ぐーたら女房の誕生日

 でーーーーーーーっかい花束を梅子に。勿論白。我ながら、俺しか持てん量をたんまりと。
「梅子、これも修業だ。ただし間違っても俺をおひめさまだっこしようなんざ思うな」
「思えません……」
「大丈夫だ梅子、安心していい。ヤりまくるのも充分体力造りになっているんだ。なにせ最初から四回もしたが、今はそれどころじゃないだろ」
「あのー……」
「梅子結構体力あるよな。俺とイくタイミングも最初から一緒だった」
「ぅぅ……」
「うん」
「……うん。けど」
「けど? なに?」
「……リボンは駄目って言ったのにーーーーーー!!」
 それは却下。
「せ、斉志のに、……も、巻くもん!」
「却下」
「どうしてーー!!」
「俺に巻いたって可愛くないだろ。誰が見るかそんなもん」
「わたしが見るの!!」
「梅子と俺が一緒に見られないもんなんざ却下だ」
「わたし、にだけ巻かないで!」
「……思わずそうだなと言ってしまいそうになったぞ梅子。そればっかりは、だ」
「巻いて、くれたら……うんと食べる」
「……言うようになったな梅子。思わず巻きたくなったじゃないか。じゃあなんだ、巻かないと食ってくれんのか」
「……そんなことない」
「じゃあ食べて」
「……斉志、照れ屋」
「そうだ梅子。やっと分かったか」
「巻くもん」
「こんなもんに巻くな」
「斉志、かわいい」
「……そうか」
 体力が前よりついた梅子に足腰立たなくなる一歩手前まで攻めてヤった。
 なにが可愛いだ。どれが可愛いだ。
「ぅぅ……」
「反省だ梅子」
「ぅぅ……」
「反省中、ううは却下」
「なんて言えばいいの……」
「可愛いとはどういう意味だ」
「……斉志の照れるところ」
「まさか梅子……」
「違うもん! そういう意味じゃないもん!」
「じゃあ言って」
「……おっきくて、ふとくて、奥まで、ガンガン、突かれて、……もう、……抜かないで、厭! 熱ィいいい!!」
「当たり前、だ梅子……」
「わ、……」
「言って……」
「手、より……わたしの……が、イイ……?」
「当たり前だ梅子……もうあんな空しい事俺にさせるな……」
「うん……わたしにも、させないで……」
「させない、絶対だ……俺の手、……しゃぶって……」
「斉志、ゆび、……手、すごい、ね……。頑張ってるんだ、もんね……」
「……梅子、これ見ては……逃げなかったよな……」
「凄いひとって、……そう思ったの……。尊敬したの……。その、……」
「成績表は、……怒るなよ……他人事、だもんな……。いい、無言で。うん、それでいい……俺はそんなもん、……物心付いた時から興味無かった。ランク付け出来ない、そういう場が勝負の場だと、……そうだろ」
「……うん」
「梅子は俺から逃げたことなかったんだ、俺を放って置いたことも無かったんだ、ずっと俺の立場を考えていただけなんだ。返事はうん、そうだろ……」
「うん……」
「俺は梅子のボンクラ亭主だ。だがな梅子、俺絶対愛想尽かされないからな。俺は梅子の立場を守る。墓に入ってもだ」
「うん……」
「……別にぐーたら女房なんかじゃないぞ梅子」
「そうだもん……」
「俺は梅子に少しは勝ちたいんだ。俺の役目を奪うな」
「……斉志、ボンクラ亭主なんかじゃない」
「厭だ。俺は梅子のボンクラ亭主、それでいい」
「そういう、もの……?」
「そうだ」
「じゃあわたしもぐーたら女房! 斉志、わたしのこと」
「誰がんなことするか。よし、この星一番の夫婦はボンクラ亭主とぐーたら女房だ」
「それで、いい!」
「そうだ」
 その後、ベッドで目覚めた梅子は真面目に修業する、そう言った。俺が二十二歳になるまでに飯を振る舞う、そう宣言した。
 相棒との約束を破った梅子。梅子の性分から行けば直でワビ。だがこれだけは詫びなど入れてはならない。梅子はそれをよく知っている。詫びを入れる、入れないという類いの話では無かったと、それを梅子はよく知っている。言った側が責任を取る。言われた側に負担を掛けない、それが梅子。梅子は責任の取り方をよく知っている。誰よりも、俺よりも。ひとと接することが苦手といいながら最初からこうだった。俺ひとりが相手でも、三千弱の人間が相手でも。
