もしも雪の日の邂逅がなかったら?

1

 斉志と環は管外に出る。
 遼太郎と坂崎は成績競争なるものをしていたが、入試の成績は同着で三位だった。上二人がいないので、この話上では同着で一位。じゃあ総代はどっちが務める、という話になる。
 二人、ともにA高へ呼ばれて。
「遼太がやれば?」
 坂崎はこんな田舎でお山の大将になろうなどとは思っておらず、学力差のありすぎる希望大学への入学だけを考えていた。総代など柄ではない。
 かと言って、遼太郎とてお山の大将をやりたいわけでもない。だったら、ここはくじ引きで、と提案する。結果は遼太郎が総代をやることに。
 さて主役の梅子はというと、学力が足りなくて中三になったら猛勉強をせざるを得ないのは同じ。ただし環の助力はない。しかし、この時期になると回りも受験で忙しくなり、いじめている暇がないのも確か。環といつもいっしょにいて羨ましい、なるねたみもないために、梅子は比較的いい環境で勉学に励める事になる。環と同高校へ行くとバレて最後の集中砲火を浴び三百番台に陥った本編と違い、二百番台くらいで本番を通過。これにより、梅子はちょっとだけだけど自分に自信を持てるようになり、性格は結構本編と変わる。
 入学式の日。梅子は中三の壮絶ないじめ体験を経ず入学しているために、いじめがいやで教室へぎりぎりのタイミングで入る、ということはしていないため、登校集中時間帯に学校へ入る。こうなると、サッカー部くんが見初めたタイミングとは違うため、サッカー部くんは梅子に初恋出来ないことに。
 入るクラスはいじらない。梅子・坂崎・柊子・阿っちゃんF組、遼太郎E組。しかし、横島が仕組んで斉志と同じクラスに差し向けた田上は、この場合E組となる。田上、席の場所に無頓着な遼太郎が着席してからその後ろの席を確保する。
 田上は横島にとって、抜かずの伝家の宝刀である。田上が積極的に遼太郎に接触すれば、正体がばれる可能性があるので、後ろの席に座っただけで、自分から接触しようとは思わない。ただし隙を見せたらその時は。そう虎視眈々と狙っている。遼太郎は雪の日がなく=隙のない斉志と違い、人にもものにも隙のある人物だからだ。
 環と知り合いではない梅子が高校でいじめられる要素はもうなかった。ちょっと珍妙な名前ではあるものの、そんな者は高校となればもっといる。でぶもぶすももっとすごいのが存在する。二百番台なんだからそうバカではないし、運動神経だってもっとどんけつが存在する。友達はそうそう簡単には出来ないが、六人組に引っ張られて問いつめられる、なんてシチュはない。そして、梅子は本編では高校の見取り図を知りたくて=いじめから逃れるために見取り図を頭に叩き込む必要があった、というのがなくなるので、用務員とのおじさんとの会話もない。梅子、入学式当日はさぼらされるも放課後田上に会うもなく、ふつうに店に行ってぶらぶらとウィンドー・ショッピングをする。家に帰ってパソコンを借りるのは変わらず。
 遼太郎は、成績上の上位者二人がいなくなったこと、総代を務めた事でE組で女生徒に囲まれることに。ただし中二の時におかしたあやまちはこの場合も存在するので、ふらふらハイハイ付き合うなんてしない。ただし、斉志程硬派ではないので、一喝して追い出すこともない。あーあーありがとありがと、あんたらちゃんとクラスへ帰ってね、とフランクな対応に。
 遼太郎、二律相反生活はないので、それをごまかす為の巻き舌はなりをひそめ、かなり斉志に近い喋り方(これが本来)をする。
 入学二日目。勿論マコは来ない。
 入学三日目。梅子には、昼時間やっぱ屋上に出てもらいましょう、でないと話がつまらない。そこで遼太郎に会います。このときのやり取りは本編とかなり近い。勿論梅子、遅れてなんて行きません。すると、
「失礼します」
 とか言ってあのマイコン部の扉を開けてもらいましょう。このときはいる先輩にあの時はありがとうとあいさつをし、遼太郎との会話も弾みます。
「ふーん。梅子な」
 ──な、なによ。せっかく高校へ入ったのに、ここでまたへんなこと言われる訳?
