懇願する男。

6 懇願する男。

 朝、アラームが鳴る。

 あーああ、今日も満員電車かあ……ふとん、気持ちよすぎ……。
 ……。

 しまった朝ごはんを作ってあげないと。

 廊下に出た。山本が驚喜の表情で、

「おは……」

 かたまっている。なに?
 下を見ている。

 なにか……。

 ぱんつ以外真っ裸だった。

「っきゃーーーーー!!!」

 寝室に戻った。

 深呼吸する。落ち着かなければ。
 さっきのはなかったことだ。冷静に。まず服を着よう。
 いや待て、昨夜と同じではいけない。まるで朝帰りではないか。
 山本が買った服を嫌でも着なければいけないか。しかたがない、背に腹はかえられぬ。
 下着もか。まさか見せるわけでは……いやさっき……いやいや、なかったことだ。

 E65、なんとなく淡いイエロー+桃色のほうを。

 あ、いい。

 キャミソール。すそをレースと身生地を縫いあわせ、重なった部分をレースの模様にそってはさみで切りとる技法。縫い目から残すのはたった1mmだけというカットワークでの上品な仕上げ。
 ブラジャー。締めつけの少ないナチュラルな着け心地、かぱかぱなし。ちりばめたクリスタルも美しい。乳房をそっとしっかり包んでくれる。
 ショーツ。後ろすそはよくあるレースではなくフリーカッティング素材、アウターにひびきにくい。ヒップをそっと包んでくれる。

 3点セット、総じて軽い着装感で心地よくジャストフィット。気分が華やぐ、うぅんいい品。下着に罪はない、あとで店にいってみるか。

 ストッキングのあとツーピースを着る。いい感じ、デート用?
 サイズぴったり。はあ……はいはい。感想は口にするものか。

 着替え中だいぶ落ち着いた。開き直れた。はいおしまい。

 寝室内の使用形跡を消し、荷物を持って出る。
 山本がさっきの位置で棒立ちしていた。

「朝から観音様を拝めるとは……」
「それ以上言ったら朝ごはん出しません」

 さっさと洗面所へ。
 くしもとおさない髪、すっぴんで洗顔もしていない顔まで……いやいや、なかったことだ。

「とても似合うよ。きれいだ」

 無視。

 旅行用の歯磨きセットをとりだしみがく。きちんと洗顔。髪をぎゅっと後ろでしばる。きちんとお化粧。ハンカチで使用形跡をありったけ消す。
 なにやら髪の毛からあの香りがただようような。薫き染められてしまったか。

 山本はまだいた。センスのいいスーツをびしっと着こなし、身だしなみは完璧。

「ごはんを作るので座って待っていてください」
「ありがとう」

 ジャーのご飯をかき混ぜてだしを確認、具の野菜を切る。

「今日は仕事を休んでくれ」
「……はあ?」

 いきなりなにを。
 ふりむくと、ソファーに座る山本と目があった。

「昨日うちに連れこもうとは決めていた。人事と君の上司をだまして今日、君は有給休暇を取得することになった」
「……日本語をお願いします」

 理解不能。

「今日一日、俺たちの家でゆっくり休んでほしい。できれば着替えそのほかの荷物を君のアパートに取りにいってくれたら。
 ああ、重いか。わかった、仕事がおわったら一緒にいこう」

 休み? やすみって……。

 料理は続行。量が多い、味見は何度もするものではないのに。鍋いっぱいのみそ汁にみそをどれだけ入れればいいのやら。

「俺の連絡先を登録してほしい」

 キャベツを千切りにして水につける。

「ほしい欲しいばっかりですよ。ないものねだりの子どもですか」

 必死に料理しているのに。できないといいはるなら手伝いのしかたを教えはしないが。

「子ども時代がなかった。同情して……あー。同情してくれ」
「……お弁当を作りましたんで。いらないなら」
「本当か!」

 山本ががばっと立ちあがった。

「……いらないならいいですよ」

 直立不動、熱いまなざし。まるでにらむかのよう。
 立ちあがりにくいソファーをよくまあ。……いやいや、感想はなしだ。

滂沱ぼうだで食べる。ありがとう」

 うれしそう。喜色満面、号泣一歩手前。

 料理を再開。いくら卵を割ればいいのやら。大きいフライパンいっぱいに、とりあえず6個、同時に魚も焼く。1切れだけでも難しいのに。しかたがなく同時に6切れ。加熱時間がわからなかった。

 黒こげだけはまぬがれ、全部を作ってダイニングに持っていって並べる。
 なにからなにまでやってあげた、もういいだろう。

「はい、朝ごはん。目玉焼きにおみそ汁、ごはんサラダ焼き魚。あわせてわびしい食事の一丁上がりです、私の役目はここまで。あとはお美人さんにどうぞ」

 山本が立って待っていた。

「君が美人だ。ありがとう、死ぬほどうれしい。いただきます」

 ソファーに座る山本。ひさびさという儀式をかみしめるように行い、猛然と食べはじめる。
 気にせずもぐもぐ食べた。まだましな焼き加減。だしも珍しくうまくいった。

 山本のご飯はどんぶりに盛ってやった。みそ汁も、通常サイズではなく店にひとつだけ酔興においてあった飾り物のようなどんぶりサイズ。
 すさまじい勢いで空にする。
 食べているよりキッチンとの往復、おかわりを盛っている時間のほうが長い。