 俺は梅子に一生敵わん。だがほっとかれもしない。置いて行かれない。
 ずっと一緒だ、梅子。
 ──うん、斉志。

秋の初めの日曜日 おうち

 父親の遺体が発見されたと知ったのは未明だった。
 そうか、それだけ。それ以上、どうしようもなかった。
 これを梅子へどう言うか、次に考えたのはそれだった。梅子は間違い無く、何かしら自分のせいと思い込むだろう。絶対に傷つく、そう思って俺はいつも後で言った。それをやっていいことはなにも無かったが、言えば梅子は俺から逃げた。極力言わなくても結局離れた。
 今は違う。傷つく事を恐れず言えば梅子は俺を許した。事前に言えば梅子は安心した。半狂乱の件もそうだ。
 俺は梅子と一緒に出掛けると言ったが、梅子自身はお出掛けはあまりしたくないと思っている。俺の時間を割きたくない、無駄金を使わせたくない、そう思っている。俺とて一緒に外へと言っておいて、最初がこれかと思わんでもないが、事実は事実。またその時その場で俺はなにもせず、梅子が後からそう言えばと知り、だが俺に聞けず抱え込むのか?
 俺が切り出す。梅子のように。信じ、決して畏れず。
 朝方鬱憤晴らしを切り上げ、梅子の隣に、ベッドに滑り込む。すぐに眠れる。朝、目が覚めると梅子いる。これが日常。
 起こさぬよう、おはようと、呟くことなく言って額にちゅーを落として寝室を出る。シャワーを軽く浴び、着替えて台所へ。
 朝飯の支度をしていると、とてとてと音がする。いいにおいと調理の音で梅子が起き、俺と同じくシャワーを軽く浴びて、俺と揃いの部屋着に着替えた梅子がここへ来る。
「おはよう、斉志」
「おはよう、梅子」
 それから梅子は修業開始。台所で動く俺から少し距離を保ち、俺の邪魔をしたくないと思いながら俺の調理するさまを見続ける。
 この視線を二年間浴び続けた相棒。うちを出て、車で通り過ぎる時見る様々な風景。結婚前は視線を逸らした二人は結婚後、必ず助手席を見る。乗っていようがいまいが構わず、必ず。
 朝食を居間のテーブルへ並べる。梅子はこれをやりたがる。俺はソファで待っていて欲しいんだが、梅子は手伝うといつも言う。許してくれたあの早朝も。
 それから俺が先にソファへ。梅子を乗せて。
「はい・あ~ん」
 箸も梅子が持ちたがる。最初、俺がした時あんなに真っ赤になって、それでももぐもぐ食べて、思わず本音が条件反射、そんなふうに梅子が言った。美味しいと。……舞い上がったなんてもんじゃない。これからは俺が梅子にずっと食わす、そう思った。俺しか入れんと言われて……。それでも、それでも梅子の振る舞う飯を食いたい、そう思った。
 俺の梅子。
「梅子も食べて」
「うん、斉志。美味しい」
「……よかった」
 忍耐で食い切って、それから押し倒す。これも日常。
 イっちまった梅子と風呂へ。さっさか梅子洗って、俺もそうして、揃いの外出着を着てだっこで庭へ。暦の上では秋とは言え、まだ暑さは残っている。この街のどこにもいい空気なぞ存在しない。それでも庭を付けた。ずっと出さない、なんざ……。俺、ガキだ。
 庭の中程まで来てから悶絶ちゅー起こし。貰ったあの日のように靄靄の表情で梅子が目覚める。二・三度まばたきしながら俺を見る。
 こうして目が覚めて、すぐに俺が視界に入る時の梅子の表情。ほっとした、安心し切った表情。朝、梅子を置いて朝食の支度を始める俺。ヤった後なるべく一緒のベッドにいないようにしていた独身時代。
「梅子、庭だぞ」
「うん」
 そっと下ろして手を繋ぐ。あとはゆっくり散歩した。いつもならばすぐに悶絶でうちへかっ攫うが、今日は違う。
「梅子。俺、昼飯食ったら夕方まで出掛けるから」
「うん、斉志。行ってらっしゃい」
「うん、梅子。いい天気だな」
「うん、斉志」
 秋晴れのいい天気だ。決して風は薫らないとしても。
 こうして隣に、いいにおいの、温かい梅子がいる。
 手、ちいさい。少し力を入れれば簡単に砕けそうだ。だからそっと握る。躯も、梅子全部やわらかい。だからどこまで揉めばいいかなんざわからなかったが……俺、最初から理性無し。梅子痛がっていたかもしれん。