「多少面白いがまあいい。俺は西川。遼太郎だ、そう呼べ」
 遼太郎は、苗字で呼ばせる方が特別なのです。
「よろしくお願いします、遼太郎君」
「長い。遼太郎でいいと言ったろ」
「……じゃあ、遼太郎」
 それは他の誰かと奏でたかもしれないラヴ・ソング。

 遼太郎は女と縁を切っているつもりなので、梅子の名前もなにも呼ばない。
 ただ、遼太郎は梅子が本気でプログラマーになりたいというのが分かるので、本気で教える。ただし、正門が締まるまでなんて部活やらない。それは夜九時ごろだからだ。六時頃で梅子に上がれ、と言う。
「文化部で九時上がりなんてさせるか、バーカ」
「じゃあ、遼太郎は九時まで頑張るの?」
「……どうすっかな」
 なにせ家にマシンは三台四台ある遼太郎。年老いた父を一人家にぽつんと置く事もないなと思う。
「じゃ、俺も帰るか」
 自転車置き場まで、二人並んで。
 ご存知の通り、遼太郎は本編では梅子と並んで帰るなんて天地がひっくり返っても有り得ない。だが、この場合はフツーに並んで。
「自転車か?」
「うん、そう」
「ふーん……どっか寄ってくとかしないのか」
「ああ、入学式のあった日は店に寄った。でも、買い食いしてお金使っちゃっただけになったから。パソコンの勉強もしたいし、もう寄らないんだ」
「そりゃいいが、せっかくの高校生活だ、マジメにやらんでもいいだろ」
「そうだけど……」
「ちょっと俺に付き合え」
 と、遼太郎には梅子を店に連れてって貰いましょう。
 店には明美・あすみ・タカコがいた。この三人は本編と同様生徒会の椅子を奪ったはいいものの、“これが自分達の思うデカイことか”と元気がなかった。
 そこへ梅子と遼太郎、行って頂きましょう。さあ、どうなるか。
 まず、明美は噂嫌いなので「硬派の成田、軟派の西川」という二ツ名は知りません。ただし、タカコとあすみは知っている。そして遼太郎は、この三人のデータを持っています。
 あまり、遼太郎らしくないかと思わんでもないですが、それでは物語が動かないので。
 遼太郎、こっちだちょっと来いとか態度で梅子をバーガーショップ付近の、明美達の隣の席へ。
「? どうしたのよ遼太郎、わたしは買い食いはしないって……」梅子
「おごってやる」遼太郎
 目敏いあすみが、隣に座ったのが誰か、どんなやつか気付く。軽い肘鉄でタカコに目線で合図。するとタカコも素早く気付く。
「よっ、生徒会さんズ。何の話?」
 本来の遼太郎スマイルで。闇の盾に隠れて黒子役に徹している本編とは違い、なんの裏もないもの。
 え、遼太郎このひと達と知り合い? と遼太郎のトイメンに座る梅子は思う。
「俺は西川遼太郎、十五歳。キミタチは?」
 にっこり笑う遼太郎に、明美はうさん臭く彼を見る。ただし、裏のないものだとはすぐに分かる。
 普通この時期の自己紹介は、高校名を入れて言うものだ。トイメンに座らせた女生徒はA高の制服を着ている、自動的に遼太郎もA高生だと思われる。でも言わなかった。
「……あたしは佐々木明美。何の用?」
「俺はキミタチの事を勝手に一方的に知っている。D高史上初の一年生生徒会員。凄い事じゃないか。もうちょっと自慢してもいいんじゃないか」
「勝手に、一方的に、ねえ……」
 明美、立ち上がって遼太郎の胸ぐらをつかみ、座っている彼を腕力で立ち上げさせる。
「あたしはそういうの、激嫌いなんだよ。高校名を名乗らないのはいいことだと思ったが……」
 遼太郎、笑みを絶やさない。なぜなら、自分がこんなことを言えば相手は怒ると分かっているからだ。
 だが遼太郎は、本音を言い合うならばまず喧嘩が一番と知っている。だから怒らせた。
「あたしは立場も校名も興味ねえ。そんなんで人を見るんなら……殴るぜ」
「俺は褒めたつもりだ。あんなんやれば名は知れる。多少はその効果も考えて行動をしたんじゃないのか?」
「まあ、……確かに」
 それがデカいことと思っていた。
