もしも雪の日の邂逅がなかったら?

6

 井上の自宅にて。
「済まなかった」
「で、済むなら警察は要らねえ」
 反論出来ないことを言われて成田は言葉に詰まった。しかも将来なりたいと、おぼろげに思っていた職業のことを言われなにも言い返せない。しかしここへは謝罪に来たので、被害者に納得してもらわなくてはならない。ここで隙を作るわけにはいかない。きちんと、徹底的に頭を下げる成田。
「なんで今そこまで出来るのに、いきなり食って掛かったんだ? 誰だってビビるぜ。男の俺はいいとして、ツレの女のところへは行くなよ。
 あんた、かなり危ないぜ」
 女、梅子のところに単純に行ってほしくないこともあったが、最後の言葉は井上の素直な感想だった。
「俺は」
「なんだよ」
 そのまま帰ると思っていたのに、まだ自宅玄関先でうろつく成田にいい気はしない。
「多分……彼女に惚れた」
「止めとけ。なんでか? 俺もそうだからだよ、ライバル」
 知っていると成田は言った。
「惚れているから言うんだけどさ。あんな危ない場面を見せつけといて、なお今日今から行きましょう? あんたホント危ねえな。
 いいか。フツーに、マジで。
 女はビビっている。最低でも今日は会うな。で、これからも会うな。
 あんたもそう思わないか? そんなに女ビビらして楽しいか? もしそうなら、敵わなくてもこれからバトルだ」
 ここで遼太郎が口を出した。
「分かってるよ井上。行かせないさ。斉、頭を冷やせ。今から行きたいと言うんなら、俺も相手だ」
 男二人に言われ、今日はさすがに日がまずいと判断出来る成田。
「あんた言い返せねと黙るみたいだな。で、次になにをやらかすか自分でも分からねえ、か。ホントに危ねえ奴だ。学校は管内じゃないんだな? よかったぜ」
 イヤミでもなく本心から言う井上。
「今日は帰んな。でなきゃワビの件はなしだ。どうする?」
「……帰ろう」
 井上は、厄介な男にからまれたもんだと梅子を気遣う。まるで本編の、蛇に睨まれて身動き出来なかった成田と遼太郎のように。本質的に蛇二匹と成田・遼太郎は似た者同士なのだ。

 二時間ほど経過した後、井上のもとに森下から電話が入る。
「そう……入れ知恵してあげたら、本当に行ったのね」
「どおりで。自分一人、まして西川のでもねえと思ったが……女史の入れ知恵でやんしたか。納得」
「でしょう? それで……間違っても斉藤さんの所へは行っていないわね?」
「俺は止めやした。西川もそうしていた。ただあれじゃ、明日には行きそうだな」
「そうなのよ……それで。斉藤さんはうちに呼んであるわ」
「え?」
「しばらく我が家から通わせるわ……車で。井上君? その間に、負けても負けてもいいからバドルして……?」
「へ。負けてもって……そりゃ勝てねえ……」
 とは思うけど。そう言いかけて井上は止めた。
「……分かりやした。きっと勝ちやす」
 どれだけ負けたって、絶対に会わせない。その気持ちを伝えて勝てと、そういう意味だった。

 和子は梅子に、部活を辞めろと言った。
「見たでしょう……あれが、遼太郎という男の本性なのよ」
 暴力を好み、実力差があるのに止めもせず愉しむ。
「あなただって、自分に親切にしてくれるのが遼太郎のすべて、とは思っていない……そうでしょう?」
 力なく頷く梅子。女に親切、それはあくまで遼太郎という男の側面、しかもその隅っこ。本性は違う。親切にされ過ぎたからこそ分かっていた。
「遼太郎には……私から言っておくわ。二人っきりの部活で辞めますとは言いづらいでしょう。クラスが違うのはこの場合、いいことだったわね……」
 クラスが同じ井上に、ほどほどに守られなさい、これも自分から言っておく、と和子から言われ、梅子は恋愛がどうという前に男嫌いになる要素を植え付けられ、学校に行きたくないと思った。
「ウメコB高に来ちゃったら?」
 ところが梅子はA高に来るための努力と経緯は環がいなくても同じなため、マコの言葉にホイホイ乗れない。
「いい案ね……考えておいたらどう? 連れ込み男も暴力男もいなくてよ……」

