九月二日 月曜日

 久々の学校。まだまだ残暑は厳しい。
 自転車置き場で待ってくれている、成田くんと一緒に教室へ。
 一限目はホームルーム。時間割表の配付、課題の提出。夏休みどうだったか、とか。
 わたしはいつもの通り、課題をきちんとやりました、と言うつもり。
 わたしの今年の前の人は、というと、
「部活、一回戦負けしたんで」
 それだけ言った。けどすぐに周りから、全国大会でだろ、というお言葉が飛ぶ。全国まで行けるならすごいと思う……。けど、サッカー部くんにそんな慰めの言葉は届いていないようだった。
 わたしはさくっと言って座る。今年は冷やかされることはなかった。
 ちなみに、隣の人こと坂崎君はというと、
「家族旅行して来ました」
 だそう。ふうん、仲のいいご家族なのかな。周りのみんなもそう思ったでしょう、きっと。
 まさかその実態が、浮気性の父親と共に全国遊興ツアーに繰り出していたなんて、誰に分かるものなんでしょう……。
 次に我が師匠。
「遊び倒していましたーーー!」
 今度はひゅーひゅーと口笛が飛びます。師匠、冷やかしの音にもめげるわけがありません。
 お次はわたしの隣、成田くん。
「集中して勉強を」
 誰も突っ込めません……。

 今日は体育の時間が五限目にある。わたしは成田くんと教室を出る所で別行動を取り、女子更衣室へ。体育着に着替える。
「へえー、日に焼けたじゃんウメコ」
 とのお言葉を頂く。
「うん。遊んでて焼けたんじゃないって、分かる?」
 わたしが言ってみると、相手は乗って来てくれた。
「うん、分かる分かる! あんたん家漁業だったよね、うちも。海の上で手伝うと一発で焼けるよねー!」
 良かった、助かった。
「そうそう、同じ作業をしているとね。首の後ろなんて塗っていても駄目だから、ずっとタオルを巻いて暑かったー」
 すると智吉が会話に割って入った。
「ウメコサン奇麗に焼いたじゃん」
「だって家業だよ、慣れてるもーん」
 そう、子供の頃からちょっとでも手伝っていると、どうやれば失敗するかなんて分かる。子供の頃なんて酷く焼いてあやうくシミになりそうで……
 今日の授業はバスケ。顔面直撃はバレーより痛いです。そして、バレーなら次にどこへボールを送るか考えなくてもいいのに、バスケだと自由と言いますか、選択肢があり過ぎてどこへボールをやっていいのか分かりませんっ
 でもいいんだ、とにかくディフェンスさんの隙を縫ってパス!
 ……なーんて、出来ると思います? このわたしが?
 ええ、そうです。あまりのボールの重さに、パスされればボールを後ろにそらす、シュートしようとすればボールはリングに届かない、パスしようとすれば敵にプレゼントする、というほほえましい場面を展開させてしまいまして……。
 けど、みんなからはあんたにしちゃよくやった、とおホメの言葉を頂きました。怪我しなかったからよし、と。
 怪我ですか……成田くんの目の前でしなくちゃいけないんですよ……そういえば男子はサッカーだった。サッカーと言えばサッカー部くんだけど、どうだったかな。ちょっと見たかった。

九月八日 土曜 斉志宅

 朝、成田くんちに着いたら、成田くんは散歩をしようと言うのです。海はもうクラゲさんがぷかぷかだから止めて、山というには小さな、丘? みたいなところを登ろう、と。ちゃんと虫さされ防止のスプレーを吹いて貰って。
 手を繋いでお散歩。まだまだ暑いけど、ちょっとずつ秋の気配。虫の音が夏最盛期とはまた違う。落ち着いた音。
 お昼前に戻って、お昼を居間で。そしてはい・あ~んで押し倒されて……。
 起きたら三時半だった。梅子、疲れた? そう言われて。シャワーを浴びてバイクに乗せてもらって帰った。梅子、来週の土曜は生理だけど、次の日の日曜は来て? また散歩しよう? と言われて。疲れなかった? 筋肉痛になるようなら散歩は止めよう? と言われて。
 けど、あんなゆるやかな散歩コースでは、さすがのわたしも筋肉痛になんかならなかった。森林浴っていうのかな、空気が清々しくて気持ちよかったから。また登りたい、あのコース。
 わたしは成田くんに、そんなことないよと言って、次の日曜日、敬老の日だったけど、その日も散歩をさせてもらうことにした。
 こんなに気を遣ってくれる成田くん。このひとは本来、こんなことをする必要はない。
「梅子?」
 そう、本来は。
「斉志」
「行こう」
 どこへ?
 ──誰が?

