七月七日 日曜日

 修学旅行初日はほぼ移動日。バス、新幹線と乗り継いで一路京都へ。わたしはその間ずっと成田くんと隣同士。
 本日は七夕なり。去年は年イチがどうのと言われたけど……でもまさか修学旅行中にどうこうなんて、出来ません。ハイ。
 昨日、話のおわりの成田くんの呟きはなにを意味しているのかさっぱり分からなかった。与えられたレールの上だけ、なんて成田くんには合わないような気がするんだけどな。
 京都のどこへ行くかは成田くんにお任せしている。どうせわたしじゃどこがどうなんて分からないし、成田くんは分かっているだろうから。
 宿舎に到着。割り振られた大部屋に着くと、みんな我先にと一昨日送った自分の荷物を探し始める。わたしのはっと……あ、これこれ。
 今日はこれから夕食をとって、お風呂に入って就寝。明日に備える。
 修学旅行は自由行動といっても、宿舎では男女は完全に別行動となる。完全に隔てられたエリアにそれぞれが宿泊し、もし男子が女子の所へ行ったら、女子が男子の所へ行ったら、それが知れたら修学旅行は即お終い。とても厳しい団体責任。
 食事も男女別。わたしは2Bの指定された場所で夕食をとる。
 部屋に戻る。理系の女子は人数が少ないから、宿舎のなかの一室、この大部屋に十二人全員が泊まる。あとはお風呂に入って寝るだけ。わたし達は、お風呂の時間が来るまでお喋りで時間を潰していた。
 と、そのつもりだったのだけど。
 わたしに近づいてくるひとがいた。確かこのひとは、教室で右隣に座る川崎さん。
「ねえー、ちょっとあたし、斉藤さんに話したいことあるんだけど、みんな聞いてくれるー!?」
 川崎さんは大きな声を張り上げて、にこにこ、というより……すこし厭な笑顔を浮かべて、わたしにそう言って来た。
 2B女子のみんなが、なになに、と言いながら川崎さんのそばに集まる。
「よぉし、集まったね」
 川崎さんが、周囲をぐるりと見渡して言う。
「さて、戸を閉めて、と」
 開けっ放しにしてあった戸をわざと閉めに行く。
「あたしがいいって言うまで、みんな、この部屋出ないでくれる? 大事な話なんだ」
 ……なにが言いたいんだろう。
 わたしは、立ち上がって川崎さんの言葉を待った。
「去年の話なんだ」
 去年? わたしは川崎さんと知り合ったのは今年、二年になってから。
 ……なんだっていうんだろう。
「忘れもしない。去年の四月十日。あたしを含めたみんなで斉藤さんにがなりたてに行ったときのことさ。おいみんな! 逃げんじゃないよ!!」
 川崎さんの背後に立つ2B女子の誰かが、顔を見合わせる。いやな話だ、そういう顔で。
「あの時。斉藤さんがD高まで行って殴り込みしたと聞いた時愕然とした。だってこのままだったら斉藤さんはよくて登校拒否、悪くて退学だ。だったら、あの時大嘘で斉藤さんを責めたあたしもそうなるんだ。高校に入って二日で退学なら高校中退どころか最悪中卒扱いだ。怖かった。次の日あの署名、あたしこそが我先にと書いた。自分の罪を帳消しにする為に。
 あの行事は、仲を邪魔されたと信じ込んでいた人が、仲を邪魔したと信じ込んでいた斉藤さん、あんたの為にやっていると、あたし達こそがよく分かっていた。でも誰もあんたに頭下げようなんて考えなかった。考えたくなかった。それやったら、あんたがあの人間以下だったのかよ! って大声でみんなに、今度はあたしが言われる羽目になるんだ!!
