体育祭

 アホな梅子は応援が得意だ。早い話が応援しかまともに出来ない。中学三年間の部活でもそうだった。よって、彼女はこの日最初からバスケット会場の第一体育館にいて、クラスの出場選手達に声援を送っていた。
 斉志のバカはというと、朝から梅子に逢わずに武道場へ直行していた。梅子がいないのをいいことに、高校一年生時代教室で毎日欠かさず放出し続けた殺気を道場内で全開に。梅子がいないのを見越してたかって来たハエどもは勿論、対戦相手まで試合前からめっさビビらせ、結果試合は全て秒殺。武道場は他のどの会場とも違う異様な雰囲気を漂わせていた。これが高校生の楽しい行事かよ、と誰もが思ったに違いない。
 斉志は当然のごとく優勝後、梅子に電話を入れて優勝報告をした。とはいえ、嬉しそうにでもなんでもない。相手が弱すぎてなんの自慢にもなりはしない、と自惚れつつ。
「梅子。こっちの試合、おわったよ」
 驚く梅子。なにせ第一体育館の自分のところのチームはまだ二回戦をおえたばかりだ。
「え、……そうなの?」
「うん。俺、優勝したんだ」
「えー!? す、すごい! すごいすごいすごい!」
 アホな梅子といえど、午前中に優勝を決めてしまうなど確かに凄いとよく分かる。
「俺、時間早くおわったから、生徒会の分室へ行っている」
「うん、分かっている」
 バカな斉志は学校行事なんぞ、間違っても忙しくない。もう梅子も分かっていた。
「梅子。女子バスケは勝ち進んでいるんだよな」
「そう! みんなもう強くて! あ、あのその、でも、その……」
 斉志は合同で、梅子のコロコロする姿を観たがった。だったら、体育祭でもそうではないのか? と思って梅子、語尾が弱い。
「梅子、俺の分まで応援を頼む」
 だが今回、いや今日は、斉志は梅子と接近する気はなかった。全ては梅子の為である。もう、斉志も分かっていた。
「うん!」
 かくして梅子は斉志の分まで声を出して応援し続けた。勿論、他の男子のチームなんてどこも観ず。

 所変わって第二体育館。ここではバレーが行われている。
 そこに、ひとり。一ヶ所、他と空気が違う場所があった。
 第二体育館は応援席が二階にある。そのとある一角に、西園寺環がひとり座っていた。そこだけが周りと違った。
 彼女は自分のクラスの種目は補欠を選択し、遼太郎が出るとパンフレットに書いてあったここに来ていた。ひっそりと、声も出さず、だが周囲の誰からも分かるほど、清楚な風を纏って応援をしていた。誰がこんな彼女に声を掛けられよう。まさしく恋する美女だった。

 生徒会室では議長の大塚直緒以下役員が、勝敗結果を集計していた。そこへ斉志があらわれる。
 役員達は一瞬で緊張した。また春先の、殺気を振りまき自分達を追い出そう作戦に来たか、と思って。だがその気配を察した斉志、
「構うな。俺の競技が早くおわったから来ただけだ。たまには手伝おう」
 だが大塚は仕事を続けた。
「いいからそっちでドンと座っていてくれ」
「そう言うな」
 斉志は机上の書類をまとめて持って行き、ガンガンとマシンのキーボードを叩く。
「通常業務なんて似合わないから止めてくれないか、って言っているそばから片手間って分かる手付きでさっさと作業おわらせないで欲しい、こっちの出番を取らないでくれよ……」
「なにせ暇でな。吉倉」
 今日の斉志はなんと、バカではなかった。自分が梅子の傍にいれば、たかるハエどもの嫉妬がどこへ向くのか。また、この先半年間一緒にいる大切なクラスメイトと意思疎通しなければどうなるのか。それらを誰に言われることなく見越した斉志は、もうバカではなかった。

