隣の人回顧録

 えー、なんで俺が。やだね。
 ……トーコちゃんには言うなよ。はいはい、回顧録ね。
 バカップルなんて言われちゃいるが、あの二人の仲、俺は反対だった。

 学校の先生に成績を言われる時、必ず出てくる名前がある。
 西川遼太郎。
 狙ってやっているつもりはないが、どうもそいつと俺は管内での順位が毎度入れ替わっているらしい。同着はなく、いつも入れ替わり。そいつが三位なら俺が四位、その次は必ず俺が三位でそいつが四位。いつもその繰り返しだと。どっちも一位・二位、五位以下を取りはしないと。
 別にどうでもいいんだけど。なにせ俺のセーセキは、希望するモンとは大きな隔たりがあったし。大学入試まであと少し、どうやって距離を詰めようかって、ベンキョに対しちゃそれしか考えていなかった。

 中二のある日、俺の家にそいつがフラっとやって来た。一番駅近くにある宿屋の暖簾をふと見たら坂崎だったから、客として泊まりに来たという。これが初顔合わせ。
“俺ァ西川遼太郎ってんだ、よろしくな!”
 へーえ、ってなカンジで俺も名乗った。その場で酒盛り、二人翌朝まで浴び続けた。遼太は派手に女遊びをしていたクチ。管内ですらなく近場限定だって。お前さんはと訊かれたんで、シロートさんにゃ手は出さない、生まれは向こうなんでこんなトコにゃ興味ナシ。と答えておいた。
 今度こっちに来いよ、と言われたんで、こっちも客ショーバイ、暇じゃないけど遊びに行った。三番駅近くの一軒家へ。
“丁度いいや、お前さんに紹介したいやつがいる”
 って俺遼太の家へ来たんだけど。そう思ったらすぐ玄関先から音がした。
 ズルズル。
 重い音だった。凶悪な重低音。しかも空洞。それも闇。周囲構わず吐き出し続ける底無しの真っ暗闇。
 強過ぎる。それが成。
 こいつは死ぬな、それもすぐに。しかも自覚していた。一発で分かった。こんな闇を撒き散らかされりゃ遼太が引き摺られんの分かるな、それ程の男だった。
 遼太はこいつを一位のやつと言った。だから俺も言った。
“俺、大学は京大”
 ちなみにコレ、例えて言うならフツーの小学生が九九を憶える前にハーバード大学を受験しますって言っているようなモン。
“そうか。俺は東大だ”
“そ”
 あとテキトーに酒盛りした。
 こんな田舎じゃ成みたいなやつは格好の噂対象。だから俺や遼太の行いなんか掻き消されていた。本来は、成績が万年二位というそいつだってそうな筈だったんだ。ただ女だった、それだけだった。
 成は母親が産褥死、それが原因で父親にも去られた。ほんで女嫌いの堅物硬派、裏を返せば女が弱点。なのに下んない噂ばっかで辟易している、こんなクソ狭い田舎さっさとオサラバだと言っていた。トーゼン。
 高校に上がるまで、俺もそう考えていたんだぜ。

 高校の入学式で成績を言われた。三位だって。同着なやつは隣のクラス。列ひとつ前向こうから、よっ、初めてだな! そう言っていた。そんなんどうでもいいんだけど。
 入学式、トーコちゃんの名前が呼ばれた時思わず拍手しようかと思ったけど止めといて、あとは早くおわってくんないかなと思ったら、次のやつの名前を聞いた時周りの空気がピンと固まった。
 あ、俺もだ。そう思った。
 これが下んない話に巻き込まれた人か、それが第一印象。
 三限目おわり、隣の人はすぐ机に突っ伏した。したら結構な人数が囲っていた。その気配を察したかどうか知んないけど。イヤな雰囲気のやつらばっかだったが、一人だけ別の雰囲気纏って机へ寄ったやつがいた。こういうシチュエーションなもんだから、逆に目立ってバレバレだった。ふーん、そ。さっさと告れば?
