Waiter? Waitress?

 京の群青は澄んでいる。黒い陰の鳥の羽ばたきすらよく映えた。
 縁側で、青が闇に呑まれる頃までボーっと観た。ちっと冷えて来ちまったんで、肩の上っ張りを着て部屋へ向かうと後ろから声。
「トーモ」
 振り返ると哲也が盆に茶をふたつ載せていた。
「ダメだよ長湯」
 あー。こりゃ茶を淹れ直したな。
「済ま」
 ねえって言おうとしたら、
「トーモ」
 へいへい。ワビは見ねえ聞かねえってか。思えばちっとしたことならゴメン悪い済まんとか、言いてえんだよなあ……さっぱ考えていなかったぜ。
 提案してみようかなと思ったら、冷えてきたからとにかく部屋へ入れとさ。へいへい。
 ちゃぶ台……じゃねえ座卓、の前の座布団に座ると野郎は隣へすすいと座る。もうトイメンにゃ座らねえと来た。まあいいけどよ。
 茶を飲みながら。
 長湯はしていねえ、ちっと景色を観ていたっつったらカゼ引くよ、だと。へいへい。俺は体の丈夫が取り得なんだっつったら、ノーコー看病して上げるがどうたら……分かりやした……バカやんのは止めときやす……。
「なあ哲也」
「ナーニ」
 無っ茶優しい穏やかな声。なんだかなあ……。
「あー。えー。相互理解だ。哲也も俺もワビは見ねえ聞かねえだが、ちっとしたことなら日々あるもんだろ。それはよし、ってことにしねえ?」
「しねえ」
 無っ茶穏やか系即答マイペース。そーかいそーかい……。
「そんなん言ったらマジメが取り得なトモのことだからー。毎度言うハメになると思うけどー」
 ……思わず頷いちまった。
「俺ってさー。大家じゃん?」
 ? なにだ。
「そうだが」
「改装しない? 絶品こさえられるようにー。ちゃーんとした厨房こさえるとかー」
「……ああ……」
 そりゃいいが、したら部屋の面積Eと足しても合わねえんじゃ。
「AからDまでは立ち退かせたからー」
「おい!」
 あんなロケーションでそりゃねえだろ、住んでるやつが納得するワケねえ。
「だってEとFのフーフ喧嘩やっかましいとか苦情俺んとこ来てたしー」
 ……す。すいやせん……。
「ほんじゃいいトコ紹介して上げるっつってー。モーケなしで仲介したら随分喜ばれちまった。一体普段ナニやってんの」
 誰のせいだ……。
「ってなワケでー。喫茶店、やろうと思えばあそこで出来るぜ?」
 ……。
「いや、あそこではやらねえ」
「なんで?」
「まあ、……」
 なんつーか。
「……俺の夢だ。自力でやる」
 っつったらカッコイイがどうたら……後言わねえ。
「ショーガナイ。トモの意地には節介しないで上げる」
 ……すんなっつの。
「じゃさ、じゃさ。従業員とか雇うよなフツー」
「ああ……」
 そりゃあ、まあ。
「ハイっっっっっっ俺やるっっ!!」
 生徒じゃねえんだ手え挙げんな。
「勘弁だ」
「なんで!!」
 なんでじゃねえだろうが。なにが従業員だ、ここはどうした。
「俺の右に出るウェイターなんかいないって、トモ知っているじゃん」
 そーかいそーかい……言ってみたいセリフだぜ。
「宿はどうした……」
「任せているしー。いわば俺のオヤジ状態」
 んなもんいわばするんじゃねえ……。
「大体な、……このギョーカイの出世頭だろうが……なにが従業員だ……」
「そんなんカンケーないしー」
 あるんだよ激烈に。こいつ別なさ過ぎて自分の置かれた立場っつーもんが……って分かって狙ってやっているんだよなあ、いつでもなんでも……。
「節介しないっつっただろうが」
「ちえー。……じゃひょっとして、どっかの馬の骨みたいなオンナ雇うの」
 あのなあ。
「もしそんなんだったら。いくらトモがなんと言おうと節介するかんな。なんだったらカミさんのクビをすっ飛ばしてでもウェイトレスにしてやる」
「あのさあ……」
 どういう展開だ……ついて行けねえぜ……。
「言っとくけどー。聞いていないけど多分コレ、カミさんも同意見だぜ。なにせトモ無っ茶情に脆いし」
 ……悪かったな。
「どっかの行きずり雇っちまって、ずっと一緒にいるうち情が移って、一度っきりとか言いながらヤっちまって、あとズルズル引き摺って、振っ切れなくてどうたらで、なーんてコトになるんじゃないの直滑降イバラ道」
 ……ぐうの音も出ねえとはこういうことをいうんだな。よく分かったぜ……。
「ってなワケで、トモの意地にゃ節介しねえけど。人事だけは介入するぜ」
「駄目だっつの」
「やだね」
 だーかーらー……。って。どこ電話してやがる。
「ヤッホー。坂崎だけど。三下出して」
 なんですぐ繋ぎやがるんだタヌキさんよ……。
「ヤッホーカミさん。今回は珍しくマジ話」
 め、珍しくホントにマジ面だ。
「知治が、喫茶店にカワイイ系ぴちぴちボインなロリータ雇うって言ってるぜ」
 ……電話の向こうからキンキン声が聞こえて来やがった……。
「そ。昔のオンナの面影未だに追ってんの」
 あのさあ……。
「この件に関しちゃ共同戦線な。絶対阻止だ」
 そんな話の時だけ極メ面するんじゃねえ……。
「今すぐ来い。二人して亭主折檻だ、カラダに教えるぞ」
 だー、かー、らー……。
 なんでー。
 一時間後にカミさん来るんだよー仕事はどうしたー。なんで俺はその間組み伏せられなきゃいけねえんだー。
 しかも。
 このシーン、観られちまって……おいテツ、離れにゃカミさん許可ナシで来れねえんじゃなかったのかよー……。

