二十歳 一月十一日 未明 梅子自室

 ……何か物音がする。物音、じゃなくて……声? なによ、うるさいなあ母ちゃん……。
 ……。
 母ちゃんの声じゃないなあ……。
 起きろとか言っている、しかも複数。なんだろう……。
『起きんかウメコーーーーーーッッッッ!!!』
 え!?
「なななななに!? 誰!?」
 跳ね起きた。けど、あ、あれ、真っ暗で何も見えない。誰、なにかいるの!?
「誰とは挨拶だなウメコ」
「ま、マコ!?」
「そう、中野真子で~す!」
 久し振り~、……って姿も見えない! 
「タカコだよ!」
「あすみ!」
「もっちろん! 佐々木明美参上!!」
「え・え・え? あのちょっと今何時って、電気電気」
 時計も見えない、なんで家に!? マコ? なんでマコがここにいるの!? ううん、それは全員あてはまる。あのね、わたし今寝てたんだけど!?
「うるさいなウメコ! いいかよく聞きな。今日のあんたに反論権はない! すべてあたしの言う通りにしな!」
「え!?」
「おおっと! あたしの言う通りにもするんだよウメコ」
『勿論、あたしらにもでーす!』
「ななな何を言って……」
 こんな、こんな真っ暗闇の中で友人親友とは言え複数人に取り囲まれて(?)言われたって、な、なにを……。
「あっそぉ。あんた言うこと聞かないんなら、あのことバラすよ」
「へ」
「確かあんたはあたしらに、うーーーんと? 思いっきり? ゲロしまくってくれたよねぇ……。いまここで、あすみとタカコにあの通りゲロしてやろうか」
「え!?」
 いやちょっと待って!
「わ~、聞きたいなあたし。なにを言ったの?」
「実はウメコのやつ、バージンを」
「わーわーわーわー!!! わわわ分かった……言うこと聞く。だだだれにも言わないで下さい、マコ様明美様……」
『がーっはっはっはっは!』
 闇の中で手をついて頭を下げると、またしても笑われた……
「じゃああたしらの言う通りにするね? ウメコ」
「うん……いいえ、はい……言う通りにいたしまする……」
「よっしゃ。まず最初に。いいと言うまで目を開けるな。なにも喋るんじゃないよ。いいな?」
 う、頷くしかないっ。
「おっしゃ。じゃ、行くぜ。みんな、ウメコを担ぐぞ!」
 え~~、どこへ行くの~~?
 部屋を出る時。もし見えていても真っ暗だと思うけど、家には明かりが付いていた。目を瞑っていても分かる、透けて見える。
 すると、母ちゃんの声がした。
「梅子、あとは任せて。よかったね、こっちはなにも心配しなくていいからね。ほら父ちゃん」
 今度は父ちゃん。
「……頑張れよ、梅子」
 ……? 
 なにを言っているんだろう。というより、朝もハヨな時間にどうして父ちゃん母ちゃんが起きているの? そもそもこの、わたしを引き摺って連れて行く四人組はなにー……。言わないって言ったのにー。
 わたしは車と思しきなにかに押し込められ、どこかへ連れて行かれる。勿論、運転しているのが和子であるとか、だからうんと豪華で立派な車であるとか、タカコが別便でわたしの車を勝手に運転しているとかは分からなかった。

一月十一日 早朝

 斉藤家に一人の美丈夫が降り立った。彼は勝手知ったるこの家へ躊躇い無く入る。彼を居間で座って待つ二人の人物は、初めて彼に逢った時そのままに、穏やかに彼を迎え入れた。
 茶の間で、掘り炬燵に座ったままの熟年夫婦を前に、彼は正座し手を畳に付き、擦り付ける事無く頭を下げた。
「お嬢さんを貰います」
 熟年夫婦は穏やかに、よろしく頼みます、それだけを言った。
 彼は勝手知ったるこの家の奥にある、想い人の部屋へ向かった。想い人そのままの簡素な部屋は三十分後、キレイさっぱりすっからかんに物が無くなった。ある物はこの場で処分、ある物は彼の住む家へ強制送付され、その後この部屋と風呂場が問答無用の完全防音を施されることとなる。彼はその後、B市立体育館へ向かった。
 彼より前に来た、想い人の友人達もこの手の処分の一端を担っている。まだ時間は早い、だがすぐ済むことだった。大の付く中古車を廃車にする程度は。

