夏休み某日

 バカップルを除くいつものメンバー=管内有名人どもは、穴場なことを気に入って、ここ、梅子の自宅近くの遊泳所に集まっていた。明美は、今日ここへ来ると斉志へ一応連絡を入れていたが、そうかの一言で済まされていた。まさか梅子が、課題と模試の準備で自宅でヒーコラ勉学に励んでいたなどと知りもしない。
 いつものメンツはほとんど模試を受けない。だから、課題も忘れて遊びほうけていた。もちろん、一年前の反省をきちんとして。
 そんな中、藤谷が明美に、わけありげに近づいて来た。
「明美さん。少々相談に乗って戴けませんか?」
 この二人、D高では同じクラスである。相談というが、なぜ一緒にいる時間のある学校で、ではなく、二人っきりの今を選んだのか。カンの佳ろしい明美、なにかあるなと思っても顔に出すヘマはしない。
「おーいいぜぇ。代わりに文化祭の雑用でコキ使ったらぁ」
 D高生徒会は相変わらずパソコンその他にはちと疎い。藤谷なら当然お出来になる。
「貴女の御知り合いの雑用係の彼女が心配でして」
「親戚紹介してんじゃないんだ回りくどい言い方はよしな」
「西園寺さんの件です」
「なんだ、あんたの新しいオンナのことかと思ったぜ」
「もう確定ですか僕が雑用係というのは……」
「決まってらぁ。で、なんだい」
「いや悔しくて悔しくて……こんな事なら一年前のあの衝撃的出逢いの場でその他を押し退けてツバ付けとくべきでした」
 A高の修学旅行で環と遼太郎がくっついたのを言っているようだ。
「そりゃあ管内の野郎は大抵そう思っているだろうなあ」
「ええ。特に相手があの男ですから」
「? 遼がどうかしたのかい」
 遼太郎を呼ぶに“あの男”とは。しかも言い方が、まるで名を呼びたくないと言わんばかり。
「才色兼備ばかりをつまみ、モノにした途端捨て歩く遊び人でした。中二のあたりから、なぜかパッタリ止みましたけどね。こんな話は僕と言えど野郎からされるべきではないでしょう?」
 そんな話は明美とて初耳である。だが遼太郎は言った。──面食いだ、と。
「……だったら……あんたが遼に言やいいじゃないか」
「おぉや何故」
「オトモダチだろ」
「ご冗談を。住所が近いだけです、叱る・忠告するなど親切心を起こす必要性など感じません」
「そいつぁまるで……。……まるで毛嫌いしているみたいな言い方だな」
「みたいではなく、しております」
「……理由は」
「女性に対する考えが正反対、これで充分でしょう」
「おっしゃ分かったあたしから西園寺に言っとく。……ってわけにゃいかないだろ。大体なんて言やいいんだよ」
「僕を奪って下さいッッッッッッッッ!!!」
「あんたが言えーーーーーーーーーー!!!」
 この二人を遠くで見る連中の中で、こんな会話をする者達がいた。
「なーんかあそこ、イイカンジ?」
「には聞こえるが、見た目は佐々木が藤谷を蹴殴り倒しているってカンジだな」

 藤谷は明美の鉄拳制裁を喰らってぼろぼろになった。
「全くもう……ボロボロですよ、どうしてくれるんです」
「缶ジュースをあんたのゼニで奢ってやるから駄賃くれ」
「あのですねえ……」
「遊び人“でした”であって、今はそうじゃないんだろ」
「どうなることやら」
「あんたも薄々気付いての通り、時間掛けて極めたんだ、ホイホイ軽い気持ちならさっさとつまんでら。あれだけの大美人だぜ? 西園寺はバカの正反対、相手がおかしきゃ自分からなんとかするさ」
「薄々知らせはした方がいいと思うのですよ。深入りする前に」
「しちゃったかも」
「ああッッッッッッッッッどーーーーーーーーしてーーーーーーーーーーッッッッッッッッッ!!!???」
 この二人を遠くで見る連中の中で、こんな会話をする者達がいた。
「のた打ち回ってるな藤谷のやつ」
「さすが変態」
「恥ずいアニキだ……」