 ……。
「梅子」
「うん?」
「あの……な」
「うん」
 手を少し強く握って、言った。
「俺の父親なんだがな、生死不明だったが今日死亡確認が取れた。遺体はケープタウンで上がった」
「!」
「泣くな!」
「──」
「梅子! いいか、生死不明、これは一番まずい状態だったんだ。俺はこれからの職場へ弱みを抱えながら行かなくてはならなかった。だからはっきりするのは良かった。遺体が上がったのも良かった、有耶無耶にならんで済んだからな。無言でいい」
 やはり泣くのは止められなかった。うつむいて、手を握り返し、声を殺して涙を零す。
「じゃあ梅子が俺の弱点、か。梅子は全く自覚がないだろうが、あの殴り込み事件は後々には……梅子の人生を決定付けたんだ。あの歳であの立場、あの状況であの人数を動かせたやつなんざそうはいない。調べれば調べる程、俺のようなプライドの高いやつほど目を背けたくなる凄いことなんだ。あれが梅子の身を保証している。梅子がどう考えようと、対外的にはそうなんだ。俺は梅子の立場を守ると言ったろ。梅子、もう全部分かっているだろうがな、そうだ、そういう意味でも言った。梅子がそれで俺から逃げていたことも分かっている。だが逃げる必要はないんだ、梅子は自力で自分の立場を確定させたんだからな。我ながら人を見る目は確かだよ」
 話しながら、それでもゆっくり庭を歩いた。緑陽樹の下を縫うように。木漏れ日で、陽と影が梅子に降り注ぐ。
 決して影とはならない梅子。
「梅子。ケープタウンへ一緒に行こう。もうチケット取ったから」
「──」
「……な」
「──うん」
 よし。
「梅子」
 涙を全部嘗め取った。泣き顔を段々朱に染める梅子。
「梅子。一緒にうちを掃除しよう」
「え!!??」
「……なんだその驚きまくった態度は」
「だ、だって、そそその……」
「ちゃんと言う」
「ぅぅ……」
「ぅぅじゃない」
「むー。あのー……。その。その」
「なんだ」
「せ。斉志は、あのー……」
「まさか俺には似合わんなんざ言うんじゃあるまいな梅子」
「ぅぅ……」
「ぅぅじゃないと言ったぞ。大体な、三番駅近くの家もこのうちも俺が掃除したに決まってるだろ。言っておくが梅子が足腰立たない時だって俺がやっている。当然片手間だ」
「じゃ、じゃあ、なんで……」
「梅子と一緒に掃除したい」
「……あの」
「大集中か。今日は休講日だ梅子。午後は厭々出掛けるが帰ったら梅子と一緒に飯作って食って食いかけで押し倒してヤって飯温め直して食ってそれでもヤって風呂でもヤってベッドへおひめさまだっこで連れて行ってヤって梅子イかせてからする」
「あのー……」
「梅子は?」
「お、おれの。……斉志の思う通り、です」
「そうだ」
 今日は珍しく、というより初めて悶絶させず梅子をだっこでうちへ連れ帰った。なにを珍しいことを、と思っているんだろうが今日はまだまだこんなもんじゃないぞ梅子。まだ落ち込んでいるようだからな。

梅子

 ずっと逢っていないという、斉志のおとうさん。だから、わたしの……義理のおとうさん、という方が亡くなった。どれだけ永く逢っていないとしても。そう言ってた斉志。ずっと独り暮らしだった斉志。お掃除も、もちろんずっとひとりでしていた斉志。あの、三番駅近くの家も、このおうちも。ずっとひとりで。
 斉志をずっと放って置いた、わたし。
 ……。
 これでまた大泣きなんかして、斉志を、……とか、……とかすると、……とかになるので……。さっき泣いたし、また心配させる、なんて駄目。
 涙、全部嘗めて貰った。うんと上気した瞳で、薄目で、迫って来て……。
 首振って、修業に集中することにした。斉志は、……とか、……とかしてから大集中する(……)って言ってたし。わたしも修業に集中。斉志、わたしが泣いたから、あんな珍しいこと言ったんだ。斉志に心配させたくない。迷惑掛けちゃ駄目。一緒に、なんて言ったけど、今日は休講日。なるべくわたしがやろうっと。これ、わたしのお役目だもん!
