その後 成田夫妻 二十歳

 ひたすら待った、耐えた地獄の三年弱。
 酔狂な行事を真っ赤な茹でダコで意識もなくおえた梅子。ヘリで一路このうちへ。眠ったままの梅子を俺へ乗せた。
 放って置かれてから、ずっとひとりだった。ずっとひとりで旅をした。島国を出て。ひとりのときもあった、同門や知り合いと一緒のときもあった。それでもずっとひとりだった。海の向こうからやって来る連中、直でなくとも知り合う連中。そう悪いやつらじゃない。それでもずっとひとりだった。
 この星で行きたい所など梅子の実家だけだった。いつもひとりで実家へ行った。俺の実家。もうたったひとつしかない、俺の故郷。
 梅子がなにを考えて俺を放って置いたのかなど分かっていた。ずっと前からそうだった。出逢ったあの日から。梅子は俺の負担になりたくない、そう思っていたんだろう。俺を信じていないのではなく、自分を信じていない梅子。自分がそうと信じた相手へは無償の信頼を与える梅子。
 自分を信じたくて、信じてみたくて俺から離れた。そうすれば俺の負担には決してならない、そう思ったんだろう。
 ひとりへ逆戻りとなった梅子に笑顔はなかったという。当然だ。俺も一見堅物硬派へ逆戻り。
 管外の連中へは、俺が婚約した事と婚約者の氏名だけはその時伝えていた。連中は俺を詮索せず、梅子へ介入などしなかった。当然だ。そんなことをすればどうなるか、俺を知る者程よく分かっているんだからな。連中はその代わりとばかりにうちへちょっかいを出し、俺にその手の誘惑を噛まして来やがった。度胸とはどういうものか、誘われるというのがどういうものか誰より知っているこの俺になにを無駄なことを。実に暇なやつらだ。俺の挨拶をさぞ今か今かと首を長くして待っているだろうがそんなものは坂崎流に言ってもせいぜい俺の通常技、無言で脅しだ。誰あろうこの俺がやつらも動かすんだからな、ご祝儀返しなどいつでも出来る。
 これから二週間は結婚休暇、当然ヤりまくる。最低でも最初の一週間は服など着せん。
 寝息の聞こえない梅子を俺に乗せた。修学旅行では厭々我慢したがもうそんなことはせん。抱き締め、目を瞑って到着を待った。俺の腕の中で、俺の上で梅子が寝返りを打つ。無邪気そのもの、今の俺には理性がある。梅子が起きている時には全く無いが。
 やっと指輪をはめられた。なにがあっても外せぬ代物。梅子は腕時計を、あの時も仕事をしていた時も決して外さなかった。俺の女房は成田梅子。言われたときはまたしても真っ白舞い上がり。……それでいい。
 惚れた時からの俺の夢。やっと叶った。

その後 成田夫妻 二十歳

 気が付くと、斉志にだっこされたままだった。におい、体温。今朝からずっとこうだった。もう二度と離さない、そう斉志はずっと言っていて。わたしもそうだから、ずっと抱き締めてた。
 ぽーん、って音がして、エレベーターの扉が開く。おうちに着いたみたい。斉志、マンションって言ってた。多分そうだと思ってたけど、やっぱりここ、見たことないくらい天井が高い。まだおうちに入る前なのに。おうちへの通路、外の景色は見えない。
 斉志は片手でわたしを抱えてて、空いているもう片方の手で玄関扉を開ける。もう、時刻は夜だった。
「着いたよ、梅子」
「うん」