Tomo, Tetsu, Midori

 準備された強化ハリセンをかっ喰らったら喋れるワケがねえ。あんま耳も聴こえねえ。あのバイトを思い出している隙に、家族どもが好き勝手喋っている。当事者無視、いつものことだ……。
「ちょっと目を離せばそのスキに!! ナニをやっているんだか分かったもんじゃないわ!!」
 すいやせん……。
「カワイイ系ともくんずほぐれつする気だぜ」
 んな気はねえ……。
『絶対阻止』「だ!」「ね!」
 息が合って……よろしゅうごぜえやす……。
「ほんでさ一号」
「なによその一号って」
「俺二号」
「私は愛人じゃないわよ!!」
 あのさあ。
「このままだとそうなるぜ」
 あのなあ。
「ッキーーーーーー!! 絶対阻止してやるわ!!」
 だーかーらー。
「ってなワケで一号」
「じゃないわよ!!」
「共同戦線一号の略」
 略すな。
「ならいいわ」
 よかねえ。
「なによ二号」
 じゃねえっつの。
「どうすんの、喫茶店の休み」
 節介しねえって話はどうした。
「土日はもうカンベンよ。こっちじゃそんな書き入れ時にそうそう休みは取れないんだから」
 ……やっぱそうだったのか。
「二日連チャンはトーゼンだよな」
「トーゼンよね」
 あのさあ。どこの世の中の喫茶店が週二で休むか。せーぜー週イチだろうが。
「一号だからショーガナイ、土日はカンベンしてやるとして」
「なーんか引っかかる言い草ね」
 頼むカミさん、もちっと突っ込んでくれ。
「平日ならいいのか」
「ええいいわ」
 よかねえ。
「ほんじゃ次は営業時間な」
 あのなあ。
「十一時から夜の……そうね、九時あたりが妥当じゃない?」
 まっとうな意見だ。
「そだね。ほんで休憩が二時から四時あたりってか」
 まっとうな意見だ。
「FとEのある一階で営業しないっつったら知治イヤだってさ」
「私だってイヤよ! 誰が踏み込ませるもんですか!!」
 あのさあ……。
「そ。ほんじゃそれは却下な。実際の場所はまず近場。どーせ海が見えるトコロと思っているだろうから」
 その通りでごぜえやす……。
 ってどっから地図出しているんだ。京のじゃねえだろそれ。湘南だろ。
「多分このあたり狙っている。人通り多いし」
 なんで知ってんだ。って知っているか、テツだし……。
「いつの間に……! ちょっと目を離すとこうなんだから!」
 あのなあ……。
「材料の仕入先はこいつら。このあいだ脅しといたからボりゃしねえ」
 おいテツ。その手に複数ある指名手配みてえな写真付き書類はどっから出した。
「当然よ!」
 じゃねえっつの。
「器とか家財とかはどうするのかしら?」
「仕事で出来たコネを遣う気だ。神戸と横浜のこいつら」
 だーかーらー。どっから出したその指名手配書……。
「脅したんでしょうね」
「トーゼン」
 もう……。
「じゃこのビルのオーナーにテツがなるって寸法ね?」
「なったに決まってんじゃん」
 ……勘弁だ。