「とりあえず喧嘩を売る買うはヤメて。和やかに行かんか?」
 明美、静かに手を離す。
「……了解。じゃあ改めて自己紹介。こっちは右から中井あすみ、野中貴子。三人ともD高一年。そっちは?」
「俺は西川遼太郎。遼太郎でいい。ここにいるトロ女は斉藤梅子。どっちもA高一年だ」
「トロ女って、ちょっと」
 遼太郎、梅子の抗議も聞かず、
「さて和やかに自己紹介をおえたところで……キミタチは生徒会なんてケツの小さい器で満足しているのかな?」
 明美、キっと遼太郎を睨む。
「違うな。結構結構。じゃあ何かやりたいと思ったら、その時は俺も混ぜてくれ」
 そう言って、遼太郎はケータイを開いて番号とアドレスを三人に教える。
「なにかって?」
 明美は、もううさん臭そうな目では見ないが。
「このまま行ったらキミタチの未来はどうなるか、予言してやろう」
 予言? あすみもタカコも、なにを言っているんだこの男は、と遼太郎をいぶかしがる。
「キミタチは心意気はともかく、細かい事務作業なんてからきし無理。前例の踏襲を義務づけられ、裏方に徹せざるを得ず、仕事量だけは多いのが実態な生徒会業務なんて性に合うはずがない。下、もとい同級生からは突き上げられ、上、たっぷりいる上級生からは押さえつけられ、史上初、なんて肩書きは長くて一年で放り投げる」
 三人とも、言葉はなかった。
「キミタチがひとを学力なんかで見ないいいやつらだ、ということは知っている。だから、学力が高いやつじゃなくてそういった、事務能力の高いやつを生徒会にスカウトしなさいよ。俺がD高生ならやってもいいけどさ。
 そうだなーD高なら……俺の近所住まいの藤谷明紀あたり、参謀として迎えたらどう?」
「……遼太郎、と言ったな」
 明美。
「お言葉いちいちごもっとも。だが、なぜあんたはそんなにあたしらに親身になってくれる?」
「おもしろそうなことやりそうだからだよ。とてもD高なんかに留まらなさそうな事を、な」
 そこで明美はきらりと閃く。
「そうかい……ふっ。じゃああたしがたった今思いついた事、聞いてくれるかい?」
 明美はあの話をし始めた。
「あたしはバカだ。だから頭脳勝負はしない。体力勝負だ。
 前から思っていたんだが。あたしは中学の頃バレーをやっていた。他校に上手いやつがいた。そういうやつを、うちにスカウト出来ればいいってな。
 学校がどことか関係ない。どうだっていい。別をなくして、みんなで一緒に、なにかやれないかって。
 つまりだ。A市だけじゃもったいないからB市も合わせて、管内のみんなで。
 体育祭をやったら、どうだ?」
 遼太郎の目がきらりと光った。
「もうちょっと具体的に話せるか?」
 明美がこころもち身を乗り出す。
「つまりだ、A高B高C高D高E高、全部ごっちゃにする。こっから分ける。その時、高校の別で分けるんじゃない。例えばそうだな……赤組にA高50人B高40人C高30人D高20人E高10人とかいう分け方をする。それで、組別対抗にする。どうだ?」
「よし、いいぞ」遼太郎。
「もう高校で野球をやっているやつは野球を選択出来ない、サッカーも以下同じ」
「うんうん」遼太郎。
「事前にさ、練習する必要があると思うんだ。例えばあたしならバレーだが、組む事になったA高B高C高D高E高各校生とどっかで事前練習したい」
「それをA高じゃなく、他の学校でやるってのはどうだ?」遼太郎。
「いいねえ! じゃあ、本来なら足を踏み入れる筈のない、あたしで言えばD高生がAだのBだのに行けるのかい?」
「そうだ」遼太郎
「ううう、燃えて来た!」
 そんなこんなで合同祭の話が出ます。遼太郎、上手くフォローして、案はあくまで明美が出して。
「おっしゃ骨子が決まれば後は早い。管内五校の生徒会に話を付ける。と、その前に」
 遼太郎、梅子の方をくるっと見て。
「お前も手伝え」
「! ……うん!」