 部活を辞めさせると和子に言われ、なにも言い返せない遼太郎。本編と違い、あの部の存在はそれほど重要ではないからだ。
「斉藤さんはきちんと勉強したいと言うので……私が教師役を見繕うわ。B高に転校させることも考えてあります。
 いいこと……一人の女性が、望みの部を辞めさせられ、意中の学校を辞めさせられ、あまつ男嫌いの要素まで植え付けられているのよ。
 お前達のしたことは……タダで頭を下げれば済む。本当にそう思っていて……?」

 翌日、和子はD高へ、合同祭の打ち合わせをしに向かった。
 遼太郎は来なかった。今般のこの話は遼太郎はいわば発起人でもあるため、何故来ないのか不思議に思う明美。梅子も、そんな気にならなくて遠慮して来ていない。
「A高のメンツは?」
「遼太郎は私に隙を見せたので、謹慎処分にしてあります……斉藤さんはそのあおりを受けたの」
「……いい話じゃないようだな、女史」
 すぐに勘付く明美。あすみ、タカコにしたって同様だ。
 この場には横島もいた。
「おや? 是非理由を伺いたいな、女史」
「タダで喋るとでも……?」
 和子は金がうなるほどある金持ちの家に生まれたので、現金そのものには頓着していない。
「いくらならいいのかな」
「当人に直接お訊きなさい……」
 和子は本当にそう思っていた。
「遼太郎がいようがいまいがこの話。あとは私が……いいわね?」
 この話とは合同祭のことである。
「その部分については異論はないよ」
 横島。
「だから駄目と言っている……異論を出しなさい? この話、すすめるのは佐々木さんでしょう、と……」
「おやおや、一本取られたな」
 遼太郎と仲のよくない横島は、直接訊けと言われても向こうは口を割らないだろう。そして明美の顔を潰すことを言ってしまった。この場に限っては引き下がる横島。
「楽しい話をしましょう。そうよね……佐々木さん」
「ま、なんつーか」
 明美は気を取り直した。
「アタマいい同士で揚げ足を取り合う、ってのは気分が悪い。これからは一切、止してもらうぜ。あたしが話をすすめていいならな」
「異論なし」
 和子。
「同じく」
 横島。
「西川はもう来ないのかい?」
「来ないわ……」
 これで、相当の貸しを遼太郎は和子に作ったな、と推察する横島。さらには、過日斉志が一時帰宅している、遼太郎は斉志のためならなんでもする男。梅子が今ここにいない。もしやと、かなり近いところまで瞬時に頭を巡らせる。
「つまらないねえ。連れて来ちゃくれないかい?」
「楽しい気分になれないんですって……」
「じゃあウメコは連れて来て貰おうか。あいつぁ運動音痴と言っていた。あたしの案はその逆のやつら向けは楽しいだろう。だからあいつの意見は必要だ。まさかこれまで否と言うまい?」
「言わないわ……承知」

 他校の生徒が全員帰ったところで、明美・あすみ・タカコは今日のしょっぱなについて話さずにはいられなかった。
「やけにきな臭い話だったね」
「だぁな」
「なにかやらかした西川が来ない、それはまず置いといて。
 ウメコまで来ないって、どうよ」
「二人一緒でなにかがあった。そう見るしかないな。ただし女史は口を割らない。この件は合同祭は関係ないから、あたしの力が及ばない」
 三人の推察では、斉志という要素が決定的に欠けていた。近いところまで推察など出来はしない、それでも。
「ウメコの口を割らそうか?」
「待ちな、ウメコはおそらくやらかしていない。巻き添えを食っただけに違いない。あいつぁ思うに詮索嫌いだ。そしてあたしは責めるなら男の方にしたい」
 明美ならではのカンと言いようだった。あすみ・タカコはだからこそ明美について行っている。
「ウメコにどう接すればいいかだけでも、女史と話し合った方がいいんじゃない?」
「その案貰った」
 明美はさっそく和子に電話した。
「かくかくしかじかさ。あたしらはどう出ればいいんだい?」
「今まで通り……優しく接してくれたら、それでいいわ……友達でしょう? きっと責めたり……しないわよね?」
「承知」
 明美はすぐに電話を切った。やけに短い会話だったので、どういう話かききたがるあすみ・タカコ。
 明美は一字一句をその通り伝えた。
「遠からず、さ」
 明美はニッタリと笑った。
「西川には会う機会を作る。手段はどうとでも。その上で、どうして来なくなったのかなァ~あたし寂しいワ、とでも言ってやる。どう出るか楽しみじゃないか。
 あの横島が、西川に訊いたって答えて貰えないって拗ねてたぜ。笑えるね」
 それにしてもと、あすみとタカコは口を揃える。
「楽しい話をって言ってたのに、風雲急を告げて来たね……」
「青春りっしんべん。汚い話もそりゃあるさ。だが」
 明美は立ち上がった。
「清濁合わせ飲む。その上で」
 だろ?