 下んない噂なんか、この時動かなかったっつー一発で大嘘だって分かれっての。トーゼン隣の人はそんなんじゃない。もしそうならソッコーで教室攻撃かましていたって。サッソクさ。
 隣の人がサッソクやったのは授業のサボリ。一等最初に考えた。連れて行かれたな。
 ほんでも隣の人、五限目どころか六限目のど真ん中に教室へ戻って来た。誰かにいやがらせされましたって顔じゃなかった。自分の意思です、態度でそう言っていた。だから単純にサボリか、そう思ってケーベツした。
 それが次の日あの事件。問題を解決したのは一番の被害者、隣の人。だから今更だけどワビ入れた、直にでもないけど。誤解されたくないもんね。
 成は振った話の出る前もさんざん嘘話が出ていた。ほんでも動いたのはでかかったあの件だけ。あれ以降は事実以外の情報を全て遮断していた可能性がある、俺でもそうした。成はおそらくこの噂を耳にもしていなかっただろう。だが大元の加害者がこの噂を耳にしていないとは言わせない。なのに噂は約一年間止まりもせず流布していた。影響力・解決能力一切無しと判断した。
 総代は自分でクラスも名乗った。C組だ。新校舎、距離がある。休憩時間内に起こった出来事だ、騒動を目にも耳にもしていない可能性がある。だから知らせる為に行った。
 そこには騒動の時いた連中がズラリ顔を揃えていた。鈴なりだ。誰が見ても異常事態だ。連中は成へ聞こえよがしに騒動の顛末を囁いていた。それら全部が本当とは言わないが、一部の嘘でも聞こえなかったとは言わせない。席は窓際、騒動は見えていた筈だ。だがドンと座って動かなかった。だから最低だと言ってやったんだ。
 起きるかどうかも分からなかったあの事件。事前に牽制しろとまでは言わないよ。だが起きたと知ったらその場で動け。そしたら一発で解決出来た。振ったと言った相手の襟首引っ掴んでF組へ来て、自分達のせいだったって言え。そうすりゃ後々まで引き摺らずに済んだ。なにも延々どっかの学校くんだりまで事もあろうに被害者が人生捨てる思いしてまで行く必要は無い。この程度すら考えられないのかよ。
 大元の加害者は一応その日中に来た。一晩経ってやっとの俺がどうこう言う立場じゃないけど。隣の人、あれの他に友達いないな。なにせ入りたての高校だってのにひとりでいた。腰の重い大元の加害者達と違って、状況をよく分かっていた隣の人はおそらくたった一人しかいない友達の所へわざと行かなかったんだ。自分より他人を優先する。損するタイプだ。
 他人に言うことはなにもない。そんなの当然、当たり前。だが昨日の態度、そしてあの場でこの台詞。やることやって帰って来て、いい事速攻で提案するやつをこさえて来て、しっかり他人だ大元の加害者でもなきゃ動く必要ないのに止められなかったなんて思い込んでいるクラスの連中その他なやつらの誤解をそのままにして、ごめんなさいわたしのせいですとも言えない大元の加害者な友達を守って。相当場数を踏まされている。どれだけろくでもない人生を歩まされて来たのやら。俺が同じ立場だったら受験滑っているな、よく高校へ入れたよ。

 事件の二日後、大元の加害者となった成がようやっと来る。ワビ入れか、遅いんだよ。左隣をフクロにしている暇があったら副担もやっとけ、成なら合同だろうがなんだろうが片手間で出来る、他のやつにやらせてでもさっさと来いってんだ。
 姿の見えない隣の人は何故いないんだと訊いて来た。その通り言った。“さぼりの罰で生徒指導室を朝早くから掃除”。成はそれだけで黙って引き下がり、その日はもう来なかった。
 はっきり成を軽蔑した。
