六月二日 日曜日 打ち上げ

 坂崎旅館では去年に増して盛大な打ち上げが行われていた。お祭り男ズが昨日から引き続いて場を盛り上げ、る必要もないかと思われるほど派手などんちゃん騒ぎが行われていた。
 例えば明美は曰く、
「もうこいつらなんざ呼ばねーぞ!」
 こいつらとは勿論管内一のバカップルのことである。
『おー!』
「んじゃ連絡はあたしが取るからな!」
「やれやれー!」
 しかし皆の声にはまらなかったバカ志、
「佐々木、連絡だけは俺に回せ。バッティングを避けてやろう」
「っかー!! なんてやつだ! おーおーよっしゃ分かったやってやろうじゃないか、テメーなんざどっかで二人しっぽり惚気てろ!」
 明美はあきれて言う。バカ志、
「わざわざ言われる憶えはない」
「というわけだ、こんな野郎相手にすんな! あたしに連絡先教えていないやつさっさと来やがれーーー!!」

 この宴に招待されていながら、ケンもホロロに丁重に、お断りした人物がいる。その名はサッカー部くんこと、井上くぅン。
 彼は今、自宅付近の自称“秘密部屋”にいた。そこは住む者のいない空きの一軒家。サッカー部くんは、そこの出入り口が外から少し死角になっているのを利用して、誰も出入りしないことをいいことに鍵を解錠し好き勝手に使っていた。粗大ゴミ置き場から長椅子、テーブルなどを持ち込んでナインボールが出来るようにラバーを張ったりしている。
 彼は昼も朝夕も部活に忙しく、ここへ来るのは自宅で夕食をとって風呂上がりの九時・十時過ぎがせいぜい。だから、今日のように、日中からここにいるのは年に一回しかなかった。
 そこへ彼は、昨日から友人になったと言っていい人物、坂崎哲也を招待して、ビリヤードをやっていた。