 本編では無茶苦茶自信のない梅子であるが、ここではちと違い。勿論無駄口なぞ叩かず。この場で出来ないよ~とかは場を盛り下げる事になるからだ。梅子、何が出来るか知らないが、がんばろうと思う。
「おしいい返事だ。このケータイで家に電話、今日は遅くなると言え」
 遼太郎、さっそく森下和子に連絡。
「森下、俺だ、遼太郎。いい話がある。充分ヒマ潰しになるぞ、今からゲストを連れて行く、話はそれからだ。渡辺と藤代、前野を呼んどけ。俺は横島を厭だが連れて行く」
 和子、管内五校の首脳陣を集めるという話はどういうことかを瞬時に察知。
 ここで、横島がいる場に梅子を連れて行くのは本来得策ではない。横島は、遼太郎が女断ちをした経緯をある程度推察出来ている。だから、一緒になんか連れて行ったら「梅子こそが隙」と言っているようなものだ。そして遼太郎はこの時点で、まだ自分の懐に伝家の宝刀が忍び寄っているとは思いもしない。
 森下邸にて打ち合わせ。遼太郎は片手間でほぼ独断で決めて行くという斉志のやり方とは違う合同祭の事前事態展開をする。自分が先頭を切って、ではなくあくまで明美を立てて。その辺を鋭く察知する和子、本編のように「明美にいい案をこさえられて斉志に一歩早く事態展開をされて後手に回ってあせって明美にあたる」などということはなく、いつもの女史調で。やさしく、厳しく、力強く。
 夜九時にいったんこの話はおひらき。また明日ということに。
 遼太郎、和子に自宅まで梅子と一緒に送ってもらう。あとは西川父のバンで一路店へ。梅子の自転車を置いて行っているからだ。
「あの、遼太郎」梅子。
「なんだ」
「わたし、あの場にいていいのかな。なんか、場違いっていうか……」
「ばーか、一般人の意見が必要ってこともあるんだ。遠慮は要らん、気がついたことがあったらどんどん言え」
「でもあのひと達すごいね……」
 とか言いながら二人、斉藤家に到着。
「本日は、私のわがままでお嬢さんをこんな夜更けに帰らせてしまって申し訳ありませんでした!」
 遼太郎、玄関先でまず謝罪。
 斉藤父母、こんな男前の登場にとても驚く。そして、確かにこの言葉を聞くまではあまりに遅いため、一言言ってやろうという気でいたが、すぐに削がれる。
 遼太郎、どうして遅くなったかかいつまんで報告。というわけで明日以降も遅くなるかも知れないが、事情はこうであるからよろしく、と。
 本編では、斉志は日暮れ前に帰す事に固執した。これは斉藤父母の心証を良くする為にであり、功を奏していた。つまりは、斉藤父母は遼太郎に対してはこういう思いを抱かないのであるが、それは後のお楽しみ。
「遼君や。九時過ぎは遅い。せめて七時位にしてくれないか」
「分かりました!」
 という会話はあるだろう。その通りだしな。
 この展開では、翌日即管内三校行脚は出来ない。話を煮詰め、市長には和子が連絡を取り。そうこうしているうちに一週間くらいは経ち。でも、梅子を救うため速攻の必要があった本編とは違う。
 管内全校で話をまとめた後、横島がぽつりと。
「そういえば遼太郎、なに、彼女でも出来たの?」
 梅子の事だ。一見部外者が最初から介在しているからの質問。
「そんなんじゃないさ」
「ふーん。じゃあ何者?」
「俺の知り合いだ」
 くしくも。このセリフを遼太郎に言わせたい。

 入学式翌週は模試がある。この週まで、まだお祭りの内容はまとまらない(和子ならもっと早く出来るが、無理していないため)
 模試の翌日、執行部でカラオケ大会をする。遼太郎、当然横島なんて呼ばない。これを根に持って横島、田上を差し向ける事を考え始める。
 遼太郎、カラオケトップバッターを梅子に歌わせる。度胸をつけてもらうため。
 梅子、一生懸命歌うと、
「っていうかあんた、ぶっちゃけ遼太郎のオンナ?」
 と、お祭り男ズ、どかんと言う。こんなのは、みんなの前で言った方がいいのだ。
 梅子はフツーの人の意見が欲しいとか言う名目で、なにもしないのにこの場にずっといた。だからの質問、横島でなくたって訊きたい。
