pigeon blood

 坂崎哲也の両耳朶には一対の、赫く煌めく稀少で高価な宝石が下げられている。これは彼が十八歳の誕生日を迎えた頃からすでに在った。当時そうと気付いた者はごく僅かだった。
 気付かなかった大多数の内の一人、成田斉志は訪ね人の趣に合わせ、落ち着いた色合いの和服を纏い、和傘を差し、島国の西にある古都を訪れた。

 その一角にある、老齢な宿の上室から眺められる、丹誠込めて育てられた植栽、淡く芽吹く樹木。もの言わぬ若葉達に、未明よりしとしとと降り続いた雨は強く降るでもなく止むでもなく、夕刻を過ぎてもなお降り続くと思われた。
 この二人の常は、主が上座の客をもてなすのだが、この宿ではどちらも客だった。よって常とは違い、先に部屋へ来た者が上座に座った。そこへ音もなく、待ち合わせの時刻通りに襖が開けられる。
 彼は静かに先客の向かいへ座った。
「元気か坂崎」
「ソクサイ」
 どちらの身のこなしも、時と場合に最も相応しいものだった。どちらの口調も、常と何も変わらなかった。
「で、何。一つ頼みがあるとか」
 二人とも見つめ合う趣味が無いのも変わらなかった。しかし、庭へ視線を向けている点に於いては同じだった。
「俺と梅子の死体処理を頼む」
「リョーカイ」
 二人の間にある沈金の座卓には何も乗っていない。
「話が早いのはいいことだ。二つ返事の理由を訊きたくなる」
「俺の旅館を利用の際、あんたの女房のお代は全部タダ」
 坂崎は彼の常で、財布も鍵も所持していない。さらに言うなら大型自動二輪免許証も携帯していない。ついでに言うなら普通自動車免許は持っていない。
「俺の代金は倍以上としか聞こえないんだが」
 斉志はというと、例の改造携帯は所持しているが、その他小切手等々は宿の外に待機する彼の忠実な部下達へ預けてある。ここは彼の住処から優に五百キロメートルはあり、一般公共機関でなど出向かない。
「バレた?」
「バレバレだ。その時も頼む」
 坂崎は現在彼が所持する物のうちの一つ、赫く煌めく宝石を上品な仕草で外し、座卓へ丁寧に置いた。
「いつでも構わないぜ。あんたも込みで全部タダだ」
 坂崎の片耳が空けられたのは二年と数カ月振りだった。
「感謝する」
 斉志は台の真ん中に置かれたピジョン・ブラッドを手に取ると、前野夫妻に行ったのと同様の作業をした。数分後、僅かに重量の増したそれを座卓へ音も無く置く。
 坂崎はそれを手に取ると、再び両のまぶたを閉じ、同じく上品な仕草であるべき元の場所へ戻した。ゆっくりと立ち上がり、先に退室する。その仕草は、纏った服装の作法に完璧に適ったものだった。
 部屋にひとり残った者は、先客がひとりで居た時間の分だけ庭を堪能すると、先客に勝るとも劣らぬ完璧な作法で退室した。以降同種のチップが造られることはなかった。