成田夫妻 病院

 目が覚めると病院だった。それは分かる。
 以前の、すぐに市立病院だな、って分かるような建物のつくりじゃなくて。けど建物のシンプルで贅沢なつくりに気を配る余裕はなかった。なぜならベッドサイドの椅子に座った斉志が泣いている。
「ごめん、梅子……俺、俺浮かれてて……俺のこと嫌い?」
「……好き……」
 どうしてこの台詞は久々に聞いたって感覚がないんだろう。
「俺、梅子のことずっと攻めてたら、食べてたら梅子、段々反応なくなって、けど俺もう理性ないから、そんなのないから、ずっとヤってて、全部出して、もう避妊しなくてもよくて俺、俺……。それでもヤってて、まだ出来たけど梅子反応なくて、俺前もこんなことしたのに……。梅子全然目覚まさなくて、悶絶じゃなくて熟睡でもなくて昏睡で、それで俺、病院に担ぎこんだら、医者のやつらにヤり過ぎだって言われて、梅子全然起きなくて、それでその……初夜から十日経ってる。……怒った?」
 いろいろ反応出来ない会話を逢った時からずっとしていたけど。これになんと応えたらいいの?
「あの……斉志」
「……うん?」
「大学、……は?」
「結婚するから休みを取った。二週間。あと四日」
「そうなんだ……」
「永久就職の梅子と違って俺まだ学生。……ガキだ」
「そんなことない!」
「ある。前も梅子入院しただろ。あの時、もし梅子がこのまま目を覚まさなかったら俺も死のうと思っていた」
 確か高熱だけだったような……。
「梅子ずっと眠ってて、俺を見てくれなくて、もう絶対あんな目に遭わせないって誓ったのに。……またこんなこと」
「斉志」
「……うん?」
「おうち帰ろう? 帰りたい」
「……」
「わたし、退院出来るよね。もう行こう?」
 白が基調のあのおうちへ。斉志が好む色、わたしの為の色。
 こんな部屋がほんとうに病室なのかなって思うくらい贅沢だけどシンプルな個室には、女医さんと看護婦さんだけ、本当に女性スタッフしかいなかった。
 そのひと達が静かに病室を辞すと、斉志とふたり。入院用の寝間着から着替えさせて貰う。
 斉志はずっと前から株とかやってるって言ってた。あんなすごいおうちを持つ斉志。こんなすごい病室の個室。
 お金はほんとにうんと持っているみたいだけど、わたしはそういうの使うなんて、……でも、わたしのお金でわたしが勝手になにか買う、なんて言わないんだ。斉志にお白州でちゃんと言われてるもの。それに。
 そういうのって、成績どうだった? って訊くのと同じだって、もう分かったから。
「梅子」
「うん?」
「あきれてるだろ……」
「ううん」
「あ、愛想尽か」「好き」
「……」
「好き、斉志。ね、おうちへ帰ろう」
「……うん」
 すぐに斉志の上気した、あんな瞳の……けど心配そうな顔が迫って来て、わたしは再び意識を手放した。

成田夫妻 おうち

 気が付くと、ソファに座っていた。いいにおいがする。
 立ち上がろうとしたら、そっちから声がした。斉志の声。座ってって。
 わたしはもうすでにさっきの服装から着替えていて、普段着というか、ハウスウェアなのかな、を着ていて、そしてさっぱりしていた。……なんだか、貰われたあの日を思い出す。
 斉志、わたしが座って待っている間にお食事をつくってる。きっと気を落ち着かせてるんだ。なんとなくそう思う。
 わたしはもう永久就職だから、日付けを意識することはあまりないけど。冬休みがあっても、それはもうおわっていると思う。一番難しくてとんでもない大学へ行っている斉志。それこそ勉強の度合いなんて半端じゃない。わたし、そんなひとにずっとずっと心配させて……。
「また俺の心配しているだろ梅子」
 多分、お揃いのハウスウェア、だと思う。ゆったりとした普段着姿の斉志が食事を運んでくる。薄めの味付け、和食。
「俺、梅子に浮かれてるって言った。今俺がどれだけ幸せか分かるだろ……」
「……うん」
「やっと手に入れた。もう絶対離さない」
「うん……」
「……俺、なんで理性無い……」
 最初に言われたときは、絶対そんなこと有り得ないと思ってたんだけど……。
「……梅子」
「うん?」
「俺まだ学生だから、春休みもあるけど。新婚旅行はその時にする」
「……」
「俺、大学始ったら夕方には戻る。絶対どこへも行かないで」
「うん、行かない。ずっと斉志のそばにいる」
「……」
「ずっと一緒にいる。もう放って置かない」
「……うん。梅子、俺……」
「なに?」
「梅子を病院送りにした時にな」
 あのー……そういう病院送りって言葉の使い方って……
「時計に細工した。ボタンを押せば俺の携帯に連絡が入るようにしたから。何かあったらすぐ押して」
 そうなんだ……
「うん、分かった。あのね斉志、その……お願いがあるの」
「……なに」
「その、お金使わせちゃうけど……パソコン、欲しいの。ノートの」
「……それで浮気する?」
「しない!!」
「ネットとかやって……出て行く気だろ」
「行かない!! 斉志、わたしを信じて……」
「……うん。けどそんなのさせないから。俺が見繕って来るから」
「うん、そういうのするつもりない。そんな機能、省いていい。わたしが使った後、斉志が保管して。中見ていい」
「……そこまでは」
「ううん、そうして。あのね、仕事するとかじゃないの。その……お料理、わたしもしたいから、そのカロリー計算とか、をしたいの」
「……料理?」
「うん。わたし斉志に永久就職、でしょう? だからお料理してみたい」
「俺の料理……」
「食べたい!!」
「……じゃあ」
「斉志はいまは確かに学生さんだけど、その内就職するでしょう? そうなったら忙しくなって、だからそういうとき、食べさせてあげたいなー、なんて」
「……」
「わたしの料理……」
「食べたい!」
「よかった。……あのね、斉志みたいに、うんと美味しい食事いますぐ作れるわけないけど、そりゃわたし全然料理できないけど……。あと、斉志が出掛けてるときはおうちをお掃除したい。ここ……なにかこう、多分すごい品ばっかりだと思うから、へんなことしたくない。こうしちゃ駄目とか、そういうのある?」
「……ない」
「そぉ?」
「うん、……けど俺は梅子に何も……」
「わたし、花嫁修業したい」
「……」
「駄目?」
「いい!! して……修業」
「うん、がんばる」
「……梅子。俺を放って置かない?」
「ほっとかない」
「一人にしない?」
「ひとりにしない、ずっと……斉志」
「……うん?」
「アイシテル」
「……俺も」