七月十二日 金曜日

 朝、いつもの時間に教室へ行く。成田くんと一緒に。
 わたしが成田くんに続いて教室へ入ると、開口一番智吉が、
「おっはよーウメコサン!」
 と言って来た。
「おっはよう智吉!」
 わたしももちろん返す。
「おはよう、ウメコ!」
「うん、おはよう!」
 クラスの女子全員から挨拶を受ける。その度、おはようと返した。智吉が、
「遅刻常習犯だー」
 なんて言うから、
「違うもーん、ギリギリだもーん」
 と返す。ここで授業は開始された。
 クラスの男子、成田くんも西川も、あの坂崎君もサッカー部くんも、驚いたんだって。今までわたしが一番最後に朝教室へ入っても、誰とも会話なんてしなかったから。

七月十二日 金曜日 男子更衣室

 次が体育の時間というそのとき。野郎揃いのむさ苦しい空間で、こんな会話があったという。
「へぇートモ。付き合ったばっかのオンナと別れたの。速攻じゃん」
 テツの声はたいそうでかかった。まるで隣の女子更衣室にも届きそうな勢いで。
「……んなでけえ声で言わなくてもいいんじゃねえのかテツ」
 いつもならどんなに喧嘩を吹っ掛けられてもフツーなトモの声は、今日ばっかりは小さめだった。
「こういうのははっきりさせた方がいいんだって。なー野郎ドモ」
 テツ流の、含みを持たせた言い回し。しかしトモは、今回は内情を訊くのを止めておいた。
 なぜなら、訊いてもしょうがないからだ。遼太郎がさっさと極めていれば梅子に実害が行かなかったのに、などというのは自分でも分かっているのだから、わざわざ口に出さなくとも分かる者は分かっているだろう。修学旅行中、斉志が梅子に最大限に配慮したことも、言わなくても分かっていたことだったから。
「そうだぞー」
「聞いたぞー」
「可哀相になー」
 しかし、そこまで分かっているのは数人だ。そうでない野郎共は、他人の不幸は蜜の味とばかりにサッカー部くんを心配してあげた。
「……激励のお言葉あんがとよ」
 トモはさっさと着替えた。
「そっかトモ独り身か。ほんじゃまたどこぞに呼び出されちゃったりすんのかな」
 トモは、今日は速攻で帰るぞと心に決めた。
「女から」
 こりゃテツの野郎、相当怒っているなとトモは思った。これは明らかに、この会話を聞いている斉志への牽制だと分かったからだ。独り身になったからと言って、またどこぞへトモを呼び出すな。そうテツは言っている。こんな、衆人環視のまっただ中で。さすがだなとトモは思った。
「そうだと嬉しい。今日の種目はなんだ」
「バスケ。遼太、成。手加減ヨロシク」
 トモは同時に、テツが遼太郎へ修学旅行での出来事を諌めないのはわざとだ、と分かった。言ってもしかたがないというより、わざと叱らなかったのだと。言わないより言ってあげる方が当人の為になる。だからわざと言わないんだと。
 しかし、それにしては自分へ言うにフラれたことを口にするなんて、ちょっと言い過ぎじゃないのかと思ったり思わなかったり。
「頼むぞー」
「飛ばされても付いてけないぞー」
「ラフプレイは勘弁なー」
 そこまでは分からない、普通の野郎共は、単にこれからの授業を心配するにおわる。
「行事がおわる度にクラスがまとまるのっていいよなトモ」
「……全くだ」

七月十二日 金曜日 体育の授業のおわり 女子更衣室

 今日の授業はバレーでした。
 ええバレーです。これでも三年間、授業じゃなくやって来たバレーです。
「あのさウメコ」
 わたしは、こころやさしき同じクラスの女の子から、丁寧に言われました。
 ……ええ……言いたいことは、もう分かっています……。
「そう、分かってるって顔してるって分かってるけど言いたかったから言っちゃうよ。ボールはね……素直に避けた方がいい」
 ……ハイ……。
「バレーってのは、避けるんじゃなくて拾ってナンボとは思うけど……」
 ……ハイ……。
「女のコが顔面腫らしちゃいけないと思うんだ、あたし」
「あたしも、そう思ってた」
「悪いけど私も」
「今まで言わなくてごめんね」
「でも」
「もう」
『はっきり言うもんね』
 もおみなさん遠慮なしです。ズバっと言ってきます。なにも言い返せないわたし。ぅぅ……。