 遼太郎は考えていた。隙を作ってしまった自分の、今後の身の振りようである。
 完全に失態だった。
 まず、お祭りの打ち合わせに参加出来ないことで、和子に隙を作ったと横島に察知されてしまった。斉志が過日来ていたということも合わせてお得意の、かなり正解に近い推察をされてしまう。
 次に、現場には梅子が居合わせていた。梅子の口から隙の全容が発覚する恐れがあり、自分はそれを止められない。
 さらには武力では圧倒的に勝る井上に、なにも言えなくなってしまった。
 とどめは学力で拮抗する坂崎にまで、推察の隙を与えてしまったことになる。
 おまけに斉志がこの件に絡んで来る可能性が大。どれだけ影響があるか。考えただけで頭が痛い。
 一人一人に当たって隙を潰すのは、斉志だけにした方がいいのは分かっていた。公明正大にことを当たらなければ、今後も複数の案件となってしまう。
 では、具体的にどうすればいいか。
 最低でも、井上には謝った。だが所詮は最低の策だった。梅子・和子のいる前で恥をかかなくては、今後も和子に頭が上がらないではないか。斉志のプライドのため井上だけにしたのは拙かった。
 今後、必要な人員の前で斉志もコミで。そんな機会はあるか? いや、設けなくては。
 あるじゃないか、合同祭。なにも三千の前で言わなくてもいいから、とにかく要員を集めよう。
 そこへ、斉志から電話が入る。
「そっちへ転校する。その上で彼女に」
 遼太郎の頭痛は最大値を更新した。このガキ、女しか見えていない。
 遼太郎はこっちの話も聞けと一言置いて、現状を滔々と述べた。
「色恋沙汰ばっか話をするな、俺だって頭が痛いんだ!」
「ならば俺が行くまでに解決しろ」
 そうでなくては俺の相棒はつとまらん。
 言い返そうとしても、もう電話は切れていた。
「最悪……」
 解決出来なくては、遼太郎の持つ唯一の財産、斉志の相棒という輝かしい肩書きが失われてしまう。
 こんなに複雑なのに、当事者の斉志の協力は一切求められず、近々にやって来るその日までに完全解決しろ?
 頭が痛かった。
 ここで遼太郎がすべきことは、待てと言うことだった。お前も恥をかかなきゃ解決出来ない、その前に転校するな。そう言うべきだった。言えず・言わず、遼太郎は機を逸することになる。
 最善の案が取れない遼太郎は、一人一人に対し隙を潰すしか方法がなかった。

 一人目は、呼ばなくともやって来た。横島である。朝の通学電車で、
「どうして打ち合わせに来ないんだい? 佐々木さん、寂しがっていたよ」
 得意げに、いけしゃあしゃあと。遼太郎は、この男にだけはこんな態度を取らせたくなくて生きて来たと言っても過言ではない。
 斉志の命令が頭をかすめてようやっと、冷静になれと自分に言い聞かせる。
「森下なら万事」
「その森下女史に隙を作ったそうじゃないか。珍しいこともあるものだなあ。こともあろうに女史相手に一体全体なにをやらかしたんだい? 聞きたいなあ。そういえばこの間、成田が戻っていなかった? 斉藤さんまで来ないとなると、なに、成田と斉藤さんの間になにかあった?」
 畳み掛ける、人生最大に得意げな横島。彼は今、この時の為に生きていたとまで思った。
「斉なら」
 遼太郎の頭痛は、朝が来ても治ってはくれなかった。
「多分転校する」
 多分ではなく決定事項だったから、話を逸らしたくて情報を渡す遼太郎。
「おぉや、そんなに彼女に会いたかったのかあ。知らなかったなあ。
 お前が隙を作ったかの女史と、合同祭の主導権争いでちょっとしたバトル、当然成田が握る。そうして格好をつけてから彼女に。ってところかなあ。見えるようだよ。
 当たっているだろう遼太郎。
 そういえばお前も成田もおやじさんに言い返せないことがあるとただ黙ってなにもしないっけ……」

