一月十一日 坂崎旅館

 主役達が去って、場内千人からの皆もそれぞれ家路についた。
 その中で、梅子と斉志の友人達は家に直帰せず、二次会をしに常のたまり場、坂崎旅館へと向かった。
 早生まれの者など、まだ未成年者がいるにも拘らず、常の一階ぶち抜き宴会場には酒が溢れかえった。
 酔いも回り、日付も変わった頃。酒にほどよく呑まれた者のうち、藤谷がこんな事を言い出した。
「どうもおかしいと思っていましたよ」
 今日というか今回は、大酒飲み大会ではなかったので、この場の皆はまだ飲み潰れてはいなかった。そういう場を見渡して、藤谷が言葉を続ける。
「成田はそもそも噂などクソ喰らえな人物。成田梅子さんはその噂を身を以て一掃してしまえる人物。元々噂など、あの二人が別れた根本原因でも何でもなかった。
 成田は邪魔者などすぐ処断出来ます。結婚を邪魔出来る者といったらこの地上に二人しかいない。一人は成田梅子さん。ですが彼女は成田を嫌いでも何でもなかった。これは確実です。ならばもう一人が邪魔をした、それが斉藤のお父君。成田が処断出来ない人物が邪魔をし続けたからこその三年弱だった。
 僕はこの通りセコいですよ、ええ僕の都合も御座います。ですが皆さん、ここは一つ淫行スレスレのこの僕の為に御協力願えませんか? それがひいては成田夫妻の為にもなります」
 藤谷の企みなどあやしいブツに決まっている。周囲の皆はすぐには諾などと言わなかった。
「発言が犯罪かかってんぞ藤谷」
「いくら無礼講つってもなあ……」
「ホンマにあの二人のタメになんのかよ」
「もののついでにも程あるん違う?」
「ナニ協力せえっちゅーんじゃ」
 大体何かは分かっているが、それを本当に実行する気でいるのかよ。そう思う周囲。
「犯罪かかるもののついでとお分かりですね男性諸氏。そぉです、悪いとも思っていませんよ僕は。噂を逆利用して斉藤のお父君、ひいては世の下衆姑舅を逆襲いたします。事実を流布して下さいな」
 皆、酒がまずくなる話など聞きたくない。
「あーのなあ……」
「ちょっとやりすぎなんじゃねぇ?」
「成田の女房の耳に入ったらどーすんだオイ」
「もー大分反省してるっつーだろ、だいたい年老いたオッサンをいびるっつーのもなぁ……」
 周囲の反論に、藤谷は動じず自説を曲げなかった。
「この件が成田梅子さんの耳に入らない事は万全に保証致します。この僕がではなく、成田がね。成田はもう二度と下らぬ話を愛妻の耳へ入れないでしょう。見ての通り、いえ、最初から、成田は彼女を奥に仕舞い出したがりませんでした。男の夢ですねえ、ああうっとり。それを今度こそ完璧に成すでしょう。皆さんもお分かりでしょうが、成田以外の人間はもう彼女に会いも関わりもしない。それでいいのです。彼女はどうしても、成田へ向かうべき嫉妬の渦を受けてしまい易い人物。言いたくはないですがこの場の者達からすらそうされてしまっています。彼女をもう、成田だけの存在に、僕はしたい。それが友人としてこれから出来る唯一の事、それ以上のことをしてはならない。僕も、そしてみなさんも。それぞれの大切な生活があるのですから。何も哀しい事ではありません。みんなでワイワイ、それは充分やって来ました。ひょっとしたらこの先もそういう機会があるかもしれない、それでいいでしょう、もうそういう歳、そういう時期です。
 僕は時期が重なろうが重なるまいが成田を僕の式に呼ぶつもりはありませんでした。丁度僕が合同成人式以降慶事の一番乗りなようですからね、僕できっちり示しを付けます。成田の足を引っ張っては成らぬ事を。幸せ一杯の人間を見ればどうしたってそうでない人間はそれを妬むもの。そうしたらまた彼女が傷ついてしまう。それをこの僕が止めて見せますよ。
 いいですか、あのお二方が自分達の意志以外で行動させられる、そんな人間をこの世に存在させてはなりません。特に、確実にお二方を邪魔した人物はね。それが尊属であろうと関係ありません。いえむしろ、そのような立場にありながら、その歳まで生きていながら分別弁えずそのような行為をし、許されるなど思っても欲しくない。娘、そして義理の息子は決して我が親を糾弾などしないでしょう。ですがされるべきです。この罪を、見逃してはなりません。
 勿論イビるなどしませんよ。事実のみを言う。それだけでよろしい。それで斉藤の父君の立場が悪くなるなら、それは自業自得です。それだけの事をしたからです。