九月二十日 金曜日

 雨が降ると自転車は無理。だからバスで学校へ行く。ということは、バイクも無理。
 電車と違ってバスは到着時間はまちまち。しかも雨だから予定通りにはいかないし乗客も結構多い。五中付近には電車は走っていない。あったら乗るんだけどな、もちろん。
 バスを降りて、歩いて正門まで。時計で時間を確認。バスは遅れる可能性があるから早めの便を使った。うん、大丈夫。
 いつもと違って時間に余裕があるから、ゆっくり、というよりもちんたら歩いていた。だから随分な数のひと達に追い抜かれたけど、それは別によかった。
 けど、なんとなく、……なんとなく分かる気配がひとつだけあって、それもわたしの横をすり抜けすぐに前の方へ行った。
 だから、ゆっくり歩き続けた。段々と小さくなって行くその後ろ姿を見ながら。傘があるから髪型は見えない。だからその後ろ姿だけで、本来誰かとは判別出来ない。
 それがほかのひとに混ざって、もう見えなくなった頃。正門に差し掛かった頃。
「梅子!」
 背後からばしゃばしゃと音がして、迫って来る。その声に振り向いて、言った。
「おはよう」
「うん。おはよう、梅子」
 成田くんは黒い傘。わたしは白い傘。
「梅子。今日はバスで来たの?」
「うん。今日は電車?」
「うん」
 正門の坂を並んで一緒に歩きながら、帰りのバスの時間を言われた。そう、訊かれた、じゃなくて言われた。成田くんはバスの時刻表も知っています……。今日の部活はこの時間までだから、並ばなくてもいいように、バスの座席に座れるように早めに帰って。そうわたしに言ったあと、すぐさま電話を取り出して、今日はこの時間までだ、って言ってすぐ電話を切っていた。

九月二十五日 水曜日 生徒会役員選挙 A高第一体育館

「文句があるなら投票しなくて構わん」
「以下同文!」
 以上、現生徒会長さんと現生徒副会長さんのありがた~い演説でした。たったこれだけ。以下、去年と同じ。わたしは智吉に列へ連れ戻されました……。
 ……。
 A高史上始まって以来、立候補者がそれぞれひとりしかいない現役会長・副会長が揃って満票、しかも二年連続当選、と相成ったわけで……。
 絶対なにかおかしいと思います。絶対です。けど頭のよろし過ぎるひとがなにをやっているかなんて、もうわたしは考えてもいけないようで……。
 だから、わたしの次に投票した智吉が西川を一瞥しつつ、
「ウメコサンの為に、清き一票」
 と言ったのを耳に入れることはなかった。

 この時期、A高を除く管内の高校四校は文化祭。わたしは知人友人から、文化祭へ遊びに来ないかとお誘いを受けていた。けど、全部断った。一人旅するわけにいかないし。
 成田くんちに来ているときに電話があって、これも断ったから、成田くんからどういう電話だったのか質問された。かくかくしかじか……じゃなく、ちゃんと説明する。
「行かない? どの高校も? いいのか?」
 との質問。
「うん、いいの」
 成田くんは、自分も一緒に行くから、そうしたら一人旅でもなんでもない、と言ってくれた。けど。
「だって、どこの学校も、文化祭は土曜日でしょう」
 成田くんも、これで分かってくれた模様。
「えっと、その……斉志とふたりっきりでいたい、な……」
「……」←舞い上がり
 わたしが行ってまかり間違ってトラブルメーカーになったり、なにより成田くんにへんな時間を取らせたくない。

 後で、明美からも電話があった。明美は土曜は遠慮して、次の日の日曜午後に、だったけど。
「わたしに行って欲しい?」
 明美なら、分かると思ったんだけどなあ。
「そうなると成田くんももれなくついて来て、それでどうなるかなんて……ちょっと保証出来ないなあ」
「悪かったなウメコ、邪魔したぜ」
 分かってくれたみたい。

初秋 店

 梅子の知人友人たる管内有名人どもは、今日も今日とて団体で、店の一角、バーガーショップを占領していた。
 話の流れは、時期からして自然と文化祭について、になっていた。
「そういえばさー、文化祭に来るってかバカップル」
 言ったのは木村だった。彼は斉志に遠慮して、梅子に直電を入れるなどはしていなかったが、方々から聞いて大体のところは知っていた。
「みんな。よぉく聞きな」
 すると、明美がデカ声を一声。皆、一様に明美を見る。
「あの二人が来る、ということはだな」
「難しく言うなよなー」
 竹宮が念のため言う。
 しかし、明美の表情には余裕があった。
「フッ……。殴り込みが得意なバカップル。聞くところによると、毎日が教室攻撃らしいなあ。そんな二人がこっちの文化祭へと他校へ来れば、後々こう言われるんだぜ」
『というと?』
 周りの皆は声を揃えた。明美はその問いに、さらっと応えた。
「学校攻撃だ」
 その場の皆はかしこかった。誰もがみな、バカップルのそんな攻撃なんざ喰らいたくない。
 梅子が皆の誘いを断っていたことが功を奏し、どの高校の文化祭もそれはそれは平穏無事に開催されたという。聞くところによると、細かい調整の苦手な某高校生徒会では生徒会執行部以外の生徒がアゴで散々コキ遣われたというが議事録には残されず、実態も定かでない。
 その間梅子はというと、斉志に腕枕をねだって幸せな休暇を過ごしていた。斉志は梅子が自分だけを見てくれている、そう思えて、こんな嬉しいことはなかった。斉志は腕枕は前述したとおりあまりやりたくなかったが、梅子におねだりされてしないはずがない。それに、腕枕をすると梅子はほんとうに嬉しそうにするのだ。梅子は照れ屋で遠慮しいだから、そんなに表情に喜怒哀楽を表さない。なのにこんなに喜んでくれる。斉志もつられて笑顔になった。