 わたしが着替えると、2Bのひと達だけじゃない、体育の授業が一緒な2Fのひと達も黙った。理由は、分かっている。
 大丈夫。体育着⇔制服に着替えるくらいではキスマークは見えない。
 みんなが、そこを見ているんじゃないってことくらい、最初の体育の授業のときから分かっていた。
「まあそのねえ」
「ああいうプレイっぷりなんだし、そういう羨ましいトコはチャラにしてやろっか? みんな」
『そうだねー』
 ああいうプレイって……おめこぼしをありがとうございます……
「そんな下を向かなくてもいいよウメコ。別に思わず自信ついちゃったなんて言わないであげるからさ」
 ぅぅ……。
「……これで運動会とか徒競走とかあったら、わたし、もう……」
「今年体育祭あるじゃん」
 ……あ。
『どうするの? ウメコ』
 その単純な問いにわたしは答えられませんでした……。

七月十二日 金曜日 昼 屋上

 遼太郎は環に、昼の時間は屋上へ行く、とだけ言っていた。
 自分がそこへ向かうと、ほどなくして環もやって来る。二人とも無言。
 すると、周囲がこの二人に気付く。ある者は無言で、ある者は連れ立った者となにやらヒソヒソ話をしながら。注目を浴びながら、しかし群衆は、いつの間にやらぽっかりと空間を空ける。
 その場所の中心に、遼太郎は腰を据え、周囲を気にも留めない。
「来るか」
 明日以降も。そう問うている。
「来てもいいですか?」
「自由だ」
 二人が逢うのは屋上でだけだった。
 誰も二人へ近寄れなかった。
 ただ視線だけが行く。ただ視線だけが。まとわりつく視線は環が最も嫌うもの。

七月十二日 金曜日 昼 2B

 バカップルはいつもの通りはい・あ~ん。変わらぬ風景だった。教室へ残る2Bの連中はリーダー君の周りに固まるが、そこには野郎・女生徒で混合だった。つまりはごちゃっと男女がメシを食っているわけで、実はこれが結構いいフンイキだったりする。もう誰も、バカップルなんていちいち気にしちゃいない。2Bの男女はかなり打ち解けていた。
 試験も旅行もおわったし、あとは三者面談と夏休みである。そういう話題も、この場では出ていた。2Bはかなりいい雰囲気だった。

七月十二日 金曜日 放課後 部室

 西川は基本的に静かなひと。余計なことなんか言わないし、なにも言わず、でもこうやって教えてくれる。
 その全てを。
 だからただ前を見つめた。
 腕前を盗む。
 それだけ。

七月十三日 土曜日

 わたしは、修学旅行前、成田くんに決死のお願いをしたのに続き、またしてもお願いをした。去年のこの時期、わたしはあ~んなことをした挙げ句あ~んなことに。
 けど、どうしても、これだけはこれだけは、これだけは……。
「……分かった。俺、厭々我慢する」
 なんとかお許しを戴いた。そう、そうです、一年のときよりたんまり出る課題を、こんじょうで模試前に仕上げなくてはならないんです!! 次に来る言葉は分かっています。もぉ誰の助けもありません。ただ頷くしかないのです……。
「模試がおわったら生理以外、毎日来て」
 ……ハイ……。
「躯、つらそうなら……」
 そういうときは、お休みを戴けるようです。アリガトウゴザイマス……。
「どこへも出さない」
 ……ハイ……。
「ずっとふたりっきりだ」
 ……ハイ……。
 わたしは八月四日以降、一体どうなるかまるで想像も出来ません……。

七月十九日 金曜日 明日から夏休み

 佐々木明美(O型、明日で十七歳)はカンも佳い。合同期間、あの斉志が梅子と友人達の付き合いを優先させていたのなんざどうせ夏休みは完全しっぽりってハラだろうが、と読めている。散々忠告はした、いくら特定単数へは隙だらけのゲス野郎たぁ言え事ある毎にイチイチ嫌味なんざかましてらんねぇぜというのが本音だ、第一実に面倒くさい。
 噂嫌いの明美でも遼太郎が環に極めたという話は大々的に聞いた。経緯も少々。当然ダチに倣って詮索無し、言いたいことがありゃ向こうから言って来るだろ、イチイチ人のことなんざ気にしていられるか、あたしのナツだ遊びまくるぜ! なーんて、そういうアンタこそ学校の課題あんだろうがとツッコミ入れたくなるようなことだけを考えていた。