 だから、珍しく意識付き(……)でおうちに戻って、だっこからおろしてもらって、靴を脱いで。その足で掃除用具置き場へ向かおうとした。
 そうしたら。
「……っあ」
 右腕を攫まれて、でも振り向かされはしない。足を止められただけ。背後から迫ってくるのが分かって、それがどういう意味かも分かって、だから足を止めて、ううん、……あし……。
 服、下の服、ショーツと一緒に引き摺り下ろされる。その場で、床に跪かされて、両手ついて、……も、言われなくてもおしり、突き上げて、て……。
 一気に貫かれた。
「ァアアアアアアア!!」
 攫まれた瞬間、そこが熱くて、だから……躯の中心も一気に熱くなって、突然、……じゅぶじゅぶ出てて、ショーツ、糸ひいて、てぇ……。
「……く」
「ぁア、ぁア、ァアアア!!」
「せ、……まい、梅子、……力抜け……」
「ゥン、ぅん、ァアアアアアア!!」
 後ろからずんずん突かれるわたしの躯。ガンガン、で、そことそこ、ぶつかって、……ぱんぱん、っていってて、も、がくがく、してぇ……。
「そ、ぅ……締めるな……い、ィ」
「ゥン、ゥン、……ン!!」
 ずっと、ずっと突かれて、奥まで突かれて、ふ、ふとくて、熱く、てぇ……!!
「梅子、……梅子、梅子……!」
「斉志、斉志、……斉志ぃいいい!! ぁぁぁン!!」
 手、おっきい、あのおっきい両手でむね、ブラ除けて鷲攫み、でぇ……!!
「好きだ、梅子、好きだ、好きだ、好きだ……!」
「好き、斉志、斉志、斉志、好きぃ!!」
「……う、……」
「……せ、……」
 それから名前を、……一緒に呼び合って……。
 気がつくと斉志が目の前にいる。これが日常。さっぱりしていて、着替えてて、居間のソファで、斉志に乗ってる。これも、その……日常。
 いいにおいがしてた。
「梅子。昼だ」
「……」
「梅子」
「……」
「梅子。はい。あ~ん」
「……」
「……よかった?」
 うんとよかったと言わされました。美味しいお昼で言わされました。食べ切らず押し倒されてソファで、躯で言わされました。お掃除は斉志が片手間でさっさかやったそうです。お昼もさっさか作ったそうです。お風呂でわたしの躯もさっさか洗ったそうです。
 だから、ええ今もです。お昼の後、……で、斉志わたしの躯さっさか洗って、今寝室なんです。ベッドでパジャマです。斉志、行ってきますって、ベッドサイドでわたしの額にちゅーを落として行きました。
 そうです、これが日常です……。

秋の初めの日曜日 某区内 某喫茶店内

 歩くといい音のする、本木造りの床の店。知り合いのマスターはカウンターで無言、ひたすらカップを磨き上げている。客は現在奥に一人。もう一人、つまり俺が来ればこの店は貸し切りとなり、他の客は入れなくなる。
 時刻は約束通り午後一時半。お互い帰宅時間も決まっている。
 先客の前野勇に黙礼をし、向かいの席へ座った。
「奥方殿は元気? 成田」
「ああ。そっちはどうだ前野」
「うーん、実に元気だよ。女房元気で留守がいい、そんなところかな」
「そうか」
「それにしても成田の頼みって何かなあ。僕、緊張するけど」
「死亡届を出して欲しい」
「そう」
 口調はなにも変わらなかった。まさか間違っても梅子の死亡届とは思うまいが。
「俺の父親のな。電話で済む用件だが、足を運ばせて済まなかった」
「またまた……。近所のよしみでしょう、これからもお互い世話になると思うし。だからむしろ成田がわざわざ来たんでしょう。僕はこのとおり腹の探り合いとか苦手だから、オープンに行こうよお互い」
「ああ」
「お父さん、確認出来たんだ」
「ケープタウンでな。遺体が上がった」
「片親生死不明、それが弱点だ、なんてタカ、くくられなくて済むね」
「ああ」
