七月十日 水曜日

 今日で修学旅行はおわり。自由行動も午前中だけ。
 今日は成田くん、清水寺へ行こうというのです。わーいわーい、ばかなわたしでも知っている所だー。
 というわけで、聞きしに勝る高さのお寺へ行って来ました!  昨日も一昨日もお寺だったけど、ここはもう、全然違う! 舞台へ上がるとおーこわい! 遠目で見てもおーこわい! 今日は正座はありません、嬉しい! お寺を外から満喫しました~。
 あとは友達や家族へのお土産を買って。
 修学旅行、楽しかった。日中より夜間の方が楽しかったな。こんな旅も、あり?

七月十日 水曜日

 智吉と祥子は今日も一緒に自由行動を楽しんでいた。
 筈だったが、今日の智吉は昨日のように、謝れて晴れ晴れしい、そういった雰囲気ではなかった。
「祥子。あたし、むっちゃ変わり者なんだ」
 智吉は、これを言うなら修学旅行の最初から出来た。だが、言うのを躊躇っていた。そういう内容だった。
「えぇ? そうかな? ……違うよ、智子ちゃんはいい人です。一年以上も前の事、名乗ってみんなの前でちゃんと出来るなんてすごいよ」
「そうじゃなくてさ」
「……?」
「あたし。嫌いなんだ。相棒の副会長さん」
 突然の智吉の言いように、祥子は驚く。
「え? な、なに言ってるの智子ちゃん? あ、あれだけハンサムでしかも頭がよくて、おまけにMVPの次点とかで……」
「相棒さん。去年、あたしと同じ一年E組。あの騒動で動かなかったうちのひとり」
「……え」
「あたしは相棒さんをどうこう言える立場じゃ絶対、ない。でも1Eだった。E組はさ、F組と移動教室とか一緒なんだ。あの騒動以降、E組の連中はすんっっっごい立場なかった。F組と廊下も階段も挟まず隣同士、でも騒動の時誰もなにもしなかったから。
 あの時は我ながらガーガー喚き立てて、ちょっと教室を離れりゃまずその内容ははっきりと聞こえない。なんせみんな、誰がどう喋ったか分かられるのが怖くて、聞きづらいように同時にガーガー言い合っていたんだから。後でなに言われたって、誰がどう言ったって特定出来ないようにワザと声を重ね合わせて叫んでいたんだ。でもE組のやつらは全員内容を知っている。よく、ね。F組のやつらとほとんど同様に」
 祥子は答えられない。というより、智吉の言葉を必死に理解しようとしている。
「あたしは、あの騒動の後ウメコサンに詫びたくてF組へ行った。そしたらさ、……どうなったと思う?」
「……分から、ない」
「F組の後ろ扉からこっそり入ろうとしたんだ。そしたらすぐそこにいたやつに言われたんだ、“騒動に直接荷担したやつが今度はなにすんの”ってね。そいつの名は坂崎。清の隣の席。関われば誰もが一目置く管内有名人。会長に直かませる唯一の男。
 あたしは相棒さんですら、F組へは行ってないと思う。行ったとしても、あたしと同じ程度のこと言われて間違いなく止められているよ。
 でもウメコサンは相棒さんと知り合いだ。ウメコサン、E組へ来て相棒さんオハナシしてたことあるんだ。去年の合同おわった頃」
 祥子が何一つ口を挟めないのを見つつ、智吉は滔々と自説を述べた。
「あの時E組のみんなは硬直した。会長さんがウメコサンを俺のオンナだ宣言した時ほど驚いたことなかったけど、それが、その相棒さんの所へ来てなにを言うのか、ってね。全員聞き耳を立てていた。けどさっぱり言葉も交わさず、なにかおかしなパントマイムをやって、ウメコサンはすぐ教室を出た。それ見たあたしの感想。ほっとした。
 でも、ウメコサンはこう言えた筈だ。あたしはあんだけ大秀才の彼女だぞ、よくもあの時助けもしなかったなコン畜生め、これからあたしのオトコがお礼参りしてやっから覚悟しろ!! ってね。
 ところがウメコサンは以降E組へ来なかった。体育とか美術とか、移動教室がどんだけ一緒になっても騒動のことなんか言いもしない。かの有名な教室攻撃の時、更衣室でウメコサンみんなに騒がれていたけど、あたしはとても会話なんかに加われなかった。言いたかないけどF組の連中はE組より罪重い。だから教室攻撃、っていうのは会長さんのF組に対するお礼参りかと思った。ところが話を聞いたらおノロケ三昧、やっぱ誰をも糾弾しないという。これを聞いてますますほっとした。
 相棒さんはあの騒動をちゃんと耳にしている。会長サンと西園寺サン、この二人とは知り合い以上。ウメコサンとも知り合いだ。ウメコサンはあたし以下何十人からがなり立てられたけど、今もって誰からも何十人以上の前で謝罪されていない。まあ、あたしは除く。
 大勢の前で謝罪するべきヤツ。あの騒動んときあれが大嘘とはっきり分かって聞き取れていた筈なのに、誰を止めようともしなかった、自分で動こうともしなかった相棒さんがそう。あの人は絶対なにかしなくちゃいけない。でも未だにそんな話は聞いていない。だからあたしは西川遼太郎ってヤツが嫌い。どんだけ野性味かかったハンサムないい男、MVP次点でも。謝れた今は特に」
 去年の1Eがどういう状況にあったのか?
 入学式翌日の騒動時、遼太郎は動かなかった。それを見て、周囲のクラスメイトはどう思った?
“相棒さん、動かないね”“だったらあれは、本当のことだ”
 1Eの皆は自信満々で、梅子を追い出してやったぞありがたく思えと慢心して、1Cの斉志の元へ集った。自信があったのだ。
 ところが1Fの坂崎が事の正解を述べる。斉志のだめ押しで、あれは大間違いの行動だったと気付かされる荷担者達。その中で、1Eの者達は?
“え、嘘”“だって相棒さん、なにも言わなかったじゃない”“だから俺達”“私達”“本当だと思ったのに”
 他の全ての者達がさっきの自分達の行動を真っ向から否定され正気に返っても、1Eの者達だけはまだ半信半疑だった。
 1Eの者達は自分のクラスへ帰ると、皆一様に相棒を見た。結果は、無表情で座り続ける遼太郎。
“……なんで何もしないの” “俺達”“あたし達” “相棒さんがなにも言わないからあんなことしちゃったのに”
 1Eは1Cと並ぶ異様なクラスだった。たった一人のクラスメイトに対し、誰も話しかけはしなかった。
 遼太郎は放課後イのイチで教室を出て、駆け込み寺たる部室で梅子を待っていた。生徒会業務もしない。クラスの団体行動たる文化祭でも一人別行動。
 さて──どちらにとっての駆け込み寺だった?
「まるでさあ、頭よくて顔よけりゃ誰にもなにも言われないで当然、誰かに頭下げる必要なしって態度なんだよねえ、あの人。クラスの行事もなーーんにもしないで、いつも一人。こっちだってあの人をあれ以来村八分にしてたけど。だから、あたしらにとってはなんで副会長満票でやってんのか全然分からない。あれ記名式だから? そりゃあたしだってこんなふうに修学旅行自由行動したいから票入れた。けど会長さんの案に入れたんだよ。なんかノリでっつーか入れなきゃまずいみたいなカンジで無理矢理投票させられたってカンジで。だから更にあの人嫌い。
 今年生徒会に立候補したとしても、やっぱ投票はするしかないんだろうなー。あー嫌だ。以上頭下げたヤツの大長文愚痴でしたー! ゴメン祥子、忘れて……」