六月二日 日曜日 サッカー部くん

 マイ・キューを持って来たテツの腕前は相当なもんだった。
 ここを知っているのは俺のダチでも全員野郎でB市の連中だが、そいつらは全員俺に敵わなかった。だもんで俺もいい気になっていたが……やっぱ上には上がいるな。悔しいからマジ集中。するとなんとかこいつに付いて行けた。お互いしばらく無言で玉を突き合った。
 十時の休憩時間もすっ飛ばし、ハラが鳴ってようやっと、昼の時間が来たと分かった。そこでテツに、昼だ飯を食うべと言って、コンビニの握り飯を食い合った。ここにガスも来ていたら料理の一つもするんだが。
 午前中、ずっと9Bに集中していたから、飯を食った後はテキトーにくっちゃべった。
 そういうお喋りトークの時間だったもんで……周りに誰もいるわけでなし、テキトーついでに、訊いてみたかったことをこいつに言ってみた。
「……あのさテツ」
「なに?」
「テツさ、同じクラスは予想外、と言ったな」
 春先のこと。テツが“イチイチびびんの止めねえ? 面倒クセーよ”と言ったあの時の話。こいつにしちゃ意外に結構喋ったんで、思った通りを言ったらこの台詞。前からちっと気になっていた。
「そうだけど」
「誰と?」
「? 成」
「そう、か?」
 成田か。そうじゃねえかなと思わんでもねえが、斉藤のことかと思った。
「東大文一法学部がなんで理系に来るっての」
「まあ、確かに」
「なんで?」
「まあ、……随分含みがある台詞だなと思った」
 確かに文系畑の成田が理系に、ってのは無理があると思わんでもねえが。
「? なんで」
「成田ならちっとコースを外れても余裕だろ、隣の人と同じクラスならどこでも行きそうだ。系が違っても別に……」
「? 隣の人は関係無いけど」
 そうか? 成田と来たら斉藤だ。無関係はねえだろう。
「だから含みがあるって言ったんだ」
「? なんで訊かれんの」
「なんでって、……訊きたいから」
「? なんで知っているのに念押しすんの」
「そこが訊きたかった」
 そう、そこが肝心だ。
「そ。ま、べっつにー。気付いているのは関係者以外、俺一人くらいだと思うけどー」
 俺は五月の件だと思っていた。この台詞を聞くまでは。だが、一人? 現地妻とやらも気付ける、向こうは成田を君付けで呼んでいない、病院へも行った。
 だからこいつがなにを言っているのかさっぱり分からなかった。
「……あれが、速攻でもなんでもないって言うのか」
「そ」
 一年前の四月。あの騒動で、成田に直をかましたテツ。だがあの行動は遅きに失した、という。
 理解出来なかった。確かにテツは授業がおわってから行った、だが入学式直後のあの時期授業を抜けて行けるわけがねえ。こいつはそうは思っていない。一時間遅れた、とも思っていない。
「誤解の種類が違う?」
「そ」
 俺達は斉藤の言葉、“他人に喋ることはなにもない”という放言で動けなかった。他人、つまり俺達。そこまで切り捨てるか、そう思った。確かにたった二日目だった、だがクラスメイトだろ? そこまで不要か、そう思った。
 あんな大ド美人と大秀才の仲を邪魔したなんて見えなかった、それはもう分かっていた。実際口に出したやつも含めて。口に出さなかったやつは、本当は味方したかったのに、あんたなんか要らない、自分ひとりでやってやる、そう突き放されたようなもんだと思った。だから誰も動けなかった。その後の授業で副担は自分の担当クラスの生徒に讒言の数々をし続けた。足切りで入った生徒、運動神経は最悪だ、と。頭がそこまで悪くて運動神経も悪いなら、その正反対のやつらをどう邪魔なんか出来るかよ。全員そう思っていた。あの授業で充分、仲を邪魔した、というのは大嘘だと全員理解した。さらにテツの行動で確証を得た。現場は新校舎だったが、速攻で旧校舎、いや学校中に伝わった。だが俺達のクラスは全員斉藤の放言を聞いていた。斉藤に対する誤解は元F全員続行だった、テツがどう行動しようとも、それは斉藤の放言とは関係なかったからだ。
 その後運営の佐々木の演説であの放言は他校の女を庇う為と知る。確かに元Fは全員、副担の授業以降あんな女の存在なんか忘れていた。佐々木が着ている制服でああそうか、同じ学校の生徒だったなとやっと気付いた体たらく。だから斉藤が教室でひとりいた時、実に入りづらかった。俺の前にはテツがいた。自分の女に斉藤との交渉を任せ、その背を守っていたようだった。の割に現地妻はないと思うが。
 その誤解、じゃねえと言う。
 他になんの誤解がある? 仲を邪魔していたは誤解、斉藤が俺達を突き放したも誤解。だがテツはその誤解じゃねえという。他になにがある?
「トモB市だよな。あっちにはあの噂、届いていただろうけどA市程じゃないと思うしー」
 確かにそうだ。成田と西園寺が付き合っていたが邪魔された、という噂を知ったのは騒動後。成田とは知り合いだがちっとしたもんだったし、部活関係ですれ違い、空手の話が共通点だった。間違っても頭脳やその他の話にはならなかった。
「成のお膝元の六中付近を除くA市内では蔓延していた。もっとも信じ込んでいたのは、下んないやつばっかだったろうけど」
 A市には、という感覚は分からないが蔓延、なら分かる。騒動があって初めて、そういう噂は聞いていたが、そんなやつらが多かった。
「あの場で動かなきゃいけないのは大元の加害者二人だけだろ」
 テツの意見は全く理解出来なかった。成田と西園寺が大元の加害者っておい、あんだけ大ド美人二人、成績は県内で常に一位と二位、片や全国でもトップクラス。その二人を掴まえて、加害者? ありゃ噂だ、実際大嘘、勝手に流されていただけだ。事前にあの騒動が起こるなんていくら大秀才でも分かるわけがねえ。悪いのは蔓延させていた下んないやつらだし騒動に荷担したやつらだ。斉藤は当然、噂を勝手に流されていた二人も充分迷惑だった筈だ。確かに今そういう騒動が起きたら動かないなんてことは有り得まい、だがあの時期?
「被害者に問題解決させるなんてどういう了見だ。大元の加害者のうち知っている方へ行ったらドンと座って動いていなかった。だから最低だと言ってやった。そんだけ」
 俺は成田と斉藤がいつ知り合ったか知っている。というより告白シーンをその目で見た、だが。それ以前から知り合いだろうが、機会があるとすれば、斉藤がD高へ殴り込みして、たいしたもんだと、そう評判が出たあの後だと思っていた。元Fは誰もがそう思っていた。たいしたもんだと。それで惚れるのも無理はねえと。だがそんなことを詮索や下衆勘なんかしたくなかったから、直接ですら訊かなかっただけだ。
 俺とテツ他六名は確かに、馴れ初めがそれより前だったのを本人から聞いた。だがそれは騒動には関係無い。
 テツはそれでも即動けと言っている。しかもあの二人同時に動いて欲しかった、そういう言い方だ。だが誤解とはなんだ? 最低? 騒動の件であって五月の件じゃない。仮にすぐ動かなかったと仮定しても、成田はその後合同を片手間でやった。尽力したんだ。俺は内情を知っている、あれは斉藤の為にそうしたのだと分かっている。当然テツも分かっている筈だ。さらにあの大宣言。大ド美人のうちもう一人は颯爽とやって来てあんなふうに言った、俺たちは自分の教室でさえ入りづらかったのに。ちゃんと斉藤と、元Fが全員揃っている所で。大したもんだ、俺達は全然動けなかったのに。斉藤といかに仲が良かったか誰でも理解した。それであの噂は完全に大間違いだと理解出来たのに。
 その二人を大元の加害者? テツはとんでもなく頭がいいが、一位でもなければ二位でもねえ。自分より上位者に向かって何て言い草だよ。もっとも、テツは相手が誰であっても怯みはしねえだろうが。
 誤解とはなんだ?
 俺達は動くべきでなかった、そう言っているのか? 自分は動いたのに? 俺達が動くべきではなく、あの二人が動けば良かった、そう言っているのは分かった。
 だがテツが言う誤解はそうじゃなかった。
「隣の人は」
 ……すげえことを聞いた。確かにそうだ。