 普通、気になっているやつがそんなことやっているって聞いたら、なんでそんな目に遭わされたんだって訊くだろ。成なら先生経由で訊けるのにそれをわざわざ俺に訊ねた。余裕がなかった? まさか。いずれ成は処分を喰らったこと自体は知らなくとも、処分に至る内状は知っていたんだ。しかも詳しく。隣の人が罰を受けるべきはせいぜい入学式の日の分だけ。被害者だ、騒動は考慮に入っていない。なら成は入学式の日のさぼりの件までも隣の人に関わっていたことになる。
 成は自分が全く関わっていないなら処分なんていくらでも回避させられる。襟首引っ掴んだやつ、それが成。
 ヒッデー話。トーコちゃんにゃ言えません。

 こんな影響力だけは強くても、ろくにワビも入れらんないやつらに巻き込まれ、有名人にさせられちまっていた隣の人。はっきり同情した。これはトーコちゃんもクラスのやつらも同意見。しょうがないから俺が後ろ扉担当。前扉はバレているやつと入学式の時連れて行ったのに任せた。
 サッソクその日一限目おわりに隣の人を勘ぐって来たやつがいた。遼太? 語尾に含みはあるは頼み込みポーズだは。遼太と成は相棒。だから? ダブルで俺に? まさか。そう思って言ったが次は無い。案の定遼太は以降俺達のクラスへ二度と来なかった。
 翌日、またしても成が来る。
 ところが隣の人はなにを思ったのか、ワビは聞きたくないようだ。まあそういう手もあるけどさ、そんなもん、いっぺん聞いてあともう来るなって言えばいいじゃん。休憩時間の度、一番に教室をすっ飛んで出て、戻る度に顔色が悪くなって来なければ、あの時の対応が何故出来ないのか不思議に思っただろう。
 こりゃただのワビじゃない。なにをしやがった成。
 当然トーコちゃんだって心配する。俺達のクラスのやつらだって心配する。成の影響力は桁違いに大きい、それすら頭から抜け落ちてやんの。休憩時間ごとに他のクラスの女へ出向くってことがどう見られるかさっぱ考えていない。トーコちゃんが心配してっからしょうがなく任務遂行、全部俺が対応して教室へ入って来るのはその度止めた。あー面倒クセー。隣の人はその日の五限目ついに保健室。同情度増しまくり。トーコちゃんも心配していた。
 だから成にもう来ない方がいいと言ったんだ。俺にしちゃ最大限の節介。なんでこんなこと言わなきゃなんないの? 言われる前に気付け。だからワビはとっとと入れるもんなんだ、惚れているなら特に。
 成は合同のくじ引きにまで来た。隣の人は真っ青な顔でやつを見ない。そんなん当然、呆れたね。
 その後隣の人はお勉強まじめにしていたし、友達も随分出来たみたいだし、ヨケーな節介しまくったし。疑われんのやだもんね。ほっといた。
 そしたらGWの谷間、どっかで見た腕時計をして、いや~にイイ感じで学校へ来た。あ、俺みたいじゃん。そんな感じ。そういや俺、最初の頃は隣の人のを心配なんかしていたっけ、とか思い出した。これだったらもう完全にどーでもヨシ、後はさっさと席替えになんないかな、ってな程度。
 だったんだが。
 GW明け、隣の人は休んだ。優しいトーコちゃんはまたしても心配。俺としちゃあどーでもヨシを続行。ワザとじゃないのはもう充分分かった、次の日くらいは出て来るだろ。
 ほんで次の日。隣の人は俺の人生でも見たことない位真っ青なツラで登校して来た。思えばもうあのあたりから痩せて来たな。口にバンソーコーを貼っ付けて隣の人らしからぬ言い訳、当然そんな理由なんかじゃない。隣の人、お肌いいもんな。あの日はカンオケ用意したい位だった。それ言うとトーコちゃんにケーベツされっかなと思って止めたけど。
 隣の人は黒板消しが上手い。クラスのやつらも全員感心しているけど、なかなか正面切って褒めることじゃないから誰もなにも言わないだけ。その日丁度生物だった。遅刻ギリギリは処分がおわってもずっとだったが、いくらなんでもその日は頷けた。だが熊谷の野郎は顔色が見えている筈なのに構わず黒板消しをさせた。余程怒鳴ってやろうと思ったが。
 なんだありゃ。
