地獄の谷底に棲む男。

21 地獄の谷底に棲む男。

 家の主が靴を脱ぎ、ビジネスバッグをぶん投げ重い足どりで近寄る。

「……、」

 一歩、引いた。

 迫ってきてかきよせられる。
 深く、猛々しく、くちびるをむさぼられた。

「っ……、っ」

 強引、遠慮なし。おしりをもみしだく。おなかに感じる怒張。
 角度がいくたびも変わる。長く、長くむさぼられた。もどかしげに、性急に、情熱的に。
 突きぬけ押しよせ、かき消す。

 舌が離れた。上衣のボタンを外され、

「あ! や!」

 ブラのホックを外され乳房を痛いほどもまれた。ぐにゅぐにゅ、忠弘の意のままに変形する。

「や、ゃ、や」

 乳首を、なんの遠慮なくつままれた。強引に、痛いほど。つかんで手前にひっぱる。

「んあ!」

 お椀型の乳房が二等辺三角形にまで変形した。限界で放たれる乳首。
 猛々しい舌、口からよだれが。間断なくもみしだかれる乳房、もてあそばれる乳首。

 静かな怒声で、

「飯」

 横をとおりぬけ、六畳一間へ入っていく忠弘。音をたててふすまを閉めた。
 
 

 めし……ごはん……キッチン、
 現実。

 衣服も整えずおかずとみそ汁を温めた。

 くちびるは赤く腫れ、乳房はまだらに赤くなり、乳首は充血。つやめかしい舌の熱さが続く。ひくひくふるえる。

 重い足どりがやってきた。ふりかえって見られない。膝ががくがくする。
 どっさりと、ソファーに体を投げだす振動も床から骨に伝わった。
 お盆が重い。

 何度も往復して、テーブルいっぱいに並べた。
 忠弘は儀式もせず無言で食べ、どっかり音をたてて空になったどんぶりをおく。まばたきもせずおかわりを盛った。
 食べつくすと立ちあがり、風呂場へむかった。

 ひとりになって、ようやく箸を持った。なにかがのどをとおる。された舌が機能しない。
 
 

 食べおえたころ、忠弘が風呂場から戻ってきた。
 髪も肌も濡れたまま。まともに治した形跡がひとつもない傷だらけの上半身は裸。下はかろうじてパジャマを穿いている。
 鈍く光るネックレス。

 静かな怒声で、

「携帯電話を」

 持っていない。

 すぐにリビングを出る忠弘。
 寝室の扉か、音をたてて開け放たれる。どかどかと音がした。
 物色している。

 次は隣の仕事部屋。荒々しい音が聞こえた。
 荷物置場、音は聞こえず。

 重い足どりが近づいて、忠弘がリビングに現れた。手にバッグを持ち、携帯電話をとりだす。
 見せられる、大量の不在着信、未読通知。

 静かな怒声で、

「必ず出ろ。必ず見ろ。すぐに返事を出せ。必ずだ」

 瞳に、奈落の底の暗闇が宿っていた。
 携帯電話を押しつけキッチンを出ていく忠弘。

 残された、空けられた食器の山。
 まばたきせず立ちあがり、後片づけ、朝食の支度をした。指輪だけが煌めく。
 
 

 寝室は、戸が開いていた。

 ここは、どこ……。

 無事なのはベッドとスプリングと敷きぶとん、明日の服だけ。ほかはどんな悪質な強盗でもここまでしないというほど荒らされていた。
 いつでも出ていけるよう収納していた荷物はすべて開けられ乱雑に散逸。シーツはべろりとめくれ、室内干しは壊されかけ、洗濯物はベッドをはさんで反対側に破かないだけましとばかりに投げだされていた。

 立っていられない。歯ががちがちでかみあわない。
 ふらふらとベッドへ。掛けぶとんだけかぶった。電気もつけたまま。
 眠る感覚がわからない。においだけが心地よく香る。
 
 

 誰の意思に関係なく、時間は刻々とすぎる。午前1時、2時、3時……。
 4時に、5時になっても。朝陽が昇っても。

 6時、持たされた携帯電話のアラームが鳴る。気力を総動員して起床した。寝室を出る。

 忠弘が佇立していた。奈落の底の風をまとったまま。

 ずっとここで……。

 迫ってきて、むさぼられた。猛々しく、もどかしげに。
 上半身のすべてを犯された。体の奥からたれる愛液。

「飯」

 逃げるように出社した。
 
 