一月十一日 早朝

 久々に会った(?)筈の親友友人はわたしをどこかへ連れて行き、車、だと思うけど、から下りろと促す。足下も見えない中、全然知らないとだけははっきりと分かる場所に立つ。時間もまだ夜明け前だと思う。ただでさえ冬、寒いのに、空気がひんやりとして落ち着いていて、それもこわかった。どこを歩いているのか全然分からなくて、それでも手を引かれる。片方が明美、片方がマコと分かる。明美には引っ張られたことがあったし、マコは引っ張ったことがあったけど、間違っても目を瞑って、なんかじゃない。こわくて泣きたくなったけど、なにかを言えた立場じゃない。とにかく転ばないように、それだけを考えていたらどこかへ座らされた。多分屋内だと思う。足下気をつけな、と言われたら途端にあったかくなって、どこかの室内に入って、ここには暖房器具があるんだと思う。
「ウメコ、動かないように」
 この声はあすみ。あすみが動くな、となれば決まっている。髪をバンドで上げられて、お化粧を。
 仕事があったときは毎日していた。けど無職になってからは、そんなものをする余裕はなくて。それにわたしヘタだし。一度も上手いこと出来なかったし、教えてくれた当のあすみの言う通り、ナチュラルメイクだけだったし。
 と思っていると、なんだかやけに念入りだなあ。それは分かる、だって前の、あの文化祭の時より時間が掛かっている。
 それがようやっとおわると、今度は服を脱がされた。
「だーいじょうぶだウメコ! ここにいるのはさっきのプラス朝子だけ! いいから黙ってあたしの言う通りにしな! というわけだウメコ! ちょっと立て。ホレ朝子!」
「おう任しとき!」
 仕立て屋の朝子さんが服を脱がせるとなれば着替えるということ。それはいいけど……なにかに着替えさせられる。そういえばわたし、寝ていたところを叩き起こされたのでパジャマ姿のままなんだけど、それを脱がされる。……さっさか。ぱ、ぱんつまで……。わたし、素っ裸? なんだか久し振りの感覚。うう、いくら女同士でもそんな、そーんなー……。
 けどすぐに何かを着せられた。素肌に直に、何か随分あったかい感じのする肌着。あとはなんだろう。ひも? かなにかで服を抑えて……。締め付けられはするけれど、きついという感覚はなくて、むしろ引き締まって気持ちいい。これも久し振りの感覚……。
 これまた大分時間が掛かって、それで椅子に座らされる。どうもこれでひとまず終了、らしいのだけど。
「ウメコ、朝から大変だったっしょ? これでも飲んでちと休みな」
 明美である。なんだか明美にしては随分優しいお言葉を戴いて、それじゃあ飲みますか、と思ったのだけど、う。コップ口はどれー。
「あーほれほれ。これだ。ちと口開けな。はい、ゆっくり飲む」
 歯にぶつかるような気はしたけど。思わずそれを飲み干した。喉が渇いているのは事実だから。今いつだろう。朝ご飯も食べないで、一体今わたしはなにをやっているんだろう……。
 謎な一連の作業がわたしの頭上をただ通り過ぎて行く、そんなふうに思いながら、早朝に叩き起こされていたのも手伝って、なんだかもう眠くなって来た。だから、
「しばらくそのまんまだからな。黙っていろよ、間違っても目を開けるんじゃないよ! なにがあってもな!」
 明美のその言葉は、すでに意識の外として聞いていた。