 隣の人は教室の端から端まで歩くとき、おっかなびっくり歩いていた。因縁ある先生に早く黒板消せと言われたら小走りで行くもんだ。それをゆっくり。これ以上は無理です、と主張するかのように。
 ああ、だから熊谷はわざわざああ言ったのか。
 熊谷は先生にしちゃまだマシな方だ。そりゃ隣の人は小テストの点数は酷かったが生徒をそんなんで見下すもんじゃないだろ。そして熊谷はそういう風に生徒を扱わない。単にもう少し授業に集中しろと言っているだけだ。優しいより厳しい方が当人の為になる。だから毎度の小テスト。
 熊谷はわざとクラスのやつらに「隣の人は今おかしな状態にあります。なにをやっているんだ、さっさと早退させろ」と教えたんだ。
 俺が考えられる原因はただ一つ。成。
 こっちから行って成をC組の廊下に連れ出した。なにせC組は異常なクラス。特に成の回りは無っ茶異常、既に何席も欠けていた。俺達のクラスはあの事件以来逆に団結した。だがC組は異様な雰囲気のまま。こんなとこにゃもう来たくないね。
 で、腕時計をしていない成に言った。隣の人、とんでもない顔色だって。
 そしたらまたしても、なんでそんなことになったんだって訊きゃしない。
 ……またこいつか。
 いくらなんでも怒ったね。これじゃ隣の人が人生捨てる思いしてんの全部成のせいじゃん。だから最大値更新して節介した。ありゃ損するタイプだって言ってやったよ。なんでかって? 影響力の強すぎるやつと対峙する時、なにも言えなくなるもんだ、立場の弱いやつってさ。成と隣の人、力関係なんか一目瞭然。成は強引なやつ、言う言葉は全て命令。隣の人にまでそうだったんだろ。入学式の日の件から見てもそうだ。成になにも言えず、しかも責任全部自分が引っ被るタイプ。
 嫌な予感がした。
 成はツラに痣を浮かせていた。こいつにそんなこと出来んのは遼太だけ。遼太は隣の人と関係がある。嫌な予感がした。成も口を切っていたからだ。
 隣の人も切っていた。
 ……成が隣の人の口を切ったのか? ほんで遼太がそれに怒って成のツラをぶん殴った?
 成の面がああなれば誰がどう疑われるか知らない遼太じゃない。影響力の大きい成のツラに痣を浮かせてでも殴る理由。
 そんなもんまで隣の人は引っ被ってんのか!?
 俺は怒った。はっきりとな。
 例えば隣の人が悪さして成を怒らせたとしよう、理由知らん。隣の人が悪くて成は隣の人の口を切った。確かに他人がなにしようがいいよ別に。
 ならなんで成が顔面を腫らしている?
 遼太がこの件は成が悪いと判断したんだ。しかも右面がより腫れていた。遼太はほとんど左利き。つまり成がマジで悪い。
 事態はかなりヤバかった。成はそのままC組へ戻ったからよかったが、隣の人がまだいたら叩き出していた。帰っていてまず一安心。なにせこのクラスにはヒントさえあれば俺と同じ推論に辿り着けるやつがいた。熊谷の野郎やり過ぎだと言いたかったがあれで副担が動いたんだろう、それはいい。問題は明日だ。成は今度こそ速攻で隣の人にワビを入れる。
 隣の人はやっぱ次の日も来た。追い返したいとこだったがそうはいかない、昨日もだが無理矢理来たところを見ると学校側に相当脅しをかけられているんだろう。バレているのも連れて行ったのも隣の人を滅茶気にしている。勿論ぺーらぺら喋るやつらじゃない。だが事が事だ、分かる分は牽制しなくちゃなんない。
 まず成。まさか教室でワビなんか入れないだろうな、そう思ってはいたもののヒヤヒヤした。あの野郎は最初から隣の人への対応がトチ狂っていた。堅物硬派を気取っているからこうなるんだ。来たら今度は俺がマジ拳を入れていた。
 次、バレているのと連れて行ったの。成はとにかく必ず隣の人へのコンタクトは取る、こんなワビが直以外出来るかよ。生物の時のことも考えて、俺とトーコちゃん二人で放課後、自転車置き場で隣の人が正門へ下りて来るのを待った。ここしかない、頭を下げる現場は。