七月十日 水曜日

 遼太郎と環は、まるで梅子・斉志と入れ替わりとなったように、寂れた寺にいた。二人は梅子のように不信心者ではないから、ピシっときりりと正座姿も板についたが、確かに恋人同士であろう二人は、ともに無言だった。

七月十日 水曜日 夜

 新幹線での旅もおえ、わたしは家に帰って来た。
 父ちゃん母ちゃんにお土産を渡して、友達には日曜日でいいかな、土曜日は成田くんちだな、とか考えていると、携帯の電話が鳴った。待ち受け画面には西園寺環。
 わたしは小走りに部屋へ行き、電話を取った。この間居間の電話に掛けられたから、今度から携帯にお願いねって言っておいてよかった。また会いたい、かな? 
「あの……梅子」
「うん。どうしたの?」
 またも言い渋っている環。環らしくないけど、この調子だとこの間のこととなにか関係あるかな。
「ありがとう……一緒に回れたわ、遼太郎さんと。……梅子のおかげ」
 よかった、上手く行ったんだ!
「よかったね環! けどわたしのおかげなんかじゃないよ、環の努力の成果だよ!」
 この様子だと誰かに詮索されたなんてことないみたいだし、よかった、ほんとによかった!
 相手が西川だって言うところが引っかかるけど、やつもこんな美人相手にどうこうなんて出来ないでしょう。うん。
「それでね、……梅子」
「うん?」
「私に遠慮は要らないから……部活、まじめにやっているんでしょう? 辞めないでね……」
 ああ、なるほど。そういえばわたし、西川と部活で一緒だからか。
 そりゃあ狭い密室にこもっているけど、成田くんもいるし。環こそ遠慮することなんてなにもない。
「うん、分かった。大丈夫だよ、西川とわたしって単に喧嘩相手だし。成田くんもいるし」
「……そう」
 じゃあお互い長旅の後だから、ってことで、電話は短くおわった。うん、これで成田くんににらまれることもないな。
 きっとわたしが、成田くんとのこと環にちゃんと言ったから、こうして掛けて来てくれたんだ。あのときはそんなこと考えてなかったけど、環はじゃあ私も言おう、って思ったんだろうな。環らしいや。
 そのあとすぐお風呂に入った。長旅だったし、ごはんを食べてすぐに眠った。