Toko Komatsu (26 years old)

 小松が語り出した坂崎哲也像は、想像したよりもずっとずっと鋭利だった。
 そして思い付く節があり過ぎた。
「あの人は実力のない人には容赦がないんじゃなくて、用がないんだ」
 俺に語るでなく誰ともなく、独り言のように。まるで意識もなかった昔の頃から、誰かへ言っておきたかったかのように。
「いつ言われるかずっと怯えていた。優しくして貰いながら、ちゃんと叱って貰いながら。いつ、あんな風にマイペースに、ほんじゃね用無し、って言われるか。ずうっと怯えていた。そう言うって予兆の全くない人だから。
 あの人の牙がどれだけ鋭くて無差別か、一番知っていたのは私。あの人はなんの別もなく斬り捨てる。友人。恩人。家族。故郷。恋人。ぜーーーんぶ。こんにちは、って言うくらいの口調ですぐに。
 あの人の本性を知った人にはよく言われた。よく付き合えているね、尊敬するって。……とんでもない。実態はこう。幼馴染みじゃなかったら、近くに住んでいなかったら、きっと歯牙にも掛けていない。好きでいてくれたとは思う。好きだった。それは自信ある。でも他がない。私には、一番大事な何かがない。高校に上がって、それがなにかすぐに分かった。井上君もそうでしょう」
 ああ。
「それでも優しくして貰えた。ちゃんとしてくれた。信じてくれて、言いにくいことまでもちゃんと言ってくれた。
 だから大丈夫だと安心し切って……。
 そうしたら志望大学を一本に絞られた。あれは能の無い私をさあ斬り捨てますよという合図。田舎を離れたら、私は決して旅館業なんか出来はしないと分かっているのにあの通りの口調でサラっと言われた、京に来てって。……すぐに首を振った。本場へ行ったら何の能力もない私が恥を掻くだけと分かっていたから。
 ピジョン・ブラッドは受かって見せて、と思って上げたんじゃない。その逆。無理だって言いたかった。無理なんだから、……落ちて。大人しく田舎にいて、私と一緒になって……そういう意味だった。
 受かったあの人に顔を合わせられるわけがないでしょう?」
 ……。
「世間はこう見てくれたと思う。私がいるから、他は一夜妻。……とんでもない。きっと“恋”というものに、心底失望していたからだと思う。ちゃんとして、これだけ尽くしても、そのお返しがこうかって……。誰ともそれっきりだったのはそのせい。もう真心なんて誰にも上げる気が起きなくなったからだと思う。
 私が全部悪かったんだ」
 ……。
「こんな私を、それでも傷つけたくなかったと思う。あれからあの人はずっと田舎へ帰らなかった。なにせ私も帰るでしょう。帰省の時期は一緒。幼馴染みで近所だから、家へ帰るといつも言われるんだ、こんなところでゴロゴロしていないであの人のところへ花嫁修業に行きなさいって。逆らえなかった。あの宝石を買う為に両親に随分無理を言った。その実態がこうだなんて言えなかった。私がこれだけ傷つけたなんて言えなかった。
 あの人だって田舎へ帰れば私を連れておいで、花嫁修業させるからと散々言われていたと思う。まさかご両親の口から、私にそんな力がないとは言えないでしょう。なんとか一人前の女将に仕立てて上げると、そう期待され続けて、それに応えることが傷つけたことへのせめてもの……」
 ……ここまで壊滅的だったなんて……。
「意外でしょう、こんな話」
 ……ああ。
「そう。誰も、みんな全員そう言うと思う。くっつけばやっとか、くっつかなければあの人の女癖が悪いから。私は決して傷つかないように出来ていた。誰も気付かなかった。訊かれたこともなかった」
 ……訊く気も起きやしなかった。
「詮索されることも、ちゃかされることも、糾弾されることも、ねめまわすようにも見られもしなかったカップルって他に誰がいると思う? ……私だけ。ううん、違う。あの人だけがそう出来た」
 ……その通りだ。
「ここまでずっと守られて、それでも無理だった。分かっていたのに、きちんとけじめをつけてもらった。宝石は自分で外すからって……このあいだ、こっそり様子を観に行ったら外れていた。ようやっと終わったんだって思った。
 永かった……」
 ……。
「きっとあの人は、これからいつどこで逢っても変わらない口調で言うと思う、トーコちゃんって。……ずっと変わらないんだ。同じなんだ。……別が私には分からない。
 ……ごめんね、こんなつまらない話をして」
 いや……。
「井上君は元気だった?」
「……ああ、元気だ」
「よかった。また会議とかあったら普通に話してね。あの人と別れてから、しばらくみんなから同情されて、結構疲れたんだ」
「……ああ、分かった。そうしよう」
「じゃあ」
 ……じゃあ。