 協力。願えますね?」
 皆、視線をさまよわせる。藤谷の言いたいことは大体分かっている。そう思った相馬が訊く。
「……具体的には?」
「僕の結婚式でお二方を呼ばないとなると、当然あの二人はどうした、千人も呼びつけといて自分はご祝儀返ししねえのかよ、といった下らぬ話となるでしょう。僕はこれを契機とばかりにその者らを断罪し、お二方を呼ぶなという話に持っていきますから皆さんはそのフォローをして下さいな。そして、みなさんがご結婚なさる時、必ず向こうのお家の方にイビられますけれど、そこを契機とばかりに斉藤のお父君の話をちくちくなすって下さい。邪魔などされぬ事請け合いですよ」
 確かに、そりゃそうだが……
「……セッコイなー」
「いい案でしょう? どなたか文句のある方、いらっしゃいますか? 特に坂崎」
「なんで俺」
 テツに反論はないらしい。
「ならば他には……ああ、明美さん? あーなーたーは?」
 カンの鋭い明美にも訊いてみる。
「ナニ和子のマネしているんだよ。……ま、ちょいとアレだが……。清濁合わせ呑む。確かに事実だ、それに斉藤父を引き合いに出すといったら藤谷でなくとも管内の若い衆ならもう知っているんだ、やるだろう」
 明美の言葉を、和子が補足した。
「既婚者として言うわ……? 親御さんが娘息子の結婚に反対するのも意味はあるのよ。若いから、というのではなく、きちんと年齢を積み重ねられた方だからこそ見える“ガキ”の部分に反対をしているのよ。それがイビられていると思えてならないだけ……特にガキは。けれどそうでないのなら? 娘・息子を取られたくない、単に子離れ出来ていないから仲を引き裂く、というのなら……? 犯罪、ね……」
 それを解決するまで三年弱もかかったのか。そう思った明美、結論を出す。
「おっしゃ決まった。ただし! 向こうだって伊達や酔狂でトシ食ってんじゃねえ、ホドホドにしとこうぜ。なにせあたしらは全員若いんだ、ガキじゃねえとは思いたいけどな!」
 皆、応の一文字で了承した。
 この件はひとまず終了と見た相馬、藤谷にツっ込む。
「ところで藤谷さ、セコいワリにゃ考えてんじゃん? アタマいいのは知ってっけんともよ。セコい理由が他にもちゃんとあるんだろ?」
「バレましたか相馬。そぉですあります」
 皆、ずっこける。
『何なのさ!』
 あるだろうと思った相馬、
「ったく、ちっとは見直したと思えば」
「成田が、たまには地元に帰るだろうと申したでしょう? いい大口のお得意先様ですからねえ。なにせ合同成人式の植物関係は僕が一手に掌握しました、がっぽがっぽの大儲け。まああそこまで派手なものはもうないでしょうが、これで僕の店は間違いなく管内一の花屋と認識戴いたでしょう、宣伝効果も抜群です。そんな得意先を逃してなるものですか」
「うわセッコーぃ」
 我がアニキながら。そう朝子さんは思った。
「手に職軍団とて似たような事を考えているでしょう?」
『うっ』
 突然話を振られた手に職軍団。思いつく節がありすぎて思わず言葉を詰まらされる。
「タカギの娘さんはウェディングケーキその他でがっぽがっぽの大儲け。宣伝にもなりましたねえ。鳶職片瀬はどこかの家の処分を任され大儲け。平松整備工場とて儲け口はあった筈です」
『うっっっっ!』
 すると軍団以外の周囲がジト目で彼らを見始めた。
「はっはーん……あんたら手に職軍団、どうも随分最初っからウメコを心配していると思ったら……そういう事か?」
 明美は純粋に梅子を心配したが、どうもこいつらは金勘定という思惑もあったらしい。
『ち、沈黙は金です』
 千代と片瀬と平松は声を揃えて押し黙った。しかし口の良く滑る藤谷はそうではない。
「ふっ、僕はたっぷり自供しましたからね。雄弁が金となる時はいつでも御座います」
「なんっつーセコいやつだあんたは……」
 そこで明美は一升瓶の栓を開けた。
 周囲から思った以外の言がないと見た藤谷、にっこり笑ってジョッキを持つ。
「まあ飲みねえ飲みねえ! 無礼講でしょうみなさん。どうせこのお代は花婿にツケ、そうですね坂崎?」
「トーゼン」
 ああそうか、と思ったサッカー部くん、
「……なるほど、それでか」
「そ」
 テツの一文字にやっと納得した。
 話も決まった所で、いつもお神輿役の明美、音頭をとる。
「じゃあ飲むべ。遠慮は無しだ!!」
 皆の表情は、本当に久々に明るいものだった。