年越し忘年会 坂崎旅館

 やって参りました、隣の人のおうちこと坂崎旅館へ。本日は成田くんと一緒にここの敷居をまたぎました。
 成田くんというひとは、わたしの格好についてほとんどなにも言わない。一年の時の文化祭では言われたけど、あれはほとんど例外で、いつもはなにも言われない。思えば成田くんちへ二度目に行った時ほど服をどれ着ようか迷ったことはなかった。新品にしようかとも思った。けどそうしたら、毎回新品にしなくちゃいけないかもしれないと思って、一応これでも一張羅というのかな、いい服を着て行った。あの時から成田くんは気合いで着て行った服を脱がすの専門とか言ってたな……ようするに、わたしがどんな格好をしようとあまり気にはならないらしい。
 あんまり言われないものだから、逆に気が楽になった。勿論、自宅で着るようなだぼだぼの古びたトレーナー姿で逢いに行くなんてしないけど、少なくともボロクソに言われないだけまし、と思って、あるものを着て行った。そうしたら、誕生日にいっぱい服を貰ったな。今ではそれを着て成田くんちへ行っている。
 そんな経緯のわたしの本日の格好はというと。
「梅子。それがお願いまでして着たかった服か?」
 なんて言うひとだと思います? 言わないんですよこれが。
 けど、どうしてわたしが服を幾重にも着て着膨れしているかについては、質問したいようだった。
 この間のお願いはふたつ。一つ目は、今日どんな服を着て行ってもいいかってこと。もちろん、すごいきわどい服を、とかじゃないけど。第一寒いです。二つ目は、本日は無礼講にして下さい、ってこと。
 成田くんはこのお願いをすんなり聞き入れた。よかったー。
 というわけで、坂崎旅館の一階ぶち抜き宴会場に入ると、
「おー、やっと来たかあー!」
「遅えぞー!!」
 いつでもどこでも司会役のお祭り男ズくん達を初め、ご一同樣方からお出迎えです。
「ところでウメコ。なにそのカッコ」
 マコさんです。
 わたしは、周囲を見渡し、ほぼ全員が揃っているのを確認してから言った。
「ふっふっふー。実は提案があるのです」
 この場に来ていない知人友人と言ったら西川くらい。西川はこの冬休み、またホーローの旅とかいっていない。
 わたしの声に、その場のみなさん一様にわたしを見た。
「みんなー、野球拳、やらないっ!?」
 わたしが直接見ることはなかったけど、成田くんはこの言葉にぴきっと一瞬青筋を立てた、という。
「それでそのカッコかあー!?」
 タカコとあすみ。
「そう! 用意周到で参りました! どうだー、みんなやらない!? 優勝者は成田くんから素敵なプレゼントがあるぞー!!」
「……梅子?」
 成田くんです。なにせこんな言葉、今初めて聞いたでしょうから。
「おーなんだなんだ、また現ナマか!」
「もっと出せ!」
「ならやるぞ!」
 春先のボーリング大会より出せとの、みなさまの反応です。
 わたしは調子に乗って、言った。
「斉志……お・ね・が・い。出して……」
 下から上、成田くんを覗き上げ、ちょっとおめめをうるうるさせて言った。
「分かった梅子。いくらでも出す。勿論俺が勝つ」
 との成田くんのお言葉に、
「おー、出すのか成田!」
「倍だ倍!」
「もっと出せ!」
「ぅおお燃えて来たぜ!!」
 とはみなさんの反応です。なにせ野球拳なんてものは、体力勝負でも頭脳勝負でもなく男女の力学も関係ない。あるのは洋服をどれくらい着込んでいるか、ただそれだけ。
「よぉーし! じゃ早速始めよーーーーッ!! アウト・セーフ・よよいのよい!!」
 そして大勝負は始まった。

 この場のわたしの知人友人で、本日一番性分にそぐわない、静かな人物がいた。
「あら……どうしたの明美。参加しないの?」
 明美だった。まるでいつぞやの西川のように、部屋の隅で座り、壁にもたれかかって明後日の方向を見ていた。
「悪いな。虫の居所っつーか、二日目でさ」
「そう……しょうがないわね。薬でも貰って来る?」

