成田夫妻 病院

 場所はこの星一番の街の一角、閑静な地。二重の塀で囲われた二つの建物のうち、小振りな二階建ての二階。その一室には新婚である二組の夫婦がいた。ただし新婦のうちひとりは、シルクのシーツで覆われた豪奢なクイーンサイズのベッドに横たわっている。
 ベッドサイドの椅子に座り新婦を見つめる新郎、成田斉志はポケットから小さな箱を二つ取り出す。中には小型のチップがひとつづつ入っていた。
「はめた早々で悪いが結婚指輪を外してくれ」
 これを言われたもう一組の新婚夫婦、前野夫妻は無言で理由を説明しろと促した。
「前野の女房。このチップが振動反応をしたら即ここへ、一拍置きの振動反応の場合は即俺のうちへ来てくれ。いずれも警備網はお前に対して全て解除されている」
 前野和子は自然、瞼を閉じた。
「前野の亭主。チップが振動反応をしたら俺のうちへ来てくれ。死体が二つある。もう二度と別たれんように、同じ棺桶で灼き、同じ遺骨箱に入れ、三番駅向こうの墓へおさめてくれ」
 前野勇の瞼も自然閉じられる。
「頼む」
 前野夫妻は同時に、静かに目を開けもう一度彼女を見た。
「僕は成田より歳上だ。この先どうなるか分からない。その場合は」
「この棟屋にいる連中が担う」
「だったら」
 こんな役目などその連中とやらがすればいい。そう言いたかった前野の言葉を斉志は遮った。
「俺と梅子の子供達が産まれない場合、連中は全員俺が死んだ後この区画を更地にして契約を終える」
「……応」
 前野夫妻は二週間前にはめたばかりの結婚指輪を外し、斉志へ差し出した。彼は早速チップを埋め込みに取り掛かる。
「ここの方々は全員事情の全てを知ってらっしゃるのでしょう」
 斉志がどうしてもここにいられない場合に限って来いと言われても、梅子の看護はここの医療スタッフがすればいい。斉志がどうしてもうちへ帰れない場合に限って来いと言われても、事情を知っているこの棟屋の者達が対応すればいい。いくら近所に住んでいようが同区内と同区画内では、緊急時に駆け付けるまでの時間がどうのなど討論する以前の問題だ。だが。
「連中が知っているかどうかなど関係ない」
 ひとり眠る人物・梅子にとって、事情の全てを知っていていい者、知られていてもいいと思える者はごく僅か。だからそうだと自負のある数少ない該当者は指輪一つ分の作業を終えたのを見計らって指輪を外し、斉志へ差し出した。彼はもう一つのチップも埋め込み始める。
「遺産の半分は俺と梅子の子供達へ。産まれなければ、親の無い子供達を支援する団体へ。四分の一は俺と梅子の両親へ。遺りはくれてやる」
『不要』
「そう言うな」
 彼は加工し終えた指輪を前野夫妻へそれぞれ手渡した。
「もしまたこのひとが今回と同じようにここへ横たわった場合、私達が身元引受人になるわ」
「その必要は無い」
 前野夫妻はもう一度指輪の交換をした。
 起立して見届けた斉志は前野夫妻に口頭で改造携帯の番号を告げる。
「他には」
「ここの方々といえども成田達のうちへは成田斉志の許可なくば行かないということだね」
「そうだ」
 つまり斉志はこの棟屋の者達の存在そのものを梅子へ知らせる気はまだないらしい。
「だったら、どの場合でもいつでも身元預かり人になるよ。僕達が生きている限り」
 前野夫妻は部屋を辞すべく出口へ向かった。
「その時も頼むが」
 二人の背に斉志が言う。
「……なにかしら?」
「お前達も何か頼め」
『貸しも借りも無し』
 振り返らず声を揃えた前野夫妻は、鍵の無い病室扉を静かに閉め退室した。
「感謝する」
 呟いた室内の斉志は再び椅子へ座り、彼女の意識がある内は決して見せない表情で妻を看続けた。室外の和子は大馬鹿者と呟き同区内の前野宅へ帰って行った。