社長は、文化祭は学校のお祭りだろう、出なさい、そう梅子へ伝えた。それが終わったら会社へ来るようにとは言い置かれたが、その行事中体を休めなさいとも言われた。
「お父さん!」
 またも主任は父親に噛み付く。
「遊佐」
 諌められた彼は、鬱憤を晴らすかのように梅子に言った。
「……はい、社長。斉藤、そのみっともない時計を外せ」
「遊佐。仕事に関係ない命令を下すなと言ったのを忘れたか?」
「……はい、社長。斉藤、ズルして遅れて来てもすぐ分かるぞ」
「遊佐。営業はどうした」
「こいつが」
「遊佐。アルバイトに営業のノウハウを叩き込む程暇か」
「……はい、社長」
「有能でなければ営業など出来ん。だから遊佐を呼び戻した」
「はい社長」
「営業に出れば有能と思えるが」
「……はい、社長」
「今すぐ行け、遊佐」
「……はい、社長」
 主任はすぐさま会社を出た。社長は安心して常務を伴い会社を出たが、入れ替わるように主任は戻って来た。社長の椅子で雑誌を読みふけった。

 斉藤梅子は社長命令に従い、A高文化祭を訪れた。自分のクラスではなにもやっていないので、まさに訪れたと言っていい。どこへ行く気も無かった。職員室も、生徒指導室も校長室も。
 さあどこへ行こうかな、そう思っていると、正門に佇む人物を見た。あの時とそっくり同じポーズを取って待ち構える人物──西川遼太郎。
「時間まで部室にいろよテメェ」
「いいの?」
「まさか部外者立ち入り禁止とか言うんじゃねェだろな」
「うん、分かった。ありがとう西川」
 斉藤梅子は久々に部室の鍵を預かって、言われた通り真っ直ぐ部室へ向かった。指定席へ座った彼女は、その前方にある、背もたれ付きの椅子へ座る人物がいない時の作業をした。モニター横の本をぱらぱらとめくる。何度も読み返されたと分かる分厚い本。
 内容は、もう全部分かった。

 今回梅子は単に自校を訪れただけなので、事前に誰かへ電話などしていない。だから、彼女が今日、学校へ姿を見せるかは誰にも分からなかった。
 遼太郎は梅子に鍵を渡した後、第一体育館へ直行した。来た、それだけを呟き、彼もまた時間が来るまでただ待った。

文化祭

 時間を左手首の時計で確認した彼女は部室を出、鍵を掛ける。職員室へ寄ると、常であるが数人を除き彼女から視線を逸らした。なんの感慨も起こさず、躊躇い無く加山の元へ行った。
「すいません、先生」
「おお、斉藤。これから体育館か」
「ええ、そうです。あのー、それで……」
「ん? ああ、なんとか部の鍵か?」
「先生もあの部の名前、知らないんですか?」
「確か一年の時、部活の一覧表がないかどうか聞いていたな。あれは作れないんだよ」
「え?」
「よく潰れるしよく作られるし、名称不定、決める前に同好会化したりな。先生はあの部の顧問じゃないから分からないし、悪いがどの先生が顧問かも知らないんだ」
「……へんですよね」
「そこがいいと思っただろう?」
「はい!」
「そうか。鍵は先生がしまうから、もう行って来い」
「はい」

文化祭 午後の部

 A高第一体育館には初代の者達だけがいた。他の生徒は一切入らなかった。初代とは言え高校を卒業している前野勇、森下和子、渡辺和彦、藤代りうもその場にいた。いない人物も数人いた。
 彼女は第一体育館後ろ扉から、ぽっかり空いて誰もいない、舞台直近へ躊躇い無く歩いて行く。
 誰も彼女に近付けなかった。

 前方舞台上には西川遼太郎、杉本慶、竹宮孝、木村慎。
 舞台上の四名は、やはり今回も各自が作詞・作曲した歌を披露した。慶は相変わらずカンでドラムを叩いている。竹宮のベース、木村のギター、遼太郎と斉志のツイン・ヴォーカル。
 斉志はずっと、舞台の上にはいなかった。
 ずっと梅子の真ん前にいて、よく徹る低い声で、彼女の為だけに歌った。
 ラストナンバーはア・カペラで。

“楽園”
作詞 Makoto Atozi
作曲 Masahito Nakano
唄 平井堅

最期の日

 消えた二年の楽園生活
 それでもただ一夜限り
 一緒に過ごした朝は来る
 果てるまでずっと
 あんなふうに

祭りの終焉

 歌が終わると、ふたりは同時に互いに背を向けて、梅子は来た後ろ扉へ、斉志は舞台左脇の控え室へと帰って行った。
 残された満場のA高第一体育館はすすり泣きの場と変わった。何十分も、誰も動けなかった。
 そんな時、動く人物と言えばただ一人。
 なにも言わず、相手の指に自分の指を搦めその場を去ると、皆ようやっと呪縛から解き放たれたかのようにめいめい帰路についた。
 管内一のバカップルと言われた斉志と梅子の、これが高校生活最期の逢瀬だった。