 横島相手にはここまでの失策を犯した。しかし、止めようもない斉志の態度はいずれ横島が言った通りになる。ある程度情報を渡し、得意げになってくれたようだから、横島の性格からしてここは一旦攻撃をやめて様子を見るだろう。
 次は森下だ。隙を作ったと公言したようだ。なにもそこまで、あの横島の前で言わなくとも。こぼしたくなる遼太郎。
 随分おしゃべりになったなと電話で恨み言を言うと、
「成田の転校は阻止してみせるわ……?」
 この上、宣戦布告だ。
「斉藤さんには、成田という男の素性を全て言ってあるの。その目で確認もしていることだし……ああそれと、斉藤家にも言ったと……成田に。
 もう、伝えてあるわ?」
 どこまで頭痛にさせるのかと、唸る遼太郎。
「黙っていたわねえ、成田……そういえば、お前と成田はおじさまに言い返せないことがあると」
 遼太郎は電話を切った。するとすぐかかって来る、改造電話からの着信。
「遼。失態だな」
「頭が痛ェよ」
「おやじさんから直々に」
 こんどはどこのオヤジだと遼太郎は思った。
「娘に近寄るな指一本触れるなそもそも来るなと、怒りの電話が今入ったところだ」
 そこまで……
「俺が戻るまでに対処しろ」
 冷酷に電話を切ろうとする斉志。
「待て斉」
「なんだ。それでも俺の相」
「自分でやれ!!」
 遼太郎は電話を切った。そして、すぐに掛かって来た改造の電話に、
「自分でやれなきゃ俺の相棒じゃねェ!!」
 と言って、あとはもう出なかった。

 梅子は携帯を持っていない。斉志は誰のどんな電話番号でも容易に調べられるが、相手がハードを持っていないなら掛けようがない。その点に関してしてやったりと微笑む和子。所詮斉志は遠くの人間だ。
 斉志が事態を向こう見ずにも大きくするなら、部下に命じて連れ去るだろう。しかしそれでは隙とはもう言えず犯罪、自分の未来はパーだ。斉志という男は梅子より、己の輝かしい将来を取る人間だと知っている和子だった。

 一方梅子は疲れていた。A高に入ったからだとか、高校生はこんなもんだと思うよりも前に、自分以外で以上のことが起きていて、ついて行けなかった。
 恋愛要素はたっぷりあるのに誰とも、なのは単にまだまだお子様だから。問題は、遼太郎と見知らぬ誰かの、残忍ともいえる場面だった。あれは本当にいやだった。
 その通り話すと、同じ女の森下とマコは悪いようにはしなかった。それは嬉しかった。

 和子は斉藤父に、成田は言った通りかなりしつこい男で、犯罪も辞さない強固な性格だから、こちらに住まわせることも検討してはどうかと言っていた。和子宅から和子と一緒にB高へ。クラスは相馬と一緒、であればいい布陣だ。
「俺は東大に一番で入れる、こんな田舎などいたくない、そう思って、他人を下に見る癖の染み付いた男……やっかいです。万全を期したいのですわ。でなければ。
 娘さんは、せいぜい妾扱いです」
 斉藤父も母も怒り狂った。