 明美は優しいから、ゲンコ一発喰らわせた藤谷を尻目に、喉を潤すものを買って来てやった。
「オラオラあんたのサイフかっぱらって買って来てやったぜ無糖缶コーヒー」
「まさか駄賃もかっぱらったなどと仰らないで下さいよ」
「言わいでか」
「雑用係は……おろさせて戴きたいと……」
「待ちな深入り野郎。そこまで喋ってハイ仕舞いはないだろ」
 そう、一応これは藤谷が明美に持ちかけた相談なのだ。でなければこの会話、さっさとおわっている。
「出来れば……フェミニストと仰って戴けると……」
「そんなハイカラな横文字を吐く気はないね」
「大正時代じゃあるまいし……。それで、どこまで申し上げれば仕舞いにして戴けるので?」
「毛嫌いと言ったな。それは、どういう種類の人間がすると思う?」
「あの男の性癖を知る野郎ならば」
「お祭り男ズはそう見えないが」
「あの二人は成田のお仲間、あの男とは知人でも友人でもありません」
「随分厳しいご意見じゃないか」
「捨て方が酷いものですから」
 そうか? と思って明美は訊いた。
「どんなふうに?」
「例、斉藤梅子さん。現場にいらっしゃいましたよねえ明美さん」
 騒動の事を衝く藤谷。反論出来ない明美。
「美人をモノにしたいなど野郎なら当然。それを、気がある男の前で脇から平然と手を付けてもいましたよ。恨みを買わなかったのは、そういう話が出なかったのはひとえに強力な後ろ盾がいるからです。成田に免じて、成田が怖くて皆さん黙っているだけ、これは僕もです。
 虎の威を借り好き放題な振る舞いのあの男。嫌いなんですよ僕」
 明美はよく考えてから、言葉を選んで訊いた。
「……じゃあさ。……遼に隙が出来たら……攻撃したいと思うかい」
「これはまた意味深なご質問……いいえ」
「何故」
「虎が黙ってはいないでしょう」
「虎がいなければ?」
「そのままにします」
「何故」
 叱らない為に。当人の為にならない為にか、と明美は推察する。
「虎が去ってさえ傍若無人に振る舞う狐など単なる出る杭、誰かが打ってそれで終わりです。西園寺さんは自ら打つような方ではありますまい。僕が言うと角が立ちます。それに……」
「それに?」
「今ならセカンドバージンは戴け……あうッッッッッッ!!!」

