二月のおわり

 梅子チョコを食った後、俺はずっと前からしたいと思っていたことを実行する為、梅子と一緒に故郷へ帰っている。
 実家へはなにやら行事が無ければ行かない、そう梅子は思っているだろう。確かに職に就けばもう学生気分では有り得ん、だからやるとなれば今だ。もっと歳を食ってからやってもいいがな。
 いや……。
 最初からこうしたかった。
 朝飯の後、出掛ける支度を。俺も梅子も長靴を履く。このあたりで梅子は俺がこれからなにをしたいのか分かったかも知れん。防寒着に身を固め、梅子を抱き抱え、いつも待ち合わせ場所にしていた公衆電話付近のバス停へ。バスをチンタラ待って二番駅、ではなく五中前で降りた。
 開けっ広げの校庭に、まっさらな雪が積もっていた。
「……斉志!」
「行くぞ梅子、雪合戦だ!」
「うん!!」
 ずっと、ずっと、ずっとこうしていたかった。教室を飛び出し、梅子を追って、掴まえて抱き締め、告ってキスして押し倒して、一緒に雪と戯れたかった。
 出来ないことも得られないものなにも無かった。あってももうどうでもよかった。梅子に逢った。眩しい、そう思ったのは生まれて初めてだった。闇を抱えていたんじゃない、俺が闇そのものだった、それに気付いた瞬間逃げた。がらんどうの家で、絶対梅子を手に入れる、そう思った。梅子に相応しい男になる。そう思った。
 だからずっと。
 ずっとこうしていたかった。
「梅子!」
「なに!?」
「俺、ずっとこうしていたかったよ!!」
「わたしも!!」
「梅子も!?」
「そう! だって雪合戦なんて、したことない!!」
「そうなのか!?」
「うん! これが初めて!!」
「当然だ! 俺が梅子を全部貰うんだ! 俺だってこんなことやったことない!!」
「斉志! わたしね! あのときこうしてみたかった!」
「俺もだ!」
「ずっと!」
「ずっと!」
『こうしていたかった!!』
 梅子と一緒に、雪と戯れ、梅子を押し倒し、あの時言いたかったことを、そうしたかったことを言った。
 ありったけの心を込めて。
「俺は斉志!」
「わたしは梅子、です!」
「梅子、愛してる! 俺と結婚してくれ!!」
「はい!!」

 ずっとこうしていたかった。
 この為に生まれ、この為に生きて来た。
 今までの全て、何一つ無駄な出来事など無かった。廻り廻って、巡り巡って、そうしなければ未来は何一つ拓けなかった。ガキの俺、あの時の欲望のまま梅子をさらって行ったなら、梅子は陽の当たらぬ部屋で一生泣き続けただろう。
 傷つけ、傷つくのを恐れ、それでも、それでも捨て、全てを捨て。
 やっと梅子を手に入れた。
 全て必要だった。これからも。
 決して誰にも奪われない。梅子、──俺。

成田夫妻

 結局のところ、二人の間に子供は生まれなかった。斉志は言う。
「もし独身時代リミッターを外していたら、梅子は一発で妊娠していただろう。だが結婚して、それを外すことが出来てやっと分かった。俺はまだ見ぬ我が子にすら嫉妬していた。だから梅子は孕まなかった。俺がそうして、梅子が応えた。
 俺はただ、梅子と一緒にいたかった。それだけだ」

 斉志は警察官になったが、梅子はそれを聞いて、自分の亭主はどこかの交番勤務だと思っていた。斉志はキャリア組、国家公務員採用試験I種に合格しているのでそれはない。
 警視正になった時、女性SP四人に囲ませ女房を職場訪問させた斉志は、居並ぶ年上の部下達へ向かって絶対梅子を見るなと言った。それに対し梅子は、人生の先達に対する礼儀がなっていないと、その場で斉志に先達へお茶汲みとコピー取りをするよう言った。額に青筋を浮かべながら自分達にそんなことをする歳若い上司に、部下達は全員凍りついたという。

 この星で一番大きな街にある一角のマンション最上階。白とシルクの淡い光が満ちたうちで、二人なりの喧騒と共に。
 果てるまでずっとそばにいた。