Waiter, good night
Waitress, good morning

 被った熱湯の痕もなく、ヒゲもキレイさっぱり剃られていた。修練も店もなんもかんもサボりまくってちっと運動不足。浜でガンガン泳いだろう。
 退院して、まず俺のアパート・Fへ。クモの巣のひとつも張っているかと思ったが、ワリとキレイに片付いていた。カミさんにありがとうっつったら後頭部に手のひらサイズのハリセン一発、あんがとよと言え! だと。へいへい。って退院したばっかだっつーの。
 っつったって、甘えてばっかもいられねえ。ひとまず社会復帰のリハビリだ、フツーにし始めようと思って、まずはハラごなしってんで、食いもんの買い出しに。そういやコンビニのあんちゃんとも久々だ、まだ稼いでっかな。あんちゃんあそこの勤めケッコ長えよな。ほんで店にも来てくれている。あんがとよ、だ。
 昼下がりの浜風にあてられながら、一番近いコンビニへ行ったら都合良くいた。ちーっすっつったら姿観なかったって心配されちまった。ちっと病院送りだったがこの通り無事退院、店はすぐ再開するっつっといて、ビールは止めといた。
 さっさとFへ戻って、カラな冷蔵庫に買って来たモン詰め込んで、さっそく台所でメシ作り。カミさんがやりたさそうだったが、俺は稼ぎが悪いんだ。ずっと看病心配させまくったし。下心下心。米磨いでっと。
「カミさん、休みいつまでだ」
「明日の昼には行くわ」
「そうかい。ほんじゃさ、メシ食ったら一緒に店行かねえか。ちっと手伝ってくれ」
 そういや前野はどうしたかな。
 俺の記憶にある前野剛ことイトコとは、黒帯を締めている時はいざ知らず、普段の生活ではかなりおどおど部屋の隅っこにいるのがいい、ってやつ、だった。
 そんな記憶もとうに忘れかけたある日、そのイトコが突然俺んちにやって来て、「ウェイターとして雇って下さい。この雇用契約書にハンコお願いします」という一文の書かれた紙ペラと一緒にアヤしげな添付書類を無言で持参と来たもんだ。知らないやつじゃなし、中身も見ねえでハンを捺したケドよ。
 だもんで、どんなもんだと働き振りを見ていたら、成長したっつーのかな、かなりきびきびしていて隙がねえ。いいことだ。
 っつったって、俺の勝手な事情で店を臨時に休業しちまう、なんて時、事前に連絡のひとつもしねえ出来ねえっつーのもなあ。住所・電話バンゴ等々連絡手段は一切書かないし教えないし訊かないが条文の契約書って有り得んのか?

 久々に、実に久々に、家でカミさんをトイメンにメシ。カミさんの無言な早食いっぷりに思わず見蕩れてその通り言ったらにっこり笑顔なハリセン喰らった。ああ、帰って来たなあ。やっぱいいや……。もーバカやんねえぞ。元兇はたっぷりシメたろう、今回くれえは逆襲もねえだろうし。
 で。メシの後。社会復帰っつって。ひん剥いた。はは。やっぱいいや……。嫌よ嫌よも好きのうちってか、っつったら、ちょっとオヤジ入っているわよ、だと。……そりゃねえだろ。ほんじゃおぶって店連れて行くかっつったらにっこり笑顔で以下同文。なあ、これが素っ裸でひとつのフトンにいる夫婦のすることかよ。どっから出すんだそのハリセン。さすがに今日くれえはもう喰らうの勘弁なんで、細いカミさん抱き締めてしばらくマッタリ。気持ちイイ……。

 カミさんが腕の中でうとうとし出した。疲れたんだろうな。ただでさえ勤務時間長いっつーのにずっと付き添わしちまった。もーバカやんねえぞ。しっかし二週間か……ケッコ掛かったなあ。俺って体の丈夫が取り柄なんだが。不養生はいけねえ。
 カミさんダップリ休まして、自然に起きた頃を見計らって、狭いが無理矢理一緒にフロ入った。やっぱオヤジ入っているがどうたらだと。そーかいそーかい。カラダ付き合わせて湯遊びした。カミさんサイっコー。いくらなんでもここじゃハリセンは出ねえだろうと思って、ちっとスケベな触りまくりして、歯の浮くようなセリフ言いまくって、フロでもした。はは。
 歩きづらそうなカミさんと一緒にFを出たら途端後頭部にハリセンだ。そーかいそーかい……これが俺の社会復帰、ってか。

