夏のおわり

 去年の年末以来の午後出勤をした彼女は、普段はもう会社に泊まり込む程になっていた。だから前日夕方、今日はこれで帰るようにと、明日は夕方クライアントと会うと、そう上司に言われた彼女はオンボロ車後部座席に二泊分の着替えを置き、午後会社へ向かった。主任は彼女を二番駅近くのホテル最上階、スカイ・バーへ伴ったが、結局クライアントが来る事はなかった。花は、淡い桃色だった。
 彼女はそれを受け取る事無く席を立つと、背後から大量の仕事を言い付けられた。主任は、なにも見ずそれを言った。彼女はそれをメモも取らず振り返らず聞きおえると親友の家へ直行した。
 彼女は誰かが家へ来たら連絡するよう、何度も何度も言っていた。携帯の番号を変えさせられた日は必ず。母からその報告が入った事は無かった。

 成田斉志は生まれ育った家を処分して以降、管内へ来た時は坂崎哲也の実家を常宿としていた。とはいえ斉志が単身でいつ行ったって坂崎のテツはいなかった。本日もそうだった。よって斉志は坂崎旅館でもっとも大きな客室の中にある電話を使ってテツに掛けた。
「毎度ありー」
 この二人、別に電話番号を交換しあっている訳ではない。勝手に調べて勝手に掛けたのだ。
「来年一月十一日に結婚する。最初から世話になりっ放しの坂崎、是非式に出席してくれ」
「やだね」
「イのイチで報告したんだが」
「その日って成人式じゃん」
「披露宴を兼ねる。初代へは招待状だ」
「地の果てにいないやつには?」
 サッカー部くんのことを言っている。
「当人直だ。念入りに挨拶する」
「当日まで俺の家全室押さえててくれたら、俺が知らせてやってもいいけど」
「営業妨害をする気は無い」
「その部屋だけ当日まで成専用にしてやっからさ」
 つまりは、払う分は全室分、使うのは一部屋だけにしろと言っている。
「代金は何度も余計に払ってやっているんだが」
 つまりは、ずっと以前から全室分を払わされている、ということだ。
「特攻野郎が相手ならあんなんやらなくて済むんだぜ」
 坂崎は珍しくはっきりと怒気を含めて言った。トモが梅子の相手ならお付き合いはさぞ平凡に続いたことだろう。そうすれば、梅子はあんな身を切るような別れ方を自らしなくて済んだのだ。
「だったら俺の同門にまで下らん知恵を付けるな。五月蝿くて敵わん」
 坂崎は斉志の同門の友人とも遊興三昧していた。彼らに斉志はいつも遊興しないかと散々誘いをかけられているのだ。
「前払いの内はお客サマじゃん。なんで追っ払わないの」
「職場の同期になる可能性がある。足を引っ張る術には最初から長けているからな」
「ああ、それで生かしているんだ」
「利用出来る内は殺さん」
「そ。ほんじゃ毎度ありー」
 彼は今度は改造携帯を取り出し電話した。その内容は、一月十一日午前十一時B市体育館付近の式場内控え室へ二人で来い、それだけで、相手の返事は待たなかった。

秋 サッカー部くん

 今日も今日とてテツの野郎は家にいて、俺の携帯でどっかへ電話を掛けていた。
「よ、藤」
 ふじ? 藤谷か?
「ってなワケでー。スーツ、靴と靴下、ネクタイ込み。下着はいいけど、一式ヨロシクね。俺とほとんど体格同じ。いつもの通り九割引きで」
「なにがいつもの通りだ! あんた用の定価は九割増しだァ!」
 おいおい聞こえてんぞ。にしても藤谷にしちゃ声は高えしでけえし……女?
「そ。千円でいいって? ほんじゃ十日でヨロシク。代金はトーゼン後払い」
「そんなん札一枚で済むワケないだろ!!」
 なんか筒抜けだぞ会話。いいのかな俺聞いて。っつうか、ほとんど同じ体格ってなんだ? イヤな予感がするのは気のせいか。
「お代はアニキからな。二年前の乱パのツケ余ってっからさ」
 アニキって……確かすげえ苗字の、確か勝負沢、か?
「どうせ小銭で済む金額だろうが!! 聞けよ人の言う」
 おいおい、ブツって音したぞテツ。そこで電話を切るかフツー。
「ってなワケでー。トモ、冬休みは久々に地元に帰んない?」
「……なんでてなワケか知らねえが……」
「俺が呼ぶからにはー。トーゼンお代はタダ」
「今度はどの初回がタダなんだよ」
「俺の家の旅館でマッタリ」
「? 地元って……管内だろ。別にテツんとこの旅館で世話にならなくたって……」
「いいからいいから」
「すげえイヤな予感がするのは気のせいか」
「気のせいだと思うけどー」