 更衣室で、誰にも不気味そうにみられた。昨日なら、首に飾られた銀色のネックレスをからかったかもしれないのに。

 着替えおえて自席に着く。
 渡辺が、

「早退したほうが」

 首を横にふる。決まった業務でなければこなせなかった。
 
 

 昼、遠巻きにみられて社員食堂へ。いつものランチを頼み、席に座って携帯電話を操作した。

山本忠弘
山本忠弘

午後5時に直帰しろ。

 ただ、はいとだけ返信した。
 
 

 定時、すぐにフロアを出る。

「お疲れさまです……」

 立ったままバスに乗る。時間も景色もなにもかも淡々とすぎていく。心だけがなにかを決めた。
 
 

 忠弘が、もう帰宅していた。

 その場で犯された。上半身だけにとどまらず、スカートをがばっと上げ、後ろから手を突っこみ、お尻の穴にかけてストッキングの上から中指でなぞる。

「んぁああああ!!」

 にじむ愛液、強引に中指で押される。

「んん!!」
「言え」

 静かな怒声。

「……なに、を……あん!!」
「愛していると。忠弘と呼べ。結婚すると言え」
「そん……な!」
「言わないのならこのまま犯してやる」
「い……いやあ!!」

 両膝をつき、脚を広げられ、下からストッキング、ショーツ越しににじむ蜜をなめた。

「ん……あ!」

 忠弘の髪に両手がからむ。

「さぁやの愛液が一番の手料理だ。うまいぞ」
「い……いや、いやあ!」
「いや? もっとだろ、挿れてだろ」
「お……」
「お?」
「……怒らないで、許してぇ!!」
「いやだ」
「そんな……!!」
「ずっと眠っていない」
「……!」
「出てから、食ったのはさぁやの愛液と手料理だけだ」
「……ごめんなさい!」
「遅い」

 べろり舌がはう。

「い……いやあああ!!」

 びくびく感じる。

「言えばとめてやる」

 ふとももの内側も手でねっとりと愛撫される。

「やめてぇえええええ!!」
「聞かない」
「……そちらさんは!」
「まだ言うか」

 いくらなんでも、

「そちらさんは、嫌がる女をむりやり手ごめにするほど卑劣漢ですか!!」

 舌がとまった。

「犯るならやれ、絶対に許さない!!」
「……さぁ、や……?」

 ふりきった。

「待って、どこ行くさや!!」

 忠弘が後ろから抱きしめてくる。力いっぱい抵抗した。

「離せ! 出ていく、あんたなんか大っ嫌いだ!!」
「さぁや!!」
「呼ぶな! 離せ!!」

 闇が消えた。

「さぁや、許して!! 行かないで、俺を愛して!!」

 すがり、甘え、懇願する。

「いやだ!!」
「さぁや!!」
「離せ!!」
「いやだ、絶対に離さない!! さぁや、許して、怒らないで!!」
「いやだ、離せ!!」
「さぁや、さぁや!!」

 後ろからぎゅっと。忠弘の、伝う涙が髪を濡らす。

「さぁや……」

 ノブから手を離した。

「さぁや……」
「……はなしてください」

 忠弘が力弱く両腕を解いた。横をとおりぬけてキッチンへ。乱された格好のまま無言で料理を始める。

 重い足どりがきた。

「……さぁ、や」

 答えなかった。とんとん、規則正しく包丁の音を刻む。

「……無視、しないで……」

 そばに近寄ってきた。直近で、

「すまない。どうしたら、……機嫌を直してくれる。もうしない、指一本ふれないから……」
「だったら許してあげてもいいですよ」
「……さ、や」
「約束は守ることですね」

 抑揚なく、包丁を動かしつづけた。

「いいですか」
「……うん」
「座って待っていてください」
「うん……」

 ソファーにそっと座ったらしい、音が聞こえない。背中に視線を感じる。
 ありあわせで夕ごはんを作り、忠弘の分だけテーブルに並べた。

「……いただき、ます」

 そっと。
 無言でどんぶりが空くのを待った。鍋とジャーが空になるまでキッチンとリビングを往復した。