える気はまったくないもよう。

「……。忠弘。とってきて」
「離れられるとでも?」
「トイレは?」
「トイレでも致す」
「……どうやって」
「放尿しながら」

 ぶん殴った。

「痛くない」
Mか」
「さぁやに開発された」

 折衷案として、前にしてもらったロマンティックなお姫さま抱っこを希望した。この体勢なら致せないだろう。
 寝室へいって、すぐリビングにとってかえして連絡。
 ごはんを作ってお風呂に入って役所へいく。実家のある鎌倉まで車でドライブ。その間眠って体力を回復させておくからあとは眠らせないでいい。

「さすがさぁやだ。営業にきたらさぁやのほうが出世したな」
「もう。へんなプライドは捨てて!」
「いやだ」

 いうとおりにしてくれた。

 目的物を発見、なんとか寝室で致すのは控えてもらって、リビングに戻る。さっきの体勢になりながら、実家に連絡。

Hello, world あなたの加納でーす!」

 電話に出た50歳前後の男性、実父。コーヒーに関しては偏執的に凝るくせに、ほかは自他ともに認める能天気労働者。

「そちらさんの娘の清子ですが」
「おぅやわが娘。ひさびさだな、どうした。いよいよリストラか?」

 リストラ解雇がどうのの危機的状況中に結婚しちゃったな。

「私、好きな人ができたの」
「なにーーーーーいいいい?!」

 驚いたもよう。
 確かに、実家にいた高校までのころはわれながら、浮いた感情はなかった。

「誰か知らんが奇特なやつだ、気が変わらんうちにやっちまえ!!」
「うんやった。気が変わらないうちに結婚したいの」

 父は興奮したらしい。

「でかしたわが娘!! さっさと役所へいけ、届けを出せ!! 気が変わっても離婚届にサインしなきゃいいんだからな!!」
「そうする。でね、気が変わらないうちに夫と家に帰りたいの」
「わかった連れてこい!! 拷問かましていうこと聞かせてやる!!」

 なにかが間違っている父、万年係長。

「お赤飯とかごちそう10人前を準備して、夫大食漢なの。ちゃんと立派な格好して待っていてね。ああそうそう、ビールもいっぱい」

 忠弘が口をはさんだ。

「さぁや。行くのはいいがすぐ帰る、家で致したい」

 すかさず、

「18年間暮らして私のにおいのしみついた、私の部屋で致したくない?」
「致したい。わかった、親御さんたちは俺の営業トークで飲ませつぶす。俺たちの激しい愛の営みの音を聞かれずに済む」
「そうして。お父さん聞いた?」
「でかしたわが娘ーーーーーー!! さっさとこい!!」

 滂沱の勢い。こういうのはもう慣れた。

「どう? 忠弘」
「最高だ。さすがさぁやだ、営業部長にどうだ?」
「やったね、忠弘をこき使ってやる」

 ふたりで仲よく一緒にキッチンに立った。後ろから抱きしめる忠弘がちょっと泣いていた。

 さっそく料理を開始する。よかった準備しておいて。
 とたん、ふ、と抱きしめられた力がゆるめられた。後ろから指が1本、お尻の割れ目をわざと伝って情熱的に入ってきた。

「……ぁ!」
「なんだ」
「……りょうり、ちゅう……」
「1本くらいいいだろ」

 根もとまで突き刺さる。
 全身、すべての意識が集まって、自然目を閉じる。
 もう……。

「俺は動かさない。感じたければさぁやが動け」
「そん……な」

 動いて……動いて……。

「こんなに濡れていてか? ぬるぬるだ、熱いぞさぁや。どうだ、たりないだろ。奥まで届かないからな。1本だけだしな」

 もう、がまんできなかった。腰を動かす。

「さあ言え今度こそ。たかがオーラルでどれだけ俺ががまんしたかその身で知れ」
「ぁ、ぅ……も、……と」
「抜くぞ」
「いや!! 挿れて、奥まで突いて!! 好き、すきすきすき!! 1本2本じゃたりない、舌も指も欲しいし忠弘が欲しい!! 忠弘とセックスしたい!!」
「いつからそう思った」
「……そんな、言ったでしょう?!」
「言え。俺が満足する答えを」

 がまんできない。

「さ……最初から、入社式で逢ったときから格好いいなって、……されたらいいなって思った!!」

 激しく突かれた。指は2本追加され計3本、ずっぶずぶに突きあげられた。両足が浮く。あえぎなきまくってイった。
 びっくんびくん、おさまると忠弘が、

「さぁや。飯」
「……ん」

 ごはん……。

「俺は1年半、自分で慰めてむだな精液を出しまくった、だ。わかったか。わかったら料理中でもセックスだ」
「でも!!」

 指は入ったまま。

「まだいうか」

 いくらなんでも、

「私は一度にひとつのことしかできない、いっぱい一度にできたらもう平社員じゃない! 忠弘じゃないの!! 料理させて! 私の手料理を食べたくないの?!」
「……」
「返事して、忠弘!!」

