夏 梅子

 久々に戻った管内です。今わたしは実家に来ております。理由はただ一つ、生涯ただ一人の師匠にワビ入れするためです。

斉志

 佳い女が花火大会を開催すると言って来た。県沿岸に位置する第四管区その周辺でこういった行事は今まで無く、それでやってみてはどうかと市に提案、県も通って即今年開催となったそうだ。場所はA市、二番駅近くの岸壁。佳い女曰く、海辺の街なのになんでこういうのが今まで無かったか不思議なんだよな。だそうだが。
 当然、初代がどうのというレベルではない。年齢も住んでいる所も様々やつらが一同に会する。ほぼ歳上だらけであろうそいつら相手に、またしても音頭を取り、今頃は二番駅前に設けられた臨時観覧席市側のアタマにドンと座って、抜け面を晒している筈だ。行事の名称は第一回沿岸花火大会。なんのヒネリもないが、管内だの地区名が入っていない。そんな狭い地域だけに留める気はもう無いだろう。
 この報は葉書で届いた。梅子にそのまま手渡した。梅子のいい親友だ。
 当然梅子は行きたいと言って来た。俺になんの文句も無い。花火大会と来れば時間は夜、周囲にはデパートの比ではない程ブラックリストが集る事態になるが、梅子の浴衣姿は見たいし腕も挟まれたい。こういう時どうすればいいのかよく知っている梅子が、あの時デパートで品しか見ていなかったのは分かっている。だがな梅子、問題は梅子がどこぞの男を見る事じゃないんだ。梅子そんなことをしないもんな。どこぞの男が梅子を見るのが問題なんだ。
 そういう意味では問題だらけのこの行事、それでも俺は梅子をここへ連れて来た。理由はただ一つ。梅子に遼へワビを入れさせる為だ。当然俺が悪い。
 目を瞑り続けた過去は全て清算。相も変わらず甘えまくる俺、それでいいと言う梅子。梅子は自分をグータラ女房、なんぞと思っているようだが俺のボンクラ亭主ぶりには敵わん、俺が梅子に勝てる数少ない項目なんだ。
 あの葉書が来て、俺も梅子も行く気になった。なにせ二人で花火なんぞ見たことは無い。この星一番の街の行事になんぞ誰が連れて行くか。
 だから俺と梅子が行くのは当然、なら行き先、いや宿泊先は、そういう話になった。
 梅子はホテル嫌い。誰が連れて行くか、特に管内のなど。あんなものは燃やしてやろうと思ったが、それは自重。単に潰して駐車場にしてやった。我ながら素晴らしい忍耐力。梅子の前職場なぞもうこの星に存在せん、なにせ去年一杯で倒産させたんだからな。あのあたりの景観も全部変えた。花火大会開催場は前職地に近い。梅子が夜間あの辺りを間違ってフラフラ近寄ってもなんの感慨も起こすまい。
 宿泊先と言えば当然俺の故郷、梅子の実家。それでいいと思っていた。いずれ出る話だった。梅子は話せば分かってくれる。
 そう思って、言った。
「梅子。花火大会中は梅子と俺の実家に泊まろうな」
「うん」
「あのな梅子。三番駅近くの俺の家なんだがな」
 一年前に処分した、そう言った。梅子はすぐ納得した。実家の近所の親戚に結構な金持ちがいるらしいが、そいつが持っている他県の別荘は当地では幽霊屋敷と呼ばれていて、その話を聞き付けさっぱり行かなかったら、なお幽霊屋敷と化したという。夏向きな話だ。
 処分したと言うと梅子は残念がっていた。だがこのうちに住むと。このうちでいいと。俺がそうしたのなら、それでいいと。そう言ってくれた。
 だから、まさかそれ以上の話が出るとは思っちゃいなかった。盲点なんてもんじゃないぞ遼。
「……去年の今頃?」
 丁度一年前だった。だから梅子がこう言い出した時、厭な予感がした。
「どうして去年の今頃、なの……?」
 いずれ訊かれる、ならば今言う。もうヘマなぞせん。また後で言って問題を先送り、挙げ句隠れてコソコソゲロだの懺悔だのをするのか? 冗談じゃない。だから言った。
 梅子は俺の想像を遥かに超えることを言うし、やる。だが間違っても梅子が俺の目の前で半狂乱になるなど思っちゃいなかった。