成田夫妻 おうち

 お邪魔しますとも失礼しますとも言わずに梅子がこのうちへ初めて入る。やっと二人でここにいられる。
 もう離さん。二度と待たない、俺が梅子を放って置かない。

 斉志とわたし、お揃いのハウスウェアに着替えて。ふかふかのスリッパでおうちを探検。俺、食事つくるから。その間、うちの中見て、全部見て、って。斉志の言うとおり、おうちを見て回った。
 前もしたことがある。けどそれは一度きりで、あの時は斉志にそう言わず勝手に見ちゃってた。
 白。斉志が好む色、わたしの為の色。
 これが人工的な灯なの、そう思いたくなるやわらかな光。眩しくはなくて、けれどやわらかい。天井が高くて、とにかく広くてシンプルで、そして多分、うんと豪奢。それと分からないくらい、うんと豪奢。
 なにもかもゆったりとした空間。なんて広い。本物の、多分名のある木の床。シンプルで、曲線が明らかに国産ではないと思われる檜の家具の数々。飾られた食器の落ち着いた配置。シルクのシーツ、レースのカーテン、基調は白。あったかくて気持ちがいい。
 白い電話。映画かなにかに出てくるような、大理石で出来た大きな台、華奢な真鍮の金具が付いている、指でダイヤルを回す形のもの。
 浴室は別々な場所にふたつあって、これまた映画にしか出て来ないような船のようになっている、大理石のお風呂。
 ふかふかのおっきな白いタオル。コットン一〇〇%。触り心地、いい。体に巻きつけるものとか、ガウンとかしかない。
 寝室、というのが相応しい一番大きなお部屋。天蓋とかはなくて、天井までの空間を一番ゆったり贅沢に取ってある。脚が細く感じるほどおっきなベッド。シーツはシルクの白。枕はおっきくて横長のがひとつだけ。その脇にはベッドとデザインが一緒の小さなテーブル、その上に白い電話とデザインや材質が一緒の華奢なつくりのランプ。この部屋にはあとは窓だけ。高くて長いガラス。やわらかに揺れるのが相応しい、白のレースがおりている。
 階段を上るロフトにも休むところがある。
 おトイレもふたつあって、これがトイレと思うほど、広くて珍しいデザイン。けど他の部屋と統一が取れている。
 音楽を聴く部屋もあって、そこにはダイヤモンドでもなくサファイヤでもなく鉄の針を使う電蓄があった。一枚のレコードにつき一本の鉄針を使用するレコード。テレビはあるけれど、地上波は入らない。CMのないCSだけ、ニュース番組もないみたい。
 このうちには新聞もカレンダーも掛け時計もない。わたしの左手首にある腕時計だけ。
 書斎は凄い蔵書の数。家具と統一された木の本棚、天井へ届くまでの高さの本棚。上から下まで整然と揃えられた本は多分全部何度も目が通されていると思う。
 クローゼットが並ぶ部屋。服をしまう為の部屋。斉志の分はスーツがずらり。ウールの、落ち着いた色のスーツ。真っ白なシャツ。趣味のいいネクタイ、何本も。
 わたしの分。少しづつ形の違うパジャマとエプロン、白のシルク。ずらり。インナー、全部オーダーメイド。一点もの。とにかくレースでシルクの白だけ、他はなかった。アウターも全部新品。これはさすがに白だけじゃないけど。間違っても超絶ミニスカートなんてない、けど色とりどりのデザイン。靴の種類もこんなにある。ほんと趣味いい……。奥を見ると、ドレスとかもあった。
 ひととおり探検をおえて。もういいの? 梅子。じゃあシャワー浴びて、ソファで座ってて、って。
 浴室のシャワーは白い電話とデザインが統一されたもの。一見華奢で、すこしレトロな感じがする。ゆっくり浴びた。
 おっきくてふかふかの白いタオルで躯を拭く。華奢なデザインのドライヤーでぶわーっと髪を乾かして。シャンプーもリンスもボディーソープも石鹸も洗顔剤も歯磨き粉も全部おなじ。これからはずっとおなじにおい。
 斉志はもう別な浴室でシャワーを浴びてたみたい。
 ふたりともパジャマに着替える。おそろいの白いシルクのパジャマ。一緒にいたくて、ふたりで台所へ行って料理をお皿に盛ってテーブルに並べる。
「梅子」
「……うん? 斉志」
「梅子、その……気に入った?」
 このうちを。そう斉志は言っている。
 ここ、すごいおうち。豪奢だけどシンプルで。こんなとこ、学生さんの住めるところじゃない。お金がなければひとは生きていけない。すぐ死んじゃう。
 でもわたし、生きるためにおかねがほしいの?
 わたしが生きていくため?
 ううん、違う。そんなんじゃない。おかねなんかあったって、そんなのいくら働いて得たって。