 ゆっくりずる抜かれる。音をたててなめていた。

「……後ろから抱きしめるくらい、いいだろ」
「冷蔵庫とかに動くから、ついてきて」
「……わかった。怒るな、機嫌を直せ」

 こんなふうにいわれても……いい声。
 静かで、禍々しく、甘えてすがる。

「怒っていない。機嫌も悪くない。いつものお魚だよ、いい?」
「いい。腹が空いた、たくさん頼む」
「うん」

 考えを料理に切り替えた。空腹はほかの二大欲を上回る、切実に。
 魚を冷蔵庫から出し、グリルで焼く。

「……さぁや」
「ん?」
「前、料理ができる男が好きといったな。……誰かいるのか」
「いない! あれは……」

 条件反射だった。たんに、忠弘と正反対の。

「意地を張っていただけ! 忠弘が好き、忠弘が好み! 料理は全部私がするから」
「……なぜ、意地を張った」

 なじりはしない響く声。髪の毛を頰でなでられる。おっぱいもみもみ。

「入社式で、ああ格好いいな……でもすぐ隣にはきれいな人がいて、ああいう人とつきあう人だって……」
「それで無視か」

 答えられない。

「それで大嫌いか。……最初から迫っておけばよかったな」
「……ごめんなさい」

 自分がされて嫌なことは、人にもするな。
 ちゃんと教わったのに。

 いますぐ腕を解かれて、さあ帰れといわれても。
 ……そのとおりに。

「……いい。いくら俺でも、すぎた昔をいつまでも語るしつこい男は嫌いだ。謝らなくていい、さぁや……泣くな」

 答えられなかった。

「泣くな……愛している。役所へいこう……手料理を食わせて、一生……」

 ぼろぼろ涙が落ちる。応えた、一生、そうするって決めたから。

「……ぅん」
「愛している……一生甘えるからな……すがって犯る……いいだろ」
「……ぅん」
「さぁや……愛している。飯、腹が空いた……」
「……ぅん」

 涙を忠弘がべろりなめて、心臓を守ってくれる。

「なあ……さぁや。ほかにどんな男が嫌いだ?」
「……ん」

 卵を割った。

「……えっと。順番逆に、だよね。
 忠弘は全部好き。入社式で見たとき、格好よかったよ。ただみためがいいってだけじゃなくて、スーツに着られてなくて、びしっと決まっていた。たぶん年上だろうなって。たたずまいも全然違ったな」

 あんな男性を相手にするのは私じゃない……。

「さっき腕時計を見せてくれたでしょう。しぐさとかも好き。
 起こしにいって。初めてはだかを見たのね。すーっごいたくましくて……どっきどきした。こんな人に致されるんだ、って……すぐに後ろをむいた。顔真っ赤だったよ、もう。
 実際、致されて。キスとか、なにからなにまで全部、すっごい強引で力強くて。安心するの。ああ守られている、すっごい大切にされている」
「死ぬほどうれしい。もっと言え」

 嫌いな男はどこへやら。

「強引でないともういや。激しくないといや。むちゃくちゃにしてくれないといや」
「もっと言え。というより襲う」
「じゃ、あとで」
「そんな。もう勃った」

 コンロの火も、グリルの火もとめた。大丈夫、前やったし。

「……いいよ。私の好みでお願い」
 
 

 激しく致されたあと。
 風邪をひくと困るから、寝室に脱ぎ散らかした忠弘の服のうち、シャツを拾った。

「……なぜひとりでベッドを降りる」

 後ろの忠弘はまだまだ致したいもよう。ベッドから降りない。

「おなか空いたし。結婚したい」
「これからも俺を挿れる」

 ボタンがふっ飛んだシャツを着た。

「あれ……ぶかぶか……」

 おおきい。父のも着たことがない。こんなふうになるんだ、パジャマにでもしようかな。
 つい、体を隠す。おっぱいとか下とかいろいろ。

「じゃ料理してくるから、待って」

 いて。
 言う暇もなく忠弘に襲われた。

「忠弘……ね、お役所閉まっちゃう」

 なにを言っても、さかった忠弘の耳には入らない。

「このままだと私たち、……単なる同棲だよ。指輪もないし……早く妻にして……」
 
 

 忠弘いわく。
 料理中襲えず。食後、風呂場、トイレでも襲えず、山本家をあとにした。

「……たまったぞさぁや」

 いまの格好、忠弘にもらったシックなツーピースに純白の下着。忠弘はいつものセンスのいいスーツ。

「料理中はだめなの。いやなの。一度にひとつのことしかできないっていったでしょう。それ以外したらもういう気なかった地獄直行ぜりふをいいつづけてやる」

 まっすぐ前をむいた。景色をながめる雰囲気ではなかった。

「脅すなといったぞ何度も。さぁやの実家の部屋へいったらみていろよ、その言葉後悔させてやる」

 忠弘は運転中。前を見てはいるものの、意識は熱く激しく猛々しく、惚れた女にだけむけている。

「どうして結ばれたのにおたがい脅しあわないといけないの? 一生ずっと一緒にいるんだよ、譲れるところはおたがい譲ろうよ」

 提案のため、忠弘を見てあげた。ドライビング格好いい。素直に口に出したらいま致される、あとでいおう。

「……反論できない」

 忠弘は前をむいたまま。冷静というよりも、この男にしては淡々としていた。

「尊敬しあって認めあって。そうでしょう。甘えるのはいつでもいい、でもわがまますぎるのはだめだよ」
「……俺は出自が悪い。まともな生きかたをしなかった。わからない」
「そんなこと言っていない!」

 わからない。わかろうとしない。
 拒否されたも同じ。やっと結ばれたのにつきはなすような言い方。

「一生かけて、ゆっくりわかりあおうよ。ね?」
「……うん」
 
 

 区役所へ時間ぎりぎりでいって、ふたりで届けを出した。

「さぁや。自己紹介して」

 さっきの雰囲気はどこへやら。忠弘は喜色満面つやっつやの甘え声。

「もう。はい、山本清子です! これからも末永くよろしくお願いします! これでいい?」
「最高だ。俺は山本忠弘、末永くよろしく頼む」
「忠弘に自己紹介されたの初めて」
「ああ……そういえば」