 ……怖くて。それでも、そ知らぬ振りしてこっそり訊いたんだ、F組のやつに。あの時学校追い出されたやつ、今どうしているかって。そしたらこう言われたよ。
“他人に詮索されて喋ることはなにも無い。首の涼しい思いをさせたクラスメイトを今度庇えなかったら自分達こそ人間以下だ”
って。男にも女にも全員。
 たった一人だけ違うことを言うやつがいた。そいつにはこう言われたよ。
“騒動に直接荷担したやつが今度はなにすんの”
 逃げたよあたし。それ以降、F組へは行けなかった。
 でも二年になって。斉藤さんと会長さんが教室にいた。同じクラスだ。もう逃げられない。だからなにかやろう、そう思った。それで隣に座った。いつあんたに大声で、みんなの前で罵倒されるかに怯えながら。そうされたくなくてそ知らぬ顔してクラスメイト面していたんだよ、謝りもしないで。
 修学旅行、この通り、宿舎は男女別。たとえ生徒会長であろうと絶対にこっちへは来ないと聞いた時、これを逃したらもうワビる機会はないと思った。会長サンが無茶苦茶怖かった。いつ呼び出されて、顔変わるまで殴り倒されて、よくも婚約者をあんな目に遇わせたな、ってみんなの前でいつ言われるか、同じクラスになって今日の今まで怯えていた。
 でももうそんな思いはしたくない。このままビビりながら二年が終わって、謝れないまま卒業なんてしたくない。だから今言う」
 眼前の、目を充血させて涙まじりに言う隣の席のひとは、言っている間ただの一度も視線を逸らしたりしなかった。そして大声でこう言った後、
「元一年E組、川崎智子! あたしは一年前の入学式翌日、騒動に荷担した張本人です! 申し訳ありませんでした!!」
 あの時二度見た程、深々と頭を下げた。
「うん、わかった」
「ホントに!?」
 川崎さんはがばっと顔を上げて、縋るような目でわたしを見た。縋る目どころかわたしの両肩がっしり掴まえて詰め寄られた。す、すごい迫力。
「本当」
「わかったっていうコトは、許してくれるってコトでいい!?」
 顔迫っています、すすすすごい迫力です。
「は、は、ハイ!」
「やっっったァあああああああああああ!!!」
 がっっっちり抱き着かれてしまいました……こういう場合、まさかやめてヨと引き剥がしてはいけないのではと思いまして……。ああ、これも言えない。
「ありがとーーーーーー!! 嬉しい、あたし嬉しいよ!!」
 がばっとこれまた派手なリアクションで体が離れ、わたしの両手を握ってぶんぶん上下に振った。
「あぁーーーーーーーすっきりしたァ!! いっやー一年半延々いじいじ悩んでいたぜ! へっザマーミロあたしと同立場! あたしはこの通りちゃぁあんと人前ででけぇ声出して当人にワビて許して貰ったぜ! あっそうだ斉藤さん、これで罪帳消し、ってコトでいいよなっっっっ!!??」
「ハイいいです」
 即答しました。その迫力でもぉ充分です。
「ラッキー……!!」
 なんかガッツポーズまでしているんですけど……。
「おっしゃんじゃ今度こそ友達になろう。あたしのコトは智吉と呼んで」
「へ?」
 ともきち?
「そう、智子の吉、で智吉。でさ、あたしウメコサンって呼びたいんだけど、いい!?」
「ハイいいです」
 即答です。迫力あります。
「あーすっきりした、あたし“は”すっきりした!!」
 すると川……智吉はがばっと後ろを振り向いた。わたしに背を見せる格好になる。なんだか去年を思い出す。眼前に何人も前にして、わたしを助けてくれたひとのことを。
 ──騒動に直接荷担したやつが今度はなにすんの。
 この口調……
 と思っている間に智吉は両手を腰に、ふんじばってふんぞり返るという、どこかで何度かしたポーズをわたしの目の前でやっていた。
「もぉお会長サンとは言えビビるコトぁない! あー楽しいなぁ!!」
「この……智吉!」
 すると誰かの声がした。
「あんたワザとやりやがったな?」
 別の声だった。
「ワザとに決まっているだろ。いいかみんな、ここに今会長さんが踏み込めなくても、なにがあったかなんてすぐ噂になって伝わるよ。詮索やったなんて耳に入ってみろ、あたしら高校生活さいごまで送れると思うか!」
「だって訊きたいものは訊きたいじゃん!!」
「そうやって訊きに行ったら集団になって大集団になって挙句の果てには糾弾になって一年半も学校の処分だ会長のお礼参りだにビビるハメになったんだ!! 訊きたきゃ当人に当人のコトだけ訊けばいいじゃんか、詮索でなく!!
 というワケでウメコサン、自分のコトを、言える範囲でいい。ちと教えて。あのさ、あの理解不明な生徒会室本部でなにをしているの? 会長副会長と三人で」
「部活を」
 振り向いた智吉に答えた。
「ビジュアルベーッシックっていうプログラミング言語があって、それを組んでいるところをただ見ている。失礼しますと部室へ入ったらあとは部屋を出るまで一切無言。ただ作業を見ているだけ、それしか許されていない。これはどうするとか、こうするとか会話は一切無い。わたしは入部する時大遅刻してしまったので未だに仮入部扱い、中途半端な時間で帰らされる」
「プログラミング言語? じゃあネットやったりゲームしたり遊んだりじゃないの?」
「そういうのは一切ない、遊びなら来るなと入部前に言われた。その方がいいと思って入部させて下さいと啖呵切ったら大遅刻。そのせいだと思うけど、許されているのは作業を見るだけ。それ以外は一切駄目、今日学校でなにがあったとか、そういうたわいない話だろうがなんだろうが許されない」
「実はあたし気になって一度生徒会室本部前まで行ったコトあるから知ってる。教室の時なんか較べものにならないくらい、とんでもない集中力を感じた」
「そう? うん、とっても和気あいあい楽しく歓談、なんて不可能。時間が短いからまだそこにいられるけど、これが運動部みたいに正門が閉まるまでやられたらとてもついて行けない」
「ああ、それ分かる。そういう感じだった。だから一度しか行かなかったんだ」
 智吉はまたみんなの方を振り向く前、小声でぼそっと呟いた。
「ウメコサン。しばらく喋るなよ」
 ……?