「未来あるキャリアが家柄後ろ楯両親無し。配偶者は高卒。口性無く言う人はいくらでもいる。結婚自体を取り消せ、もっといい身分の女を娶れ。そんなふうに。でも千人からの証人はいるし、あとで延々恩を売り付ける仲人も無し。配偶者を知れば知るほど負け犬の遠吠えしか言えないし。成田は大学でも惚気てるもんね。あとあと、職場でこう言われる。一見仕事一筋の堅物硬派、誰も近寄れない冷徹なオーラを纏う冷酷キャリア殿。その一面、十六で婚約、配偶者にちゃんと社会勉強させて派手に結婚、奥方殿一筋は赤門中にも轟き渡っていた、と。敵はどうしても出来てしまう、でも成田のそういう一面を知ると、ガチガチなだけじゃないんだって、思っちゃう」
「さてな」
「残る唯一の弱点は奥方殿ってことになっちゃうけど。成田の人脈の広さには驚くよ、海の向こうにまでとんでもない人達ばっかりたくさんいるし。攻撃してくるお暇な人はもうアゴで使っちゃってるんだろう? 奥方殿を守ると、そう思っている、もう部下となっているだろう同年代の人達とか。人脈というよりもう派閥かな」
「前野。お前の女房もそうだが、俺にとってお前達は信頼に値する。対等の、いい友人だ」
「いい近所付き合いでもいいよ。大丈夫だって、僕はご存じの通り日の本一のノーマーク男だから。これは杉本君にだって負けないからね。キャリアの配偶者としてのなんとかとか、いろいろあるけど。奥方殿、僕の家に連れて来てよ。大丈夫だって」
「必要があれば頼む」
「成田達の遺骨を納める時だけ頼むだなんて言わないでくれないか。いくらなんでも哀しいよ」
「前野の女房には、そうは考えていない」
「うん、いつもでもいいよ。けど何週間もは考えていないだろう。国内転勤なら方々に家を構えればいいだろうけど、お子さんが出来たらどうするの?」
「両親に田舎から出て来て貰う」
「そう。引き払ってもらうんだ」
「あのマンションへは俺と梅子と子供達以外誰も入れる気は無かったが、我ながら実にガキの考えだった。梅子に諭された」
「そうはっきりとは言わないでしょう」
「ああ。俺は梅子に子供が欲しいと、ガキの頃、前野に会った歳にもう言っていた。だが梅子のおふくろさんは、子供はひとり、力家業なのに男を産めず、そのことで周囲に口性無く言われ当人も延々後悔したと。ならば梅子とて同じだ。俺は梅子に、そんなガキの頃からプレッシャーを与え続けていた。今でも、これからもそれは感じ続けるだろう。俺はとんでもない大馬鹿者だ」
「それは違うな。大体今愚痴じゃなくて惚気てるだろ成田。僕に当て付けちゃってさ。へーん、だ」
「バレたか」
「バレバレです。なんだい、どうせ僕はまだかか和子に手、出せてませんよ、だ。探りに来たなんて非道いなあ」
「さっきから前野が自分から愚痴を言っているとしか思えんが」
「バレバレで思い出したけど。自分達の葬式出して貰う時だけ手助けの件、哲也にも遼太郎にも個別に頼んだって?」
「バレたか」
「バレバレです。二人から僕とこに電話来たよ、こんな用頼まれたけど近所の僕がやれば済むだろうから全部よろしくって。成田、元々自分が死んだ時だけ助力を頼むなんて思っていないでしょう。だったら三人も要らないもんね。確かにこの先みんなお互いどうなるか分からないけど。死ぬとまでは行かなくともいずれ緊急の際は。でも他人を頼るのは計三回まで。お願いは三つ、結構ロマンチストかな成田は」
「そうかも知れん」
「だから、そんなことは考えなくていいよ。これは哲也の言い分だけど。成は強い。弱点を内包出来て、さらに強くなった。いつでも自分から脆くさえなれる。強いだけならポッキリ折れちゃう。でも脆くなれて、弱点さんに諭される。また強くなれるんだ。よかったね、逢えて」
「坂崎の言い分はせいぜい俺が強い、までだろう。一々喋るようなやつじゃない」
「そうだね。でもそう思っているよ、僕は代弁しただけ」
「当人に言うと、珍しく照れるかもな」
