四月十四日 日曜日 梅子

 それにしても昨日の成田くんは凄かった。もともと凄いひとだけど……。許してもらってほっとした。あんなことしていたら成田くん、怒るの当たり前。けど梅子、って呼んでくれて。好きだって。ほっとした。去年のわたしってば、うんとうんと度胸あったなあ。今年もしろって言われたら、もう退学でいいですってくらいは言う、かな。
 朝、成田くんがわざわざうちにまで来てくれる。しかもバスで。バイク姿を見慣れてから半年、バスから降りてくる成田くん。似合っている。なにをしてもさまになるひとだなあ……。格好いいや。

斉志

 なんでそんな目で俺を見る? そりゃ誘う時の顔だろ……。
 怒って当然だ。俺、ごめんって言えばいいのか? それでチャラ? どの面下げて。
 梅子は普段散々自分の頭がどうのと言っているが、実態はこの通り。俺はただのバカ。去年もそう思った、我ながらなんの進歩もない。
 しかし我ながら躯がもう条件反射。一緒に待ったバスに乗り、後ろの長椅子に座る。俺の上に梅子が乗る。まるで当然、条件反射。二人とも制服、この辺のやつらは梅子の親戚みたいなもん。日曜朝とは言え他に乗客はいる、こんな場面で照れ屋の梅子が俺に乗って首に腕を回す。俺がそうした。
 まったく不味い躯になっちまったもんだ。昨日の今日で、こうだ。さすがにバスの中はやばいだろ、言わなきゃ納得して貰えん。バカみたいに冷静に、言った。
「梅子。勃つから、……隣にいて」
 小声で耳打ち。細い腕を厭々解いて軽い梅子を隣にそっと置いた。
「……あの」
「……?」
「うん、わたしも……その、昨日も、ずっとそうだったけど。えっと……」
 昨日、も? 嫌いか? 顔も見たくないか?
「ふたりっきりだと濡れちゃうから……うん、こっちに座る」
 市民体育館とやらに着くまでの記憶がない。全部飛んで行った。昨日から突然出まくった理性も全部。
 忍耐力も飛んじまった。俺、帰りどうしよう。

梅子

 成田くんは会場へ着くまでずっと考え事をしていたようで、わたしは声も掛けられなかった。こういうときは結構ある。反応ないのは厭だけど、邪魔しちゃいけない。
 昨日、お風呂に行こうってわたしから言ってしかも一緒に入っちゃった。おまけになんだかつい条件反射で成田くんの上に乗っちゃったけど、いけない、いけない……。
 本当に照れ屋かどうかはともかく、って成田くん前に言っていた。我ながら結構そうじゃないかも? ぅぅ……とにかく人前で成田くんに乗るのはやらないようにしよう。うん。ほんとにわたし、照れ屋でもなんでもないかもしれない。
 市民体育館に着いて熊谷先生のところへ。成田くんは当人言うところのきっちり挨拶を先生にする。先生はわたしに、こいつに段取り教えろよって。そして資料を貰った。去年とほとんど同じ、それをなんとか成田くんへ説明しながら、担当場所のアナウンス室へ。手前にいろいろ操作する機械のボタンがあって、なにかレコーディングでもするようなツマミが一杯。去年から引き続き、わたしには当然なにがなんだか分からない。機械類の向こうはおっきなガラスが張ってあって、そこから演奏するみなさんが見える。進行と時間に気を配りながらタイミングよく学校名を言う。けどわたしが演奏しているわけでもなんでもないから、わたしの役割なんてほとんどない。
 成田くんはわたしのいい加減な説明だけでもう分かった模様。ツマミ類を調整して。全部いじっていた。いいのかな。
 とにかく、最初はわたしがマイクを持って言ってみる。なんとか高校吹奏楽部です、とか。
 すると成田くん、マイク貸して? って。そしてあとは全部成田くんが仕事をした。わたしは隣でただ見ているだけ。声に聞き惚れていた。なんていい声。あの文化祭のときもそう思ったけど。もう最初からそうだったけど。凄くよく徹る低い声。
 聞き惚れてた。