 結局、梅子はB高へ転校することとなった。
 横島にしてみればこの世の春だ。自分の代わり、いや自分の手先の森下が成田と遼太郎に鉄槌を下したのだ。こんなに面白いことはない。愉快で愉快で仕方がなかった。
 一方この世の冬の遼太郎は梅子の転校劇を止められず、斉志の厳しい叱責を受けることとなった。あの横島に嗤われるとはなんたることだと。
「かくなる上は俺がB高へ」
「……もう止めろ、斉」
 元はと言えばと一言置いて、
「俺が余計なお世話をしちまったのが悪かったんだ」
 梅子をあの時あの場所へ連れて行かなければ。
「彼女を余計とは何だ。言い直せ」
「そして、お前の教育も間違った」
「お前が俺に教育? 笑わせるな。遼、一緒にB高へ転校しろ。相馬対策だ」
「聞け斉。お前は来るな、お前はこんな田舎にゃ合わないんだ。あの女のことも忘れろ」
「あんなとは何だ」
「お前が女の前でいきなり井上に攻撃したのが拙かった。そうだろう。人に命令ばかりするな」
「……嬲ったのは拙かった。それは認める。だが」
「だが何だ。言い訳があるのか」
「……多少不安にさせただけだ。俺が彼女に直接逢えば」
「怖がっている女に暴力男が会うのか? そりゃどこの俺だ?」
 遼太郎、敢えて自分に準える。
「……ちゃんと話せば誤解は解ける」
「で、今度は相馬とバトルかよ。あいつは武道の嗜みはない、だから」
「だからすぐに屠れる。心配される謂れは」
「人前でか? 捕まるぜ有段者」
「人前でやるわけがあるまい」
「病院送りにするにゃ変わらん。その足で警察に駆け込まれたら?」
「だったらお前が穏便に相馬を止めろ。俺は彼女に逢って」
「森下がお前のB高転入を認めると思うか?」
「なんとでも。不当介入を公にすれば」
「その前にお前の、井上襲撃を公にされて終いだ。女のことは諦めろ斉。お前は井上を誰も見ていないところで屠れなかったあの時、もう道を間違えたんだ」
 そこで斉志が電話を切った。遼太郎は、斉志はまだまだ納得していない筈なのに、なぜと訝しがった。
 数分後、斉志から入電が。
「……おやじさんから、俺の井上攻撃を娘を通して訴えたと電話が来た」
「あっそォ。お前が女を諦めて東京で一旗揚げれば一件落着だ」
「……取り下げさせれば……」
「官公は黙らせても、おやじさんは黙らない。女を攫えばさらに前科がつく。あ・き・ら・め・ろ」
「……なんとかしろ」
「ってェ指示命令をする上司は最低だ、お前いつも言ってたじゃねェか。お前は自分のやったことを悔い改めず、自分のことなのに自分以外に命令してその場を動かない。
 とんでもねェ隙だ。官僚にゃなれねェぜ、そのままじゃ。
 女と将来。どっちを取るんだ?」
 遼太郎は斉志に考えさせるため、電話を切った。これ以上言っても、少なくとも今日は意味がなかった。
 随分大きな子供に育ててしまった。遼太郎は猛省した。まだ童貞の男が初めて女がらみになるとこうか、初恋は実らん。
 斉藤父を敵に回したことで、八方ふさがりだ。遼太郎は、あとは斉志さえ諦めてくれたらこの程度、隙にも傷にもならない、そう思った。そうなれば自分も梅子の存在を忘れればいいだけのことだから。

 翌日、和子から遼太郎へ、電話が入った。
「いつ頃……成田から無駄な転校要請が来るのかしら……?」
 ということは、斉志はなんと、まだ転校手続きをしていないようだ。
「楽しみだわ……来てもいいのよ? そうしたら、完膚なきまでに成田の未来を屠れるんですもの……弱点は女性。ああ、楽しみね……」
「田舎を捨てた男だ。来ねェよ」
「童貞はまだ捨てていないようね……」
 潔癖性の和子にここまで言われ、怒り心頭となる遼太郎。だがここは落ち着いて冷静にならなければ。
「ご心配ありがとよ。来ねェさ。
 俺の可愛い可愛い斉志ちゃんだ、これ以上隙を見せたかねェ。ご承知の通り、必死に裏工作して転入を阻止している所さ。
 ここまで言ったんだ。協力してくれないかしら」
「森下家に黒服軍団などいないわ……戦車で来られたらひとたまりもないのだけれど?」
「頼りにしてるぜ。じゃな」
 遼太郎は電話をやんわりと切って、それから受話器にありったけ悪態をついた。