一緒にサンドイッチを食べる男。

18 一緒にサンドイッチを食べる男。

 アラームなしで起きた。

 パジャマのまま洗顔・歯みがき。キッチンで朝食の支度を。
 油を扱う、指輪と接触させたくない。

 玄関すぐそばの六畳一間へ。そっと戸を開ける。

 家の主はあおむけにすうすう眠っていた。

 くちびるを重ね、舌もつけて、ふとんからのぞく傷にも。
 ほかにもう一言ささやいて起こした。
 
 

 パジャマ姿のまま、食後にコーヒーを。

「もう1杯いいか」

 父のコーヒーに関する躾は厳しかった。何度淹れてもまだまだ、うなずいてはくれなかった。

 着替えてのんびり。午前10時にレンタカーでアパートへ。
 忠弘の友だちという、ほどよく小麦色に焼けた男性が待っていた。忠弘とグータッチをかわし、

「よろしく頼む」
「了解。部屋には入らないからつめてもらってくれ。玄関外に出してくれたらトラックに運ぶ」

 忠弘とふたりで部屋に入った。

「冷蔵庫、洗濯機、モニター、レコーダー、掃除機はいらないだろう、処分してもらうよ」
「え?」

 待て、本物のお相手が見つかってマンションを出る際、新たにそろえると金が……。

 考えているあいだ忠弘が友だちに連絡して処分を頼んでいた。

「机とマシンをおけるでしょうか」
「仕事部屋にスペースがある」
「ゲームが主でして……」
「さやの隣で仕事できる。入社以来の夢を達成した、幸せだ」

 音は出しっぱなしだ、イヤホンを捜さなくては。休日は大人しくするかどこかへでかけてじゃまだけはすまい。

 ほかの大きなものはふとん。ささやかで、買うとたいへんな食器棚、たんす。なんとか処分をまぬがれた。
 割れ物を一つひとつ新聞にくるもうとしたら、エコロジーな収納バッグで簡単に済んだ。

 空になった室内。
 こんな物件、もう探せない。

 玄関外では忠弘の友だちがきびきびと荷物を運んでいた。手際がいい。さいごの段ボールを玄関に運んだらもう、トラックにすべてが積んであった。
 友だちが運転して忠弘のマンションへ。別便で大家のもとへ、退去の手続きを。

 家賃電気ガス水道料は浮いたものの敷金礼金引っ越し代、冷蔵庫代等々……大赤字。新卒2年目、貯えはないも同然。

 すぱっと引っ越せない。確実に謝礼金をいただかなくては。

 金をくれという者が嫌いな忠弘が、見むきもしなくなった誰かに金を出す? ボーナスはとっくに消えた、あーああ……。

 マンションで、忠弘の友だちが玄関前まで段ボールほかをすべておきおえていた。にやっと笑って忠弘と少々会話、グータッチして別れたもよう。

 忠弘が荷物をせっせと家のなかに運ぶあいだ、たいへん失礼ながら物置部屋のたんす、クローゼットをちらりと開けてみる。それなりに服だのがおかれていた。
 
 

 パイン材デスクセットを気分よく運ぶ。
 やっと一緒に住んでくれる。帰りますの脅し文句は無効。
 前からぼんやり考えていた。会社を辞めて家を守ってほしい。仕事に忠実な姿を見守ってはきたが、渡辺君とやらとあれ以上楽しく話してほしくない。

 開け放った仕事部屋に、

「失礼します。途中ですけどお昼です、休憩にしませんか」
「なるほど。やさしいな、さや」

 初めて一緒のお昼。サンドイッチがいっぱい。

 5歳以降、一度だけ出た運動会。
 周囲の家族があたりまえのように食べている。かわいた心で遠目にながめた。

 誰も守ってくれない。
 なぜ、誰もが俺を捨てる。

「いただきます」

 リビングで声をそろえ、泣いて食べた。

「おいしい。しあわせだ、さや」
 
 

 午後の3時で荷物整理、引っ越しは終了。
 汗をかいた。

「お風呂を借ります」
「借りますじゃなくて入るよ忠弘、挿れて忠弘と言ってさや」

 湯船につかって指輪をながめた。
 夕ごはんはハンバーグ。いつもはできあいのものを温めるだけ。ひさびさにひき肉とパン粉等々をこねる。

「調理実習で作るところもあるでしょう」

 余ってもいい、10個焼いて皿に大盛りで持っていく。
 静かに泣いていた。
 
 

 朝、ゆっくりのんびり起き、起こして遅めのマンネリ朝食をとる。
 コーヒーを2杯飲んでからタクシーでディーラーへ。

「車というと、どんなのでしょう」
「俺の好みで、音響がよく安心して眠れるゆったりシート。3つほど候補を絞っている、さやの直感で選んで」
「え、私がですか?」
「うん、ドライブしよう。さやの夫は運転がへたじゃない、安心して専用の助手席に座って」

 お昼をどうしよう。

「お好み焼きを準備していまして……」
「わかった、昼に戻ろう。ドライブは午後だ」

 午前11時、忠弘の友だちの販売店に到着。ビル1階の総ガラス張りのなかに新車展示品が並んでいる。
 興味がなく、鎮座する新車を指輪のように見てまわれない。勝手がわからない、ただ後ろをついていった。
 2階は総ガラス張りのフロア。3台の車が並んで、すべてナンバープレートがついていた。

 忠弘が友だちとグータッチをかわし、

「どうかな、さや。なんとなくでいい、選んで」

 1台目はシートが2つ。2台目はシートが4つ。3台目は一番大きい。

「ええっと……」

 ぴんとこない。値段が表示されていたら迷わない、一番安いのがいい。

「1台目は上がぱかっと開く、走ると気分がいい。2台目は乗る人の快適性を追求した車だ。3台目は大人がゆったりと乗れるくふうをしている。どうかな」

 気分がいい……。

「これ」
「わかった。頼む」

 忠弘の友だちがうなずき、

「毎度。ちょっと待っていろ、1階へ降ろす」

 応接のソファーに座って出されたドリンクを飲む。忠弘の友だちはシートカバーを自分で外さなくていいか聞いていた。

「さすが営業職ですね、さまざまな人脈をお持ちで」

 眼鏡、宝飾、引っ越し、車。もっとありそう。

「みな悪ふざけが得意ないいやつらばかりだ」

 いいなあ。

 実家、鎌倉で高卒後、単身区内の大学に進学した。
 制服を脱いだ、なんとか受かった。一人暮らしを始めるにあたり、服・髪・化粧、それなりに気を使った。2人の男性にふられるまでは。
 以降、在学中化粧したのは就職試験だけ。

 正午に1階へ下り、さっそく忠弘が助手席のドアを開ける。

「乗って、さや」

 前面ガラスの真ん中上にあるボタンで天井が開く。口を開けて見た。

 においが新品だ。

 車体はパールホワイト、内装はオフホワイトがベース。本革のシートに身を沈める。深く守られているような気がした。レッグレストがついていて楽だ。

「シートを倒して。眠っていいよ」

 静かな発進。控えめな音が心地いい。
 風が流れる。