斉志

 手伝いとやらはかったるかった。それでも進行は見ていなくてはならないし、演奏しおわればそれで出番が仕舞いの各部と違って梅子はずっと緊張感を保ちながらやっていたんだろう。今日は梅子になにもさせるつもりはなかったが、俺とて梅子の声は聞いてみたかった。
 マイクを持つ手。たどたどしくて、声、……やわらかい。
 当然後は全部俺がやる。こんなもん他のやつらに聞かせる義理はない。
 その間、梅子が俺を見る。ずっと誘いっぱなしの表情。携帯を買った時もこうだった。あの時も……。
 昼になって休憩時間。ガラス張りの部屋、はい・あ~んはまずかろう、猛省だ俺。条件反射は封印、梅子に会心の出来な弁当を渡す。いつもより多め。
 去年の昼はコンビニのお握りだ、そう梅子は言った。罰を喰らったんだからな、ご両親にゃなんで出掛けるのかなんざ言えなかっただろう。こんなことまで分かっていて、俺……。
「梅子。ご、ごめん」
「……?」
「俺、……謝る資格ない、けど」
「……あの、……なにが?」
「怒っただろ俺! 梅子に!! 付き合ってもいない時期の梅子がなにをしたって自由だ、なのに俺あんなこと」
「あの時期だけだよね」
「……なに、が」
「その……、えっと、……一緒にいなかったの……あ、けど合同、とか試験とかせ、せー」
「ずっと一緒だ。梅子、俺にそう言ってくれた。ずっと一緒。これからも」
「……うん」
「梅子……。謝って、いい?」
「?? そんなこと……」
「……駄目? 俺のこと」
「好き。あ、あのね、別に謝る必要なんてない、だって……」
 我ながらお願いの視線を梅子に向ける。俺が謝ることなどなにもないと、そう梅子は思っている。俺、俺……。
「……なに?」
「あの……」
「言って、梅子。言って」
「……よ、よごしちゃった」
「……は?」
「その、……シーツ」
 それは俺冥利に尽きるんだ梅子。
 待てよ、昨日あれだけヤりまくって声も出させずだったが、……血は出ていなかった。
「い、いっぱい、濡れて、しまって……。凄くて、……ずっと感じてた」
 真っ白だ。
 いつものごとく真っ白だ。午後の手伝いどうしよう。

梅子

 うんと美味しいお昼を頂いて。あやうくはい・あ~んをしてしまいそうになった。あぶない、あぶない。量がいつもより多めだった。成田くん、なにもそんなに気を遣わなくても……。
 午後も成田くんがずっとアナウンス。交互でもなくもう全部成田くんがやっていて。あのーその役目、わたしがやるんですけど……。もう全然、わたしなんかと違ってつっかえないし、わたしのいい加減な説明だけで手順とか全部分かって、学校名とか資料を一度だけざっと読んだ後は全然見ない。ずっとガラスの向こうの吹奏楽部さん達をちゃんと見ながら紹介して。偉いなあ……。去年わたしなんか、そりゃあもうもう。熊谷先生はよくやってくれたなんて言ったけど、実態はこんなもの。ぅぅ……。
 三時ごろにお手伝い終了。ふたりともアナウンス室を出て熊谷先生のところへ行く。なんだほとんど連れにやらせやがって、と言われる……ぅぅ。けど笑顔だった。お疲れさん、って言ってもらってほっとした。来年はお前達三年だからな。そう言って熊谷先生は、来年お手伝いしてくれる別なひとを探すみたい。
 市民体育館を出て、バス停へ向った。
「あの、……成田くん」
「斉志……」
「斉志、今日は一日中ずっと手伝わせてしまってごめんなさい」
「そんなことはない」
「ううん、あのね、わたしちゃんとバスで帰るから、斉志も」
「……俺と一緒にいるのは厭?」
「そんなことない!」
「じゃあ一緒に行こう、梅子」
「……うん」
「昨日、本当にごめん。俺……」
「……そんなことない……」
 成田くん、まだ気にしている。全然そんなことないのに。ちゃんと許してくれて、ずっと手伝ってくれたのに。
 成田くんがお願いの視線を向けている。今日はずっとこうだった。
 お願い、お願い……。
「あの、ね。お願いがあるの」
「俺、なんでもする。梅子、言って」
「えっと、じゃあ……今度はじっくり、抱いて」

斉志

 俺の理性は欠片もない。学校どうしよう。教室一緒だ、隣だ。部室は……ああ、模試か。
 去年散々邪魔された下らぬ試験とやらに今初めて救われた。
 いや待て。問題は帰りだ。梅子、感度よくて……濡れる……ひと気のないバスの、長椅子……。

梅子

 わたしは今朝の反省をちゃんと活かしてバスの長椅子で成田くんの隣に座った。成田くんは行きと同様、うんと集中して考え事をしている模様。明日から模試前の部活停止。成田くんの、あの爆発的集中力を部室で感じられないのは残念だけど。

四月十五日~四月十九日 梅子

 今日から部活は仮な部員のわたしだけ停止。わたしは放課後さっさか帰る。
 それにしても隣の成田くんの集中力。やっぱり部室でだけなんかじゃない。間違いなく、教科書なんか読んでない。
 けどそれは次元の違うこと。成田くんは成田くん。わたしはわたしのすべきことをする。それだけ。