 連れて行ったやつがリアクションを起こすならトーコちゃんと一緒に行動させたが、新校舎方向へ行った。新入生はイのイチで部活へ向かわなくちゃなんない。第二体育館のバレー部あたりか? いずれこっちへは来ない。連れて行ったのもこれでよし。
 隣の人はどの部へ入っていたとしても、あんな状態ならまずさっさと帰らせられる。こっちの校舎の連中は正門を通って帰る、通学手段がなんだか知らないがあの具合でチャリはない。だからバレているやつが部活している第一校庭から見える自転車置き場の、正門を見おろせる位置でトーコちゃんと観察した。
 成は正門で人待ち。
 隣の人は見てて同情を越し可哀想な位ゆっくり坂を下りて行った。トーコちゃんの心配値も最大。隣の人は走れない、やつから逃げることも出来なかった。
 やつは土下座体勢。あの成が、プライド高くて自惚れの過ぎる命令野郎が人前で土下座すべきことを隣の人にした。
 土下座すべきこと+走れない躯=野郎が最も自制すべきこと。
 俺は成を心底軽蔑した。最低野郎だ。
 隣の人はそれでも隣の人流を貫くだろうと思ったらその通り、事もあろうに最低野郎を抱き止めた。あーああ。こんな場面で場数踏みな対応するなって。
 あの二人がどう出ようがこの場はすぐ離れようと思ってはいた。隣の人はとことん自分が責任引っ被る、しかもこの手は即断する。だから肝心な場面を確認次第すぐにこの場を離れることが出来た。バレているやつへの対応もこれでよし。
 トーコちゃんに帰ろうって言ったら納得していた。そ、トーコちゃんだって俺と同じ推論に辿り着けるかも知んなかった。俺トーコちゃんにずばり訊かれたらどうしようかと思っていたもんね。これが一番ヒヤヒヤもんだった。
 もし土下座止めた次の日以降ずっと、隣の人が腕時計したままあ~んな雰囲気を纏って来なきゃ節介言ったな。最大値更新で。

 隣の人は合同にも出られず入院。遼太からそれ聞いた時は後悔した。あの時はっきりもう二度と関わんな、って言ってやりゃよかった。そしたら未来はちっと違ったかな?
 優しいトーコちゃんに隣の人が入院したって言ったら連れて行ったのに伝わって、そこからバレているやつに伝わった。この三人はヒント、つまり成・遼太・隣の人の関連性さえ掴めれば俺とかなり近い推論に辿り着ける。だが病院へ行くのは止められない。だから今度こそ成自身の対応次第。これでなにも出来なきゃ生きている資格もない最低野郎、行っても寝ている隣の人に用はないが、それだけは確認したかった。
 成は隣の人の父ちゃんに頭下げていた。当然。
 遼太は隣の人と部活が一緒だった。どんな部活内容だったとしても、下げんの当然。成を庇う意味もあった。影響力の強い成が無関係の俺達の見ている前で土下座。だから遼太も下げたんだろう。それはいい。
 だが成は騒動の件でも頭を下げるべきだ。直接の加害者揃いなF組の全員が見ている前で隣の人へ。なのに今の今まで来ていない。
 遼太がこれを知ったら? 成を殴った遼太。なら、痣はあんときだけじゃなくこんときも浮いてしかるべきだ。ところが騒動の後来た時の成のツラはあの通り。遼太も成も武道合わせて十数段の腕前、マジ殴りの遼太の拳が二日で消えるか。
 何故殴っていない? どっちも人生に関わる大事件だ。なのになんで片方だけ?
 バレているやつはB市、友達ひとりだけな隣の人はA市。ほんでも惚れていた。だから成だって、入学式当日に見初めたという仮定は成り立つ。なら相棒の遼太も、騒動の時点では隣の人なんかさっぱ知らなかっただろう。
 他人の遼太はF組へ来なくていいが、来るべき相棒になぜ来なかったとは言う必要がある。ピンピンのツラだった成。なら遼太は言っていない。何故言わなかった?
 ひょっとして。……事前に知っていた?