 どんなものなくしたって。
 ──斉志。
「うん」
「……よかった」
 斉志、嬉しそう。ほんとにほんとに嬉しそう。再会してから斉志はずっとそう。けっこんとどけを受け取ったときのあの表情を思い出した。あのときはその……驚いちゃったけど! でも、あんなふうにうんと嬉しそうな斉志をはじめて見たから。
 これからも、ずっと見ていたいな。
 ううん、違う。多分、きっと。ずっと、これからもそう。
 わたしも、ずっと。
 それからふたりで、はい・あ~ん。うんと美味しい斉志の食事。くちのなかは一緒の味。もうとろけて、もうそうなってて、……。
 ……。
 この展開でわたしはとある事を思い出した。だって今わたし斉志に乗ってないもの。だから絶対、絶ーーーー対、来る。来ます。そう、
「梅子。……俺、俺、きっちり話したいことある。だからそれまで我慢する。押し倒したいけど我慢する」
 ようやっと、と言った感じで斉志が呟く。ひとつしか使わない箸をテーブルへ置いて、わたしをおひめさまだっこであのおおきなベッドへ連れて行く。そこへ並んで座った。斉志に乗らないわたし。押し倒しもしない斉志。だからほんとにほんとに我慢しているんだって、そういう表情で。
「だから聞いて、梅子」
 ──うん。
 梅子は墓に入っても俺の嫁さん、永久就職です。他の職? 浮気? 理性? なにそれ。
 梅子が触れていい生き物は俺だけです。なににも抱きつくな。
 他の男とメシを食うな喋るな会うな関わるな。女といえども事前に俺の許可が必要です。
 梅子が外出する際は必ず俺が同行します。それ以外はなにがあっても絶対うちにいること。どこへも行くな。
 携帯は持つな。うちの白電話だけ使用可能。当然俺から電話を受けるの専門、俺以外へ掛けちゃ駄目です。
 お金は梅子のを使うな。俺のだけ。なにか欲しいものがあったら事前に俺に言うこと。ひとりで勝手に買わないで。買い物は常に一緒。俺が許可したものだけ購入すること。
 生理の時でももう容赦しません。厭々月一回のだけで我慢する。
 基礎体温は付けなくていいです。触れれば分かる。
 トイレは別。生理期間中は風呂も別。そればっかりは遠慮する。
 なんでも相談、なんでも言うこと。嘘はつかない隠し事もしない。しても躯に訊きます。
 外泊は俺と梅子の二人っきりだけ。海、またはプールも当然俺と二人っきりで。それ以外? なにそれ。
 よそへ乗り込む? 一人旅? なにそれ。
 梅子の躯には俺しか入れません。よって梅子と俺の食事は当然俺が全部つくります。衣類も全部準備してある、俺の手を経由しないものを見るな触れるな身に纏うな。
 怪我をするな。しても必ず俺の前で。お姫さまだっこで女性スタッフしかいない病院へ直行します。
 病気をするな。しても必ず以下同文。
 里帰りは当然俺が同行します。事前に必ず俺の許可を得ること。
 化粧は駄目。梅子を大切に。
 俺を信じて。心配しないで。遠慮もするな。
 とにかくひとりで行動するな。俺を置いて行かないで。
 などなど。
 うーんとパワーアップしています。理性はなにそれ、ですか……。ほとんどなくてもそれだけが頼りだった、ような気がする、……なんて言ったらどうなるか。
 とにかく生理の期間だけはいろいろ勘弁して下さいとお願いしました。三年弱、斉志を放って置いてしまって、うんとうんと立場の弱いわたし。けどこれだけは、これだけは……。
「……分かった。ごめん、……そればっかりは俺どうしようもない。梅子、薬で散らすのは厭?」
 はい。ちょっとその……抵抗がありまして。
 あとその、友人知人親友、そして両親への連絡方法、は……。
「俺、厭々電話の中継する。男は絶対駄目。事前に許可を得ること。ダイヤルは俺がするから」
 ……。
「なに梅子。他になにか言いたい? 俺を放って置いただろ。俺をひとりにしただろ。俺のこと避けて。ずっと一緒にって梅子言ったのに!!」
 なにも言えません……。
「今夜が正真正銘新婚初夜だ梅子。大切にする。当然最初のとおりにするけど。もう両手じゃ済まさない。梅子体力付けただろ、絶対容赦しない。リミッター無しだ」
 はい……。もう服着てないじゃないですか二人とも。ベッドに押し倒しているじゃないですか……。
 とにかく二回目、斉志の言う通り一生懸命誘いまして。けどあれって誘ったっていうか、成り行きというか……。
 それでその、あの……。わたし、かろうじて意識があったのって二日目までなんですけど……。