四月十三日 土曜日 斉志宅

 間違いなく狂っていた。あの時よりも長く。時間? さあ……。
 俺に恐怖の眼差しを向ける。あの時のように。いや、観念していた。俺がこれからなにをするのかよく理解している。この一年間で、俺がそうした。無言で俺の腰に手を回しバイクに跨がる。私服は大抵スカートだった。バイクで送り迎えするようになってジーンズで来るのが増えた。脱がせ難いがそんなものはどうでもよかった。目の前で脱がせても見た。動作がゆっくりで、豊満な谷間が見えて、上目遣いの上気した表情がそそった。
 今朝は俺が剥ぎ取った。家へ着くとお邪魔しますとも言わせずベッドへ担いで行って投げ置いた。無言だった。ベルトを剥ぎ取りジーンズを剥ぎ取り、その時俺が贈ったショーツも一緒に剥いだ。上も全部剥ぎ取った。ブラも。背中は少しでも触れるとすぐイっちまう、今日は触れず、全部脱がせて俺も裸になって、狂っても付けるものは付けて、四つん這いにして獣のように突いた。獣だった。俺におののく顔なぞ見たくもなくて全部後ろから。突いたまま。取り替える時だけ引き抜いた。回数? さあ……。
 お互い無言だった。睦言も喘ぎ声もなかった。キスもなし、胸も揉まず指も舌も入れず、脱がせてしばらく背中を見つめただけで濡れていた。俺がそうした。それからずっと……。
「──」
 なにか言いたいことでもあるのか。俺に? なにを? どの面下げて。
 厭か? 嫌いか? ……聞きたくない。
「もう──許して──」
 声を聞いたのはそれが今日はじめてだった。
 こんなことは前にもあった。その時は……時間。
 時間? 時間? 今何時……梅子の躯の下に沈んだ左手首を引き摺るように眼前へ。三時。
 ……三、時?
 あきれて……、引き抜いた。解放された梅子はシーツに崩れ落ちる。
 梅子の声、今日はじめて聞いた声、いつもやわらかな声で、甘い声で俺は締め付けられてその度イきそうになって……この声。小さな声。涙声。
 三時? 涙声? なにも言わない梅子、……飯は?
 飯? 俺は朝の七時に迎えに行った、当然朝飯なぞ食わせていない、食って来ていない、俺がそうした。
 俺、今日は? 料理したか? 朝飯? 昼は?
 涙声の梅子、声も出さず……殺していた? 喘ぎ声を、じゃなくて……泣いていたのを。泣いて梅子はなんと言った?
 許して? 誰に?
 おかしな話、梅子と一緒にいて初めて理性が俺にある。あの生理と言われた時もあったかも知れんがなけなしだった。今はある。おかしな程ある。狂う程ある。
 梅子。入学式以来三日間、俺のせいであんな目に遭い続けた。四日目、もし遼の機転がなければ俺はその場で確実に嫌われていた。五日目金曜日、梅子が俺を避けたのも元はと言えば俺のヘマ。回り回って、巡り巡って梅子が全部責任を引っ被った。全部俺が悪いのに。俺? 立場で動いた。自分の身を守っただけ、自分だけ助かった。
 なのに梅子は高校へ入ってから初めての友達があんなに出来て……もし俺が、あの時D高生だったなら俺も教室を飛び出し梅子を庇っただろう、いや佐々木のように梅子と対峙しただろう、C高生でもBでもEでもそれでも話を聞き付けて、意気に感じてそいつの姿を見てみたいと思うだろう、実際梅子から出てきたやつの名前は女はともかく男はほとんど俺も知っているやつらで、やつらはそういう男だ。相馬、藤谷、木村、竹宮、平松、片瀬、鳴海、そしてあの慶が佐々木の後一番に教室を飛び出たという。相手がいるにも拘らずあの慶が梅子の名を覚えた。カラオケ? 人数が多い、金のない高校生ならそうするだろう、無難な線だ。梅子はまだ人との接し方に慣れていなくて、そいつらなら口先はともかくそういう女に気を配るだろう、そんなことはよく知っている、俺の方がよく。
 日曜、梅子は熊谷の野郎の手伝いをしたと言った。それすら俺が悪い。俺のせいで授業をさぼり罰を受けた梅子。梅子は俺に罰を下す時と下さない時の別をきっちり付ける、それでもいつも俺を許す。熊谷はあの時俺の名を呼ばなかった。自慢じゃないが教師どもで俺を見て一番に俺の名を呼ばぬやつなぞいない。梅子に用があって、話に割って入った俺へも説明し、そして梅子へ挨拶した。梅子は自分の成績が悪いといつも言うが、ならそんな生徒にあんな対応をするか? 下らぬ教師が? あれは教師として、一生徒へ対する相応の態度だった。
 あの二日間、梅子と俺は? 婚姻届も婚約も当然ない。その二日間、梅子は誰のせいでなにをやっていた?
