季節は秋。

3 季節は秋。

 夏がすぎて秋。

 連絡が入るまで、忘れてはいなかった。ノルマが膨らみすぎて、そこら中を飛び回って靴を履きつぶすうち油断した。

「……落ちました」

 深いため息を隠せなかった。
 このあいだの喫茶店にくるよう伝えて自席を立った。係長の目ざとい視線は無視した。

 土曜日、日中。遠慮したか。今回も勤務中、口にせず椿で話を聞いた。

 去年より一次試験を通れなかった。面接までいけたのは1つだけ。夢にまで見た第一志望先。

「たかりに連絡したんじゃありません。もうあきらめました、バイトでもなんでも……」

 社会人になったら、平等にあつかわれることをあきらめる。
 同期は同い年とも友だちともいわずライバル。まわりすべてに頭を下げる。はいあがる機会は自分のなかにだけある。

 気をしずめるため、コーヒーを一口含んだ。

「努力しただろう。あきらめるな」
「もう20歳です」
「確かに勉強の才能はたりないのかもしれない」

 きつくにらまれた。

「努力し継続する才能がある。うらやましい、だいたいの人はないんだよ。
 親からもらった大事な才能まであきらめるのか?」

 こつこつ継続、できなければ挫折。

「たりないのは人生経験だ。これから先どうすればいいかわかるかな」
「……勉強を続けなさい、ですか」
「そうだ」
「申し訳ありません……ほかはわかりません」

 ヒントを出す。

「ボランティアしてみる。どうかな」

 表情が変わった。
 どこも欲しい、常に開いている募集口。待っている人たち。

「どうやるか、できるか。専門学校。全部自分で調べるんだ」

 札が入った封筒を差し出す。慣れたボランティアだった。

感謝の言葉すら求めてはいけない

「……お願いがあります」
「なにかな」
「仏の顔も三度まで。お金はもうこれきり。甘えたから落ちたんです」
「いい覚悟だ。残された時間はあまりにも短い、甘えは忘れるんだ。いいね」
「はい」

 次に連絡が入ったら、札束を用意するだろう。
 帰社した。同期でも友だちでもない戦友が今日も明日も闘っている。
 机に戻り座って背を伸ばす。
 
 助言すれば、手を貸せばよかった。成功体験にはできる努力ではなく、できないことをする努力が必要。

「どうする、今日もか?」

 係長がよってきた。

「いいえ、今回は遠慮しますよ」
「せっかく休日出勤してくれたんだ。ねぎらってやろう」
「ほかのかたがたとどうぞ」
「いらないのか?」
「いりませんよ」
「ノルマを達成すると余裕らしいな」

 周囲が機敏に反応する。今年度も二係最速達成だった。

「……おかげさまで」

 彼女になにもいえずできなかった理由。
 国際企業、世界中を飛び回るのが仕事。誰もいない家に招き待たせてはいられない。
 いづらくなって帰宅した。
 
 冷蔵庫になにもない。玄関を開けてから気づいてスーパーへ。
 しかたがなくぼろアパート前を通過。情けなくて会いたくなかった。料理、作れるかなあ……。
 年も明けて3月。二係長に呼ばれた。

「用件は前回と同じ。どうだ?」
「返答は前回と同じ。どうです」
「来年度も同じか」

 就職できているか。

「……たぶん、違います」
「ならいい。安心して席を託そう」

 係内の空気が変わった。いよいよか、やはりか、ついにか……。

「……そのことでは」
「係長に二言は許されんぞ。来年度のノルマは1000倍だ」

 冗談じゃない。どんなにがんばっても肩書はずっと平。正社員の安定にかじりつくのがやっと。
 大学は第一志望に入れた。十分成功体験だった。就職試験も第一志望に受かった。職種も希望どおり。ふりおとされたくなかった。必死に、たまにしか色も酒もばくちもせず生きてきた。そろそろ別の安定が欲しかった。
 頼られるのはうれしかった。丸投げされないのもよかった。渇望した才能があった。うらやましかった。

「……ばかな」
「なにを考えた?」
「ノルマですよもちろん。冗談じゃない」
「1000倍やって手に入るのならいいだろう」

 手に入らないのは、

「……冗談じゃない」
「両方とれ」

 はやしたてられ顔が引きつった。
 昨年度とは違う席に座って数か月。戦友が声をかけてきた。

「招待状が届いていませんよ」
「なんのです?」

 1年前に入社した先輩。

「いまの時期、係長は一風変わった連絡を受けなさる」

 周囲の目は鋭い。

「さすがは先輩ですね」
「今年はどうなんです? 隠遁してくれやがった大先輩からしっかりと申し送りを受けているんですよ」
「ああ、あの」

 強いストレスから解放されると人は若返るという。
 ひょっとこ元係長が謳歌している第二の人生先で、若いですねとしきりにほめられると自慢しているそうだ。

「待つしかありませんね。こないかもしれないし」
「まるで仕事の話のようですね」
「仕事の話ですよ」

 秋になっても連絡は入らなかった。