 これで全部のスジが通った。
 試していやがったな成のやつ。成は入学式前に隣の人に惚れていた。噂もとうの昔に知っていた。それで試し、受験に受かるか値踏みした。だが騒動が起きるとは思わなかった。騒動の顛末を聞きつけホレ直したはいいものの、F組へ来て頭下げるというまっとうな行動なんか取れやしない。人前でワビればホレた時期を言わなくちゃなんない。言えば、じゃああの噂はなぜ一年間も止まらなかったんだ、止めなかったんだと罪加算で隣の人に見限られる。だから有耶無耶案に乗っているんだ、それが隣の人の功ですとも言えないで。
 ということは。遼太も隣の人を知っている、よく知っている。成績や運動神経どうたら込みで全部知ってあの騒動でも試したんだ。いざという時どういう対応をするか見極める為に。だから動かなかった。
 なんでも出来るスーパーマンの相棒が惚れた相手はミス地球でもなけりゃ世界一の天才でもなければオリンピックにゃ出ないだろうし友達はあんなのしかいなかった。
 それがどうしたよ。
 そんなんで他人を判断するか? それこそ人間のすることじゃない。
 この土下座は完全にワザとだ。あの騒動、なぜあの場で誰も動かなかったのか、現場にいなかった人間が顛末を聞けば誰もがそう思う。特に隣の人のダチは全員。
 それを解決するべき成、隣で騒動を聞いていた遼太。そう思われている、いよいよ追及されるかと恐れたからこそわざわざ俺達をかき集めたんだ。遅過ぎることを誤摩化す為、しかも別件を別人に、より多くの他人に見せつける為に。
 頭を下げるのも笑顔をつくるのもタダで出来るぜ人間以下の最低相棒ども。一連の間違い行動がどういう未来を生み出すか、まるで考えていないようだ。こりゃあの時のも間違いなく相棒二人、完全に共謀の末の搦め手だったな。この礼は必ずするぜ。直に、二人まとめて。

 にしても婚約ねえ。責任を取るってか? 甘いんだよ。
 病院での成の宣言にトーコちゃんを含め推論可能なのは全部固まっていた。成は影響力が大きい、初めからそういう対応をしとけ。赤点も甚だしいがよしとした。
 ただちょっと引っ掛かった。
 なんで隣の人があんな最低野郎と、と思っていたんだけどさ。

 合同がおわって隣の人が退院して来た。げーっそり痩せてのお出まし。俺も男だはっきり言うがいいカラダでやんの。元々、隣の人のムネがデカいのは知っていた。これトーコちゃんにバレるところされるから言うなよ。なんで知っているかって? 隣の人、いつも机に突っ伏すだろ。だからだよ。ムネがでかいのを晒したくなくて、いつも隠していたんだ。イヤだったんだろうな、人間それだけで悪く言われちまうんだから。隣の人は制服でそれを隠していたと思ったのに、あっさりラインを合わせた夏服で来た。
 隣の人は心底成に惚れているようだ。しゃーねえなあ、そうじゃないかと思っていたけど。しかも言い方がやっぱ隣の人流。あーああ、と思っていたらやつが来た。
 これが俺達のクラスの団結心を一気に煽った“教室攻撃”。だからこれ自体はいいことだ。極めんのもこの位速くしろ成。あんた結構そういうとこあるだろ。溜めて後でドガンなタイプ、改めた方いいぜ。なーんて最低野郎には言ってやんない。
 ほんでもさ。オンナにイッペン極めたらあとはドンと構えていりゃいいじゃん? わざわざ牽制しに来る必要はない。合同であんな宣言をした、隣の人にちょっかい出すやつなんかいない、いても場数な隣の人なら張っ倒せる。実際攻撃止めたしな。
 なのに成は休憩時間ごとに来た。
 その姿は寂しそうだった。不安だ俺、隣の人にどこかへ行かれたらどうしよう、だからこうやって抱き締めてなくちゃいけない。でないとどこかへ行く。
 そんな感じだった。
 この時、考え改めた。俺はてっきり、最低野郎にメーレーされまくってんのかなと思っていたんだ隣の人。
 ちっと違うかも知んない。
 にしてもさ、なんか食い違いがあるっつーか。隣の人は、嫌いって言われるまでとか言っていたけど。人生どうたらで土下座なことされて病院送りだろ、あんたが嫌えよ。

 打ち上げは俺んち使用。毎度ありー。
 成は自分がどんだけ隣の人にホレているかをまた見せつけていた。やっぱ寂しいと。ドンと構えてらんないほど不安で、だからあんだけ引っ付いて見せつけた。婚約なんてもんですら確証を得られない。そんな感じだった。
 この二人は土下座前からの仲だ。だがその後での婚約話なら正面切って反対した。隣の人に限ってそれはないと思って、なにも言わなかっただけだ。
 回顧録だそうだから言うけどさ。
 成の女はどんなのがなる? って問われたら、人形って答えた。でなきゃ受け切れない、成はそういうやつだ。強過ぎる。
 そう思っていたんだけどな。隣の人より、成の方がよっぽどふらふらしてやがる。脆いでやんの。
 まあこんなとこ。披露宴見ても感想変わらず。成は脆いベタホレ、隣の人は芯の強いホレ方。支離滅裂。
 俺とトーコちゃんの回顧録? それはナイショ。