 許して? 誰に? 
 俺?
 俺?
 どの面下げて!?
 時間は? ……三時過ぎ?
 飯も食わせず後ろから。顔も合わせず名も呼ばず。梅子、もう自分の体重を支え切れなくてずっとシーツに顔を押し付けて。
 俺がそうした。……梅子。
「梅子!!」
 起きない、ぐったりとしていて、そんなものはとうの昔に分かっていた、イったのではなく意識を飛ばされただけの梅子に俺はなにをし続けた?
「梅子、梅子、梅子、起きて!!」
 ベッドにうつぶせのまま反応のない梅子の上半身をかき抱いて揺する。起きない。
「梅子、目を覚ませ梅子!!」
 許されなくてもキスをした。人工呼吸。息はしていた、それでも怖かった。あの時、梅子が倒れて苦しそうな顔で眠っていた時俺はなにを思った?
「梅子、起きろ梅子! 俺を置いて行くな!!」
「……」
「……死なないで……!!」
「……せ、い……じ」
「梅子……!!」
「いま、……なんじ……」
「三時過ぎだ、梅子」
「じゃあ、……斉志、……お風呂に連れて行って……」
「ああ。一緒に行こう梅子」
「うん……」
 風呂。そりゃ意識のあるうち一緒に入りたかったが理性が持つ筈がない。そのまま縛り上げて家から出さないこと必定、結婚してからと厭々我慢していた。そこへ一緒に裸のまま行く。理性だらけの今の俺、梅子の躯を洗った。豊満な胸、結局戻らなかった体重。出るところは出て引っ込んでいるところは引っ込んで。俺が……そうした?
 早々に風呂場を出る。躯全部を拭く。梅子は俺のなすがまま。俺がそうした。もう大分意識は戻っていて、本来きっちり照れ屋な梅子が俺のなすがまま。服を着せる。脱がし専門でも今は別、速攻で着せた。俺なんぞは適当。バイクは無理、タクシーを呼ぶ。
 ソファへ抱き上げ連れて行く。梅子は目を瞑って俺の首に手を回す。その力がとても弱くて……。退院した後学校でヤっちまった時もそうだった。
 もう気分は落ち着いているようだった。
 とはいえ、……なにも言えない。どの面下げて、この俺が。大体俺は梅子が許してと言う前なんと思った? 自惚れもいい加減に「斉志」
「……」
 俺を名で呼ぶ梅子。苗字ですらない……。
「斉志、お願い」
「……な、に……?」
 別れてくれか、婚約解消か、それとも……。
「わたし、約束破った。許して」
 どこからそんな発想が出る……。
「わたしのこと……嫌い?」
「好きだ!!」
 どの面下げて言うんだ俺。思わず本音が条件反射。
「じゃあ。……いい、のかな……。うんっと、斉志。ごめんなさい。その……許して?」
「……なん、で」
「あ、あのやっぱり」
「好きだ!! なんで梅子、俺にそんなこと言う? 言ってくれる!?」
「……やっぱり駄目?」
「駄目じゃない!! 許す!! 許すから梅子……!!」
「よかった……」
 まるで噛み合わない会話。なんで俺にそんなことを言う……。
「あのね、斉志。あの……その」
「タクシーで帰す、あと五分で来る」
「え……」
「俺、今日梅子に飯も食わせていない。ヤりまくった。……泣いていた、だろ梅子」
「……」
「俺の、こと」
「好き」
「……」
「明日、一緒に行こう。あのね、斉志の声、いい声。うたも上手だったし、わたし聞きたい」
「……俺!」
「わたしは斉志が好きです」
 梅子は俺が本当に悪い時、絶対謝らせない。そんな機会も与えない。それがある時は俺にそう言う。今、言ってくれない……。
「でもわたし、あのバイクに……」
「行こう梅子。時間だ」
 梅子の荷物を持って、すぐにやって来たタクシーへ一緒に乗った。なにも言えない俺の肩に梅子がもたれてくる。うとうとし出してすぐ眠る梅子。
 ……俺、は……。

 家へ戻った頃、梅子から電話が来た。明日、昼は出ないから俺に梅子の分まで作ってくれと。期待しているからと。制服で行かなくてはならないからバスで行くと。
 迎えに行く、一緒にそこからバスで行くと条件反射で言った。んなもん当然だ。弁当なぞ当たり前だ。不味いものなど死んでも作らん。
 なんで俺が喜ぶことばかり口にする、梅子……。