攻防戦。

5 攻防戦。

 三井素子はあせっていた。

「だって、そんな……」

 好きな人に相手がいたらどうするの?
 同期の友だちが鋭く指摘する。

「恋人どころか既婚者でもおかしくない歳の人なんでしょう?」

 ぐっとこらえる。

「一度家に行ったもの。あの人しかいなかったもの」
「実家に行っていただけだったりして」

 ぐっとつまる。

「臨月で実家に里帰りとか……」
「ゆ、有給休暇を取得いたします!」

 世間は連休中、警察官は休みを取りづらい。

「人の恋路をじゃまするんですか、かちょう!」

 友だちはおもしろがった。巡査の素子たちにとって雲の上の階級。なんとなく親しみやすかった。
 課長は孫を心配するような気持ちで、

「がんばれ」

 4月29日、玄関のチャイムを鳴らす。出ない。
 4月30日、出ない。

「有給をください!」

 5月1日、出ない。

「連休中は有給をください!」

 5月2日、出ない。
 四日間にわたった攻防の末、さすがに考えた。
 三度も見知らぬ他人、未成年に100万円超のお金をぽんと差し出した佐藤。

 普通の勤め人じゃない。

「うまくいった?」

 友だちから連絡が入る。

「……家にいないの」
「連絡した?」
「していない」
「なんで?」
「逢って話したいじゃない」
「だから2浪もしたのよ」
「……泣きたい」
「いますぐ連絡しなさいよ! じゃね」

 通話終了。あと三日間しかない。
 受け取った名刺、企業名。一部上場の大会社。所属する営業一課が精鋭中の精鋭、エースぞろいの花形だとまだ知らない。
 5月3日、出ない。
 5月4日、出ない。

「……どうしよ」

 タイミングを失った。まさか受かるとは。
 現実を受けとめきれなくてつい疑った。そうよ採用の書類がくるまでは。きたらきたで、あの有名な警察学校の案内書かと。

 落ちたというより楽なはず。
 なぜ? お世話になった、甘えるなといわれたくない。
 せめて軌道に乗ってから。
 5月5日、出ない。

「はぁ……」

 指折り数えて1週間も戻らない。まさか家族旅行?

「はーい……」

 ドアが開いた。
 胸をはって聞いたつもり。ほかに誰も出てこなかったから。なにかをつぶやいていた。

「佐藤さん、あの、私」
「は、はい」

 どこかへ飛んでいるような。

「いま休暇中で……帰って着替えてきます」
「あっはい」

 なぜか敬語。
 見つかったらただではすまない、すぐアパートへ。
 
 最初に逢った高校2年生のとき、お化粧していなかった。いまはきちんと決めている。
 わかってほしい。逢いたくて選んだ服、いつもと違う口紅。

「佐藤さんっ」

 もう一度玄関のチャイムを鳴らした。

「はいっっっっ!」

 どうかな。通用、する?

「……奇麗だ」

 すべてがむくわれた。
「三井さん、今日は休みですか?」

 1週間も休んだ。明日からは怒濤の? 連勤務。とてもいえない。

「え、と。今日のほかは、しばらく休みはないんです。ほらっ、警察官ですしっ」

 正解だけを述べた。

「……今日、デートしませんか。いつもの椿だけじゃなくて」

 翌日ふたりとも花を咲かせて出勤。ほんとうに春がきた。
 係内で寡黙に仕事していた。1年先輩から、

「招待状はいつですか係長」

 答えず、途中から顔がにやけた。

「うわぁ……数年前なら淫行で逮捕される顔ですよ、やめてください。
 最低でも顧客、上司、課内全員に手書きで出すんですよ、みなスケジュール調整がたいへんなんですから。係長聞いています?」

 いえない。

「どうしよう俺……」

 ぼろの一軒家でスーツは決めた。
 素子の非番に合わせ、懸命にスケジュール調整して、せっかくのデート。
 あと1時間。

「ひょっとしてこの先ずっと……手も握れないのか?」

 素子は輝いていた。まぶしくて眩しくて……なにもできない。

 おっさん特有の、激しく深〜い煩悩。

 こんなことやあんなこと、前途ある若者にひとつでもやったら最後、淫行だ。おしまいだ。

「おじさん汚い!」

 びびっていた。自分の歳に、相手の歳に。
 かわって素子。とても機嫌がよかった。

 忙しかろう好きな人が自分に合わせてデートしてくれる。
 素直な人。よくいるいじわるな年上とはまるで違う。望みどおり、言葉どおり、思うとおりふるまってくれる。
 とても紳士だ。好きになってよかった、助けてもらえてよかった。
 
 署内一同、
 
「よかったね」
「はい!」