良薬を得た男。

11 良薬を得た男。

 不眠のおおいなる理由のひとつ、不安。

「……私がいれば眠れますか」
「一緒に帰ってくれるだろうか。ずっといる、いてくれるだろうか」

 しまった言いすぎた。

「同情してはくれないだろうか」

 端整な容貌で泣きそう、すがりまくり。
 なるほど確かに多少熱をあげている。

 だが、男は女を短期であきて捨てる存在だ。2回性体験があるが、全部そうだった。
 最初が大出血、さいごまでもせず。痛いだけのみじめな初体験。
 次こそはと、軽そうでほかにもいそうでうまそうな男に誘われラブホにほいほいいったら体の相性が最悪だとその場で捨てられた。いいことはなにもなかった。十分男性不信だった。

 山本もたいして変わらないだろう、どうせすぐに気が変わる。そのときまではめんどうをみてやろうか、多少聞きすぎてしまったし。

「わかりました、同情しました」
「うれしい。今夜も眠れない」

 喜色満面で断言するな。

「病院で診てもらったらどうです」
「都内の病院を転々とした。ありとあらゆる睡眠薬を処方された。なにひとつ効かなかった。副作用だけは全部出た」

 よほどひどい医者にあたった以外、患者のドクターショッピングの利点はひとつもないといわれる。知っているだろうにやったのか。

「さやが良薬だ。さやがいるのなら眠ろう。手料理を食べさせてくれるだろうか」
「しかたがありません、同情しましたので作ります。なにかご希望はありますか」
「……縁日で出るもの、買う金もなくて食べたことがない。ああいうのはどうだろうか」
「焼きそば、とか」
「うれしい。文字どおりお祭り気分だ、さっそく帰ろう」

 なんだかうまく丸めこまれてしまった。
 いやいや、気が変わるまでだ。

「服など荷物をまとめますので、ちょっと外に出てください」
「できれば引っ越して俺たちの家に住んでほしい」
「たちってなんですかたちって」
「少し待って」

 山本は立ちあがってドアむこうへいき、玄関を出る。なんだろう。
 すぐに戻ってきた。4つのポリプロピレンクローゼットケースを持って。透明、すけすけ。

「……なんでしょう、それ」
「服ならこれに」
「旅行バッグにつめるという発想はないんですか。営業でしょう」
「ああ……なるほど」

 誰かを連れこむ以前に、誰かの家に転がりこんだこともなさそうだ。

「私のとあわせて都合5つ……タクシーのどこにそんな」

 調理器具、食材一式でもういっぱいだったのに。

「レンタカーできた」

 変なところで準備よすぎ。

「見られて困るものをつめる作業中にいては失礼だ。外で待っている、何時間でも何日でも寝ずに」
「……行きますよ。ただし5つにつめるんです、すぐにはむりです。ちょっとお待ちください」
「うれしい。ありがとう、いつまでも待っている」

 山本はすぐに玄関を出た。

 ……あーああ。完全に聞きすぎ、しゃべりすぎ。しばらく家政婦決定か、しかたがない。

 着替え化粧品は最優先。ふとん、ドライヤーの類いはむこうにある。調理器具もそろえてしまった。レンジはまさか買わなかった。持っていくか……いや、気が変わったとき回収が難しい。買わせるか、高いが。いずれは必要だ。

 次の、本物のお相手さんにお使いいただこう。それまでのつなぎだ。

 さっさと作業をおえ、玄関を出る。
 待っていた山本は喜色満面。荷物を全部持たせるとうれしそうに運んでいた。

「途中で家電量販店とスーパーによってください。お金はありますか」
「さやに贈る婚約指輪と結婚指輪の資金はずいぶん前からストックしている。左手の薬指は何号だろうか」

 無視。

「質問に答えてください」
「さやを守るため無駄金は使っていない。カードで、たりなければ現金は一束を持っている」

 100万円か、お大尽な。

「十分です。刃物店にもよってもらっていいですか」
「なにを買うか聞いてもいいだろうか」
「トマトを輪切りしたいので、一番高い三徳とペティナイフを買います」
「……すまない。トマトしかわからない」

 家電量販店で大容量のレンジ、スーパーであれこれ食材を買う。
 刃物店で一番高い包丁を。あとで本物のお相手さんにちゃんと使ってもらえばいい。

「よくわからないがそんなに本気でそろえてくれるとは。うれしくて熟睡できる」
「よかった、同情したかいがあります」

 山本のマンションに着く。しかたがなく持たされた鍵で玄関を開けてあげる。時間がけっこう遅くなってしまった。
 焼きそばなら簡単に作れるが一度にはむり。3人前ずつ作って大皿3つに分けて持っていった。

 喜色満面の山本、一気に全部食べる。
 この食欲が普通なら、大嫌いと言った期間の生活がどれだけだったか。何度か死んだだろう実際問題。

 食後、山本が皿洗いするという。
 どうせ一時の家政婦。早く気が変わってほしい。

「いいです、お風呂に入って眠ってください。明日朝起こしにいきますから目覚ましとかかけなくていいですよ」
「新婚そのものだ、うれしくて熟睡できる。これが毎日か、鼻血と滂沱だ」
「やめてください」

 一晩お世話になったふとんが心配だ。よごれはなかなかとれないぞ。

「お風呂の湯は落とさなくていいよ、俺が掃除する」

 助かる、正直に。

「じゃあ眠るよ、ぐっすり」

 山本が直近に迫り熱く、

「おやすみさや。好きだよ」

 空き部屋にむかった。

 明日の朝食の支度を。
 脱衣場もきれいに使っている。追いだき機能がうらやましい。

 寝室のベッドはとてもいい。ダブルより少し広い。清潔なシーツ、ふかふか、よく干してあって温かいのに軽い。スプリングの固さも軽すぎずちょうどよかった。おそらく、かなり気をつけて発注したのでは。
 ここまで睡眠に気を使っておきながら、不眠。

 いやでも香る山本のにおいをまとって眠った。