二月一日 土曜日

 本日は土曜とはいえ、わたしは家におります。なにせ生理なもので……
 明後日になったらいつものように、成田くんにお電話する。だから、それはいいのだけど。
「あれー、父ちゃんはー?」
 また、父ちゃんがいない。
 最近、どうもどこか複数の所に出掛けているようで、夕ご飯になってもいない。戻るのは九時前。午前様とか、お泊まりとかはしないものの。
「今月は漁協の寄り合いだって。いいから先に夕食食べよ」
 とは母ちゃん。
 今の時期は仕事は一休み。秋から冬にかけて、毎日朝の三時半に起きて昼の十二時まで立ちっぱなしの重労働、という養殖牡蠣の殻剥きの時期は過ぎ、いまごろはいつもなら湯治のため、B市の温泉宿にでも行って体を休めている筈。寄り合いと行っても、毎年この時期に毎日はやらない。けど母ちゃんもそれ以上知らないらしい。
「そっか。じゃあ母ちゃん、また台所借りるよ」
「斉君にチョコかい?」
「うん、そう」
 去年もそうだったんだけど、料理の出来ないわたしとて台所に立つことはあります。それがチョコ作り。ただ溶かして型に流し込むだけと思うなかれ、これがかなり難しい。
 料理も上手い成田くんに、あんまり外見をどうこう言わない成田くんといえど、まずいねなんて言われたくない。どう考えても甘いものは食べない、というか……成田くん化して言うと、わたしのチョコくらいしか甘いものを食べない成田くんに、まともなものを食べて貰いたい。
 ふつうは、チョコと一緒になにか気の利いたものをプレゼントするというけれど。わたしそんなの思いつかない。チョコと真心だけで精一杯。
 けどいいんだ。大切な、大切な贈り物。がんばるぞー。

二月十四日 決戦は金曜日 放課後

 緊張するなあ……。
 食べものを振る舞うって、こんなに緊張するものなんだ。
 けど。たとえば料理を振る舞うとして。美味しい? 美味しい? なんて食べた後にうるさく訊かれるなんてうっとおしいってわたしでも分かる。だから、上げた後美味しいかどうか、気に入ってくれたかどうか訊くなんて出来ない。
 思えば成田くんはいつもあの家でわたしに食べさせているわけで。こんな気持ちなのかな。成田くんが緊張するなんて想像出来ないけど、多少は思っている筈。たとえどんなに味に自信があったとしても。
 わたし、美味しいかどうかなんて一度も訊かれたことない。ただあの家でははい・あ~んで。食べるといつも押し倒されて。美味しくて。嬉しくて。
 成田くんも、嬉しいって思ってくれるといいな……
 と思いつつ部室へ入ると。
「というわけで本日は雑談大会である。どーせチョコ渡すんだろ。ホレ鍵、斉、ちゃんと戸閉めとけよ」
 と、わが師匠はそれだけ言って。お帰りあそばしてしまいました。残されたのはわたしと成田くん。
 けど、去年もそうだったけどまさか教室に来てもらったり行ったりして人の見ているところで渡すわけにもいかないし、心配りはありがたい。去年と同じ展開で、こうしてわたしは成田くんに無事チョコを渡せた。
 昨日一晩掛けて作ったチョコ。そのラッピングさえいとしげに、成田くんはわたしの手から受け取る。
「えっと……心を込めて、つくりました」
「……」←言葉だけでイっている
 本当に。
 本当に……本心から。今までの全てを込めて。
 ありがとう……。
 あとは、いつもの通りに。ちゃんと、いつもの通りに。そうすればいいから。
 ちゃんと、忘れないように。

二月十四日 決戦は金曜日 昼

 少々時間を遡って。
 ここに、梅子と似たような、といっては当人に失礼だが、とにかく緊張してチョコレートを作って来た美人がいる。その名は西園寺環。
 彼女の作る料理はみな美味しい。中学に入ってからやっと料理をし出した斉志や、それより前とはいえ所詮独学、野郎味溢れる適当料理しか作れない遼太郎らを遥かに凌駕する腕前を持っている。もし今調理師試験があったとしても、環ならトップの成績で合格するだろう。太鼓判をおおいに打てる。
 そんな腕前の彼女にとって、チョコ作りなど雑作もない。だから問題はまごころ、つまりは相手にどう思ってもらえるか、それだけだった。
 未だぎこちない昼食をともにし、彼女の心臓は早鐘を打つ。今しかない、渡すのは。
 そう思ったのに。
「気にしなくていい」
 肝心の相手に立ち上がられた。環の想いは空に舞う。
「甘いものは食わん」

二月十五日 土曜日 斉志宅

 斉志は浮かれていた。あの梅子が自分から、明日日曜もここに来たいと言い出したからだ。
「嬉しい……梅子」
 梅子は満面の笑みでこれに答えた。斉志が舞い上がらない筈はない。いつぞや話したように、斉志は梅子を帰せなくなるから腕枕はやりたくなかった。だが梅子はお願い、いや、おねだりまでして欲しがった。これに応えない筈もない斉志。
 来月のホワイトデー、期待していて、と斉志は嬉々として言った。その中身は定番のクッキーやマシュマロだが、斉志はこの星でもっとも美味いものを作ってやるぞと意気込んだ。
 時期的に、既にA高では二年生を対象にした自主的課外授業が始まっている。だが、そんなものを受ける必要などない斉志。来週は期末試験があるので家に呼べないが、それがおわったら土日はずっと来て、春休みはずっと来てと梅子に言った。夏休みじゃあるまいし、日焼けもへったくれもない。
 梅子はこれに頷くことで応えた。斉志は勿論、さらに舞い上がった。