 第一体育館。
 バスケの応援を続ける2B諸姉の耳にも、斉志が剣道で圧倒的勝利を飾ったとは伝わっていた。だからその中から、心配して、梅子に声をかける者がいた。
「あの……やっぱり、行かなくていいの? ウメコ」
 しかし今日の梅子は……ま、アホでいいか。
「そんなに気にすることない! そうでしょう?」
 笑顔満面で答える。すると周りは、そうか、そうだよねと返した。
「聞いた聞いた、会長さんすっごい迫力で全部の試合あっという間に片付けちゃったんだって」
 2B諸姉、誰も梅子にそれを訊かない。詳しく知っている筈の梅子には。こんな話など詮索にはならないと分かっていても。
「あ、あたしも聞いた。普通なら午後まで時間掛かるのに、午前中で全部おわらせちゃったんでしょう?」
「へー、やっぱりスポーツも万能だね」
「っくー! いいなあウメコ! にくいぞっ」
 そこへ、斉志から、梅子をガードするよう密命を受けた吉倉がやって来た。
「久々。ウメコ殿」
 吉倉はそっと梅子の隣に座る。
「あ、……ユミ、さん」
「ふ。ユミでいいがまあいい。実はな」
 声をひそめ、斉志に生徒会室を追い出されたと告げる。
「え!?」
「冗談だ」
 声にドスが入っているひとの言う言葉ではない。と梅子は思った。
「本当の所は生徒会分室へ詰めっ放しだったのだ。他の役員に、私も遊びに出たいとダダをこねていたら丁度会長が来たのでね、出掛けていいかと言ったら構わんと。何、本当に構わんのだ。お分かりだろうが、合同と違って人の流動はいつもと同じ。たまには業務のひとつも真面目にしようと思っている者達ばかりなのだ。そういう所を抜け出し開放感に浸るというのがいいのだよ」
 どうも吉倉はそういうひとであるらしい。梅子は、じゃあ一緒に応援しようと吉倉に言った。

 午後も三時頃になると、大体どの競技も決勝を行うことになる。2B女子バスケは残念ながら準決勝で敗退、ベスト四となった。応援団もここで解散。2B諸姉は、おのおの行きたい所へ向かった。勿論、誰も梅子と一緒に行動しなかった。これからは斉志と一緒にいるだろうと気を利かせて。
 しかし、今日のバカップルは完全別行動だった。梅子はまだ2B男子の試合がある第二体育館へ行こうともせず、部室にも寄らず、閉会式の時間まで教室へ行って過ごそうとする。
 吉倉は当然梅子について行った。
「……あの、いいんですか? 生徒会室に戻らなくて」
「いいのだ」
 斉志の命で梅子をガードする為に来たから、とは声に出して言わず。
「であるからして、私の業務は現在会長殿が行っている。何、単純作業だ。そんなものに黙々と従事する会長殿の姿というのは、滅多に見られぬだろうから、見てみたいと思わんでもないが、婚約者殿を差し置きそのような行動は慎むべきだろうと思ってな」
「え・あ・い・え・あの、いやその……」
 単純作業など確かに斉志の辞書にはなさそうな文字だ。と梅子でさえ思った。
 2Bに着くと、吉倉は室内を見渡して、
「ほーお。ここが2Bか。同じ教室なのに別の空気が漂っているな」
 梅子が前に思っていたことと同じことを考えていたらしい。
「私は去年新校舎二階、1Bだった。だから二年になって旧校舎に来た時、別という感覚もひとしおだった」
 そう言って吉倉は、懐からブツを取り出した。トランプである。
「ウメコ殿。開戦だ」

 第二体育館。
 2B男子バレーは決勝まで勝ち進んでいた。点取り屋は遼太郎。彼は持ち前の才能をバレーでも遺憾なく発揮。この姿を見たバレー部員は、彼に是非入部を、と思ったという。
 彼は淡々とプレーしていた。環がずっと自分を観ているのは分かっていた。だが、勝利の度に二階観客席に駆け寄ることなく、お昼のお弁当を一緒することもなく。いつものように、視線を交わすこともなく。
 彼は、自分の行動が周囲にどう取られるか、それを考えていた。別行動を取る相棒と弟子。ちゃんとお互いの立場を考え合っている。もうつい先日までのガキじゃない。似非説教は要らないな。それは分かっていた。だったら今度は自分の番だ。自分? 環の立場には応えたが、それだけだった。修学旅行のあの時、環の親友を試し、見捨てたと告げた遼太郎。その割には親しい……そう思う環。梅子を知れば、きっと惹かれると誰よりも分かっている環。