夏休み某日

 昼も過ぎて。藤谷の上半身がすっぽり砂場にめり込み、外から見えるのは下半身だけ、という姿になって久しいお昼過ぎ。
 みんな(除く藤谷)でお昼をかっ食らい、また遊泳開始となった頃。今度は明美からリアクションを起こした。その相手は勝負沢朝子。
「悪ぃな朝子、ちょいとアニキで遊んじまったぜ。代わりと言っちゃあなんだがサイフを拾ってやったからよ、返しといてくれ」
 明美は中身の少々軽くなった財布を朝子さんに投げた。
「ラッキーアニキのゼニはあたしのもの~~」
 朝子さんはそれをささっと懐に仕舞った。
「……いい兄妹だなぁ……。……朝子」
「? あにさ?」
 明美は少々声をひそめる。
「あんた以前三番駅裏在住だったよな」
 朝子さんと藤谷の両親は二人が中学一年の頃に離婚した。それ以来、朝子さんは母親について行き二番駅のそばへ、藤谷は父親とそのまま残って三番駅裏に住み続けた。
「? そうだけど?」
 わけの分からない朝子さんの声は通常のものだ。
「ちょいと来な」
 明美は、周囲から離れた、防波堤のあるあたりにまで朝子さんを連れて来た。
「朝子、これを聞いたらあたしが言ったっていうのを忘れてくれ」
「な、なななんよ明美、珍しくシリアスな」
 今の明美の表情は、開放感溢れる海でするものではなかった。
「あんた西園寺が遼とくっ付いた件どう思う?」
「……はっはァ。アニキとその話してたんか」
 したり顔の朝子さん。
「ハ、やっぱ双子だな。面構えがそっくりだ。そうさ。どう思う」
「あたしの幼馴染みがあの男と付き合っていたことがあんさ」
 ──また、あの男……
「ビジンでいいコなんよ。なのに次のオンナめっかったからサイナラって言われたんさ。中二のはじめの話」
 明美は相づちも打てない。中学二年という時代。
 中二のおわりに逢ったウメコ達。
 あの場にもし、遼太郎が居合わせていたら……
「初恋が実ったって凄い喜んでいたのに十日ももたなかった。ソートー落ち込んでさ……同じクラスの学校に通いづらいって、一学期おわったら転校までしたんよ。両親いないのに管外へ、なけなしの遠い親戚を頼って」
 一年前の打ち上げの時、様子がおかしかった遼太郎。明美は思う、おそらくはあの頃から遼太郎は環に気があった。なのに極めたのは一年後。
「アタマよくてハンサムでもてりゃいいのかってーの。一段上に立っている気でひと見下げてモノ喋んのな。あたし近所住まいですれ違う機会多かったけど、べつにビジンでもないしアタマもよくない。オレ様そんなもんにゃ食手動きませんって態度バリバリ。幼馴染みと一緒に歩いていればそっちだけは見てたっけ」
 双子の兄妹から初めて聞く、遼太郎の中学時代。しかし、それは明美の思っていたものとは正反対と思えるほど違った。
「ウメコの隣のクラスにいたって聞いた時は思わず頷いた」
 騒動の時、遼太郎は梅子を試したと言った。しかし、明美ならばもう分かっている。あの時遼太郎は梅子を見捨てたと、相当の数の周囲にそう思われていると。
「あたしガキん頃からお父ちゃんと植栽の宅配回りしてんさ。払いの悪いどっかの旅館の若旦那、知っているけど。あいつ騒動の時、あの男は他人に対してこういう時絶対知らん振りするって踏んで自分が動いてやったんよ」
 坂崎か、と思う明美。去年この場所で、自分の彼女を含めた者達をきちんと叱った坂崎。
「西園寺ビジンだから、気まぐれ起こすまでは付き合うだろうけど。今度はどういう捨て方するかな、これがあたしの感想」
「……朝子。もし……遼に、思わず攻撃しちまいたくなる位の隙が出来たとしたら、どうする?」
「あの男になにかしたら成田が黙っていないん違う?」
「成田がいなければ?」
「あたしの知ったこっちゃないね」
「なあ。そう思っているやつって……他に誰がいると思う?」
「ここにいるやつら」
 朝子さんはさも当然のように言い放つ。
「さっきから聞いていると……そう思っていないの、明美だけ?」
 どうもそのようだ。明美は今日来たメンバーの顔をざっと思いめぐらす。
 ──全員、朝子と同じことを考えている?
「今度はあたしが質問。遼なんて呼んで随分親しそうだけど、それでも見下されたことあるん違う?」
……あ、る
「相棒なんて言って、自分は成田と同じだと思って、成田以外は見下せる、って考えているんと違う?」
「……お祭り男ズとか……」
「あの二人はバスケとか軽音仲間だからだろ」
「……遼、を……このメンツに加えようかと、思っていたんだけどさ……」
 そう、合同前に何度か遊んだ時のように。
 だがあの場には斉志がいた。
「このメンツが揃った切っ掛けなんだと思ってんさ。みんなウメコの件知ってんよ」
 またも答えられない明美。
「修学旅行の件も聞いた。片やウメコにアタマを下げ片やウメコにあんな思いをさせて大ビジンとお付き合い。見下げた根性だ」
「……毛嫌いしているんだな」
「当ったり前。あんな男がいいと言っているのは事情を知らないコだけだよ、少しでも知ればどんなメンクイだって同じふうに思うって。あたし西園寺に言ってやりたいよ。話聞けば、さっさと手ぇ切るだろうし」
 ガキの頃から知り合いの人間は、こう思っているのなら……
“片っポ置いとく──”
「明美。成田がさ、去年の打ち上げの時言ったセリフを覚えている? ツラがどーした成績どうした、そんなの関係ないって。あれ。……あの男だけに言ったんよ。ウメコの為に集まったあたしらにあんなん言う必要ないんだからさ……」