学生生活最期の日

 梅子は卒業式へ出なかった。彼女以外は斉志が卒業式で答辞を読み上げ、島国一番の大学へ一番を取って入ったと知っている。
 梅子は三月中に運転免許を取得、四月からの正式採用後は会社へ車で通勤することになる。なぜならこの一年間のアルバイト料は未払いで、一年間の賃金の全額を三月三十一日に支払うと通知されていた。

 長い長い冬を越え、制服を脱ぎ捨てた彼ら、彼女ら。
 その中の内十数名がここ坂崎旅館に集まっていた。常のタムロ場所は、もう次世代へと譲るべき場所だった。
 この場にいる者達は管内就職決定者のみだった。宿屋の若旦那は既に新天地へと赴いてここいはいない。他の、管外進学者もビタ一名残らず全員この時期既に管内にはいない。
 人生を賭けた選抜試験を乗り越えた開放感全開の、別れと出逢いの季節だった。
 この場の者達を呼んだのは佐々木明美。彼女は明日から新人研修で、時間を取れるのは今日しかなかった。他の者達とて似たようなものだった。
 だから出た話題はこれだけだった。
「あのふたりについてだが」
 この場の者達には他にも共通点がある。全員、既にこの星一番の街へ去った成田斉志と、この地に留まる斉藤梅子の親友友人知人だった。
 全員があのふたりの別離を見た。それでもこの話題でこの場に集まった。この話題で、明美は集めた。
「以前も言った通り一切非介入だ。待ちな」
 あのふたりはもう離れてしまっている。同じ地にも居はしない。誰もが介入など出来ない、誰にも手が出せないとは分かっていた。
 別離を見ても、集まったこの場の者達はだからこそ叫んだ。
「明美!!」
「佐々木!!」
「誰が一番待っていると思うんだい」
 誰もなにも言えなかった。
「……つれえ、なあ」
「……所詮俺達が言っちゃあいけねえっつうのは分かっているさ。だが、つれえ、ぜ……」
「一番つらいのはあの二人。そう、なんだよね。明美」
「ああ」
「噂も誰にどう言われるもそんな下らねえもん……手ぇ、出せえよ」
 それが明美の、あの二人がカップルになると知った時からの、こころからの本音だった。
 あの二人は別れる。いつか必ず。だから明美は静かだったのだ、年末忘年会で。自分が静かで、回りの皆のように羨ましがるといった行動を取らなければ、梅子は自分を頼って来ると。
 確信していた、高一の時から既に。そしてそれは、現実のものとなった。止めようがなかったのだ、二人の間に“差”があればある程。
「そう、そんなものは関係なかった。一年前にあたしら全員がこういう心境だったら良かったのさ。
 だがウメコや成田とまるで他人のあたしら十七歳は全員余裕のないガキだった。他人は他人、自分は自分。はっきりそう区別して、自分の将来は自力で切り拓け。そういう現実を一番の成績のやつに言われたら逆ギレして、そいつにではなく嫉み易いやつに思わずモンクを言いたくなる程にな。そんな甘い考えが通用する程この国の将来も甘くない、それを分かっていたとしても。
 だがこんなんじゃ肝心のウメコが不安になっちまう。だから成田はあれだけ早く婚約してそれを大っぴらにしまくった。あれだけ全員に見せつけ既成事実を作り続けた。信じろと言ったのは、自分のことさえヒーコラで根本的解決策の思いつかないあたしらにだけじゃない、絶対に信じろと、そう成田は誰よりウメコに態度で言い続けていたんだ。それに噂も他人も誰になにを言われるも関係ない。
 あとはウメコのハラ一つ。あいつを無理矢理どうこう出来る人間はこの世に一人もいやしない。
 分かっているな。ウメコにどうこう言っていいのはこの世にただ一人、成田だけだ。ガキだと思いたくないのなら、もうあたしに対しても文句を言うな」
 そうだな。その通りだ。この場の全員が心に刻んだ。
「あんたらは全員やることやった。いいやつらだ。だからもう分かるだろ。いくらクソゲス共とは言え、自分達が筋違いにも他人をどうこう言ったら結果どうなるか。初代を含め管内の全員、もう成田とウメコを引き裂くような言葉なんざ吐きやしない。誰のせいでこんな事態になっちまったのか、少なくとも自分にその責任の一端があると、もう分かっている筈さ。管内を飛び出し、あとは野となれ山となれと責任逃れしたい連中ほどな。そういう意味ではこの一年間で充分根性叩き直せたと思うぜ。
 待ちな。
 ……全員起立。解散」