 このうちで、俺におののく。後ずさり、書斎へも寝室へも逃げなかった。まるでどちらも自分がいる資格の無い場所だと言わんばかりに。居間の片隅に寄って泣いた。我ながらボケっとその場でただ突っ立った。
 俺、……なにした?
 恐い顔でもしたか、狂ったか、押さえつけたか、脅したか。
 まるで覚えが無い。真っ白にもならなかった。それとは全く違う状況だった。
 そう、まるで梅子が悪いと。梅子は自分が悪くなくても自分が悪いと思う時はある、だが梅子が悪いと。そう思っている表情だった。
 遼のおじさんが亡くなった。家を処分する上ではそれは切っ掛けだった。いずれやることだった。遼の家はともかく、俺の家は。高校までは管内に居座るつもりだったが、噂が面倒だと思っていたのはなにも遼の相手だけじゃない、俺もだった。金を稼ぎ出す理由は他にもいくらでもあったがマンションを建てることはとっくの昔に考えていた。内装を梅子仕様に、そう思った中二のおわり。梅子に引き逢わせてくれたことには感謝している。そうでなければ、……そんな人生は要らん。
 梅子は俺があのうちを処分するハラだったなど当然気付いていただろう。俺が言い出すまで詮索しなかっただけだ。そう思っていた。
 泣き止むまで、俺はまたなにもしないのか。俺が意思表示をしてから梅子が動くのか。そうやっていつも梅子に判断させるのか。
 俺は傷つかず、いつも梅子だけが問題を抱えるのか。抱え続けるのか。
 離れて座るなぞもう二度とせん。俺、寂しい。歩み寄って抱き締めた。梅子は逃げ、厭がり、抗って暴れた。狂った時以来だった。
「梅子」
「……! ……! ……!」
「俺のこと嫌い?」
「……! ……!」
「俺の顔なんか見たくない?」
「……!」
「俺、なにした……?」
「……! ……!」
「そんなに嫌い?」
「……」
「わけないよな」
「……」
「俺のこと独りにする?」
「……! ……!」
「しないよな」
「……」
「二度と離れない。放っとかない。そうだよな」
「……! ……!」
「俺が二度と離さん。俺が放って置かない。俺は二度と独りにならない。二度と待たない。梅子、あの三年弱、俺を放っといたと思っただろ。俺が放って置いたんだ、中三の時も、俺が放って置いたんだ、梅子じゃない!」
「……! ……! ……!」
「梅子。どうした?」
「……」
「言って」
「……! ……!」
「お白州は全部無しだ。言って」
「……」
「俺のこと嫌いじゃないなら、言って」
 一字一句の後はまたしても半狂乱だった。泣きつかれてでもなく、失神した。
 珍しい言い方だ。相手が遼であろうと梅子は本来こんなふうには言わん。いや、遼相手だからこそ梅子は言わん。勿論俺が悪い。俺が梅子をかっさらえれば良かったんだ、三年弱待つ必要なんざどこにある。義母ちゃんだって待ったのはきっかり二年だけだった。体調を狂わせてまで、なんで俺あの時さっさと婚姻届を出さなかった? 誰が何と言っても俺が厭、それで良かったんだ。
 俺が悪いと言っても今回は納得しそうにない。
 梅子をベッドに横たえ、遼へ電話した。
「久しぶりだな遼。いつぞやは世話になった」
「俺が世話になった憶えはあるがな」
「梅子になにを言った」
「さんざ言っている、イチイチ憶えちゃいねェ」
「去年の今頃だ」
「ほ・何か言ったかなボク」
「遼。俺はお前に感謝している」
「ハ・お前もまあまあ随分と他人行儀になりやがって。三行半か?」
「梅子が泣いた」
「そーかそーか、勝手にやってろ」
「半狂乱だ」
「……なんだ。せっかく人が手ェ尽くしてやったのに、まさか解決の一つも出来なかったなんて言うんじゃねェだろうな」
「お前も知っての通りその事じゃない。お前の件だ」
「だからどうした」
「今どこにいる」
「地球ホーローの旅だ。一々どこかに足留めなんざするか」
「今から行く。そこで待っていろ」
「来てどうするんだ」
「梅子が直にワビを入れる」
「お前の価値観じゃ十分に浮気じゃねェか。どーせ会うな話すな関わるなと言っているんだろ」