 手を繋いで。
 R134を西へ。橋は渡らず右へ。人通りの多い道をすすいと抜けて、家賃一円の一階へ。
 そういや鍵ってどうなったかな。あのデラ別嬪治ったかなあ。
 通用口まで行くと、カミさんが懐から鍵を取り出して開けた。
「ああ……カミさんひょっとして後始末してくれたか」
 そういやFだけじゃねえんだよな鍵って。オマケにレジはぶっ壊すは片付けねえわ……散々バカやっちまった。
「そうよ」
 店内はカウンター内もフロアもバリっとキレイに片付けられていた。器物破損の跡も見えず、今これからでも営業が出来そうだった。
 ……カンドー……。
「あんがとよ、緑」
「……」
 その、あまりのキレイな片付けられっぷりにダップリ見蕩れちまっていたんで、カミさんの表情は見ずに言った、だから、テレているもんだとばかり思った。
「……手。出した、……の?」
「ハ?」
 手?
「? 繋いでいるぞ」
 離したかねえし。
 離す気ねえから片ッポ繋いでんだその体勢のどっからハリセンが飛んで来んだよー。
 思わず後頭部押さえて言った。
「なあ……痛え、んだが……」
 今日くれえは……喰らわさなくったって……いいんじゃねえのかなあ……。
「痛かったわよ」
「そ、……そりゃ……」
 ヘタクソで……。
「痛かったわよ。ズキズキしたわ」
「……済まねえ」
「そう。やっぱり手、出したのね」
 ?
 待てよ。ちっと話合わねえぞ。
 こういう場合は大抵いい話じゃねえ。この手の予感は当たるんだ。
「緑。俺は」
「ここで手、出したんでしょう」
 ……はっはーん……。
「緑。聞け」
「また相互理解? 嫌よもう」
 向き合って、ハリセン取り上げてカウンターへ置いて、もう片ッポも手繋いでチカラ入れた。
「違わ。浮気なんかしていねえ。俺が痛いかっつったのは、緑にさっきまで攻めまくったのを言ったんだ。なにせ帰っても攻めるからな」
 手を離せとばかりに反抗された。卑怯でもなんでもチカラづく、離さねえ。睨んだ、かもしれねえ。
「じゃあれはなに。病院で。腕のいいデラ別嬪な女将に接待されてえ、ですって? よくも私の前でそんなことを。また浮気しに行きますと言ったようなものよ」
 片手でカミさんの両手まとめて握って、空いた片手でカミさんの懐からケータイかっぱらって片手で操作、080へ。コール四つ。
「……ト、モ」
 俺も相当手クセ悪くなったもんだ。カミさんの散々の抗議はひとまず置いて、スピーカーオン。
「その業界で、哲也の右に出るやついるか」
「いない」
 おし。
「言うの忘れてた」
 野郎が息をのむのも聴こえた。
「そっちの女将にゃな。哲也の右に出たらもてなされてやるっつったんだ」
「そ。有り得ないね」
「頼ま」
 ほんでぶった切った。
「確かにここで服を脱がれたけどよ。勝手にだ。氷水浴びせてやった。気分悪かった」
 ケータイもカウンターに置いて、片手ずつ握った。手のチカラは緩めた。睨むのは続行、だったかも知れねえから深呼吸。それを止めた。
「カミさん第一最優先。緑だけ愛してる。もう絶対別れるなんて言わねえ。バカもやんねえ」
 カミさんは睨むの続行だ。涙滲ませて……こうはしたくなかったんだ。
「不安か」
「ええ」
 そうは言わせたくなかったんだ。
「知治。自分が天然というのをどこまで自覚しているの」
 それはちっと教えて貰てえ。これぞまさしく相互理解だ。
「ちっと教えてくれや。俺をどう思う」
「天然ね。直滑降イバラ道のクセに誰にも嫌われない。それどころかかなりマジで好かれちゃう」
「そうかな」
 振られまくってんぞ。コレは人後に落ちねえ、絶対右に出るヤツはいねえ。自慢にならねえが。
「そういうふうに全然自覚していないのがさらにマズいわ。振られまくったと言っていたけれど、じゃあ結婚後はどうなのよ。その調子でお店のお客さんにも目をつけられているんじゃない? 実にマズいことに、男女両方から」
「うわお……」
 身に覚えがあり過ぎら……。
「プロポーズされた時、ウェイトレスはしないと言ったけれど、前言撤回したいくらいよ」
「さ、……さいで……」
 カミさんがここまで言うくれえなら……いけねえ、ちっとかなり自覚しねえと……。
「じゃ、……じゃどうすればいいんだ」
「何がどうすればよ。大体、どうしてお店へ連れ込むのよ。だから浮気って思っちゃうのよ!」
「あー……」
 た、確かに。
「情に脆いところが知治の欠点よ。今すぐ改めて頂戴!!」
「へい。改めやす……」
 すいやせん……。
 で、ドンガリ抱き着かれた。
「……私が仕事ばかりしているから、……なの」
 何言ってやがる。ワケねえ。
 抱き締め返して。
「違わ。緑はな、仕事してんのがいいんだ。なにせ惚れたの仕事している姿を観た時だからな」
 ほんで絵を画いたんだ。
 どうしてもそうしたかったんだ。
 ほんで放っときゃ世話ねえが。
「そりゃ、……カミさんのウェイトレス姿、激観てえけどよ。カミさんはテッペンを奪るのがいいんだ。そうなった時は出入り禁止を解いてくれや」
「ええ、そうするわ。その時は執務室に紅茶を一杯出前して頂戴!」
「リョーカイ」
 すぐにでもいいぜ。なんつーのは、言わねえ。
 で。……そういう気分になっちまったんで。カウンターにカミさん座らして、部分的にひん剥いた。
「と、……知治!?」
 なにせEとFでしかしたことねえし。
「何だ」
 聞きてえ。散々、抗議でも何でも。
「何て、……ところで!」
 もう、……そうなってら。こりゃ歩いて帰んの無理だな……。
「言ってくれ」
 イッペンも言われたことねえから……聞きてえ。
「言っても……攻める」
 カミさんコレ無っ茶イヤっそーだったから……いつも……抑えてた。

