スキなヒトが出来ました。

 賭けをした。
 どこにいるのか。歳がいくつなのか。そのそもあの映像は最近のものなのか、過去のものなのか。全てを目にも耳にもせず逢えたなら。
 逢えたなら。

 逢えたそのヒトは、テレビ越しなんかゼンゼン違って、とても……。

 それから毎日、そのヒトのことだけで一杯だった。そのヒトに自分の存在を知って欲しくて、気付いて欲しくて搦め手三昧。言葉では何一つ伝えられず、それどころか正面切って逢えもしない。話も出来ない。賭けは無効? ……違う、だってそんなことをしたら迷惑になる。……小心者の言い訳三昧。
 テレビ越しに観たあの勇姿が、ほんの数メートル横で、いま現実のものとなっている。ほんでも、僅か九十度、首を横に振るコトすら許されない。していいことは、ただゆっくりと坂を下って、その刻に、まぐれで聴ける声を覚える。たったそれだけ。
 そのヒトは、毎朝一番にあの信号を駆け抜けて行く。信号はいつも青。まるでそのヒトの未来のように。
 そのヒトは、毎夜遅くにあの信号を駆け抜けて行く。これが毎日。そのヒトの本気。

 遠く遠く、叶わない程遠くなってしまった故郷の地に戻る為、一番価値観を見出せない勉学に励む。意味のない行為に血反吐を吐く。ただ、とにかく通ればよかった。意味のない高みの門をくぐり抜けられなければあのヒト諸共失う。
 あのヒトの本気を励ましにして、毎日机に向かっていた。道は遠かった。現役など絶望コース。それでも通らなければ、あのヒトとはすれ違っただけの人生。きっと覚えても貰えない。

 ある日、図書館で調べものをしていたらとっぷり陽が暮れてしまった。司書教諭に図書室から閉め出され、帰路につく。
 途中、教室へ寄った。非常灯だけの誰もいない空間。
 あの机へ。座ってみる。机に突っ伏してキスをした。形に出来ないラヴ・レター。

 いつか俺は……それまでは。

 ああ、初めて分かった。隣の席に座る子のキモチが。
 あの刻、俺は、ほんでも縋ってやると心の中で反論した。きっと隣の子は、それすら経験し尽くして、だから言ったんだ。今の俺と、ようやっと追い付いた今の俺と同じ気持ちで。
“キライと言われるまで、スキなの止めない”
 ああ、やっと分かったぜ。やっと追い付いたよ、あんたに──

 今初めて、人を救ってやろうと想った。
 隣の。俺はあんたが、生まれてから死ぬまでずっと、たった独りで地獄を歩き続けたと知っている。あんたも、自分の境遇がそうだと看破していたのは俺だけだと、分かっていたよな。
 救ってやるよ、あんたを。全身全霊、心から。