「梅子の価値観は直以外一切却下だ」
「いいか斉。俺ァあの時発想の転換をしろ、視野を広く持てと言った筈だ。お前のの事となるとすぐ視野狭窄になりやがる。この馬鹿一番め」
「……」
「俺に言わせる気か、しゃあねえなあ……そうだ、俺ののことだ。あーあーへーへー俺のはさんざ誤解していましたよーだ。ひょっとしたら今でもな。お陰さんであのゲロ懺悔大会、だからどうしたって話だったからな。
 いいか斉。お前のが俺単独に逢うってことは立派に浮気現場なんだよ。俺はそんな気はサラサラねェがお陰さんで相棒にも俺のにも両方誤解されちまうんでな。誤解しないなんざ知っての通り終始一貫お前のだけだ。ちょいとしたことはあんだろうが、それだって知っての通り詮索ナシで綺麗サッパリ自力解決しているんだからなお前の。それがなんだ。俺んとこ直で来て? ワビは後ろ楯引っ付けるもんじゃねェ、一人でやるんだからな。誠心誠意俺を説き伏せて謝って? アホかテメェ、んなもん浮気現場でなくてなんだっちゅーんだ。俺達四人はなァ、似た者同士なんだよ。すーぐ誤解しちまえんの! ややこしいと言っただろうが。
 俺も反省しているぜ。お前がお前のにフラレハラレした時手助けしちまった。まさしく余計な介入だったぜ。あれからお前は自分でさーっぱり考えもせずやることと言えばヘマばっか。それでも突き放してりゃよかったんだよ。甘やかして育てちまったぜ。
 で。ここまで余計にさんざゲロさせてだな斉。まだ自分だけで解決出来ねェのか。その脳は飾りか。一体何億人がそのアタマを欲しがっていると思ってんだ」
「お前は誰に誤解した」
「お前にだ」
「そうか。邪魔したな」
「おう、クソして寝ろ」
 切ったか。それ以上言うつもりは無いらしい。
 俺はこの件も含めて解決してやる。面も頭も躯も二親のお陰だ、誰にも呉れてやる気は無い、俺のだ。
 俺が生まれてから得た俺の。梅子。
 風呂に入れ躯を洗った。出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んで。間違いなく、……言えばヘマになるかもしれんが……出逢ったあの時より、うんと可愛くなった。
 さすがにそろそろ起きるだろう、そう思ってベッドからソファへ連れて来た。梅子は俺が上半身裸だと風邪を引くと思っているようだが、暖は梅子で取る。軽い梅子を俺に乗せた。俺はさぞ重かっただろう、そうは思うが逆を言えば梅子も俺で暖を取ったのかもしれん。ひょっとしたら今までも、間違いなくこれからもずっと。
 あの時のようなパジャマを梅子は着たいと、そう言った。あの時俺が座っていた位置に座った梅子。
 俺と違って決して傷から逃げない、それを消し続ける梅子。
 ソファに座って、梅子を俺に乗せ想いの丈を込めて抱き締める。……温かい。
 気付いたようだ。
「梅子。そのまま聞いて。梅子の師匠は喧嘩相手でもあるよな。口は悪い、ズバっと切り込まれたらまず言い返せない。だよな。俺もだ」
「……」
「その師匠がだぞ。弟子に言われてなにも言い返さないなんておかしいと思わないか」
「……」
「遼は弟子の梅子にぎゃふんと言わされたんだ。なのに梅子にワビを入れられたら、遼はどう思うかな」
「……」
「さぞ立場ないだろうな。なにせ俺も遼も自力で汗水たらして休みも無く稼ぐ社会人なんざやったこともない。なあ梅子、俺もそうだが野郎はプライド高いんだ。働いていた時でそれ分かっただろ。俺が言うのも説得力ないけどな、遼のプライドへし折らないでやってくれないか」
「……」
「こういう時、どうすればいいか分かるな?」
「……」
「どうした梅子。梅子らしくないな、俺の想像を遥かに超えることを言うわやるわ、それが梅子だろ」
「……」
「そんなことはない。梅子はもう分かっている筈だ」
「……」
「梅子の友達、親友、師匠。皆いいやつらばかりなんだろう。それはな、梅子がそうだからなんだぞ。俺、梅子に浮気されたくないから言わなかったがな、梅子の携帯に番号登録しただろ。そいつらのうち女は知らんが野郎は皆管内有名人だらけだったんだぞ」