 頭上から漏れる声にくすぐられて、無茶燃えて、言われた以上に、散々攻めた。

 どっぷり夜どころか日付けも変わった頃、店を出た。カミさんはおんぶだ、脚もう開きたくねえだろうがガマンしろっつったら、ハリセンすら出なかった。
「そういや仕事っつってたが、休みまーすスイマセンって、上司のタヌキに電話しなくちゃなんねえか?」
「ぶっ叩く気力もないわ……」
「そうかい。コメントあるならまだまだイけんな」
「勘弁して頂戴……」
 こんな時間じゃ人もまばら。新月らしくて、街灯の下、R134を真東へ。そういや夕飯食わせてねえ。
「ハラ減ったろ。コンビニ寄るか」
「冗談は止して頂戴……」
 この体勢じゃあなあ。
「ダンナって結構……無茶やりやがるのよね……」
「ああ、それは自覚してんぞ。仕事引けたらすぐ電話くれ。店切り上げて攻めまくったら」
「……退院したばかりじゃ……なかったの……」
 そういやそうだっけ。忘れちまった。
「なにせカミさんが足りなくてな。目の前にいたのに。欲求不満だった」
「叩きたくなって来たわ……」
 そうかい。
「もう寝ろや。寝込み襲ってやっから」
「勘弁……」
 背中でぐったりするカミさんのケータイをFに着いた後またかっぱらって、こっそりタヌキへイタ電入れといた。先は長えんだ、一緒にバカやろうぜカミさん。

 とにかく今はハリセン喰らいたかねえから、体力的に止めてやった。もう嫌よと言われてもしつこく続けた。はは。お陰でカミさんデカめなフトンでいわば大の字。どうみてもハリセンの出ようがねえトコ見計らってイタ電内容を言った。
「なんで……すってえ……」
 やっぱハリセンは出なかった。出るワケねえ。握り飯こさえて、一口サイズ取って口に寄せた。無気力そうに頬張ってた。
「カミさん、スーツ仕立てるところへ行こうや」
「何を……する気よ……」
 カミさんの家業は体力勝負。コメントあるだけ大したもんだ。
「ウェイトレスの衣装を作って貰う」
「あー、の、ねえ……」
「バリっとスーツもいいけどさ。ピラピラなカッコも観てえし、カミさんの仕事っぷり、やっぱ見てえんだよ」
「エッチ……」
 はは。
「そういうカッコ……を、してもいいから……」
 うわお。そういうコメントが出るとは思わなかった。
「から?」
「誰も……ウェイトレス……雇わないで頂戴……」
「リョーカイ」
 任しとけ。

 フロ入れてさっぱりさせて、抱っこしてヒイキの仕立て屋へ連れて行ってマジ作らせた。このあいだハリセンは乱れ飛んだがみんなチカラ弱かった。ほんで無っ茶あきられた。嫌よ嫌よと何度も言われるたびにツッコんで、無理矢理仕立てた。カラダのキスマークを店員にツッコまれてやっぱカミさん嫌がった。なにせ俺のカミさんなんでっつっといて、抱っこして仕立て屋を出た。
「身勝手を通り越しているわ!!」
 ああ。
「どれだけ恥ずかしかったか……! 火を噴きそうよ!!」
「噴いたな」
「……!!」
 で、ハリセンだ。この至近距離で喰らわさねえでくれ。
「退院明けだっつったろうが」
「誰が悪いのよ!!」
「俺!」
 声上げて笑っちまった。あー、無っ茶シアワセ。