「成田の奥方殿には照れたことあって、実際そう口に出したことあるそうだよ。お陰で一筋の相手に極めるの難しかったってさ。どうして二年の時同じクラスにしちゃったの?」
「極められたならもういいだろう。あれは偶然だ。
 それにしても、俺が訊くのも筋違いだが、何故やつは井上とああなんだろうな」
「思う存分おちょくれるからでしょ。哲也は民衆批判を平然として怯まない無差別主義だ。相当打たれ強い人間でなくっちゃ、腐っても縁は続かないでしょう」
「ならば梅子との縁も続くかも知れんな」
「成田にとって本当に心底ノーマークなのは哲也だけだもんね。哲也はお相手いるし、お相手にとっては普段の行いが悪い。成田の奥方殿も哲也のお相手には最初自分の立場を分かって遠慮している。それは僕とかか和子へもなんだから、いいから僕もノーマークの枠に入れちゃいなさい。哲也よりノーマークだってば」
「それに俺は応えていいのか?」
「いいってば。僕はね、自分で言うのもなんだけど、韜晦しているところあるからね。奥方殿、遠慮しないで連れて来てよ」
「梅子は永久に幽閉する」
「僕は確かに哲也以上のノーマーク。でも僕とこ連れてくれば、外へ出る切っ掛けになっちゃうもんね」
「……」
「でもキャリアとしての付き合いはどうするのさ。必ずそういう場に出ることになるよ……ああそう睨まないでくれよ。前にも言っただろう成田。はいはい、その為の人脈派閥だもんね。それすら出来ないのなら、俺はそれまでの男。なんて僕も言ってみたいよ……」
「さっきから勝手に愚痴をこぼしているな」
「それ、聞かせる為のこの場だよ。近所のよしみでしょ。大体さっきから何さ、肝心な話全部逸らして」
「俺の通常技だ。坂崎流に言えばな。俺の愚痴兼惚気はおわったぞ。さあどうぞ、前野」
「そういうこと言うんだ。どうせ僕惚気話がヘタクソですよー、だ。
 とにかく計三回ってのはお止めなさい。たったそれだけなら、遼太郎も哲也も応とは言わない、最初から断ってる。まあそれは分かっているよね」
「ああ」
「奥方殿、ケープタウンへは一緒に?」
「ああ」
 前野はカップをソーサーに置いて言い始めた。
「では言います。僕のかか和子のいいところは」
 そんなものは梅子に倣って全略だ。

ケープタウン

 新婚旅行と違って、長居する場所ではなかった。遺体をこの目で見、確認、検分・解剖し本人と確定。その場で灼き、管内へ遺骨を持ち帰った。今回は蜻蛉帰り。三番駅近く、遼のおじさんが眠る墓の隣が成田家の墓。そこへ入れた。
 親父は流れ者だった。故郷を捨てふらりと立ち寄ったこの地で母親を見初めた。家族が出来、金を得るため遠洋に出た。俺が出来たと知ったのは海の上。ギリギリで出産に間に合い、立ち会ったその日に妻に去られた親父。
 梅子は涙を流さず泣いていた。
 俺も梅子も普段から、墓に入ったら、そう言っている。
 これがその場所、俺と梅子の終焉の地。ここへ入るまでには全てが分かるだろう。別に哀しむ事じゃない。いつか、誰もが必ずそうなる。俺も梅子も仲良くここへ、間違いなく一緒に入る。信頼し切った者達の手によって。
 梅子もそれを分かっている。だから涙は流さない。梅子はそうだ、俺より遥かに強い。
 実家へは寄らず蜻蛉帰り。いま義親父さん、義母ちゃんの顔を見たら梅子は確実に泣くだろう、その自覚があるだろう、だから梅子はなにも言わず、……俺にキスして来た。俺もそれに応えて悶絶させた。でなければ泣きじゃくるだろうから。
 梅子は不安だ。俺が梅子に逃げられたら、そう思っているのと同じくらい、俺がいつ離れるか、そう思っている。へんな話だが追って追い掛け逃げて逃げられてるな。梅子は逃げ足が速いが二度と撒かれん。俺は墓へ入っても追い掛けてやる。もともと勝とうなんざ思っちゃいないが、必ず全部巻き返してやるからな。