 わたしはというと、勝ったり負けたりした。確かに頭脳勝負ではないけれど、運がものを言うもので、いくら着込んでいても負けは込む。よかったいっぱい着て来て。でなきゃ今頃すっぽんぽん。自分一人と成田くんと二人っきり以外、そんな格好になってなるものかっ。
「ズルいぞウメコ、そんなカッコで!」
 もはや残るは四人となった時、負けたマコさんが言いました。もう脱ぐ服が下着一歩手前、って格好になってギブアップ。
「へっへーん! ちょっとはわたしも考えたのだー!」
 この場に残るはわたし、成田くん、藤谷くん、古葉さん。他の負けたひと達は悔しがって残念がってお酒をがばがば飲んでいた。
「すごいね成田くん、じゃんけんも強いんだ」
 成田くんは二回しか負けていない。だから上半身シャツ姿だ。わたしはというと、あと三回負ければやばいかな。
「こいつらは知っているやつらばかりだからな。性格と確率を考えれば勝てる」
 知らなかった、野球拳って知的スポーツだったのね……
「ふっ……確かに性格は見抜かれていますが、これは運。僕は悪い方じゃないですからね、勝たせて頂きますよ成田」
 藤谷くんです。
「誰に言っている」
 成田くん。そうか、賭け事でも強いのね成田くんって……。
 今年の合同の会合で、E高へ行ったとき出迎えてくれて以来友人となった、古葉路子さんというひとは、みんな曰くの通称、名前の語呂にちなんで木っ端微塵。それくらい、賭け事ギャンブルには目がない。日がな一日雀パイを玩ぶカっ飛んだお方。なんとあのリーダー君の元カノだそう。E高生徒会議長さんです。
「悪いな成田。あたしは日頃の行いから言って負けるわけにはいかないんだよ。二十万円はあたしのものだ!」
 そんな古葉さんのお言葉に、成田くんは
「いい度胸だ」
 だそうです。
 わたしは二十万円が欲しいというよりも、勝利という名目が欲しかった。なんせいつも負け続け。勝つなんて、人生に高校受験に勝ったくらいなもの。あとはないのだ。勝つのだわたし!

 結果? 訊くのですかわたしに?
 ……ええ負けましたよ。こんな格好をしていたのに、あれから連敗の惨敗で、それ以上脱ぐなら賞金など出さんと成田くんに言われまして、しょうがないから部屋の隅で泣いた。
 で、結果というと。
 成田くんの圧勝でした……勝ち、というお言葉が辞書にたくさん載っているだろう、とても似合う成田くんは、しかして勝ち誇ったりはしなかった。
 ま・こんなもんだな、とは、師匠の西川だったら言うでしょう。けど成田くんは、勝ちなんてまるで当然、辞書にあり過ぎていちいち言うなんてうっとおしい、と思っている様子……
「ま、負けた……この僕が、この僕が……」
 三位の藤谷くん。ぱんつ一丁で失意体前屈なポーズでこのお言葉。頭のいいお人なんだけど、とても似合うというかなんというか……
「悔しい……」
 準優勝者、とは言っても賞金もなにも出ない負けは負け、な古葉さんの格好は、ぱんつ一丁じゃないってだけの、あられもない姿。
「じゃ二十万円は所場代ね」
 と言ったのは隣の人。けどこの戦いには参加していなかったはずじゃあ。
「何故参加しなかった坂崎。俺とお前の勝負とくれば、世間はさぞ面白いと思う筈だがな」
「あんたとの勝負なら勝ったぜ。人気投票で俺トップ独走」
 実は過去やったことがあるんですよ、「残心」主要人物人気投票。隣の人、ずーっとトップを守り続け。
 けど成田くん、そんな言葉は無視して二十万円を懐に戻しました。ああ、せっかくのわたしの計画が……

 わたしの拙い目論みはともかく、あとはいつものごとく。特に本日は無礼講のお許しを頂いたこともあるので、わたしは友達とさわぎまくった。そしてこんなお話にもなった。年末年始なにするんだとか、どんなテレビを観るんだとか、紅白はとか、除夜の鐘は、とか。
 除夜の鐘ですか……。
 まさか去年なにがあったかなんて言えるわけもなく、わたしはみんなの話に適当に合わせておいた。けど多分、来年の餅つきも成田くん来るんだろうなあ。
 その成田くんは、今年も相馬くんにお電話していた。
「というわけだ相馬。楽しいぞ。来るか?」
「行きたいのはヤマヤマだしあんたと勝負もしたかったが出場停止一年は行くような気がするんでな」
「安心しろ相馬、気がするじゃなく、確定だ」
 だそうです。
 このお電話のあと、わたしはまたまた成田くんに抱きとめられ、あとはみなさんと騒げませんでした。ああみんな、誰か突っ込んで、構ってお願い。異常事態……でもないか。もう慣れた……
「まーたやってるよあのバカップル」
 またってなんですかまたって……
「いーなー来年は永久就職かよー」
 来たか……