 2Bの教室内。
 梅子と吉倉のトランプは続けられていた。その後、ぽつぽつと教室にやって来た別な生徒を巻き込んで。
 いろんな種目をやったが、吉倉は、どうしても梅子に勝てないものが一種目だけあった。よって彼女は、それをもう一度やろうとするが。
「あれ? 吉倉さん。ひょっとして、もう閉会式じゃない? 生徒会でしょう、行かなくていいの?」
 トランプをやっていた周囲に突っ込まれる。すると吉倉、バっと教室の時計を見、
「しまった遅れたー!」
 トランプを吹き飛ばして教室を出て行った。周囲は皆、わーはっはっはと笑った。
 梅子は、吉倉が撒いて行ったトランプを片付け、皆と一緒に第一校庭へと向かった。
 その第一校庭の役員席では、大塚が
「だからこっちの出番がなにもないと言っただろう」
 と、ため息とともに斉志に言っていた。
「安心しろ。閉会式は締めだけ言う」
「それ以外はさせて貰えると嬉しい」
 全ての競技が終わり、全生徒は第一校庭へ集合。生徒会はひな壇隣に本部席として陣取り、座っている。斉志は間違っても梅子を抱き締めてなぞおらず、ドンと座って〆の時を待っている。遼太郎は本部には行っていない。
 2Bの男子バレーは優勝していた。へーえ、と思う梅子だが、発表された時、間違っても拍手なぞしなかった。斉志が自分を見ているから。いや、見てはいなくとも。

 校舎のあちらこちらで声が聞こえた。こんな内容だった。
「あの二人」
 と言えば、少し前までA高では違う人物達を指していた。
「ねえ、西川君って会長さんの相棒さんなんでしょう?」
「副会長だし」
「あたし、バカップル二号が出来上がるのかなと思ってた。西川君って明るいじゃない」
「え、でも西園寺さんにバカップルなんて文字合わないよ」
「そうだね」
「実際どうなのかなあの二人」
「なにか傍目で見てても分かりづらいって言うか」
「バカップルが分かり易すぎると思うけど」
「会長の彼女に訊いた人いるんでしょう」
「ああ、聞いた聞いた。いっくら修学旅行でさ、宿舎に会長とはいえ踏み込めないって分かっていたって、勇気あるよねその子達」
「そうそう、後でバレたら大変だって」
「会長のいたクラスが一番転校して行った人が多いんでしょう?」
「そう、一年のおわりの頃には席が虫食い状態。会長さんの周りはほぼ全滅だったって」
 去年の1Cも、1Fのように一年間、ずっと席替えをしなかった。
『怖っわー……』
「この間の剣道、見たけど、ねえ……」
「すっごい、って言うか……」
『怖い』
「なにか、近寄るなオーラっていうか……」
「武道場、入っただけで震えたよあたし」
『異様』
「だよね……」
「その彼女に詮索なんかしたら首……」
「飛ぶよ」
 周囲はお互いの顔を見渡した。
「よくその子達A高いられるよね」
「うん、不思議」
「そのうちいたたまれなくなっちゃうんじゃない?」
「有り得る」
 勿論、彼女達はもうA高に籍はない。
「ってことは、あの二人……副会長さんと大美人がどうなっているのか、なんていうのは」
「分からない、ってことだよね」
「でもさあ、大美人の方は競技もやらないでずっと副会長さんを見ていたわけでしょう?」
「そういう時ってさあ、カレシなら普通、試合おわったら駆け寄るとかするよねえ」
「そういうの、一切無しだったんだって?」
「そう」
「なにかあるのかな、と思ってさ」
「第二体育館、もうそれ見たいって人達ばっかだったよね」
「そうそう、競技なんてそっちのけで」
「全然、なーんにもなかったよねえ」
『そうだよね……』
「でも訊けないよね」
『そうだよね……』