五月四日 土曜日 梅子

 夕べはお風呂に入ったあとの記憶がない。な、情けない。つい安心してしまって……お子さまみたいな時間に眠っちゃったんだろうな、わたし。あきられるかな……。
 起きると、もう朝食のいいにおい。さっぱりしていて、知らない間にパジャマを着ている。いつもそう。ええ、中身になにも着けていません。去年の今頃は一体どんな体型を見せていたのやら……。

斉志

 去年の結納の時、下着は紐だの透けたのまで仕入れたが梅子へは渡さなかった。理性が飛んで思わず買っちまったが、梅子はふらふらしているから、間違って学校なんぞにそんなものを着て来られたら困る。まさか文化祭であんな格好をするとは。遠慮したのが間違いだ。だがここで着ればいい。前に着せ替えショーをやったら途中で帰られた。まあ三日連続だったからな。今日こそはしてもらう。誰がなんと言っても絶対帰さん。
 待て、そういえば遼がどうのと言っていた。なら却下だ。確かに梅子は遼の弟子だ。いい師弟とは思うが……なんであの時俺うんなんて言ったんだ? 俺の行いが悪い。
 言っちまったものはしょうがない。やっぱり買わないなどとヘマ言って、梅子が帰ってしまったら?
 ……冗談じゃない。
 誰が遼とは言え他の男にプレゼントなど。まあいい、腐っても相棒だ。確かに世話にはなった。絶対趣味じゃないものを買ってやろう。

梅子

 二人一緒にはじめて西川宅へ。玄関先で応対です。成田くん、西川のおうちに上がろうともしません。わたしは間違っても、成田くんに先んじて靴を脱ぐなんてことは、ええ、出来ません……。
「なんの用だ」
 西川、仁王立ち。わたしを高い位置から睨みおろす。
「あ、あのあの、こ、これ、を……」
 うう、背後の成田くんのご機嫌が……雰囲気が……なんだか前門の虎、後門の狼の気分。
 やっぱり止めて置けばよかったかな。なにせこれ、結局成田くんがお金出して買ったんだもの。けど西川にはいつもお世話になっているし……。
「テメェ。十七の野郎にナニを持って来やがった」
「えっとその、あの……」
「誕生日プレゼントだ遼。よかったな、無事歳を食って」
 成田くんが後ろから、抑揚のない声で西川をお祝いする。
「うん、そう。それであの、……こういう趣味があるとは、知らなかったけど……」
「だろうな」
「……? えっと、あの、……とにかく、受け取って欲しいなあ、とか……あのこれうんと可愛いの、大きいでしょう、ほら、ふかふかで」
 とても大きな熊のぬいぐるみをぎゅっと抱き締める。うん、触り心地がいい。
 ちゃんと目の前で確かめて、西川に、差し出すのだけれど。
 あのー……、どうして二人とも、ぴきっと言わんばかりに固まっているのでしょう……。
「……よォし分かったありがたく頂戴してやる。嬉しくって涙が出るぜ。感謝のしるしに以後俺にはなにもくれんでいい」
「そぉ?」
「ああ。そこへ置け。とっとと帰れ」
 なんとなく部活のノリ。西川にとっとと帰れと言われると、つい条件反射で失礼します、と言って踵を返す癖が。言う通り玄関先にぬいぐるみをどっかり置いて。
 成田くんもすぐ付いて来た。なにか誕生日プレゼントを渡したという感覚があまりない。とりあえず受け取ってもらえたようだからよしとしよう。

五月四日 土曜日 斉志 自宅

 一回目から梅子が誘って来る。髪にキス、俺を抱き締める。
 俺って進歩ないな……ガキ以下のままだ。あんなことにすら嫉妬して。
 遼は絶対悪いようにはしない。梅子は単にぬいぐるみに抱きついただけだ。なのに梅子は俺を、あんなことした一年後に、こんなふうに誘って来る。
「……斉志?」
「梅子……、その、俺の、……こと」
「好き」
「……」
「わたしのこと、」
「好きだ」
 逢った時から、俺はなにも変わっていない。
 惚れる以外なにも出来ない。

梅子

 お白州です。
 ──梅子が抱きついていいのは俺だけです。
 ……はい。
 けど去年、……なにかに抱き付いたような。
 ……。
 ……。
 ……。

五月四日 土曜日

 斉志は夜、梅子を風呂で悶絶させた後、三軒先の相棒の家へ再び訪れた。玄関先のぬいぐるみはあのまま、ビタ一寸も動いていない。
 相棒は実に機嫌が悪いようだ。日中と同じく玄関先で相棒に応対した。
「さっさと持って帰れこの鬼畜野郎」
「……」
「なにをしていやがるんだ。まさかこの俺様にこんなもんを贈るつもりじゃねェだろうなこの犯罪者野郎」
「……」
「なんとか言えよ」
「……六日、取りに来る」
「あァ?」
 これだけで、それ以上なにも言わなくとも遼太郎になら分かる。梅子が明日まで斉志の家にいるということを。
「そうか。そういうことなら俺ァ放浪の旅にでも出てやらァ」
 邪魔はしない、よろしくやってろという意味だ。
「……けど、遼」
「うるせェよ。ホレ餞別」
 遼太郎は左手を差し出した。旅費を寄越せと言っている。斉志は当人流に言えば厭々財布を丸ごと投げた。
「遼」
「なんだ」
「……目立つから、ラブホは止めとけ」
 マジ拳合戦は暫く続いた。

五月四日 土曜日 梅子

 成田くんは毎年この時期、体に痣が出来る習慣でもあるのかな……。
 まさかね。
 理由を、おそるおそる訊いてみたのだけど。
 ──悪さをしたドーベルマンをやっつけた。けどいいやつだから餌付けした。もう一匹のいいやつへはこれから餌をやりに行く。
 ……だそうです。理解出来ません。
 体中に痣なんていい思い出がないから、これ以上、考えるのは止めた。