「ちっ、違いますっ!」
 と、梅子は顔を真っ赤にさせながら。梅子は恋愛初心者なので、こういう話にうといのだ。
 遼太郎はさんざ経験があるので、こんな質問なんかへのかっぱ。みんなが、いや違わないだろ、そうだろ、なんて意見を好き勝手述べるに任せて、場が収束するまで言わせる。
「で。言い終わったかな皆の衆」
 と遼太郎、余裕しゃくしゃくで場を総括。
「だったら言うが。俺の好みは美人で優しくて頭のイイ女、だ。俺の知り合いならそうだと分かっている筈だが?」
 その通りなのだが、いかにもその正反対のやつをつねに帯同させているからつい疑ってしまいたくなるのだ。
「こいつは部活が一緒なだけだ。まあ確かに大して面白みのある発言をするわけじゃなし、そんなに気に入らないんだったら俺もそうだがこいつももうこの場にゃ呼ばん」
 それにはすかさず和子、
「ふ……気に入らないなんて言っていなくてよ遼太郎。ただ、あなたの好みは知っているけど……」
「その正反対のやつをどうして、か」
 梅子、がーん。
「俺がプログラミングに興味があるとは、俺の知り合いなら知っているだろうが、こいつもそれに興味あるんだってさ。それで知り合った。ただ、いかにも世間知らずでしかも友達ナシと来た。かわいそうだから連れて来た。それに、俺のご趣味に反感を持っているやつがいるとは知っていたからな」
 美人で優しくて頭のイイ女だけが好きなんて、えり好みが過ぎるんじゃないかとは、藤谷兄妹・お祭り男ズ、その他遼太郎の知り合いはあまりいい意味ではなく思っていた。
 だからこそ、遼太郎がその正反対のやつを連れて歩いているのを、悪くなく思っていたのだ。こいつ、選民意識でもあるんじゃないのか、くらいにまで思っていたから。
「俺も偉そうな趣味ばっか言っていると、後ろからグサっとやられそうだからな。だからだ。お分かり?」
 なるほどと一同、納得する。
「というわけでこいつは友達の作り方も知らん。教えてやってくれ」
 そして遼太郎はマイクを取り、歌う。曲目はI Will Always Love You/Whitney Houston.
 それは荘厳なゴスペルだった──
「誰が歌うのよ……この次に」
 和子が放心したようにつぶやいた。

「ね、ね、ね。あんた友達いないんだって?」
 その後、なんとか気を持ち直したお祭り男ズが歌う中、梅子の隣に寄って来た者がいた。その名は、
「あたし、マコっていうんだ」
 へへっ、と彼女は照れたような表情を浮かべた。
 マコは管内有名人である慶のついで、というかでここに来ていた。ただそれだけだったので、自分も「なぜここにいるの?」という質問をされ得る立場にある事は分かっていた。そして、マコは軟派の西川の噂を、どういう趣味の持ち主であるかを知っている、よく。
「わたしは、梅子と言います」
「いいじゃん、ですますなんかさー。それより。……友達に、なんない?」
 マコ、一世一代の言葉である。
「……うん!」
 今日は梅子の、一番の日だった。
「ってなワケで、あたしこの慶ってバカにくっついて来ただけなんだ、面白そうな事言ってるって聞いて。でさ、有名人ばっか集まっているって言うからちょっと来てみたの。
 そしたらあんたあたしと結構近い立場っぽいし。あたし……あんまハラ割って話せる友達っていないんだ。いるような気がするけど、……そんなんじゃないし。
 だからさ、だからあんたとはちゃんとしたいんだ。言ってる事分かる?」
「う、うん」
「あんたは? 友達いないって西川言ってたけど、ホント?」
「うん、それは本当。わたし、梅子だなんて名前でいつも笑われてて。ほんとに友達の作り方も知らなくて。誰もいないんだ」
「あんたは西川の事、好き?」
 あまりのいきなりに、梅子ビビる。
 マコ、声をひそめて。とはいってもカラオケ場、隣のやつの声じゃないと聞こえないが。
「……えー、っと……」
「好きなんだ」