Tetsu, Midori

「あーああ。不貞腐れて出て行っちまいやんの」
「今回に限ってはしょうがないわ」
「だね。ところでどーすんの一号。あれじゃマジで人事にゃ介入させない気だぜ」
「きっと接客業を雇うのはもう勘弁って思っているのよ」
「なにせ一号二号がこうだしー」
「そうね。それに関しては頷くしかないわ」
「っつったってトモだしー。絶対ロクでもねえの引っ掛ける」
「私は珍しく違ったようね」
「アゲマンが指名したってそんだけな」
「よくも奪ってくれやがったわね……」
「ありゃ最初っからこの宿がご指名、知っているだろ」
「それは……知っているけれど」
「話を戻すぞ。展開によっちゃ一号がウェイトレスな」
「ええもうこうなったらやってやるわ」
「トーゼン俺も乗り込む」
「是非そうしなさいよ。とてつもなくイヤな予感がするのよ、この件に限っては二号よりもね」
「ドーカン。絶対阻止だ」
「当然よ!!」

Tetsu, Midori

「ってなワケでー。ウェイターの件だけど。こいつをアゴで遣うことにしたから」
「フムフム……へえ、お前と中学校まで同じねえ……」
「そ。俺の本性知っているしー。事情もケッコ察せるしー。アゴで遣われんのが生き甲斐ってタイプ」
「そんな男がこの世にいたのねえ……」
「も一人くらいは知っているけどー。女房がメンドイ」
「悪かったわねえ……」
「この件に関しちゃおちょくる気はないぜー」
「素直に助かるわ。はっきり言ってこの件は、お前が霞むくらいの一大危機よ」
「そだね」
「全くダンナと来たら……分かっているのかしらねえ、自分の本性」
「ゼーンゼン分かっていない」
「困ったものよねえ……それがいいような、悪いような」
「今回は同意見」
「ところでテツ。この人事、どうやってダンナに納得させるワケ?」
「トモだってメンドイの雇ったら俺達が強行介入するって知っているからー。大分考えている。事情察せて知ってて詮索しない、しかも男ったら好条件じゃん? 呑むしかないって」
「……まさかどうたら趣味があるなんて……」
「ワケないじゃん。あったら俺が生かしちゃおかないからー。カミさんが心配する必要ないぜ」
「まあ、それはそれは心強いこと……」

Tsuyoshi

 ぼぼぼぼくはどうしてどうしてこの地にいるんだろう……ぼぼぼぼくは澄んだ空気の清浄な地でしか生きていけないんですって言っても誰も聞いてくれないのはどうしてだろう……。
 ぼぼぼぼくはどうしてどう見てもとんでもなく豪華で広いお部屋に連行されているんだろう……。ぼぼぼぼくは影でこっそりつつましやかに生きるのだけが取り柄ですって言って会社の面接を通った筈なのに……。
 ぼぼぼぼくはどうして連絡手段の全てを取り上げられなくちゃいけないんだろう……どうして仁王立ちの、あの、あの彼に、またあんなシニカルな笑みを浮かべられなくちゃいけないんだろう……ところで隣の美人は誰ですか?
 どどどどどうしてぼくが、そそそそんな、ひひひひ人妻にはどうのなんてありません……ああああああのあのあの、ささささ坂崎君、あの君は、……そそそそその本性はもう抑えきった筈、……では?
「ワケないじゃん」
「そそそそそうですか……おおおおお久しぶりですね……」
「ってなワケでー。これイトコ。こっちトモのカミさん。あ・カミさんでいいから」
「よろしくねイトコ。カミさんでいいわ」
「そそそそそういう自己紹介もどうかと……ぎえぇええーーーーー」
 どうしてそこでそんな使い慣れたムチが出て来るんですか〜〜痛いよ〜〜おかあさ〜〜ん〜〜
「ってなワケでー。まだまだ調教が足んないからー。しばらくこのフロア借りるぜ」
「ちゃんと叩き込んで置きなさいよバカテツ」
「あのー、あのあのあのーーーーー!!」
「さってイトコ」
「ははははははい」
「変えてもらおうじゃん?」
「なななななにを」
「人・生・観」

Tomo

 俺の預かり知らねえところで人一人の不幸が炸裂していたなんて分かるワケがねえ。テツの野郎は一か月の上客、カミさんも忙しいと来たもんで、俺の店(じーん)に求人募集の張り紙を貼って、内装に着手していた。