「……」
「なあ梅子。今はお白州もない、いわば無礼講だ。だからやっと言えるんだがな。合同の組、白二年。やけに知り合いが多かったなと思っただろ」
「……」
「そうだ。俺が仕組んだ」
「……」
「バレていたか。当然一年の時もだ。梅子が白を引いたから俺も遼も白だった。梅子運動神経がどうのだもんな、だから梅子の親友で随分運動神経がいいやつも白になって貰った」
「……?」
「まだあるぞ。白バスケのメンツは当然仕組みまくった。一年の時、梅子に浮気疑惑を掛けられたくないから遼の相手には白になるのを遠慮して貰った。二年の時には遼が遼の相手とどうだと分かっていたが、それでも遼には白になって貰った。バスケで梅子にいい所見せたくてな。そんな理由で師匠とその相手の邪魔をした」
「!」
「そうかそうか、まだあるんだよ。慶な、どう考えてもあいつはMVP最有力候補だろ、なにせ運動神経は島国でも上から数えて数番目だ、リレーなんざMVPの選考に間違っても入れられなかった。俺や遼はこれでもバスケを少しは齧っていたが慶には敵わん、最大のライバルだった。だから慶の相手とは組を別にした。同じだったらやる気満々で間違いなく二年連続ぶっちぎりMVPだ」
「!!」
「怒った?」
「怒った!」
「そうかそうか、実はまだまだあるんだが」
「もういい!!」
「いいから聞いて、今日はちゃんと言う日だ梅子。あのな、二年の時俺梅子とクラスを無理矢理一緒にしただろ。俺はそれだけで良かったんだが、学校側は俺に大層遠慮したらしく、遼の相手とは同じクラスにしなかった。つまり俺は遼と遼の相手の仲を、学業でも延々邪魔していたんだよ」
「……!?」
「自慢じゃないが、俺にはそういう力があってな。梅子と一緒のクラスにしろだの、相棒と一緒のクラスにしろだの、またあんな下らん噂が出ては困るから遼の相手とは間違っても一緒にするななんざ、はっきり口に出して言わなくても向こうから勝手に仕組んでくれたよ。当然そうして来るだろうと分かっていた。そうしなかったら俺は梅子をかっ攫って、さっさとどこぞのエリート校へ転校した。そういう態度で学校側を脅してだな」
「もういい!」
「そうか? 俺、梅子に懺悔したいんだが」
「されたって! 別に……」
「蒸し返しても昔が変わるわけじゃない。そうだな」
「……うん」
「弟子がそう思っているなら当然師匠だってそう思っているぞ」
「……」
「梅子。俺のこと嫌い?」
「……好き」
「そうだ、梅子は俺を好きだ。愛している。間違っても俺を避けたりなどしない。梅子は無駄口を叩く師匠を黙らせた。そりゃ時期は時期だった、だが遼はああいう気性だ。単にバカな相棒を心配しただけだ。梅子、昔を蒸し返したところで俺と梅子が結婚した事実は変えられん。誰が変えさせるか。梅子言ったろ、廻り廻って巡り巡って。だから今、こうやって」
『……』
「梅子を悶絶させられるんだ。ああ、聞いていないか」

梅子

 ベッドで気付かされました。散々焦らされました。悶絶させて貰えません。切れ切れに、ちゃんと謝る、へたなイヤミはもう言いません、そう花火大会で言います、って躯で言わされて。
 そうだ梅子、ご褒美にお白州復活だ、って笑顔満点で言われました。
 ……。
 梅子俺のこと避けただろ、無視しただろ。食べて、戴いて、って散々言われました。その通りしました。ずっと誘いっ放しでした。梅子俺に乗るの好きだもんな、って。ええ、わたしが乗りました。それで自分で、……。しました。イきそうになるから、って途中で腰浮かされて。
 ……。
 もう、その、なのにー。
「梅子……逆に乗って……」
 ……。
「食べて……俺、呑む……」
 ……。

八月三日

 それで本日が花火大会、です!
 ボンクラ亭主の相棒さんも来ているそうです! 強引自己中で無理矢理来させたそうです! 無言で脅したそうです!